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ぼくらは『ドラえもん』になれなかった『ケロロ軍曹』を覚えていよう。

吉崎観音のマンガ『ケロロ軍曹』の人気を説明するのは難しい。「ジブリ」とか「ドラえもん」とか「ワンピース」ほどの知名度は、ない。いまの10代はほとんど知らないだろうし、20代も厳しいかもしれない。

『ケロロ軍曹』について僕もそんなに詳しいわけではない。大ファンではないし、ちょっと世代もずれている。しかし、夕方テレビをつけると「ケロロ軍曹であります!」という声が聞こえてくるのを思い出すと、なんだかふと泣けてくるような気がする。

まだ人気の火は消えてなくて、ツイッターをやっている。

集英社による侮蔑的な広告をみたあとには清々しく感じられるツイッターだ。

ケロロ軍曹は宇宙人

『ケロロ軍曹』は、宇宙から地球を侵略しに来た「ケロロ軍曹」が、その仲間たちと一緒に人間の子どもたちと交流し、戦い、よくわからないことで混乱し、異文化にふれて感動するといった話だ。ケロロ軍曹がとにかく可愛らしくって見とれてしまう。これはもちろん異文化交流のメタファーであって、それだけではなく、異文化を破壊しない積極的な理由があるのかを模索した作品だった。

『ドラえもん』より可愛くて面白かったと思うけど、この微妙な制御が必要な邪悪さをもった宇宙人という設定が、見ていてなにかずしりと重かったのかもしれない。『ドラえもん』にも『ワンピース』にもなれなくて『ケロロ軍曹』は歴史の底に沈んでいる。

ナナ人の7

少し逆のベクトルでは「七人のナナ」というアニメがあった。これはナナという女の子が七人に分裂してしまったという話で、全員性格がぜんぜん違う。

「同じ人間のはずなのに性格が違うのはなんでなのか」という問いかけを最初に投げておいて、実は逆に「同じ人間だからこそ」性格が違うのが当たり前なのだという話に持っていく。

プラトンは「人の心の中にはこの宇宙よりも深い世界がある」と述べた。それは一つなるほどと思うことだけど、自分ひとりのことすら人間はよく理解できない。

ドラえもん、のび太くんを殺さないの?

『ドラえもん』はのび太くんを助けに来たから助ければよかったけれど、『ケロロ軍曹』は地球侵略にしたから地球を救わなくてもよかった。でも地球を救ってしまったり、ぐうたら暮らしたりしてしまう。ドラえもんがのび太を殺さなかったのは、のび太を助けるという優先度の高い命令にただ従えばよかったからだ。ドラえもんはやさしく葛藤がない。ケロロ軍曹は葛藤の物語だった。

同じく吉崎観音がキャラクターデザインを手掛けた『けものフレンズ』のサーバルちゃんは「君は○○ができるフレンドなんだね」と優しく褒めてくれる。これはなんにも考えてないからだ。

たしかにケロロ軍曹は善良でもないし、バカだし、かわいいし、制御が必要だ。でもケロロ軍曹が楽しくやってくれる世界はぼくたち「も」宇宙人も楽しくやれる世界だった。人間が作り出す隷属でもなく、崩壊後の世界の無知でもなく、ちょっとアブない敵と一緒に楽しく生きていく方法。

それが2020年3月終盤にどれほど美しい倫理を提供してくれるか、君ならわかってくれるはずだ。

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