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始祖神の子――出来損ないのヒルコ

 以下のコラムは、私が現在執筆中の幻想生物辞典『幻想項目チェリーピック(仮)』における、「ヒルコ(神の第一子)」の項目の草稿となります。
 現時点では考証が曖昧な部分や、蛇足と思われる記述が含まれるため、書籍化の際には文章が訂正されている可能性があります。ご了承ください。

<前回までのお話>
1 巫女の系譜
2 日本神話と神の定義
3 創造神の登場
4 始祖神の子――出来損ないのヒルコ(この記事)

1 始祖神の第一子

 始祖神イザナギ・イザナミの第一子とは誰だったのか。

 実は二神による日本の創世は、始めから順風万風とはいかなかった。
 『古事記こじき』によると、イザナギ・イザナミの最初の子はヒルコという神だった。だが彼は夫婦の子として認められず、葦船に入れて流し捨てられている。その理由は一般に、不具であったからだと言われている。

 始祖神による最初の子が不具になるという神話は、世界的にも共通するパターンだが、日本神話も例外ではなかったようだ。

 ヒルコが不具の子として生まれた理由は、夫婦間における子作りの儀式が誤っていたからである。古代の儀式は厳格であり、その正誤が吉凶に直結する。二神は最初に、女神であるイザナミから声をかけ、それに男神であるイザナギが応えるという、女神先唱のやり方で子供を作ったのだが、これがいけなかった。

 その後に男神であるイザナギが女神であるイザナミに先に声をかけるという、男神先唱の正しい儀式を執り行うと、新しい子供は無事に生まれた。それがアワヂノホノサワケノシマ――つまり今で言うところの淡路島である。少々理解の仕方が難しいが、我々の暮らす日本の国土もまた、神の子供として誕生しているのだ。これがイザナギ・イザナミによる国生みというわけである。

 淡路島の次に生まれたのが伊予之二名島いよのふたなのしまとされており、今で言う四国である。そして隠岐島、九州、壱岐島、対島、佐渡島、最後に本州を生んで国生みは終わる。

2 エビスとなったヒルコ

 ところで、二神によって捨てられたヒルコはどこへ消えたのだろう?
 『古事記こじき』にはただ、葦船で流し捨てられたとだけある。

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 だがヒルコの向かった先について、昔の人々は想像を張り巡らせた。そして海の向こうに存在するとされた、常世の国という観念と結びつけたのだ。常世の国とは、古代日本で信仰された異世界・仙境・他界のことであるが、その「常世」の名から想像が付くように一種の理想郷と考えられていた。
 不老不死や恒常不変といった概念に触れる世界。それが常世の国だったのだろう。

 日本神話の中には、この常世の国に渡った神が確かに存在する。だからこそ語られなかったヒルコの行き先にも、常世の国が浮かびあがったのだろう。

 だがそれ以外にも、捨てられ海を漂っていたヒルコが行き着いた先を摂津国せっつのくに西の浦――今で言う兵庫県西宮とする伝承もある。そこではヒルコを拾った人々が、彼を大事に養い育て上げ、夷三郎殿えびすさぶろうどのと呼んだ。そしていつしか、夷三郎大明神えびすさぶろうだいみょうじん戎大神えびすおおかみとして祀られるようになったという。ヒルコはエビスと名を変えたのだ。

 そう、エビスとはあの七福神の「えびす様」である。

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 元々エビスはヒルコとは関係のない海の神であり、豊漁や航海安全の効験を発揮することで信仰を得ていた。中世以降のエビスは商業の神としても人気を博したが、元は海の彼方からやって来て御利益を授けてくれる来訪神として歓迎されていたのだ。来訪神ではあるが、自分達の土地に定住して頂くために大事に祀り続けている神社も数多い。
 浜辺に流れ着く漂流物を神の贈り物として頂く習俗も、こうしたエビス信仰が背景にあったりする。
 民俗的な信仰の世界においては、このように元は別の神であったはずのエビスとヒルコが習合し、同一視されてきた。海の彼方に消えたヒルコの将来像として、海の彼方からやって来たエビスの姿がぴったりと重なったのである。
 海の神から始まり、後に市場の神としても信仰を集め出したエビスは、今では知らぬ者などいない商売繁盛の福神となっている。大衆的な守護神の地位を盤石にしていると言ってよい。だがそのルーツの一つに、創造神の最初の子として捨てられた哀れなヒルコの姿があったことは、あまり知られていない。

3 ヒルコの名前

 ヒルコとは「日子ひるこ」ではないかと唱える説もある。つまりヒルコとは「太陽の息子」を意味する名前なのではないかというのだ。
 これについて論じるには、まず太陽神アマテラスの登場を待たなければいけない。

ヒルコの記事は以上です!

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<参考文献・資料一覧>
【書籍】
『新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫) Kindle版』 中村啓信 (その他) 著 KADOKAWA
『深読み古事記 日本の神話と古代史が100倍おもしろくなる!Kindle版』 戸矢学 著 かざひの文庫
『古事記物語 Kindle版』 鈴木三重吉 著
『現代語古事記』 竹田恒泰 著 学研プラス
『古事記完全講義』 竹田恒泰 著 学研プラス
『日本書紀(上)全現代語訳』 宇治谷孟 (翻訳) 講談社
『日本書紀(下)全現代語訳』 宇治谷孟 (翻訳) 講談社
『日本書紀全訳』 宮澤豊穂 (翻訳) ほおずき書籍
『柳田國男全集Ⅱ』 柳田國男 著 ちくま文庫
『妹の力 柳田国男コレクションKindle版』 柳田國男 著 角川ソフィア文庫
『日本巫女史』 中山太郎 著 国書刊行会
『巫女の民俗学 〈女の力〉の近代 (復刊選書) Kindle版』 川村邦光 著 青弓社
『憑依の視座 巫女の民俗学II (復刊選書) Kindle版』 川村邦光 著 青弓社
『図解 巫女 F‐Files Kindle版』 朱鷺田祐介 著 新紀元社
『「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイドKindle版』 戸部民夫 著 PHP文庫
『「日本の女神様」がよくわかる本―アマテラスから山姥、弁才天まで』 戸部民夫 著 PHP文庫
『姫神の本―聖なるヒメと巫女の霊力 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 43)』 学研プラス
『改訂・携帯版 日本妖怪大事典 (角川文庫) Kindle版』 水木しげる 村上健司 著 KADOKAWA
『幻想世界の住人たち 3 中国編 (新紀元文庫) Kindle版』 篠田耕一 著 新紀元社
『幻想世界の住人たち 4 日本編 (新紀元文庫) Kindle版』 多田克己 著 新紀元社
『日本の神々 (講談社学術文庫) Kindle版』 松前健 著 講談社
『本居宣長 (講談社学術文庫) Kindle版』 相良亨 著 講談社
『本居宣長「うひ山ぶみ」 (講談社学術文庫) Kindle版』 本居宣長 白石良夫 著 講談社
『玉くしげ Kindle版』 本居宣長 著 藤田徳太郎 (翻訳) 知温書房


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