魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 友情パワーで大逆転です!③


「『刃を統べる者』フェルミリア……」

 ロミリアの前に現れたもう一柱の魔神フェルミリア。
 無数の蟲で構成された『蟲遣い』ロウサーの異形も然る事ながら、無数の湾曲した刃を身に纏ったこの魔神もまた、悪夢の世界からやって来たのではないかと思わされた。
 ロミリアは二柱の魔神を前にしても、決然としてホーリーシンボルを右手の中に握りしめる。
 フェルミリアはそんなロミリアに向けて、開いた右手を突き出した。

「…………待って。…………戦う気、ない」

「え?」

 魔神の放った意外な言葉に、ロミリアは眉根を顰める。
 だが、その言葉を意外に思ったのはロミリアだけではなかった。

「はァッ!? フェルミリア、てンめェ! どういうつもりだッ!?」

 その瞬間、蟲の塊であるロウサーの身体に、四つの剣閃が刻まれる。
 蟲たちは一瞬、散り散りになるも、再び集まり人型を為した。

「…………敗者は、黙ってて」

「ちィッ!」

 酷く耳障りな舌打ちが聞こえたが、ロウサーは引き下がることにしたようだ。

「人々に危害を加えないと言うのであれば、私も積極的に戦うつもりはありません」

 ロミリアは慈愛と癒しの神リデルアムウァに仕える神官。
 相手は無数の人間や亜人を殺してきている魔神とはいえ、自衛から逸脱するような戦いは、元よりその信仰が許すところではない。

「ですが、あなたたちの目的がはっきりとしない以上、野放しにするわけにもまいりません」

 二柱の魔神を相手に、尚もロミリアは戦いも辞さないという態度を貫いた。

「…………私たちの目的…………それは、魔界への、帰還」

「!? それはどういう――」

 その時、風を切る音が聞こえて、ロミリアと魔神たちの間になにか板のような物が飛来し、地面へと突き刺さる。

「これは……盾!? この紋章は、まさか……」

 驚愕すると同時にロミリアの耳には、軽快に走ってくる馬の足音が聞こえてきていた。
 地面に突き刺さっている盾には、城をモチーフにしたと思われる豪奢な紋章が刻まれている。
 馬の乗り手が声をあげた。

「我が名はラティア・ラティシアーナ・フォン・ホーエスシュロス! 卑劣な魔神共め! 我が宝剣ブルートガングの錆としてくれよう!」

「やっぱり、ラティシア……。どうしてここに」

 疑問に思ったロミリアだが、フェルミリアが動く気配に気付いてすぐに身構えた。
 だが、フェルミリアはズブズブと地面に身を沈めていくところだった。

「…………あいつ、面倒。…………逃げる」

「ハッ! 仕方がねェ! 今日のところは退散してやンぜ!」

 ロウサーもそう言うと、身体を構成していた蟲たちを一斉に解放する。

「人々に危害を加えないことを約束しなさい! フェルミリア! ロウサー!」

 ロミリアの叫びも虚しく、二柱の魔神の気配はすっかりと消え去ってしまった。

「大丈夫か、ロミリア!」

「もう大丈夫だから、落ち着いてちょうだい、ラティシア」

「はぁッ!」

 ラティシアと呼ばれた女騎士は、白く立派な体格の馬を竿立ちにして止めると、軽やかな身のこなしでその馬から飛び降りる。
 とても金属の全身鎧を身に纏っているとは思えない身のこなしだ。

「魔神は逃げたのか? 二体いる気配を感じていたんだが……フン、もう消え去っているな」

「あなたが来てくれたおかげで、尻尾を巻いて逃げていってくれたわ。ありがとう、ラティシア。でも、ヒュペルミリアス皇国の『凱旋将軍』ともあろう御方が、単騎でやってくるなんてどういうことかしら? 魔神出現の報を耳にして駆けつけたとはちょっと思えないけれど」

 ヒュペルミリアス皇国の女騎士ラティア・ラティシアーナ・フォン・ホーエスシュロス。
 通称ラティシア。
 彼女はかつて、『名もなき勇者』らと共に魔王の居城に乗りこんだ英雄の一人だ。
 魔王討伐を果たして帰国した彼女は、一軍の将として取りたてられ、『凱旋将軍』の名と共に一躍国民的大スターとなった。
 ブレナリアの地でその報を聞いたリクドウなどは、「名を伏せることにして本当によかった」と胸を撫でおろしたものだった。

「故あって、おまえやリクドウに会うためにノクトベルに向かっているところだった。まさかその目前で魔神とまみえることになるとはな。しかも、かの魔神将『蟲遣い』ロウサーだと逃げてきた者に聞いたぞ? もう一体いたのも魔神将だったのか?」

「ええ。『刃を統べる者』フェルミリアよ。それにガビーロールも復活しているのを確認しているわ。ガビーロールの方は先日ノクトベルに現れたの」

 その報に、ラティシアは眉を顰めた。

「魔界への帰還が目的だとフェルミリアは言っていたわ。どういうことなのかしら……?」

「……実はな、『八柱の魔神将』が復活しているという噂は、私も小耳に挟んではいた。おかげで助かった部分はあるのだが、魔界への帰還……か。なれば、皇国の摩法師団長が危惧していた事態に該当するのやもしれんな……」

「危惧していた事態……?」

 ラティシアは神妙にうなずく。

「『魔神将は魔王個人によって召喚されたものではなく、魔王という存在によって召喚された可能性がある』のだそうだ」

「それはどういう……いえ、まさか!」

「我々は魔神将共を討伐したつもりだったが、ヤツらの召喚は十二年が経った今でも依然として継続中だということ。そして、『魔王という存在を継承している者がいる』ということだ」

 ロミリアは驚愕に目を見開いた。

「まさか……あなたはエリナがそうだと言っているの!? あなたがここに来た目的は――」

「落ち着け、ロミリア。おまえらしくもない」

「……そう、そうね。エリナが目的なら、エリナが目的だと言うわよね。あなたはそういう人だったわ、ラティシア」

「思い出してくれたようでなによりだ。私たちがブレナリアに来たのはそれとは別件でな」

 ラティシアのその言葉に、ロミリアは小首を傾げる。

「私たち?」

「ずいぶん引き離してしまったが、そろそろ追いついてくる頃だろう。――ああ、こちらに向かっている黒鹿毛の馬、あれに乗っているのが……不本意ながら私の同行者だ」

 確かに砂埃を立てて馬が一頭こちらに向かってきていた。
 乗り手は大きく手を振り、馬の脚を弛める。

「先生! やっと追いつくことができました!」

 黒鹿毛の馬に乗っていたのは、赤みを帯びた艶やかな金髪を持つ美少年だった。
 年の頃は十四といったところだろうか。

「先生? ラティシア、あなた教師でもやっているの?」

「剣の指南役を多少な」

 なるほどと言いかけて、ロミリアははたと気がつく。

「あなたが指南役を任じられるということは、この子は――いえ、この方は」

 そう言いかけた時、件の少年は馬をとめ、颯爽と下馬した。

「魔神の姿が見えないようですが、もう倒してしまわれたのですか? さすが先生ですね!」

「いや、残念ながら逃げられてしまった」

「魔神が逃げたですって!? 重ねて言ってしまう非礼をお許しください。やはり、さすが先生です! 燦然と輝く『凱旋将軍』の威光の前に、いかな魔神と言えど――」

「殿下」

 ラティシアが呆れ果てた様子でため息をつく。

「おべっかの前に、まず名をお名乗りなさいませ。そちらの方がよほど非礼に当たる……」

「も、申し訳ありません!」

 そして少年はロミリアに向きなおった。

「大変失礼いたしました。あなたがあの高名な『ブレナリアの聖女』ロミリア・ユグ・テア・バージ様ですね。僕はヒュペルミリアス皇国第一皇子ヨハン・アルフォンス・アルビレオの第三子、マリウス・マクシミリアン・アルビレオと申す者」

 予想していた通りの名が出てきてロミリアは恭しくこうべを垂れる。
 だが、次の言葉に頭を跳ねあげて、マジマジと少年の顔を見てしまった。

「故あって、祖国を出奔してまいりました」

「は?」


        ◇ ◇ ◇

 薄暗い部屋の中で、煌々と明かりが灯っていた。
 その明かりはランプではなく、丸く大きな水晶の球。
 人の頭ほどある水晶球の中に、エリナたちの姿が映し出されていた。
 プロシオンとの戦いを終え、ランドバルド邸へと帰る途中の姿だ。
 それを覗き込んでいた小柄な人影が言った。

「しかし、エリナ・ランドバルドという娘は、中々その力を使いませんねぇ。むしろ、その力を抑え込むことに慣れてきている様です。その力を抑え込みつつ、魔力のみを引き出す。その一点に掛けては、あの双子よりもはるかに達者だ。本人にその自覚はまるでないようですが」

 小柄な人影が話しかけたのは、長身痩躯の男だ。

「……自覚がないのは当たり前だ。あれはあの娘自身が意識的にしていることではない」

「ほぉ、無意識であると」

「無意識であり、その無意識を汲み取った存在があの娘に手を貸しているのだろう。それが偶然なのか、かの魔王が仕組んだことなのかまではわからんがな」

「ホッホッホッ、あなたにもわからないことがあるのですねぇ」

「それがわかっていれば、魔王を殺すこともなかったのかもしれんぞ?」

「ホホッ、なるほど――おっと、もうあの双子が帰ってきたようですね。それにしても酷い父親だ。如何に力を持っているとはいえ、あんな幼子をプロシオンに差し向けるなんて。状況次第では、出ていったその瞬間にボンッと爆発してしまったでしょうに」

 長身の男は小さく鼻をならす。

「だが、上手くいっただろう? あの子たちが遊んで痛い目を見るのも、想定の範囲内だ。その分、あの娘の力を観察することもできた。幸運だったよ」

 面白くもなさそうにそう言い、部屋の扉に手をかけた。
 扉が開かれていくに連れ、薄暗い部屋に光が差しこんでくる。
 それと同時にバタバタと子供が走る足音が迫ってきた。

「おかえり、マナ、アラヤ」

 男だけが無数の燭台に照らされた廊下に出てくると、二人の少女が抱きついてくる。

「お父さま、ただいま帰りました。お父さまの言うとおり、わたしたちの力、確かに魔神に通用しました」

「ただいま、パパ。マナのヤツ、調子こいて大怪我したんだぜ」

「い、いいじゃないの! 結果として、お父さまの言いつけは守れたんだから!」

「いいのかなぁ? その大怪我、エリナの友達に治してもらったくせに~」

「そ、それはっ、アラヤが勝手に頼んだことでしょう!?」

「勝手にってなんだよ! あんな状態でマナを放っておけるわけないだろ!?」

「~~ッ! あ……アラヤって本当に……ッ」

「なんだよ?」

「なんでもないわよ! ――お父さま、ごめんなさい。わたしが調子に乗って、少し危ない目に遭いました」

 男は二人の頭に手を置いて撫でた。

「無事だったのなら問題ない。だが、失敗したと思ったのなら、その教訓を今後に活かせ。私に言えるのはそれくらいだ。……ああ、それと」

「「?」」

「お疲れ様。よくやったな。食事の支度はできているが、その前に身体を綺麗にしておいで」

「……そういや、わりとボロボロだった」

「そこら中すすだらけね。お風呂行きましょ、アラヤ」

「おう!」

 そしてまたバタバタと二人の少女は屋敷の中を走っていく。

「……あの双子、自分たちがなにをさせられているのか理解していないのでしょう? 本当に酷なお人だ」

 それは部屋の中からの声。

「おまえほどではないさ、ガビーロール」

 差しこんだ光に照らされたその姿は、顔のない木製の人形のものだった。

        ◇ ◇ ◇

 一方、ランドバルド邸の脱衣所では、

「エリナ様、私はお食事の支度をさせていただきたいのですが……」

 リエーヌがボロボロになったメイド服を半ば強引に脱がされながら不平を漏らしていた。

「だ~めっ! リエーヌが一番たくさん汚れてるんだから! 確かにお腹だって空いてるけど、まずはみんなでお風呂っ! 温かいお湯に浸かれば疲れも吹っ飛ぶし! ね?」

「全員で一緒に入る必要はないかと思います。エリナ様方が入られている間に、お食事の――」

「まあまあまあまあ。エリナがこういうことを言いだしたら、絶対に引きませんし」

 苦笑しつつも、エリナと同意見のフランが浴室へとリエーヌの背中を押していく。

「ほら、カナちゃんも早く!」

 今度はカナーンを急かすエリナ。
 その頭にはコルも乗っている。

「みんなでお風呂になんか入っていて、本当に大丈夫なの? 結局、ガビーロールは現れなかったんだから、警戒は弛めない方がいいと思うんだけど」

 渋るカナーンに、今度はリエーヌが答えた。

「その件については私も考えましたが、タイミングはすでに逸しているものと思われます」

「タイミング……ですか?」

「プロシオンとウィンザーベルに現れたというロウサーが、ガビーロールと無関係ということはないでしょう。ですが、もしこれがガビーロールの作戦だとするなら、プロシオンと同時、もしくは、プロシオン消滅直後に襲撃して然るべきかと存じます」

「なるほど。私たちに体勢を立て直す猶予を与える意味はない、と」

 リエーヌがうなずいて言う。

「襲撃することが目的なら、そうなるかと」

「んー、難しいことはわかんないけど、わたしもそう思うかな。あのプロシオンっておじさん、わたしたちを倒したいっていうより、力試しをしたいって感じだった――っくしゅん!」

 エリナは言ってる途中でくしゃみをしてしまった。

「ほらほら、裸ん坊のままじゃ風邪引いちゃう。みんな、早くお風呂に入ろ?」

 フランのその言葉にカナーンも諦め、衣服を脱いで浴室へと続いた。
 浴槽に入って肩まで浸かると、エリナは大きく息をつく。

「はぁ……まだちょっとぬるめだけど、ちょうどいいや」

「あの爆発、熱かったもんね……」

 フランの言葉で思い出したのか、みな一様に顔をしかめた。
 すでにフランの治癒魔法で治ってはいるものの、それぞれプロシオンに大きな火傷を負わされたばかりだ。

「……マナとアラヤとも、一緒にお風呂入りたかったな」

『爆炎を纏う者』プロシオンを消し去った後、マナとアラヤは飛翔の魔法を使って、飛び去ってしまった。


「エリナ、今の力はおまえにも使えるはずだぜ?」


 そんな言葉を最後に残して。

「なんだったんだろう、あれ……。なにかトクベツな魔法とかなのかな? わたしにも使えるはずだって、アラヤは言ってたけど……」

 エリナは認識していなかったが、確かにその背後に似たような黒い女性の姿を出現させたことがあった。
 それを目撃しているフランとカナーンは、視線を合わせて押し黙る。
 二人にはそれが、エリナが魔王の娘である証拠になってしまうように思われたからだ。
 リエーヌが口を開いた。

「見たところ精霊性の存在である可能性が高いように思われます。ただ、魔神プロシオンともあろう存在が恐れをなしていたこと、その魔神をいとも容易く消し去ったことを考えると、私の知る精霊とは一線を画すもの。憚らずに言えば、あれは精霊よりも神に近い存在のように思われます」

「神様!?」

「それが正解かはわかりかねますが、私にはそのように思えたというお話です」

 エリナの驚きに淡々と答えるリエーヌ。

「でもなんか、神様にしては怖い雰囲気だったような……」

「神様にも色々な神様がいらっしゃるから……」

 すでに神聖魔法の道を歩み出しているフランの言葉は説得力があったのか、エリナはそっかーと大振りにうなずき、頭の上にいたコルが一つ羽ばたいて慌ててバランスを取った。

「……でも、エリナは使わないでおきなさいね?」

「えっ、カナちゃん、なんで?」

「はっきりとは言えないけど、なにかとても嫌な感じがするのよ……。あれはきっと、普通の力じゃない」

「私もカナちゃんと同意見かな。ほら、あの二人もすごく消耗してたみたいだったでしょ? エリナって、自分が怪我したり消耗したりするのを気にしないところあるから、使えるようになってほしくない、かな? 私としては」

 カナーンとフランに立て続けに言われ、エリナは不満げに口をすぼめる。
 でも、すぐに噴き出すようにして笑った。

「にぇへへっ」

「なにが可笑しいのよ、エリナ」

 カナーンが不機嫌そうに言う。

「可笑しくて笑ったんじゃなくて、なんか嬉しくなっちゃって……。カナちゃんもフランも、わたしのことすっごく心配してくれるんだもん。わたし、ふたりのこと本当に大好きっ」

「なっ……うっ……」

 不意打ちを食らったカナーンは顔を真っ赤にして声を詰まらせた。
 一方、フランの方は慣れたもので、にっこりとエリナに微笑み返す。

「私もエリナのこと大好きだよ~」

「わぁい、フラン~」

 そう言いながら、ふたりは湯船の中でお互いの両手を重ねあった。

「わ、私だって、その――」

「ん? なぁに、カナちゃん?」

「カナちゃん、なにか言いたそう。なんだろうね、エリナ」

 ふたりはニヤニヤとした笑みを口元に浮かべてカナーンに目を向ける。

「なんでふたりはすぐそうやって――ああ、もういいわっ」

 カナーンはプイッと横を向いてしまった。
 やり過ぎちゃったか。
 エリナとフランがそう思った瞬間。

「……だ……大好きよ、ふたりとも」

 カナーンはポツリとそう言った。

「「……か、か……かわいいいいいいいいいっ」」

「きゃああっ!?」

 エリナとフランは同時に抱きつき、カナーンに黄色い悲鳴をあげさせる。

「かわいいよ、カナちゃん! わたしもカナちゃんのこと大好きだよ~っ」

「カナちゃんホントにかわいいよねっ。私も胸がキュンキュンしてきちゃうっ。大好きっ」

「ちょっ、や、やめてよふたりとも! 抱きつかな――ひゃわ!? ヘンなとこ触んないで!」

 バシャバシャと湯船のお湯を跳ねさせてはしゃぐ少女たち。
 しかし、そこにはリエーヌもいた。

「いい加減になさいませ、エリナ様! フラン様! カナーン様! はしたないです!」

「わ、私まで……?」

 理不尽な叱責に、被害者であるはずのカナーンは思わずぼやく。
 そんなカナーンの両肩を掴んで、フランがリエーヌの方へと突き出した。

「でもリエーヌさん! カナちゃん本当にかわいいんですよ!? ほら!」

「ほら、じゃありません! ……フラン様はもう少し真面目な方だと思っていたのですが」

「……フランって、わりといつもこんな感じだよね? カナちゃん」

「かわいいものを見るとね……あ! わ、私がかわいいわけじゃないけど!」

「ふふふっ、カナちゃんかわいいよぉ? ふふっ、ふふふふふふふふっ」

「にゃははっ、フラン、絶好調だねっ」

 フランのテンションにエリナが盛りあがると、コルもキィキィッと鳴いて翼をはためかせる。

「だから、皆様、はしたないと言っているんです」

 リエーヌのその声に、エリナがハッとした。

「ああああっ! ごめん、リエーヌ! わたし、リエーヌのことも大好きだからねっ!」

「そっ、そういうことを言っているのではありません!」

「私もリエーヌさんのこと大好きです! ボロボロになってもまた立ちあがったリエーヌさん、とっても素敵でした!」

「私も幻影を駆使して魔神をも翻弄する姿……とてもかっこいいと思いました。尊敬します、リエーヌさん」

 フランどころか、カナーンにまで言われてリエーヌは言葉を詰まらせる。

「そ、それは、私だけでなく、皆様……も…………うぅ……」

 その表情はどこか苦しげだったが、すでにそれを体験していたエリナは間違えることなく言った。

「リエーヌ、照れちゃったみたい」

「こ、これが照れたリエーヌさん……かわいい……ふふっ、ふふふふふっ」

「あの……フランはそろそろ落ち着いて?」

 そんな三人に背を向けて、リエーヌは立ちあがり、湯船から出る。

「リエーヌ?」

「充分に身体を休めることはできましたし、汚れを落とすこともできました。エリナ様方は、もう少しゆっくりしてらしてください。今度こそ、お食事の用意をさせていただきます」

「あ、料理のお手伝いとかもしたいなぁ。今日はリエーヌ、いっぱいがんばってたし」

 などと言い出すエリナに、リエーヌはギロリとした視線を差し向けた。

「ゆっくり、してらしてください」

「は、はい」

 青ざめた表情で返事をしたエリナにうなずいて、リエーヌは浴室を出る。
 そして、大きくため息をつくと、こう零した。

「リルレイア姫の百倍やりにくいですね……」

 だが、その口元は微かに綻んでいたのだった。

エピローグ


 ブレナリア王国の王都、ブレナリア。
 その王宮のとある一室では、第四王女であるリルレイア・エンティケ・ブレナリアスが私兵からの報告を受けていた。

「魔神が現れたじゃと?」

 リルレイアはまだ十歳ではあるが、王家の子女として、どんな時でも的確な判断と指示ができるよう教育されてきている。
 とは言え、魔神出現の報は、彼女が対処できる範疇を明らかに逸脱していた。
 詳しい情報を耳にしてリルレイアはさらに目を見開く。

「陛下のお耳にも届いていることだろうが、念のため、そちらにも情報を回しておくのじゃ」

 リルレイアの私兵は一礼し、音もなくその部屋から立ち去った。

「リークよ、聞いておったな?」

「もちろんでございます、殿下」

 そこにいたのはゆったりとしたローブを身に纏った背の高い初老の男。
 ブレナリア王国の筆頭宮廷魔術師リーク・バウホーフェン・グラシャハスだった。

「陛下の元に駆けつけなくてよいのかの?」

「聡明なる姫殿下のご意見を拝聴してから駆けつけたとしても、大した差はありますまい」

「あからさまな世辞はよせ。わらわはリエーヌほど出来はよくない」

「さて、それはどうでしょうか? まずは殿下のご意見を伺ってみませんと」

 リークの目になんの揶揄もないことを見て取ると、リルレイアは話しはじめた。

「ヨーク・エルナ、チャウチェスター、オライデン、そして我が国のノクトベルとウィンザーベル……」

 そして、そこで一つため息をつく。

「ここ数ヶ月で、複数箇所での魔神出現との報告じゃ。とても偶然とは思えぬ。おそらく報告はさらに増えるじゃろう」

 リルレイアの言葉にリークは短くうなずいた。

「少なくとも国内の報告は、リエーヌとロミリアによるものじゃ。この魔神出現の報が、ちゃちな幻術の類ではないことは明白。そも、魔神は本来魔界に棲まうモノであり、魔王軍の将として、暴虐を尽くしていた時も魔王の召喚に応じての現出であったはずじゃ」

「今回も、魔神を召喚した者がいるはずであると。それは同一犯ですかな?」

「わらわはそう思う。それが魔王軍の幹部であった『八柱の魔神将』であるならば、尚のこと。何者かが意図し、そしてなにかを為そうとしておる」

「なにか、とは? そこに大変興味がございます」

 あくまでも自分に考えさせようというリークを、リルレイアは睨みつけた。
 だが、すぐに眉根を寄せて、考えはじめる。

「力を誇示したいだけならば、複数の国に現れる必要もあるまい。魔王軍の復活を暗示させたいとでも言うのか? 否、これだけの魔神を操れるのだ。それならば魔物たちの軍勢も用意できるはずじゃろ……。単に世の混乱を目的としているとでも言うのか? ――いや、待つのじゃ。魔神が出現したとなれば、その国や隣国は防備を整えなければならなくなる。戦の準備をさせている……? 警告をしているとでもいうのか? するとその目的はなんじゃ……?」

 リークは腕を組み、低く唸った。

「お見事です、殿下。その歳でそこまでの深慮、なかなかできるものではございますまい」

「だから世辞はよせと言っておろう。リエーヌならばヌケヌケと『そこまで考えておいてわからないのですか?』くらいは言っておるところじゃ」

 その言葉にリークは眉根を寄せて、額を押さえる。

「不肖の弟子が誠に申し訳ございませぬ、殿下」

 その時、部屋に侍女が駆けこんできた。

「失礼いたします、リルレイア姫殿下。……リーク様、こちらにおられましたか! 陛下が火急の用があると仰せです!」

「ほれ、見よ。だから陛下の元に駆けつけよと申したのじゃ」

「いえいえ、そのために殿下のご見識を伺いたかったのです。大変参考になりました。感謝いたします」

 リークは深々と頭を下げると、侍女に急かされて、足早に部屋から去っていった。

「……それにしてもじゃ」

 リルレイアは独りごちる。

「エリナの存在がまるで無関係とも思えぬ。なにかあった際にわらわが力になれる余地を残しておくのが得策か……」

 しばらくじっと考えこんでいたリルレイアだったが、ふと顔をあげて手を打ち鳴らした。
 すぐに近侍の者が現れ、リルレイアの前でこうべを垂れる。

「いくつか書状を送りたい。用意せよ」

「かしこまりました、殿下」

 小走りに去っていく近侍を見送り、リルレイアは呟いた。

「エリナたちと再びまみえる時は、やはり笑顔がよいからの」


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