魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 魔神はやっぱりヤバいんです!③

 ロミリアはウィンザーベルの四人の騎士と共に馬を走らせていた。
 明らかに陽動だと思いつつも、ウィンザーベルが魔神に襲われていること事実である以上、出向かないわけにはいかない。
 相手は『蟲遣い』ロウサー。
 その二つ名が示す通り、蟲を操る魔神であり、その身体自体も蟲が何百、何千も集まって構成されているという恐るべき魔神だ。
 剣などの物理的な攻撃ではまず殺すことができないが、ロミリアの神聖魔法でなら、邪気を祓い、魔神の核となっている蟲をあぶり出すことができる。
 決して容易な相手ではないが、ロミリア一人でも対処できる方法は判明している魔神だった。
 それが尚更に、陽動であることを強くうかがわせる。
 ロミリア自身が行かざるを得ない状況を積み上げられているような感覚があった。
 とは言え、そろそろウィンザーベルも見えてくる頃だ。今さら引き返すわけにもいかない。

「うわ、あれは……」

「俺たちの街が……」

 その時、騎士たちがそれぞれ驚きの声をあげた。
 見えてきたはずのウィンザーベルには真っ黒な影が覆い被さっていたのだ。
 その影は無数の羽虫だ。
 何十万、いや何千万いればあのような影になるのだろう。
 だがこれで、実際にウィンザーベルを襲っているのが『蟲遣い』ロウサーであることは確定した。
 あの魔神以外に、こんな規模で蟲を操れる存在がいるとは思えない。
 ロミリアは馬に拍車をかけ、騎士たちも置き去りにしそうなほどのスピードで、ウィンザーベルに向かった。

「慈愛と癒やしの神リデルアムウァよ。邪なる者を祓いたまえ。あるべきものをあるべき姿へ。あるべきものをあるべき場所へ」

 ウィンザーベルに近づくと、羽虫の群れがその行く先を阻もうとしてくる。
 だが、ロミリアの神聖魔法によって、それらはロミリアを中心とした結界内から弾き出され、どこかへと消えていった。
 まるで、ロミリアと騎士たちが目に見えない盾に覆われているようにも見えた。
 そうして、羽虫の群れを散らしながらウィンザーベルの西門に差し掛かると、開かれた西門の中央に、真っ黒な人影が立ちはだかっているのが見えた。
 否。
 人影に見えたものは、人の形を模した羽虫の群れ。
 その群れだけは、ロミリアの神聖魔法の範囲に入っても、散っていくことはなかった。

「よォ、遅かッたじゃァねェか! 聖女さンよォッ!」

 人の形を模した羽虫の群れが、しゃべった。
 羽音を重ねたような聞き取りにくい声だったが、それは確かに人の使う言葉だ。

「ロウサー……」

 ロミリアがその魔神の名を呟く。

「あれが魔神……」

「む、虫の塊じゃないか……」

 騎士たちは奇怪なロウサーの姿に恐怖しながらも、なんとか馬と自分自身を宥めた。

「相手がオレならば聖女さン一人で祓えるとでも思ッたか? だが残念だなァ! おめェが来るッてわかッてンならよォッ! いくらでも対策のしようはあるンだよ! ヒャハッ!」

「対策ですって?」

「そうだァ、これが対策だぜェ?」

 ロウサーはその両腕を大きく広げる。

「この街すべてをオレの蟲で覆ッてやッた! この範囲を浄化するには、さすがのおめェも時間がかかる! その間にどれだけの住人が死ンじまうかなァ! ヒャハハハッ!」

「…………!」

「うォッと、気ィつけなァッ! オレはまだ誰一人殺しちャいねェンだ! おめェのためになァッ! だが、余計な真似すッと全員殺しちまうぜェ? ヒャハハハハッ」

 この状況を覆すにはロウサーを倒すことが一番の早道だろう。
 この尋常ではない量を考えれば、蟲たちも他から召喚されてきた可能性が高い。であるならば、召喚主であるロウサーとの繋がりが断たれれば、元の場所に還るはずなのだから。
 問題は、目の前にいる人を模した蟲の塊が、ロウサーの本体かどうかわからないこと。
 十中八九、本体は別のところにいるだろうとロミリアは考えていた。

「……なにが望みなの?」

「ヒャハァッ! 察しがよくて助かるぜェ! まずはその鬱陶しい結界を消しなァッ!」

 結界を消すということは、未だ周囲に無数いる蟲たちに接触するということ。
 ロミリア自身は元より、四人の騎士たちもその被害を受けることになる。

「ロミリア様、我々のことは気になさらないでください」

「我々もウィンザーベルの騎士。街の人々の命がかかっているということでしたら、どのような仕打ちにも耐えてみせます」

 四人は一様にうなずきを見せた。

「あなたたち……」

「早くしやがれッ! 女子供からぶち殺しちまうぞォ!」

「わかりました。結界を解きます」

 ロミリアが結界を解除すると、それが形作っていたドーム状の空間に蟲たちが押し寄せるように入り込んできた。
 だが、身体に取りついてくる蟲は数匹で、それ以外のほとんどは一定の距離を保ったまま、空中で静止している。
 騎士たちは取りついてきた蟲を慌てて手で払っていたが、ロミリアは微動だにせずにただ静かにロウサーを見つめた。

「よォし、それでいい。次はそォだなァ……馬を降りて、服を脱ぎなァッ!」

「な――」

 その言葉にさすがのロミリアも絶句する。

「貴様っ! 恥を知れ!」

 騎士たちも口々に非難の声をあげるが、ロウサーはそれをただ嘲笑うだけだった。

「恥を知れだッてェ? ヒャハハハハッ! オレは魔神だぜェ? おめェらがなにを恥に思うかなンて、知ッたこッちャねェよ! ヒャハハハハハハハッ!」

 ロミリアは問う。

「その魔神が、私の裸を見て楽しいのですか?」

「うるせェッ! 誰がオレに質問していいッて言ッたァッ!」

「…………」

 口をつぐみ、ロミリアはゆっくりと馬から降りた。

「ロミリア様、なりません!」

「この様なことのためにロミリア様にお越しいただいたわけではありません!」

 そんな騎士たちにロミリアは首を横に振る。

「私もあなたたちと気持ちは同じです。街の人たちの命がかかっているのですから、どのような仕打ちにも耐えてみせましょう」

「ヒャハハハハ! いい心がけだぜェ!」

 ロウサーの嘲笑に騎士たちはうな垂れた。

「くっ……なんたる屈辱……」

「せめて我々は目を閉じ、背を向けていよう……」

 騎士たちが馬首を返す中、ロミリアはその白い法衣に手をかけ、脱ぎはじめる。

「その心がけに免じて、さッきの質問に答えてやるぜェ? ヒャハハ」

 相変わらず羽音混じりの聞き取りにくい声だったが、ロウサーの声には明らかに歓喜の色が滲んでいた。

「お察しのとおり、人間の裸になンざ興味はねェ! だが、おめェらはそれを屈辱に思う! それがオレにとッてのご馳走なのサ。とりわけおめェのような神の下僕が、恥辱にまみれる様は最高だ! だからよォッ!」

「うわっ、な、なんだ!?」

「か、身体が勝手に……よせ! そちらに向くな!」

「目が! 目蓋が閉じられない!」

 ロミリアの背後で騎士たちの声があがる。

「ヒャハハハハ! 観客がいねェと面白くねェもンなァッ!」

「――ッ! あなた、蟲を使って操りましたね!?」

「ヒャハハ、それがどうしたァ? 少なくとも、オレは人間を殺したりはしちャいねェぜェ?」

「くっ……!」

「そうだ! その顔だァッ! ヒャハハハッ! だがもッとだ! もッと屈辱と恥辱にまみれた顔をオレに見せやがれッ! 観客もたァくさん用意してやッたンだからよォッ!」

 いつの間にか、ロウサーの立つ西門に、ウィンザーベルの住人が集まってきていた。
 住人たちはロウサーを避けるように左右に分かれて進み、ロミリアと騎士たちを取り囲む。
 男もいた。
 女もいた。
 老人も、子供も。
 ありとあらゆる人々が、蟲に操られ、恐怖に満ちた目で、あるいはすでに諦めきってしまった目で、すでに法衣を脱ぎかけていたロミリアを見ていた。
 操られることを受け入れてしまったのか、それともその欲求の方が強かっただけか。
 中には、ロミリアのその姿をあからさまに欲情した目で見ている者もいた。

「ほら、脱げよ、聖女様ァッ! 下着一枚残さず、全部だぜェ?」

「ロウサー、あなたは……」

「あァン? なンか文句あンのかァ? なンならおめェの目の前で、人間同士の殺し合いをさせてやッたッていィンだぜェ?」

「おやめなさい! 私の裸くらい、いくらでも晒しましょう! ですが、ウィンザーベルの人々を傷つけることは絶対に許しません!」

 ロミリアは白く滑らかな肌を晒しながらも気丈に言い放つ。

「おめェが指図できる立場かよッ! 時間稼いでンじゃねぇぞ!? とッとと脱ぎやがれッ!」

 ロウサーの指示に従って、法衣をすべて脱ぎ、足元へと落とす。
 そして、豊満な乳房を片腕で辛うじて隠しながら、下腹部を覆う下着へと手をかけた。

「ヒャハハハ! 牛みてェにでけェおッぱいしてやがンなァ! 遠慮すンなよ! 隠してねェで、ちャンと両手を使ッてさッさと脱いじまえッ!」

「………………っ」

「おらァッ! グズグズすンなァッ! それとも何人か見せしめにしねェと裸にもなれェのかァッ?」

「…………やっとね」

「あァン?」

 ロウサーはその呟きに不審なものを感じたが、次の瞬間、ロミリアが乳房を隠していた左腕を広げ、その双丘のすべてを晒したことで油断してしまった。

「そォだ、両手でとッととその下着も――」

 ロミリアは下着からも手を放し、自由になった両手で宙空に聖印を描き、そして、唐突にその二つの手のひらを東の空にかざした。

「慈愛と癒しの神リデルアムウァよ! その浄き力を以て、邪なるを縛せ!」

「おめェ! なにを――」

 ロミリアが両手をかざした方向の空から、なにか黒いものが落下し、大地にドサリと音を立てる。
 それは、一羽のカラスだった。

「カラス……? ――あっ!? 動ける! 自由に動けるぞ!」

 騎士の一人がそのことに気がついて叫ぶと、他の騎士たちも住人たちも、一斉にホッとした声をあげ、自らの身体を確かめだした。
 周囲に集まっていた羽虫の群れも、散り散りになり、宙に溶けこむように消えていく。
 それは、先ほどまでロウサーとして話していた、人型の群れも同様だった。
 ロミリアは法衣を拾いあげ、それで身体を隠しつつ、落下したカラスの元に足を向ける。

「本体も絶対にすぐそばで見ているとは思ったけれど、まさかカラスとはね……」

「ロミリア様、よろしければこのマントを。――して、このカラスめが今の魔神の正体なのでしょうか?」

 騎士からマントを受けとり、感謝するロミリア。

「ロウサーは『蟲遣い』。魔界の蟲たちを統べる王なのだそうです。そして、その核となるものは常に蟲の形態をしていた。だから、私も必死に時間を稼ぎながら、どこにその核となる蟲が潜んでいるか探していたのですが……」

「蟲ではなく、カラスであったと。では、このカラスめにトドメを刺せば――」

 そう言って剣に手をかけた騎士をロミリアは制する。

「カラスを斬ってはいけません。このカラスこそ、今やロウサーを閉じこめる監獄。私は、カラスの身体自体を礎にして結界を張ったのです」

「では、ロウサーは……」

「見ていてください」

 ロミリアはカラスに向けて、もう一度聖印を切った。
 するとピクリともしていなかったカラスが、急に動きだし、バタバタと翼をはためかせて、あろうことか、腹を上にしてひっくり返る。
 そして、突然その腹の部分が、後ろから矢でも刺したからのように盛りあがり、突き破られた。

「うげっ!? これは……」

 カラスの腹から出てきたのは、醜悪なムカデといった様子の蟲だった。

「おめェ、ふざけンじャねェ! 汚ェぞ! オレを騙しやがッたなッ!」

「む、ムカデがしゃべった……」

 先ほどまで羽虫の群れがしゃべっていたにも拘わらず、騎士はそのことでまた驚く。

「これがロウサーの正体のようですね……。カラスに巣くう寄生虫となって、身を隠していたのです。おかげで探すのにずいぶん手間取ってしまいました」

「クソッ! どうやッて探したッてェンだ! おめェにそンな余裕はなかッたハズだ!」

「あなたと同じですよ、ロウサー。現れた魔神があなただというので、念のため、任意に発動できる術式を一つ法衣に施しておいたのです」

 ロミリアが手をかざすと、数匹の羽虫が飛んできてその手にとまった。

「まさか、おめェ、オレの蟲を……」

「邪気を祓い、聖化して、一時的に神のしもべとなってもらいました。あなたの核を探すのが一番面倒なことはわかっていましたし、狡猾なあなたを騙すには、あなたの遣う蟲をそのまま遣うのがいいのではないかと思いまして。――蟲たちよ、お疲れ様でした。あるべき場所へとおかえりなさい」

 最後にロミリアがそう言うと、羽虫たちは一斉に飛び去り、他の羽虫たちと同じように宙に溶けこむように消えていった。

「このままロウサーをこの世界から放逐いたします。念のため、最低十メルトは離れてください。街の人たちにも、こちらに近づかないよう注意を促して」

「承知いたしました!」

 四人の騎士たちは方々に散り、操られていた人たちを街の中へと誘導する。
 その中、ロミリアは、ロウサーを中心とした魔法陣を大地に刻みはじめた。

「クソッ! クソッ! このオレが! 神官ごときにオレの蟲を遣われるなンてッ!」

「うるさいわよ、ロウサー。アタナシアの時より念入りに放逐してあげるから覚悟してちょうだい……っ」

 そう言って、ロウサーを睨みつけた時、ロミリアは異変に気がついた。
 大地に刃が突き立っていたのだ。
 三日月のように湾曲した刃。その切っ先はなぜか天を向いている。
 ――こんなもの、さっきまではなかった。
 そう思った瞬間、刃がロミリアの方を向き、地面を疾駆しはじめた。

「な!?」

 半端にマントを巻きつけた状態ながらも、ロミリアはなんとかそれを回避する。
 だが、刃は急旋回して、今度はロウサーの方へと向かった。
 刃は一瞬のうちにカラスを斬り刻み、周囲にその血肉と黒い羽根をまき散らす。

「いけない! ――全員急いで! 街に入って門を閉じてください!!」

 なにが起きているのかを察知して、ロミリアはまだ街の中に入っていない人たちに向けて叫んだ。

「ロミリア様! いったいなにが!?」

 騎士が叫ぶ。

「いいから急いで! あなたたちもすぐに街の中に!」

 ロミリアはそちらには目を向けずに叫び返した。
 目を離すわけにはいかなかった。
 そこには、再び蟲たちを呼び寄せて人型を形成しつつあるロウサーに加え、腕や脚からいくつもの刃が突き出ているもう一体の人型が立っていたからだ。

「『刃を統べる者』フェルミリア……」

 その魔神の名を呟くロミリアの背中に、冷たい汗が滴り落ちていった。

        ◇ ◇ ◇


「コイツを喰らいな! 『フリージング・ツイスター』!」

「また勝手に……もう仕方ないわね。『ライトニング・バインド』!」

 ノクトベルでは、『爆炎を纏う者』プロシオンを相手に、アラヤ・エナンジーとマナ・エナンジーと名乗る二人の子供が奮闘していた。
 アラヤの魔法によって、プロシオンの周囲に極寒の旋風が巻き起こり、その直後、今度はマナの魔法によって、プロシオンは光り輝く雷の縄の束縛を受ける。
 だが、次の瞬間、やはりプロシオンの身体は爆発した。
 爆発の衝撃で極寒の旋風も、雷の縄も消し飛び、プロシオンの哄笑がこだまする。

「カハハッ! その程度の冷気や電気で我の爆炎はとめられはせんぞ!」

 その様子を見ていたリエーヌは呟く。

「やはり、あの爆発をなんとか封じなければ……」

 プロシオンはあの爆発を使って、自分に降りかかる攻撃をその衝撃で相殺している。
 そんなことをすれば、人間ならば自身もその爆発によってダメージを受けるはずだが、プロシオンは炎の魔神。どうやら、プロシオン自身は、あの爆発で傷つくことがないらしい。
 あの爆発さえ突破できればチャンスはあるのではないかと、リエーヌが放ったのが『大気の槍』の魔法だった。
 爆発では一点集中的な攻撃は防ぎきれないのではないかと踏んでのことだったが、その目論見はあっさりと崩されてしまった。
 方法に問題があったのではない。
 一つ一つの爆発が、リエーヌの想定をはるかに超えた威力だったのだ。
 だが、今エナンジー姉妹が見せた攻撃は、リエーヌの発想と逆のものだ。
 取り巻き、捕らえる。
 結局は爆発で吹き飛ばされてしまったが、それも爆発の威力が想定を超えていたからだと思える。

「どうして、私は……」

 二つめの方法があるのなら、三つめの方法も四つめの方法もあるはずだ。
 それを発想する思考自体を、私は放棄してしまっていたのではないか。
 一人で魔神を倒さなければならないと気負って、思考停止に陥っていたのだ。
 その魔神が想定していたガビーロールでなかったことも、思考停止に拍車をかけていたかもしれない。

「なにが『新世代筆頭魔術師』ですか。情けない」

 リエーヌ・ユーエル・グリーヌは未だ十八歳。
 魔法使いとしては若すぎると言っていいほどに若い年齢だ。
 だが、若さを言い訳にするつもりは毛頭なかった。
 なにしろ目の前では、十二歳であるエリナたちが倒れ、それよりも歳下だと思われるエナンジー姉妹が戦っているのだ。
 魔力を使い果たした今でも、なにかができるはずだ。
 リエーヌはそのなにかを見出すため、目の前で行われている戦いに集中し、その思考の加速度を限界まで上げていった。

「思ったより、だいぶ強いな」

 アラヤが意外そうな口ぶりで言う。

「相手は魔神よ? アラヤの考えが甘すぎるだけじゃないかしら」

 マナもそれに応えて、ため息混じりに言った。

「ほう? 童ども、まだまだ余裕がありそうだな。では、我の方からも往くとしようか!」

「来た!」

 プロシオンがスッと指先を向けると、アラヤの元で爆発が起こる。

「アラヤ!?」

 心配の声をあげるマナ。
 爆発の煙が晴れた先には、両手を広げた状態で立つアラヤの姿があった。

「ほう、今の攻撃を防いだか! よいぞ、童!」

「イテテ、やっぱ思ってたより、だいぶ強いぜ。でも、これでだいたいわかった!」

「本当かしら……?」

 アラヤの強気な台詞にマナが嘆息する。
 だが、今度はそのマナに、プロシオンの指先が向けられた。

「では、そっちはどうだ?」

「やってみなさい!」

 その言葉と同時にマナの元で爆発が起こるが、その爆発は先ほどまでのものより妙に小規模なものだった。

「むぅ、これは……」

 煙が晴れると、マナの前方にバチバチと火花を散らしながら展開する輪が現れた。

「『雷の盾』。わたしを狙った攻撃は、この輪の中心に誘導され、電撃によってその衝撃が相殺される仕組みよ。あなたのその爆発を使った防御と同じようにね」

「やっぱりマナだって余計なこと言ってるじゃんか」

 得意げに説明するマナにアラヤが不平を漏らす。

「いいのよ、これは。どうせ、知られていることだわ」

「カハハッ! もはや懐かしい魔術よな! そうか童ども! 貴様らはかの魔術師の縁者か! だが、その程度のことで『魔神を倒す力』とは奢ったものよな!」

 プロシオンは準備運動でもするように首をゆっくりと回した。

「どれ、少し本気を出してやろう。これも防いでみるがよい」

「何度やっても同じことよ!」

 マナはさらに強力な爆発に備えて、『雷の盾』にさらなる魔力を送りこむ。
『雷の盾』は円の縁から内部に向けて放出する電気の力によって、その衝撃自体を一割以下にまで封じこめる効果があった。
 どんなに強力な爆発があっても、この障壁は破れない。
 マナには絶対の自信があった。
 だがその時、アラヤの背中に強烈な悪寒が走った。彼女は本能のままに危険を叫ぶ。

「マナ! ダメだ!」

「え?」

 プロシオンは軽く握った拳をマナに向けてバッと開いて見せた。
 その瞬間、マナを取り囲む五点が同時に爆発し、マナはわけもわからずに吹き飛ばされる。

「マナァァァッ!」

 強烈な爆発によって吹き飛ばされ、地面に転がるマナに向かってアラヤは走り出した。

「そちらに気を取られている場合ではあるまいよ! 童!」

 プロシオンは今度はアラヤに向けて、その五本の指を差し向ける。

 再び、五点同時の大爆発が巻き起こった。

 だが――

「マナ! マナ! しっかりしろ! マナ!」

 転がるマナの身体をアラヤが抱き起こし、その名を叫んでいた。

「なんだと……? 一体なにが……」

 訝しがるプロシオンの前に、リエーヌが立ちはだかる。

「まったく……。私があなた方を助けることになるとは思ってもみませんでした」

「むう? 我はもう貴様には飽きているのだ。大人しく逃げ隠れておればよかったものを」

 恐るべき力を秘めた炎の魔神プロシオン。
 リエーヌは度重なる爆発でボロボロになった服装のまま、しかし、これ以上ないほど優雅な一礼を、その恐怖の象徴にしてみせた。

「私にも意地というものがございます。今少しの間、メイドの意地におつきあいくださいませ」


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