魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 収穫祭で一騒動です!③

 その後、ロミリアと合流したリクドウたちは、念のため、周囲にガビーロールの手がかりが残っていないか捜索したが、これといったものはなにも見つからなかった。
 人形が道化のような衣裳を着ていたことから、旅の劇団にも当たってみたが、やはりこちらも手がかりはなし。
 ロミリアは当面の脅威は去ったと判断して、収穫祭はそのまま続行することに決めた。

「えっと……まだお祭り見て回っててもいいのかな……?」

 エリナは恐る恐るリクドウの顔を見あげる。

「ああ、もちろんだ。ただ、念のため、俺も一緒についていかせてくれ。それともやっぱり、保護者がついていったら鬱陶しいか?」

「ううん! わたしは全然おっけーだよ! フランとカナちゃんも、りっくんが一緒でいーい? あ、たぶん、リエーヌさんも!」

 エリナの言葉に、リエーヌが小さく頭をさげた。

「うん、私ももちろん大丈夫」

「撃退できたとは言え、エリナは狙われたんだもの。当然の配慮だと思う」

 フランとカナーンもうなずく。
 そんな二人に、エリナは後ろから飛びつくようにして肩を組んだ。

「またあんなのが来ても、フランとカナちゃんがいてくれれば、わたしは全然怖くないけどねっ」

 その頭にバサバサと羽音を立ててコルが止まり、キィッと一声鳴いた。

「もちろんコルもね! 忘れてなんかないってばっ」

 エリナたちが大聖堂前の広場に戻ってくると、そこは一際大きな喧騒に包まれていた。
 人々はどうやらガビーロールによる襲撃があったことにさえも気がついていないようで、広場の中央で開催されている剣術の試合に熱狂的な声援をあげている。

「おおお! あの子、また勝ったぞ!」

「いいぞ、お嬢ちゃん! がんばれー!」

 そんな歓声にエリナたちは顔を見合わせた。

「女の子が闘ってるのかな?」

「ちょっとここからじゃよく見えないけど……たぶん」

「あ、あっちの方からなら見えるんじゃないかしら」

 エリナとフランの言葉を受けて、カナーンが右手の方を指さす。

「りっくん! これ見たいから、あっちの方に行くね!」

「わかった。すぐに追いつく」

 リクドウがうなずくと、エリナはいても立ってもいられないという様子で、フランとカナーンを引き連れて人混みを掻きわけていった。

「リクドウ様、肩をお貸しいたします」

「いや、大丈夫だから」

 不満顔のリエーヌに苦笑しつつ、リクドウは器用に杖をついて、エリナたちの後を追う。
 だが、その頭の中では、ガビーロールの残した言葉が、繰り返し響いていた。
 エリナはエリナだ。
 たとえ魔王の娘であろうが、それ以外のなにかであろうが、エリナはエリナであり、この十数年の間、リクドウが手塩にかけて育ててきた大切な娘だ。その正体については、正直なところ、それほどの興味はない。
 だが、エリナに秘められた力がどういったものであるのであるのかは、気にならないわけがなかった。
 それを、どうやらガビーロールは知っている。
 もちろん、その言葉自体が嘘であり、リクドウやエリナを陥れるための罠であることは充分に考えられることだろう。
 ガビーロールを探してリクドウがノクトベルを離れた隙に、エリナが襲われることだって、当然視野に入れなければいけない。
 ノクトベルにはロミリアがいるとはいえ、今回のように街自体を人質に取られるようなことになれば、どうしたってエリナ個人を優先して護るというわけにはいかなくなる。否、リクドウとしても、そんなことをロミリアに頼むわけにはいかないのだ。

「リクドウ様? いかがなさいました?」

 この若きメイドも、ブレナリア王国でも有数の魔術の使い手ではあるが、相手が魔神ガビーロールともなれば、さすがに分が悪いと言わざるを得ない。

「いや、リエーヌがいてくれて本当に助かっているよ。感謝している」

「!? それは私へのプロポーズと受けとってもよろしいでしょうか?」

「全然違います」

「ちっ」

 その上品な佇まいから出るはずのない下品な舌打ちが放たれた直後、またしても大きな歓声が沸きあがった。
 リクドウはそこでようやくエリナたちに傍にたどり着く。

「ずいぶん盛りあがってるな」

「あ、りっくん! すごいの! 勝ってるのパニーラなの!」

 リクドウの声に振り返ったエリナは、我が事のように興奮した声をあげた。

「もう大人の人を五人も倒しちゃったんだそうです」

 苦笑しながらエリナの言葉を補足するフラン。
 パニーラというのは、ノクトベル聖学院においてエリナたちと同じクラスで学ぶ、同年代の少女だった。
 彼女は、日頃からプレツィター商会の娘ペトラ・プレツィターと共におり、その護衛役を自ら名乗っている。
 いくつかの事件を通して最近こそはその態度を軟化させつつはあったが、元々はペトラと共にエリナに嫌がらせを繰り返していた少女でもあった。

「まったく……なんでパニーラが勝ったからって、エリナがそんなに嬉しそうにするのよ」

 カナーンも思わず呆れ気味に嘆息してしまう。

「え、でも、すごくない?」

 きょとんとして言うエリナに、カナーンは目を丸くしつつ、つい緩んでしまいそうになる口元を手で隠した。
(これだからこの子は……)
 その時唐突に、喧騒が短く沸きたち、周囲の視線がある一点に集中する。
 勝者であるパニーラが、木剣の切っ先をカナーンの方に差し向けていたのだ。

「カナーン・ファレス! 私と戦え!」

「ちょっ、パニーラ!?」

 エリナは驚きの声をあげ、フランは息を呑む。
 そして、当のカナーンは「ふぅ……」と重いため息をついた。
 パニーラは以前、剣術の授業でカナーンと模擬試合をすることになり、一瞬で敗北を喫してしまったことがある。
 カナーンがやってくるまで、クラスでは一番強いと目されていたパニーラとしては、堪え難い屈辱だったことだろう。
 その雪辱を果たしたいという気持ちは、カナーンにも理解はできた。
 だが、それをこんな聴衆の目の前でやるのか、とはどうしても思ってしまう。
 その一方、祭りのテンションと十二歳の少女であるパニーラの快進撃で、すっかり興奮していた周囲の者たちは、当然の様に「いいぞ! やれやれ!」などと囃したてていた。
 どうにも断れる雰囲気ではなかったが、そんなカナーンの肩にリクドウはポンと手を置いた。

「さっきあんな強敵と戦ったばかりなんだ。ここでご指名に応える必要はないんじゃないか?」

「リクドウ先生……」

 その気遣いに胸を温めつつも、カナーンはゆっくりとかぶりを振る。

「パニーラだって、五戦もして息があがっているように見えます。それに、私たちがなにと戦ったかなんて、私たち以外の誰も知らないこと。ここで尻尾を巻いて逃げることはできません」

「……そうか。だけど、無理はするなよ」

「はい。ありがとうございます」

 カナーンは小さく笑ってリクドウに礼を言った。

「エリナ、私の剣を持っていてくれる?」

「うん。がんばってね、カナちゃん」

 エリナからの激励を受けつつ、背負っていた大剣を手渡す。

「やっぱり蹴られちゃってたお腹、治した方が……」

「もう痛くもないから全然平気。心配しないで、フラン」

 そして、フランを安心させるようにそう言うと、カナーンは試合の舞台に向かった。
 カナーンの動向に、また一斉に歓声が沸きあがる。
 その喧騒の中、係員から受けとった木剣を二度ほど振って重さを確かめると、カナーンは軽やかな動きで一段高くなっている舞台にあがって、パニーラと対峙した。

「待たせたわね、パニーラ」

「勝負を受けてくれたことに感謝する」

 パニーラはそう言って、頭を小さくさげた。

「……変わったわね、貴女」

「私はお嬢様のために強くなると決めた。そのためには変わらなければならないんだ」

 エリナたちと観戦していた場所からはわからなかったが、舞台に上がってみるとすぐにペトラとプルムの姿が見えた。
 ここまで言う以上、パニーラに今までのような慢心はないだろう。
 いや、むしろ、並々ならぬ決意すら感じる。
 剣の技量において、パニーラに後れを取るつもりは毛頭ないカナーンだったが、「強さなんてものは、心持ち一つでいくらでも変わる」と言うルナルラーサの言葉を思い出して、気を引きしめ直した。
 フランには平気だと言ったものの、ガビーロールに蹴られた腹部に痛みがあることも事実だ。
 だが、パニーラがすでに五連戦してきていることも、また事実。
 この程度の負傷など、なんの言い訳にもならない。

「手加減はしない。それでいいわね?」

「元よりそれが望みだ」

 二人はうなずき、お互いの木剣を軽く合わせた。
 そして、舞台上に刻まれた開始位置を示す線の上に立つ。

「お互いに正々堂々戦うように! では……はじめっ!」

 審判を務める街の衛兵が、そう言って高々と挙げた右手を振りおろした。

「先手――必勝ッ!」

 試合開始の合図と同時に、パニーラは一息にカナーンとの距離を詰めて、その鋭い突きを放つ。
 カナーンは剣を上段に構えたまま、その突きを躱した。

「前の時と同じだっ」

 その展開にエリナが声をあげる。
 以前の試合では、その突きを数度躱してから、カナーンは決めにきたその突きごとパニーラの木剣を叩き斬って勝利した。
 だが――
(踏みこみが深い……!)
 前回から約一ヶ月。
 修練はそれなりに積んでいることがパニーラの動きから感じられたが、技量そのものがそこまで急激に上がっているわけではない。
 だが、そのひと突きひと突きに、前回とは明らかに違う鋭さを感じていた。
 慢心を捨てた故か。
 なにかはっきりとした目標でもできたのか。
 あるいはその両方か。
 いずれにせよ、そう言った意志の強さが、今までのパニーラに決定的に足りていなかった一撃一撃の力強さを与えていることを、カナーンは強く感じとった。
 それによって、カナーンはその攻撃を躱すことに集中せざるを得なくなる。
 その上、身体を捻る度に、ガビーロールに蹴られた腹部に激痛が走っていた。

「もらった!」

 カナーンが一瞬眉を顰めたのを隙と見たのだろう。
 パニーラはその瞬間、カナーンの正中線に狙いを定めた一際鋭い突きを放った。
 それは、前回木剣ごと斬って落とされたのと同じ技だった。

「くっ!」

 だが、その鋭さに今度は斬って落とすことができなかった。
 カナーンは素早く後方に跳んでなんとかそれを躱す。
 と同時に、上段に構えていた剣を水平にし、その切っ先をパニーラへと向けた。

「ふぅ……やるわね」

「――フン、よく言う」

 そして、二人はお互いに剣を構え直した。

 そんな戦いを見て、エリナがぼそりと呟く。

「カナちゃん、やっぱりお腹痛いみたい。いつもはもっとにゅるんって滑らかに動くもん」

「エリナ……カナちゃん、負けちゃうの? やっぱり私、無理矢理にでも治癒魔法かけておけばよかった……」

 フランは自らの失策に顔を青ざめさせた。

「パニーラもすごく強くなってると思うけど大丈夫、わたしはカナちゃんが勝つと思う。後ろに跳んで躱した時、カナちゃんが剣を下ろしてパニーラに向けたでしょ? あれ、パニーラもよく我慢したと思うけど、パニーラが勝ったと思ってもう一歩飛び込んでたら、そこにぶつかって勝負が決まってたんじゃないかな。そうだよね、りっくん?」

「ああ、俺もそう思う。だが、パニーラもそこで踏みとどまることができたんだ。勝負はまだまだわからないぞ?」

「そんなことないよ。カナちゃんが勝つ」

 エリナにしては珍しいその断定的な否定に、リクドウは目を丸くする。
 それを言った本人は、もう試合に集中していて、リクドウの方を見てもいなかった。
 少し前までのエリナは、「やっぱりりっくんの言うとおりだ!」などと言って、リクドウの言葉ならなんでも鵜呑みにしていた。
 カナーンという新たな友人を得、命に関わるような経験を二度もして、そんなエリナも変わりつつあるのだろう。
 娘の成長を喜ぶべきだ。
 頭ではそれがわかっていても、やはり一抹の寂しさを感じてしまうリクドウだった。

 ワァッ! と歓声が沸きあがった。
 パニーラの突きが、とうとうカナーンの脇を掠め、その衣服の一部を破っていたのだ。

「手加減はしない。そう言っていたはずだが?」

 こんなものではないだろうと、パニーラはカナーンを睨めつける。
 パニーラのその強い視線に、つい先ほどのガビーロールの襲撃を思い起こした。
 エリナがあの力を使わなければ、リクドウが駆けつけてくれなければ、一体どうなっていたか。
 自分をエリナを護ると決めたのではなかったか。
 認めよう……。
 パニーラは私と同じだ。
 パニーラもまた、ジントロルの襲撃や神聖復興騎士団との戦いで自らの無力さを思い知ったはずだ。
 それでも尚、パニーラはペトラのために強くなることを選んだのだ。

「興味があったのよ。貴女がどの程度やるようになったのか。正直、想像していた以上だったわ。感心した」

「ずいぶん上からの物言いだな」

「そういう風に聞こえたのならごめんなさい。言い直すわ」

 カナーンはパニーラから距離を取り、剣を上段に構え直した。

「貴女のことは好きにはなれないけど……同じ剣士として、敬意を持ってこの技を放つ。改めて言うけど、手加減はできないから覚悟して」

「――ッ! 望むところだ!」

 そして、カナーンは深く息を吸いこむと、上段に構えた剣を勢いよく振り下ろす。
 まだ、パニーラに届く間合いではないはずだ。
 だが、カナーンのその振りは、振り下ろすのみに留まらなかった。
 振り下ろされた剣は、勢いを増しながら振り上げられ、そしてまた振り下ろされる。
 そのあまりの速度に、カナーンを中心にした真円が浮かび上がって見えていた。
 そして――

「な!?」

 そのカナーンが、パニーラの視界から忽然と姿を消した。

「パニーラ! 上です!」

 ペトラの声に咄嗟に顔をあげるパニーラ。
 だがもはや、カナーンのその剛剣はパニーラの目前に迫っていた。

 ギンッ!

 木剣同士がぶつかって出したものとは到底思えない音が鳴り響いて、沸きあがっていた観客たちも一斉に静まりかえった。
 カナーンの、そのあまりの剛剣の前に、パニーラ自身が叩き斬られたようにも見えていた。

「――嘘つきめ」

 パニーラがこぼす。

「手加減できないなどと言っておいて、寸止めとは……」

 カナーンの木剣はパニーラの木剣を叩き斬り、その額をかち割る寸前で止められていた。

「手加減なんてしてない。本当の本気で全力を出して、それでもこの寸止めはできないかもしれないって思ってた。運がよかったわね、パニーラ」

 そこでふと力が抜けたように、パニーラはドサリと音を立てて尻餅をついた。

「私の、負けだ」

 カナーンの勝利に観客たちが一斉に沸きあがる。

「ほら。立てる?」

 耳をつんざくほどの大歓声の中、カナーンはパニーラに手を差しのべた。
 だがその手は、ぺしっと振り払われる。

「馬鹿にするな。貴様の手助けなどいらん」

「む……」

「私とて、貴様のことなど絶対に好きになどなれん!」

 そう言い放ちながら、なんとか手をついてパニーラは立ちあがった。

「だが……同じ剣士として、貴様のその強さには敬意を払おう。いつか必ずその強さに追いつき、追い越す! その目標としてな!」

 そして、パニーラは踵を返し、ペトラとプルムが見える方向へと歩いていく。
 カナーンも小さく肩をすくめてから踵を返し、エリナたちが待つ方へと顔を向けた。

「ふぅ、すごいな。あんな軽そうな木剣であの技を出すのか」

「あの技って……剣を振り回しながらポンって高く飛びあがったヤツ? 軽い方が高く飛びあがれるんじゃないの?」

 そんなリクドウの呟きにエリナが疑問の声をあげる。

「あれは『アルグルース・セレネー』っていうルナルラーサの得意技でな、剣を振った遠心力を利用して身体を動かし、またそれを利用して剣を振るっていうことを繰り返す技なんだよ。だから、実は剣が重い方が技を安定させやすい。まあ、カナーン自体の身体もまだ軽いだろうから、あんな木剣でもできたのかもしれないが――」

 そこまで言ってリクドウは急に顔を青ざめさせた。
 魔王討伐の勇者であるリクドウを青ざめさせるほどの殺気が背中を駆け抜けたのだ。
 だがそれは、慌てて振り返るまでもない、馴染み深い気配でもあった。

「なに? つまり、アタシが歳を食っていて身体が重いってことを言っているわけ?」

 それはカナーンの養母であり、『月輪の戦乙女』と謳われる大陸屈指の女剣士、ルナルラーサ・ファレスその人だった。

「そんなことは一言も言ってない! それより、ルナルラーサ。見ていたか? カナーン、すごかったぞ?」

「フン。もちろん見ていたわよ。――あ、あの子もこっちに気がついたみたい」

「ルナ!!」

 カナーンが舞台から飛びおり、エリナたちでも滅多に見ない少女らしい笑顔を見せて駆けてくる。

「カナちゃんの勝利を讃えたいところだったけど、わたしたちは後にした方がいいね」

「だね、エリナ」

 エリナとフランも空気を読んで脇に退くと、カナーンもちょっとだけ恥ずかしそうに目を伏せてから、それでもそのままルナルラーサの胸に飛び込んだ。

「ルナ、今の見ててくれた!?」

「途中からだけどね。あの木剣でよくアルグルース・セレネーができたわね。それに、寸止めもお見事。さすがにちょっと冷や冷やしちゃったけど」

「……あの子、いつの間にか剣士の心構えができてたみたいで、私も本気で相手しないと失礼かなって思っちゃって」

「ふぅん。そっかそっか。いいライバルになれそう?」

「それはどうかしら……。まあ、これからもしつこく挑んでこられそうだけど。あ、それよりルナ、今帰ってきたの?」

 カナーンのその質問に、ルナルラーサはハッとして、リクドウを振り返った。

「そうよ、リクドウ! さっきなんか出たでしょ!? ヤバい気配を感じて急いだんだけど、撃退した? 街全体がロミリアの結界に包まれたのがわかったから、対処はしたんだろうけど」

「まあ、一応な。ここで話す話でもない。よかったら家で話さないか?」

「り、リクドウの家で? まあ、別にいいけど……。こっちも話したいことあるし……」

 ルナルラーサの返事が微妙に歯切れが悪いことにも気がつかずに、リクドウはうなずいて言う。

「収穫祭での出番が済んだらロミリアも来るはずだ。悪いがリエーヌ、お茶の準備を頼めるか?」

「かしこまりました、リクドウ様」

 ぺこりとこうべを垂れるリエーヌに目を向けて、ルナルラーサが固まった。
 未だその胸元に抱きついていたカナーンが、そんなルナルラーサの様子を訝しむ。

「……あれ、誰?」

「あ、最近エリナの――リクドウ先生のところに来たメイドのリエーヌさんよ」

「リクドウの……ところに……メイド……?」

 思わず凝視してしまっていたルナルラーサに、リエーヌが深々と頭をさげた。

「申し遅れました。私はランドバルド家のメイドをしております、リエーヌ・ユーエル・グリーヌと申す者。『月輪の戦乙女』と謳われるルナルラーサ・ファレス様とお見受けいたしました。ご養女でいらっしゃるそちらのカナーン様とも懇意にしていただいております。どうか、お見知りおきを」

        § § §

 カナーンは剣術の試合の勝者として舞台に残ることを求められたが、負傷を理由にそれを固辞して舞台を後にした。
 もっとも、その負傷は舞台から離れた直後、フランの治癒魔法によって、強制的に治されてしまったが。
 ともあれ、そうしてエリナたちは、収穫祭の主な会場である広場を抜けて、ランドバルド邸に向けてぞろぞろと歩き出した。
 いつもならこの辺りまでは馬車で来るリクドウだが、祭りで混雑するのがわかっていたため、今回は徒歩。

「肩をお貸しいたします」

「いや、大丈夫だから」

 と、先ほどもあったリエーヌとリクドウの会話が、ここでもまた繰り返されている。
 問題は、それを尋常ならざる様子で見つめているルナルラーサだった。

「ね、ねえ、カナちゃん。ルナルラーサさん、なんかリエーヌさんのこと睨みつけてるみたいなんだけど、なんかあったの?」

 エリナが小声でカナーンに尋ねる。

「私にもわからないわ。もしかしたらだけど、リエーヌさんが凄腕の魔法使いだってことを見抜いて警戒してるのかも。ほら、さっきもメイドとしか名乗らなかったじゃない?」

「あ、なるほど……」

 カナーンの推論にエリナはうんうんとうなずいたが、フランは苦笑して「たぶん違うんじゃないかな……」と小さく呟いていた。

「リクドウ、その辺でちょっと止まってくれる?」

「ん? なんだ?」

 ルナルラーサの呼びかけに立ち止まるリクドウ。
 エリナとカナーンは、ルナルラーサとリエーヌの間になにか問答が起こるようなら止めなければと身構えたが、それは杞憂だった。

「今日はもう一人いるのよ。さっきのヤバい気配の件があったから、街をぐるっと見回ってくるって言って……。広場を出たこの辺りで落ちあうことにしてあったから、少し待ってれば来ると思うわ」

「もう一人? 誰だ?」

 リクドウのその問いに、ルナルラーサではない声があがった。

「にゃっはっはっ! それはわたしです!」

 緑色の髪に尖った耳を持つ少女が、いつの間にかエリナたちの背後にいた。
 驚いて振り返ったエリナは、その少女の顔を見てもう一度驚く。

「レイアーナだ! レイアーナー! 久しぶりー!」

 そして、その緑髪の少女にエリナは抱きつき、そんなエリナの頭を少女はぐりぐりと撫でまわした。

「にゃっはっはっ。エリナー、いい子にしてた~?」

「にゃはは、たぶんね~。ねぇねぇ、レイアーナ、おみやげは~?」

「にぇへへ、任しておきなさい。このレイアーナ・ヴェルデが、愛しい愛しいエリナのためのおみやげを忘れるはずがないでしょ~?」

「やったぁ❤ レイアーナ、大好き!」

「わたしも大好きだよ~。ん~❤」

 調子に乗ったレイアーナが突きだした唇をエリナの顔に近づけると――

「ちょっとエリナ」

「ねぇ、エリナ。この人はどなた? 紹介してくれる?」

 カナーンとフランが、それぞれエリナの左右の腕を引っぱって、レイアーナから引き剥がしてしまった。

「あら、残念」

「あ、そっか。えっと、この人はレイアーナっていって、りっくんの昔からの友達でハーフエルフなんだって。いっつも旅してるんだけど、たま~に家に遊びに来て、旅の途中で手に入れたおみやげとか持ってきてくれるの。それがわたし楽しみで楽しみで♪」

「……で、そのレイアーナが、ルナルラーサと一緒に来たもう一人か?」

 エリナの言葉を受けて、リクドウがルナルラーサに尋ねる。

「まあね。ちょっと厄介な迷宮の探索をしなくちゃいけなかったから、つきあってもらったのよ」

 今度はそのルナルラーサの言葉を受けて、カナーンが「あ」と声をあげた。

「どうしたの、カナちゃん?」

「気がつかない? リクドウ先生の昔からの友達で、ルナが厄介なんて言う迷宮の探索に一緒に行っていたのよ?」

 カナーンのその言葉には、エリナより先にフランが理解を示した。

「わ、わかった……。さっき観た劇でもいた……。えっと、たしか……『妖精の血を受け継ぎし射手』……」

「へ?」

 目をパチクリさせてエリナがレイアーナの顔を見る。

「あー、そっか。もうエリナにも、リクドウが勇者だって話したんだっけ?」

「レイアーナも魔王討伐の英雄の一人だったの!?」

「あんま大声でそういうこと言わない。誰かに聞かれたら鬱陶しいでしょうが」

「わわ、ごめんっ。で、でも、レイアーナ、前に行商人とか言ってなかった……?」

「嘘は言ってないよ? わたし、実際に行商人もやってるし。この街なんかだとプレツィター商会ってとこに行けば、得意の取引先として扱ってもらえるし」

 レイアーナは、魔王討伐の云々よりもはるかに得意げに行商人としての自分を語った。

「うわぁ……そうだったんだ……。あ、じゃあ、レイアーナはわたしのことも知ってて……」

 自分の出自を思い出して、そう呟くエリナの頭を、レイアーナはまたぐりぐりと撫でまわす。

「エリナはいい子でかわいいもん。だったらかわいがるしかないでしょー?」

 それを見て、ルナルラーサが面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

「フン。合流できたんだから、こんなところで立ち止まってる必要はないわね。さっさとリクドウの家に行きましょう?」

「まぁまぁ、ルナちゃんったら焼きもち焼いちゃってかわいいわね~。大丈夫、大丈夫。このレイアーナお姉ちゃんがちゃぁんとルナちゃんのこともかわいがってあげまちゅからね~」

「アンタ、本気でぶちのめすわよ!?」

「にゃははは、こわいこわい♪」

 そんなじゃれ合いのような会話を交わしながら、またリクドウの家へと歩を進めていく。
 そんな中、カナーンがそっとフランの袖を引っぱった。

「どうしたの?」

「あのレイアーナって人……悪い人じゃないんだろうけど……」

「ん?」

「エリナに馴れ馴れしすぎだし……ルナのことルナって言うし……」

「カナちゃん……」

「わかってる……。私、子供みたいなこと言ってる……。でも……」

 カナーンの指は、まだフランの袖を引っぱっていた。

「ううん。そういうの、言ってもらえて嬉しい。私にしか言えないことだと思うし」

「……ありがとう、フラン。こんなこと言えるの、本当にあなただけよ」

 そこにエリナの声がかけられる。

「フランー、カナちゃーん。どうかしたー?」

「なんでもないわ。行きましょう、フラン」

「うん、カナちゃん」

 意味ありげに微笑む二人に、エリナは首を傾げるばかりだった。


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エロゲシナリオライター、ラノベ作家、同人エロ絵描き、バ美肉おじさん等々をやっております。 4月25日にMF文庫J刊『電脳少女シロとアイドル部の清楚な日常』というラノベが出るのでVTuberファンの方、チェックよろしくお願いいたします。
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