魔王の娘だと疑われてタイヘンです! 新章 離れ離れは寂しいです!②
それから三日ほどの間を、リクドウたちは旅の準備に費やした。
その期間は、まだ収穫祭が続いていて、食料などの調達がしやすく、行商人としての一面も持つレイアーナなどは、道中の町や村で売買ができる様な商材を仕入れていたようだった。
「うん……こんなもんか……」
そんな中、ルナルラーサは、家の中で怪しく輝く三振りの大剣を並べていた。
どの大剣もルナルラーサ自身の身長と同じくらいの大きさであったが、剣自体の造りや全体のフォルムはそれぞれまるで異なっている。
幅広の刀身にルーン文字が刻まれ、柄の部分に車輪の意匠が施された魔剣は《アリアンロッド》。
緩いS字を描く刀身に、十字の柄を持つ魔剣は《ヘカテー》。
スメラ特有の、透き通るように美しい片刃の刀身を持つ魔剣は《ツキヨミ》。
そのどれもが強力な魔力が込められた魔剣であり、魔神への対抗手段となり得るものだった。
「ルナ、もしかして、三本とも持っていくつもりなの?」
カナーンが少し離れた場所からそっと話しかける。
魔剣を扱っている時に、不用意に近づいてはいけない。
ルナルラーサには昔から、そう言い聞かせられていた。
「相手は魔神。なにがあるかわかったものじゃないからね。……でも」
「でも?」
ルナルラーサはカナーンの目をじっと見つめた。
「……カナーン、アナタの剣を見せてちょうだい」
「え? うん……」
カナーンは部屋に置いてあった大剣を取ってきて、ルナルラーサに手渡した。
ルナルラーサの剣術の特性に合わせて、これらの大剣はおおよそ使う者の身長と同じくらいの大きさにしてあった。
だから、こうしてルナルラーサの物とカナーンの物が並べられると、同じ大剣とは言え、どうしてもカナーンの物が小さく見えてしまう。
なんだか子供用みたいだ。
そんな風にカナーンは少し恥ずかしさを感じてしまっていた。
「よく手入れしてあるわね。感心感心」
「剣の手入れは大事だって、ルナが教えてくれたから」
「うん、ちゃんと続けててくれて嬉しいわ。アタシとしても思い入れのある剣だしね」
「……そうだったの?」
「ちゃんと話したことはなかったっけ? この剣も、本当はこの三本と匹敵するくらいの魔剣だったのよ。使い勝手的には今でもこいつが一番だったと思う」
「ルナが……。そ、それで?」
さっきまで子供用だとか思っていたのは、どこへやら。
カナーンは前のめりになって、話の続きをルナルラーサに促した。
「使い勝手がよかったからこそ、使い倒しちゃって……まあ、折れちゃったのよ。そうしたら魔剣としての特質も無くなっちゃったの。でも、普通の剣としても出来がよかったから、信頼できる鍛冶師に頼んで打ち直してもらったのがこれってわけ」
「そんな大切な剣を私に……?」
「短くなった分、ちょうどカナーンの身長にピッタリだったからね。これはもう、そういう運命だったんだろうなって思って。“こしらえ”とかも全部新しくしてたから、新品だと思ったでしょ?」
「新品だと思ってた……それでもすごく嬉しかったのに……どうしよう、なんだか、もっと嬉しくなってきちゃった。ありがとう、ルナ」
すぐに感謝の言葉を告げてきたカナーンに、ルナルラーサは目を細める。
「やっぱり、友達ができたからかしらね。アナタ、少し柔らかくなった気がするわ」
「そ、そうかな……」
「だけど気をつけなさい。それは時として、迅速にすべき判断を遅れさせる要因になるかもしれない」
「……!」
「フフ、そんなに青い顔をすることはないわよ。アタシは気をつけろと言っただけで、それが悪いって言ったわけじゃないんだから。それに、ヘンに頑なになっちゃう方がよっぽど害が大きいわ。間違ってることに気がついても、頑なだけに引き返すこともできなくなっちゃったりね」
ルナルラーサの言葉を受けて、カナーンは我が身を振り返った。
はじめてエリナと会った時のこと、そして、魔王軍の残党に襲われた、あのスカウティアの日に至るまでのことを。
「そうかも……。あのままってこともあり得たんだ……」
「思い当たることがありそうね?」
「うん。ありがとう、ルナ。ルナも、そういう経験があったの?」
「えッ!? ……そ、そんなことよりも、アタシたちがいない間のことよ。アタシは元々魔王軍の残党を狩る目的があるから、ヨーク・エルナまで行くのは全然構わないんだけど、その裏を突いて、ガビーロールがまたノクトベルを襲ってくる事態は充分考えられると思うの」
なぜか少し早口になって話題を変えたルナルラーサに、カナーンは多少の戸惑いを覚えつつうなずきを返す。
「カナーン、アナタの気持ちは聞いてるけど、もう一度確認させて。アナタはあの子を――魔王の娘を護るのね?」
「護るわ。私は私の命に代えてもエリナを護る。エリナは私の大切な友達だもの」
即答だった。
ルナルラーサはそのきっぱりとした答えに、一度目を見開いてから、ボリボリと後ろ頭を掻いた。
「……まったく、どいつもこいつも」
「ルナ……」
「いえ、いいの。アナタはもういっぱしの剣士よ。その剣士が護ると決めたんだから、保護者だろうが師匠だろうが口を挟む権利なんかない。少なくともアタシ自身はそう生きてきた。だからカナーンのその決意も、アタシは尊重する」
「……ごめんなさい」
「謝ることもないでしょーが。まあ、それよりさっきの続きよ。そういうことなら、アナタ、アタシたちが戻ってくるまでリクドウの家に泊めてもらいなさい」
「エリナの家に?」
「ガビーロールがどんな形で襲ってくるかわからないじゃない。そうね、フランって子も一緒がいいわ。少なくともあなたたち三人が仲よしだってことはガビーロールに知られてるわけでしょ? アイツは人の弱点を突いておちょくるのが好きなタイプだから、なるべくその隙を見せないようにするのが第一よ」
カナーンはきょとんとして何度か目蓋をしばたたかせた。
「私がエリナを護ることに協力してくれるの……?」
「ち・が・う・わ・よ! 私は保護者として、アナタの安全を考えてるだけ。アナタの剣士としての決意は尊重するけど、それはその結果アナタがどうなってもいいってことじゃない。アタシはアタシなりに、アナタを護りたいのよ。……まあ、いつも放置しちゃってるくせに、なにを今さらって話かもしれないけど」
「ううん、ルナ。そんなことない。ありがとう……。いつも感謝してる。大好き」
「カナーン……。っと」
ルナルラーサはサッと手のひらを出して、近寄ろうとしたカナーンを制止した。
「はい、それ以上はダメ。魔剣が反応しちゃうかもしれないから」
「そ、そうだった。ごめんなさい」
(……危ない。今、カナーンに泣きつかれたら、アタシも泣いちゃってたかも……。こんなに早々、レイアーナの予言を成就させてなるものか)
落ち着いた様子でカナーンに注意を促しつつ、内心では胸を撫でおろすルナルラーサだった。
「でも、そうね。決めたわ」
ルナルラーサは、カナーンの大剣をそっと脇に置き、三振りの魔剣のうち、一振りを手に取った。
「もし、ガビーロール自身や、それに匹敵する脅威が現れた時、この剣を使いなさい」
「え……!?」
「アナタの身長よりも大きいし、アナタのこの剣よりも重いけれど、強力な魔法の加護もある。カナーン、どうにか使いこなして見せなさい」
今まで触れてはいけないと言われてきた魔剣の柄が差しのべられるのを、カナーンは不思議な面持ちで眺めていた。
震える自分の手が、その柄に触れ、握りしめる。
「あ……!」
その瞬間、ズンッと重さがのし掛かり、カナーンは慌てて柄を両手で握りしめ直して、その重さに負けぬよう踏ん張った。
「どう?」
「お、重い……。嘘……これくらいなら、私……持てる、ハズなのに……。くっ……!」
「その重さは、魔剣特有の“存在感”ってところね。まあ、それを使うのはいざという時だけにしておきなさい。その時が来ない方がいいんだけど」
「……私は、この剣で……エリナを……フランを……みんなを……護る……ッ! あっ」
ゴトッ! と音を立てて、その魔剣は床に突き刺さってしまった。
「あーあ、借家なのに床に傷つけちゃって……。まあ、がんばりなさいな。あ、そうだ。ついでにこれも教えておいてあげるわね」
「なに?」
「その魔剣の名前は《アリアンロッド》。なんでも『銀の車輪』って意味らしいわ。アルグルース・セレネーを使うのに、ピッタリの名前でしょ?」
意地悪そうに笑うルナルラーサに向かって、カナーンは口を真一文字に結んだ。
「それじゃあカナちゃん、ルナルラーサさんの魔剣をもらったの!?」
学院への登校中、その話を聞いたエリナは目を輝かせて、カナーンにズイッと近寄った。
「もらったわけじゃないわ。ルナたちが帰ってくるまでの間、貸してもらえることになっただけよ。正直、全然使いこなせる気はしてないんだけどね」
「カナちゃんなら大丈夫だって! だって魔剣だよ、魔剣! しかも『月輪の戦乙女』の持つ魔剣! もう、それだけでなんか凄いって!」
「そ、それはまあ……そうなんだけど」
エリナのキラキラとした視線を受けとめきれずに、カナーンはプイッと顔を逸らす。
実際にはカナーンもエリナ以上に興奮を禁じ得ない事態だった。
「使いこなせる気がしていない」というのも事実ではあったが、同時に「必ず使いこなしてみせる」と決意してもいる。
それも、ただ自在に剣を振れるというだけのことではない。
ルナルラーサから伝授されている必殺の剣技、アルグルース・セレネーをも使えるようでなければ、彼女からの挑発の言葉を払拭することもできないのだ。
「後で持ってくることにはなるけど……エリナ、魔剣には触っちゃダメだからね」
「なんで?」
「魔剣はね、時として勝手に動くこともあるのよ。手近にいる人を傷つけることも……」
「……なんで、わたしだけに言うの?」
首を傾げてカナーンを見るエリナ。
そんなエリナを見て、フランが苦笑していた。
「フランは勝手に魔剣に触ることなんてないでしょう? でもエリナは興味本位で触りそうだもの」
「カナちゃんはわたしのことを信じてない!」
「信じてるわよ。じゃあエリナ、魔剣に触っていいって言っても触らない?」
「触っていいなら触るよ!?」
「ね? だから触っちゃダメだって言ってるの。私が触っちゃダメだって言ったんだから、エリナは魔剣に触ったりしないわよね? 私、エリナのことを信じてるから」
「……ッ! くっ、うっ……」
エリナは目を見開き、そして、がっくりとこうべを垂れる。
「はい、カナちゃんの勝ち~」
フランの判定の声に、カナーンはホッと胸を撫でおろした。
上手いことエリナを言い込めたカナーンだったが、エリナに「どうしてもダメ?」などと詰め寄られていたら、どこかで妥協してしまいそうだったのだ。
「それでフラン、エリナの家に泊まるのはどう? 一応、ルナがロミリア先生にも言っておくとは言ってたけど」
「う~ん、エリナのお家に泊まるのは今までにも何回もしてるけど、一ヶ月くらいずっとって話になっちゃうんだよね……? お父さんとお母さんが寂しがっちゃいそうな気がして……」
そんなフランの不安にエリナが横から口を挟む。
「すぐ近くなんだし、毎日ちゃんと顔を見せればいいんじゃない? 例えば、お夕飯はフランのお家で食べてから、うちにくるとか」
「ん~、そうだね。そういう手もあるかも。とにかく、帰ったらお父さんたちに聞いてみるね」
「うんっ」
などと言っていたフランだったが、結局、学院長であるロミリア自らがフラヴィニー家に訪れて、事情の説明に当たったことで、何の問題もなくそれは許可されることとなった。
§ § §
そして、とうとうリクドウたちが旅立つ日がやって来た。
まだ早朝ではあったが、ランドバルド邸の前には、エリナとリエーヌはもちろん、フランもカナーンもロミリアも、見送りにやって来ている。
「フレイム、りっくんのこと、よろしくね」
その言葉を理解しているかのように、牝馬のフレイムがエリナの頬を自分の顔で擦る。
「フレイム自身も元気で帰ってこなくちゃダメだからね? ……にゃははっ、そんなに擦ったらくすぐったいってば」
そんなエリナとフレイムの様子を見て、カナーンは小さく笑った。
「どうやら、エリナは落ち着いてるみたいね」
「内心は寂しいんじゃないかって思うけど……」
とフラン。
その時、ルナルラーサの声があがった。
「レイアーナ、荷物の詰め込みは終わった?」
「うん、大丈夫。こっちはOK。リクドウは?」
「ああ、こっちも必要な物は全部積み込んだ。問題ないよ」
それに応えるレイアーナとリクドウの声もあがる。
エリナはフレイムの首を撫でながら、リクドウの方に視線を向けていた。
「エリナ」
「うん」
リクドウが杖をついてエリナに近づいてくる。
「じゃあ、行ってくるけど、ちゃんと元気でいてくれな?」
「うん。りっくんも元気でいてね」
「毎朝ちゃんと起きること。フランとカナーンが一緒だからって、毎日遅くまで起きてないで、ちゃんと寝ること」
「うん」
「好き嫌いせずに出されたものはなんでも食べること。掃除は小まめにすること。リエーヌがいるからって任せっきりにしないこと」
「うん……うん」
「歯はちゃんと磨くこと。学院の宿題はなるべく早めに終わらせること」
「うん」
「それから……」
「うん」
「元気でいてくれ……」
「にゃはは、それは最初に言ったよ?」
「そう、だったな……」
「りっくん、なるべく早く帰ってきてね」
「わかった」
リクドウは最後にもう一度エリナを抱きしめると、十秒ほどしてから、その身体を放した。
「気は済んだ? そろそろ行くよ~」
御者台に乗ったレイアーナがリクドウに声をかける。
「すまない。今乗る」
馬車の荷台に乗りこむリクドウ。
中にはすでにルナルラーサが乗りこんでいる。
子供との別れはルナルラーサも同じ筈だったが、ルナルラーサとカナーンにとっては日常茶飯事となっていた。
「リエーヌ、家のことは頼んだ」
そしてリクドウが荷台からリエーヌに声をかけると、彼女はぺこりと頭を下げた。
「かしこまりました、リクドウ様。ランドバルド家は私がお護りいたします」
それがきっかけだったのだろうか。
それまで妙に大人しかったエリナが、大声で叫んだ。
「りっくん! いってらっしゃい! 約束、忘れないでね!」
「ああ、絶対に忘れない。俺は元気で帰ってくる! いってきます、エリナ!」
「いってらっしゃい、りっくん!」
そんなエリナに吊られたのだろうか。カナーンも突然駆けよってきて叫ぶ。
「いってらっしゃい、ルナ!」
「カナーン……。ええ、いってくるわ、カナーン。しっかりやりなさいよ」
ルナルラーサがそう応えると、頃合いだと思ったのか、レイアーナがぴしゃりと鞭を入れた。
フレイムは小さく嘶き、そして、歩きはじめる。
リエーヌが深々と頭を下げ、フランとロミリアが手を振っていた。
そして再びエリナ。
「いってらっしゃーい! レイアーナ! りっくんのことよろしくねー!」
「ほーい」
レイアーナがそれに応え、そしてまた最後にカナーンが叫んだ。
「いってらっしゃーい!」
そうしている内に、馬車はあっという間に遠くなり、やがて、エリナたちの視界からは消えていった。
「……私、いってらっしゃいなんてこんなに大きな声で言ったの初めて」
「そうだったんだ?」
「意外と気持ちのいいものね」
「にゅふふ、うんっ」
そうして、エリナとカナーンは笑い合う。
エリナの目蓋に涙が溜まっていたが、カナーンはそれを指摘したりはしなかった。
◇ ◇ ◇
はじめてリクドウに出会った時、なんて生意気なヤツなんだろうって思った。
リクドウの方が一つ歳上とはいえ、あの頃の彼はまだ十五歳。
アタシの方はと言えば、当然十四歳だったわけだけど、何人かの名の知れた(大人の)剣士との勝負に打ち勝って『天才剣士』の名をほしいままにしていた頃だったのだ。
なんでこんなヤツがアタシよりちやほやされてるんだろうって、正直、そんなくだらない理由でムカついてた。
どう考えても生意気なのはアタシの方だった。
リクドウの方も、そんなこまっしゃくれのアタシに、真正面から文句を言ってくるものだから、さらにムカついて、言い合いをして、実際に剣を交えてリクドウを叩きのめしたこともあった。
アタシが勝ったのに、アタシの方が強いだなんて全然思えなくて、まるですっきりしなかった。
だけど、その理由はすぐにわかった。
リクドウは誰かを護るために、何かを護るために剣を振っている。
アタシに負けた時の悔しがり様は本物だったから、本気を出してなかったわけじゃないと思うけど、それでもあれは、アタシが吹っかけた喧嘩を受けざるを得なかっただけで、誰かを、何かを護るための戦いなんかじゃなかった。
事実、アタシは魔王軍との戦いの中で、幾度もリクドウの剣に助けられる事になったのだ。
口では強がりばかり言っていたアタシだったけど、リクドウがいてくれなければ命を落としていただろうと思うタイミングが少なくとも三回はあった。
そんなことが何度か続くと、今度はどんなに絶望的な状況になっても、リクドウの事が脳裏をよぎるようになる。
リクドウに助けられるような弱い自分を否定したくて。
リクドウに情けないところを見せたくなくて。
リクドウにこんな逆境くらい乗り越えられる自分を見せたくて。
リクドウが助けに来られない時でも、そうやって頭の中にリクドウがいたことで乗り越えられた危地もたくさんあったのだ。
それが好意に変わるのは、そんなに難しい事じゃなかったと思う。
だけど、それが好意だと自分で認めるのは、ちょっと難しかった。
そして、その好意を実際に伝える事は、情けない事にあれから十二年、未だに為し得ていない。
否、本当は、魔王討伐の暁には思い切って告白しようと決めていたのだ。
なのにアイツと来たら、なんで「魔王の娘は俺が育てる」とかキリッとした顔で言い出すわけ!?
アタシもアタシで、「存在自体危険だから殺しちゃった方がいい」なんて意見に真っ先に賛同しちゃってたものだから、すぐに手のひら返して「じゃあアタシと一緒に育てましょう」なんて言えるわけないわけで。
でも同時に、リクドウらしい筋の通し方だとも思った。
だからアタシは、魔王軍の残党を狩ることを名目に、一人で傭兵団に身を投じる事にしたのだ。
リクドウが魔王の娘に優しい笑顔を見せる様は、彼への好意を再認識させられると共に、その好意を阻む分厚い壁のように見えていたから……。
そしてアタシはカナーンと出会い、護るために振る剣の強さを実感した。
はっきり言って、今のアタシは、あの頃の比じゃないくらい強いと思う。
誰かを護ること。何かを護ること。
カナーンとの出会いは、それをアタシに与えてくれた。
だから、もういいのだ。
あの頃のリクドウに感じた強さは、もうアタシのものとなっている。
リクドウの事は今でも、自分でも呆れるくらい大好きだけれど、この想いはもう一生胸に秘めて生きていこう。
アタシはそう、決めたのだ。
そう、決めた、筈なのに……。
「どうかしたか? ルナルラーサ」
「な、なんでもないわよ」
いけない。
リクドウの顔をマジマジと見てしまっていた。
ガタガタと振動する馬車の荷台で、リクドウと向かい合わせで二人きり。
御者台にはレイアーナがいるわけだけど、まずこっちを向こうとはしないだろうから、二人きりみたいなもの。
でも、絶対に聞き耳は立てているわね。
振動がかなりうるさいから、内緒話したら聞こえないとは思うけど、レイアーナだし、あんまり油断はできないかも。
ともあれ、御者は持ち回りでやることになってるから、レイアーナが当番の時は、こうやってリクドウと二人きりで何時間も過ごすことになるわけだ。
待って待って待って。
こんな機会、十二年前だってなかったわよ?
それも、こんな状況が片道で半月近くは続くの?
『アイツもどうせ童貞だろうから、ルナから押し倒しちゃえば、なんとかなるって』
――!?
突然脳内に響いてきたレイアーナの声に、思わずギョッとして白目を剥く。
一瞬、魔術的な思念伝播かと思ったけど、違った。これは前にレイアーナに言われた記憶だ。
レイアーナめ、余計なことを……。
さすがにここで押し倒したりはできないって――
「? なんかさっきから様子がヘンだな。なにか言いたいことがあるなら言ってくれ」
「言いたいこと!?」
「ん? ああ」
そんなの、そんなの、そんなの……。
今、言うの? 言えるの? 十二年溜めこんだ、この想いを。
もう諦めることに決めたはずの、もう胸に秘めておくはずだったこの想いを、今――
ガッ……タン!
その時、フレイムが高く嘶き、馬車が唐突に止まった。
御者のレイアーナが振り返らずに言う。
「ごめん、二人とも。街を出たばかりだって言うのに、いきなり熱烈なお出迎えだわ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?