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20200713「季節を一つ持ち歩いてるみたいな、」

「洗いやすくて、乾きやすくて、シンプルなTシャツなんかにも合わせやすくて、疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて、季節を一つ持ち歩いてるみたいな、スカート」
―――彩瀬まる「くちなし」収録「愛のスカート」より

欲しい、と思った。
このワンフレーズを読んだ時に、強烈に、猛烈に欲しいと思った。疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて季節を一つ持ち歩いてるみたいなスカートが私も欲しい。

人類をファッションに興味がある方と無い方のふたつに分類するとしたら、多分私は無い方に入る。
全くないわけではないけれど。
気に入ったブランドはある。
また、着物には興味があってローンを組まなくても済む程度、されど一般人からしたらびっくりする金額の着物は買ったりする。
が、ウインドウショッピングはあまりしないし、ファッションブランドがたくさん入っている商業施設やおしゃれな通りを歩いていても無条件で心惹かれるなんてことはない。
なんというか、ムラがある。

そんな私のファッションに関するアンテナは平均的には低めであって、「こういう服が欲しい!」という欲は人生であんまり持って来なかったように思う。「トレンチコートが必要だな」とか「サンダルが一足欲しい」とは思っても、「シルエットが綺麗なネイビーのトレンチコートが欲しい」とか「ヒールが低めで細いストラップが付いたサンダルが欲しい」とか具体的な欲求はほぼない。というか、少なくとも記憶に残るくらい、探し求めたりしたことはないと言い切れる。

そんな私だったけれど、2017年10月に小説の中で出会ったワンフレーズは、強烈な光を放って脳裏に焼き付いていた。

でも、自分の足で探しに行くと、たくさんあるブランドに脳が情報の受け入れを停止するのか、何を見てもいまいちピンと来るものがない。
そもそも、ファッションに関する知識が乏しすぎて、私が焦がれる「疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて季節を一つ持ち歩いてるみたいなスカート」が、どういうものなのか、僅かにだって想像することは出来ない。
向日葵柄でも探せばいいのだろうか。
それとも中学校の美術の授業で使っていたポスターカラーの青みたいな真っ青なスカート?
なけなしの知識を絞り出して考えてみても具体的なイメージは沸かない。

絶対に欲しい。
「疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて季節を一つ持ち歩いてるみたいなスカート」が、絶対に欲しい。
その思いは変わらずあったけれど、結局出会えないまま季節は過ぎていく。

そんなある日だった。
何気なく開いたtwitterで、色鮮やかなスカートが目に飛び込んできた。

これだ、と思った。

疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて、
季節を一つ持ち歩いてるみたいな、
スカート

加えて、着物地としても有名な、久留米絣も使用されているという。
着物好き故にフォローさせていただいていた方がリツイートしたツイートで、この時点では「renacnatta」の存在は知らなかった。

ただ、欲しい、と強く思った。

しかも運よく東京での展示会が明日行われるというではないか。
勝手に期待して勝手に盛り上がって、予想と違ったなどと言って勝手に落胆するようなことがあってはならないと思い、次の日は着物を着て出かける日で試着は出来ないとわかっていながら展示会場へ向かった。

会場へ向かう道すがら、慌てて「renacnatta」について調べる。コンセプトは、文化を纏う。はー、好き。

前述したとおりファッションに関する意識は低めで、展示会などには行ったこともない。緊張しながらビルの階段を昇って扉を開ける。

ぱっと目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤と青。

やっぱりこれが欲しい、と、まだ「失礼します」の一言もまともに言えていないというのに確信した。
製作者の大河内愛加さんがいる。「こんにちは。気が済むまで試着していってくださいね」気が済むまで、何とも心強いお言葉である。だがしかし、最早気持ちは固まっている。
とは言え碌に確認もせずにこれをくださいなんて言ったら失礼だろうか?展示会というのはどういう場なんだ?わからなかったのでとりあえず何着か当ててみる。着物なので上手に纏えない。だから当ててみる。それだけで、体温が上昇するくらい、興奮した。

花に関する知識はなくて、この花の名前が何なのか調べる時間もなくて、いつどこに咲く花なのかはわからなかったけれど、きっとこのスカートは季節を持ち歩けるんだ!と思ったら胸が高鳴った。

会場にいたお姉さんと雑談をする。「どれも可愛いですよねえ」「長さも迷うんですよ」「この天井柄も可愛いですねえ」なんて言いながら、もう頭では決まっていた。青色が鮮やかなイタリア製シルクと、久留米絣はグレーっぽい方。どうせならたくさん季節を持ち歩きたいから、長い方。
ようやく私がほしい組み合わせのスカートが空いて、恐る恐る着物の帯の真ん中くらいから当ててみる。ふわりとスカートが揺れる。
うん、と私は頷いて、「決めました」と高らかに宣言する(自分に)。

あの日、あのタイミングでTwitterを開かなければ知らなかったし、あと一日遅かったら恐らく展示会には行けなかった。
そうやって奇跡みたいなタイミングで出会った「疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて季節を一つ持ち歩いてるみたいなスカート」を、ついに身に纏える日が来た。

毎日覗いていたgmailに届いた日本郵便からのお知らせメールを見れば、お届け予定日は出掛けなければならない日曜日。ああ、どうせなら休みの日にあのスカートを翻したい。9時には家を出なければならないから、日時指定では間に合わない。それならば、と郵便局に取りに行く。

ガンガン洗濯機で回すのは出来ないけれど、ドライモードなら家でも洗濯が出来る。それくらいならお手入れだって楽な方。
目にも鮮やかな青は疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて、それを纏ってくるりと回れば、季節が一つ、私について来るみたいだ。

梅雨特融の湿っぽさとじんわりとした暑さがうっとうしい朝だったはずなのに、恐ろしく軽やかな足取りで駅に向かう。

「すごい愛だ。」

というのは、想い人へのプレゼントに「洗いやすくて、乾きやすくて、シンプルなTシャツなんかにも合わせやすくて、疲れが吹っ飛ぶくらい明るくて、季節を一つ持ち歩いてるみたいな、スカート」を提案したトキワという男に対する、作中での主人公の思いだ。
うん、すごい愛だ。
これを手に入れてこうやって身に纏えたことは、何だかわからないけれどすごい愛があって初めて叶ったことなのだ。ブランド"renacnatta"のコンセプトを思い出しながらそう思う。

今日もこの愛が詰まったスカートを翻し、私は走る。
服ってすごいのだ。
自分の気持ちを、こんなにも前向きにさせることが出来るのだ。

相も変わらず人類を二分すればファッションに興味がない方に分類されてしまうのだとは思うけれど(ファッションが好きな方には到底叶わないという意味で)、人生で初めて強烈なまでに欲しいと思ったスカートに出会わせてくれた大河内愛加さんに多大な感謝を一方的に述べてこのnoteは終わりにします。
大切に大切に着ます。

でも、今度は会社に遅刻しそうだからという理由ではなく、このスカートを爽やかに翻せるように走りたいと思います。しんどかった。スカートは可愛かった。

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