椿

「余命2年です」
47歳の春だった。

 こういう時、人はどのように反応するものだろう?
「頭が真っ白に」なるのだろうか。
「あ、そうですか、なるほどなるほど」と、意外と冷静に受け入れるのだろうか。
宣告を受けたとき、僕はぼんやりと、他人事のようにそんなことを考えていた。
診察室の窓からは、色づき始めたハナミズキ越しに、車椅子のおばあちゃんが、家族に車を押されているのが見える。いまどき、黄色い帽子をかぶる小学校があるのだなぁと、おばあちゃんの孫らしき小学校低学年の男の子の姿を見ながら考える。

 あまりに衝撃的なことばを聞いたとき、人間の体は、とにもかくにもそれを拒絶するらしい。そして、その後、おもむろに、うん、おもむろに、それを受け入れる。僕の場合、体に電気のようなものが、心臓のあたりから放射状に全体に伝わって、その電波の、頭の方に向かったやつが、脳みそにニュースを伝えたようだ。

体の中が、ざわざわと騒ぐ。外の僕は、「非常事態に落ち着き払う分別」を保つ。

「なんとかなりませんか」
「…残念ながら」

何ともならないから余命宣告なのだ。そりゃそうだ。
分かっていても聞いてしまうものなのだ。やっぱりね。
外の僕は、冷静に状況を判断した。そして、こういう時に、次に発せられるべきことばを淡々とした口調で発することにする。

「私は、その2年、どのように過ごしたらいいでしょうか」
「まずは、香坂さんのしたいことをなさることでしょう。しておきたいこと、会いたい人、そういうことをたくさんおやりになればよいかと思います。一年間は体は問題なく動くはずです。…… 時間が限られてしまうというのはとてもつらいことでしょう。けれど、それを逆手にとって、これからなにができるのか、なにができないのかを考えることができるのは、考えようによっては有意義なことなのかもしれません。香坂さん、気持ちを前にもって、このことを前向きにとらえる努力をしてください。どのような気持ちでこれからを過ごすかによって、病状の経過もずいぶんと違ってきますから」

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