堀辰雄「風立ちぬ」考察

こんにちは。『ナラトロジー入門』は一旦お休みです。今回は「風立ちぬ」について考察します。言うてもろくな事書けません。悪しからず。あ、あと、ネタがバレにバレまくっています。ネタバレ注意です。

「考察」なんて調子乗った事書きましたが、何せ形式が分からないので、とりあえずゼミのレポートの形式を模す事にします。


  はじめに


 堀辰雄「風立ちぬ」(1)の梗概を示します。ご存知の方も少なくないと思いますので、かなり端折ります。語り手の婚約者であり病に侵された節子が、やがて訪れる自身の死に面してサナトリウムでの療養生活を送る話です。話の筋だけ書くとだいたいそんな感じ。

 ここでは、作品についてのいろんな感想だの何だのを語り散らしながら、文脈的に「風立ちぬ、いざ生きめやも」(2)が誤訳なのか云々についてちょっとだけ考えてみます。たぶん。


  一章 話の構造について


 まず一番に気になったのが、この話の構造です。何せ私は物語に感情移入できない読者ですので、とりあえず構造から考えてみます。

 とりあえず作品に出てくる章を抽出します。

①「序曲」(3)

②「春」(4)

③「風立ちぬ」(5)

④「冬」(6)

⑤「死のかげの谷」(7)

 ①②はまだ節子がサナトリウムに行く前、③④がサナトリウムでの療養生活、⑤は節子亡き後ですかね。

 まず気になったのが、語り手の節子への呼称です。①では語り手である「私」は節子の事を「お前」と書いています。なのに、②③④⑤では、節子の事を「節子」「彼女」などと呼んでいます。なんで?もしかしたら、①と②③④⑤では、物語のレヴェルが違うのかも。延いては語り手のレヴェルも違うのでは。なんて事を考えてましたが、どうなんでしょう。更に、例えばこれらが別のレヴェルの物語であった場合に、その二つの物語は菅原克也氏が『小説のしくみ』(8)で提出した枠物語的な関係にあるのか、全く別のものとして存在するのか。レヴェルが違うのなら前者が有力ですが、同じレヴェルに存在する別の物語という可能性だってあります。その場合後者ですよね。

 いいです。分かんない事グダグダ書いたって分かりませんもの。論文探しましょう。いや、こんな些細なテーマの論文あるのかね。もっと深く掘り下げたらあるのかもしれない。

 で、次に気になったのが語りの速度です。①は一旦保留にします。場面は夏ですが②以降の章との関係がよく分からないままですので。で、②は3月頃の話、③は4月下旬から10月ですね。④からは年月日の記述が入ります。1935年10月20日から12月5日、⑤は1936年12月1日から12月30日とされています。

 ②以降についてのみ考えます。かなりアバウトにいきますね。それぞれについて、書かれている分量と描かれている期間とをまとめます。

②12ページ分、1月と少し

③53ページ分、6か月と少し

④28ページ分、1月と少し

⑤25ページ分、1月

 こうして見ても、④⑤は書かれる速度が遅くなっている事が分かります。あ、これ『ナラトロジー入門』(9)で言及されてたんですが、語り手は物語の全てを知った上で、必要な事項を必要な分量語るのです。ですから、語り手が仔細を語るべきだと判断した事については多量を以て語り、省略が可能だと判断した事については省略されるんですね。(確か後にこの全知全能的な作者の存在はバルト『作者の死』で否定された筈ですが……)で、この理屈を使えば、語り手はこの物語において④⑤に重点を置きたかったのではないかと思うのです。それに、④以降年月日の記述がされているのも気になります。日記的ですよね。

 あ。話が変わりますが、平安朝あたりの女流日記文学。あれね、基本的には一連の物語としての過去を回想する形を取って書かれるんです。かの有名な『蜻蛉日記』なんかもまさにそうですよね。で、ああいった女流日記文学も、当時の真名日記とは異なり、基本的には日付は省略されます。ただし、稀に日付が記述されている箇所があるんです。その箇所こそが、筆者が一連の物語としての日記中で重要であると判断した箇所です。ですから仮名日記を研究する場合には日付の記載がある箇所は抑えるべきだとか何だとか……すみません、話逸れましたね。突然日付の記述がはじまると、つい女流日記を思い出してしまいまして。失礼しました。もう。いいです。一旦よく分からない考察は止しましょう。


  二章 誤訳云々について


 やっと本題に入れますね。はっはっはっ。お待たせ致しました。風立ちぬ、いざ生きやも。ですね。いらっしゃらないとは限らないフラ語ガチ勢の方々の為に、フラ語原文載せます。

  Le vent se lève, il faut tenter de vivre. PAUL   VALÉRY (10)

 ただし私はフラ語ろくに読めません。ですので、文脈で見ていきます。ちなみに「生きめやも」を逐語的に現代語訳すると、反語要素の所為で「生きるんかなあ(いや、生きない)」みたいな事になります。もう少し意訳が許されるならば「死ぬなあ」みたいな事にになり得……ます……かね、なんと。で、ひとつ文法事項について。反語ですが、例えばこの「生きめやも」ですが、先程私が逐語訳で書いたものの()内って、基本的には書かないじゃないですか。生きない事(()内)を前提として「生きるのかなあ?」なんて言う訳ですから。反語表現を使った際に、生きない事(()内)は当たり前の事になる訳です。ではなぜ直接的に「死ぬなあ!」と書かないのか。持論ですが、意味を強調する為だと思うのです。直接的に書くだけならば、その他の文と同じ様に読み流されてしまう。だからこそ、強調する為にも、間接的に「生きるのかなあ?」と書く事で、「死ぬなあ!」といった意志を強調するのではないでしょうか。ですから、「生きめやも」は、「死ぬなあ」を強調した表現であると言えます。たぶん。個人的にはそう思います。ですので今後はこれを前提に話を進めさせて頂きます。……まって逃げ道が欲しい、私古典読めないヒューマンですすみません……!

 で、話戻しますね。作中で該当の文句は二度出てきますが、まずはその一度目の「風立ちぬ、いざ生きやも」(11)について考えます。途轍もなく冒頭部ですよね。それに、節子の病状はまだ作品後半に比しても然程悪くはないように思えます。そんな中、風が吹いて、死ぬなあですって?縁起でもない!と思ったのが率直な感想です。それにそのすぐ直前にはこうありますよね。

  すぐ立ち上がって行こうとするお前を、私は、い

  まの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無

  理に引き留めて、私のそばから話さないでいた。(12)

 節子、失っちゃ駄目なんですよね?しっかり引き留めてるんですよね?なのに死ぬなあ?やはりここでは「生きめやも」では意味が通りづらいと思うのですが、如何でしょうか。

 次に、もう一箇所の「風立ちぬ、いざ生きやも」(13)についてです。ここの方が説明がしやすいですね。該当箇所の前後文、引用します。

   それは、私達がはじめて出会ったもう二年前に

  もなる夏の頃、不意に私の口を衝いて出た、そし

  てそれから私が何んということもなしに口ずさむ

  ことを好んでいた、

    風立ちぬ、いざ生きやも。

   という詩句が、それきりずっと忘れていたの

  に、またひょっくりと私達に蘇ってきたほどの、

  ――云わば人生に先立った、人生そのものよりか

  もっと生き生きと、もっと切ないまでに楽しい

  日々であった。(14)

 今まで忘れていたのに、ふとこの詩句を思い出したんですって。で、それを思い出したのがどんな日々だったかというと、生き生きとしていて、それでいて切ないまでに愉しい日々だったんですって。それにこの頃だと、節子の病状は「いくらかずつ恢復期に近づき出しているように見えた」(15)んですよね?そんな状況で死ぬなあなんて言います?……と、私は思ってしまったのですが、皆さん如何でしょうか。「めやも、って。それ、反語じゃないで!」とか「お前頭おかしいんちゃうん?」とかあったら教えて頂きたいです。如何です?


  まとめ


 やっぱり誤訳じゃない?


  注 


(1)堀辰雄『燃ゆる頬/風立ちぬ』海王社文庫、2015年7月20日に収録されている「風立ちぬ」を読みました。本当は全集でやらねばならないのでしょうが、残念ながら堀辰雄の全集は家にないのです(;´༎ຶٹ༎ຶ`)以下この著書からの引用は著書名を省略し、ページ数のみ記します!

(2)30頁、49頁。

(3)29頁。

(4)37頁。

(5)55頁。

(6)103頁。

(7)131頁。

(8)菅原克也『小説のしくみ』東京大学出版会、2017年4月29日。

(9)橋本陽介『ナラトロジー入門』水声社、2014年7月1日。

(10)28頁。すみません、めちゃくちゃ孫引きチックな事してます。ヴァレリーのこの詩は家になかった。

(11)30頁。

(12)30頁。すみません、うまく2字下げできませんでした……。

(13)49頁。

(14)49頁。すみません、見にくいですね(;´༎ຶٹ༎ຶ`)

(15)45頁。