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【即興三題小説】前科持ちの男

お題

本文

「うわぁ、凄い懐かしい。これこれ。ね、不貞腐れてて不細工でしょ」
 彼女の言葉に、私は彼女に言われて、そっとアルバムに目を移した。そこにはトナカイの着ぐるみに身を纏う少年がたいそう不服そうな顔をして突っ立っている。
「これが?」
 私はスムス手袋を装着した右手でそっと写真に手を添える。レンズに向けて鋭い目つきのまま仁王立ちする少年の名前を、ぼそりと口にした。
「えぇ、保育園の頃から知り合った、いわゆる幼馴染みってやつなんですけどね。本当に私と彼は仲が悪くて」
 彼女の表情から読み取れる感情は、懐古であった。当時を思い出している様子に、私はそっと手を引っ込めて書類をまとめた。
「彼は本当に馬鹿みたいな男で、いつも私の大切な物を壊すんです。この写真も、私が学校に持ってきたアクセサリ全部ぶっ壊して。それで先生に怒られているところをパシャリ」
 少し棘のある言い方から察するに、きっとまだ許していないのだろう。
「他にもありますか?」
 これ以上話を聞いていると、きっと長くなるだろう。ということを察した私はさりげなく話を進める。私の意図が伝わったのか、彼女はハッとした様子でアルバムをめくった。
「結構ありますよ。必要なものがあればどんどん使ってください」
 私は彼女に感謝の言葉を述べると、一枚ずつ写真に目を通す。確かにこの男で間違いないようだ。私はそっと胸ポケットに閉まっていた写真を取り出す。今目の前に広がる写真の、20年後の姿だ。私の手元にある男も、相変わらず不貞腐れた表情でこちらを見ている。何がそんなに不満なのか問いただしてやりたい。
「それで、これはどういう写真なんですか?」
「あぁ、これ……」
 彼女は少し寂しそうな眼をして写真に触れた。
「今も忘れませんよ。この人、本当にひどかったんです」
「お伺いしても?」
 小さくうなずく女性に、私は耳を傾ける。
「この日、雪が降ってたんです。ニュースでは大寒波だなんだって騒いでて。私この日は絶対に雪が降るだろうなって思ってたから、事前に傘を持ってきてたんですよ。でも、いざ帰ろうとしたら無くなってて」
「それは……どうして?」
「校長先生が、傘立てに差してある傘をランダムにとって下校する子供たちに配ってたんです。『お前たち気をつけて帰れよ』って。自分の傘くらい自分で把握してるのに、あのおっさん、くだらない善意で適当に傘なんて配るから」
「うわぁ、それは酷いですね」
 彼女は私の言葉に頷きながら、くすりと笑って見せた。
「そしたら彼が来たんです。凄い形相で。もう絶対許さないぞって顔で」
「まさか……」
「そのまさかです。彼の傘もどこに行ったか分からなくなっちゃったみたいで。それで校長先生に殴り掛かっちゃって。私必死に止めました。いくら小学生と言えど、そんなにすぐ手が出るようじゃ危なっかしいじゃないですか。彼は本当に昔から喧嘩っ早くて困りました。で、その日から決めたんです。私がこいつの面倒を見なきゃって」
「あぁ、そういうことだったんですね」
 次のページから、アルバムに映る写真はツーショットが増えている。
「中学に上がったとき、私には彼氏ができました。でも、初めて彼の家に行くって日になって、こいつが現れたんです」
「それは……どうして?」
「絶対に家には行かさないぞって。そして彼は、私の恋人をその場で殴ったんです。意識を失うまで」
 合点がいった。それで彼は前科持ちなのか。私は凶悪そうな表情を浮かべる男の写真をじっと見つめた。
「本当にすぐ手が出る人でした。少年院に入れられるとは、思っていませんでしたけどね。でも、私彼が捕まって知ったんです。私の恋人が、薬物のバイヤーだったこと」
「彼はそのことを?」
 彼女は頷いて、アルバムをめくる。そこには小さなポストカードが挟まっていた。
「これは彼が少年院から送ってくれたものです」
 そこには震えた文字で「お前はいつも騙されやすいから、俺が守ってやる」と書いてあった。
「ほんと、ストーカー見たいに私を付きまとってたんですよ。気持ち悪いですよね」
 私はなんと返事をすればいいのか分からず、閉ざした口のまま次のページをめくった。彼の写真はない。
「写真は、これで終わりですか?」
「えぇ、そこから先は撮影してなくて」
 彼女は目線を落としたままスマートフォンをいじっている。まぁ、それもそうだろう。少年院送りにされた男が帰ってきても、撮影するはずない。
「これ、クリスマスの写真ですけど」
 彼女はふとスマートフォンの画面を見せた。そこには不貞腐れた表情でトナカイの着ぐるみに身を包んだ好青年が立っている。
「変わってないですよね」
 微笑む彼女に、私は相槌を打った。
「お、こっちにもアルバムあったぞぉ!」
 突然男が私たちの会話を邪魔するように入ってきた。相変わらずの悪人面だ。
「どうですか? これだけあれば、結婚式ムービーに使えそうですか?」
 そう訊ねる彼に、私は微笑む。
「えぇ、お二人の出会いからゴールまでをなぞる、素敵な動画にしますね」


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