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淡やかな夕暮れ

「あわやか」と打っても「淡やか」とは変換されないから、そんな日本語はきっとないんだろう。ないかもしれないが、わたしの内からは浮かんできた。山の姿が一切見えない霞みがかった空に、傾いた陽の光がふわぁっと広がる。やわらかで境目のない光。

新しい町に越してきた。引っ越しの日々は慌ただしく、やることが満載のまま過ぎて、気がつけばとっぷり日は暮れていた。日が落ちるのを、その空気ごと感じるのは、いつぶりだろう。少し寒く感じる温度と、まだ昼間の温かみを残した空気の肌触りと、ぼうっとかすむ空の色と、行き交う車の音、散歩する人の歩み。

いま思ったのだけれど、落ち着く、というのは、見失った自分が自分の身体と心にちゃんと戻ってくるということだと思った。考えすぎたり、前のめりになったり、to doリストにとらわれたりして、いま現在の自分の気持ちをないがしろにしているとき、わたしはわたしであるようでそうではない。そういう「やらねば」のがんじがらめをほどいて、のんびりしたい思いに応えてみたら落ち着いた。どこか遠くに行ってしまっていたわたしが、この身体に落ちて、着いた。

これからまだしばらくは、新しい部屋を整えることに時間を費やしていくだろう。けれど、何を以って整った状態だとするのか、その基準はあいまいで、それは自分が決めることなのだった。そして、ほんとうは、部屋を整えたいのならまず自分自身を整えた方が、早い。わたしは、自分が落ち着いたわたしであれるように、いつもそのことを意識していればいい。もっと空を眺めよう。皇帝ダリアを見に行こう。やりたいことはたくさんあるのだ。



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