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後押しするもの

「色は人を後押しする」
佐伯一麦さんの小説の中で出会ったことば。草木染めの媒染という工程を終えて再度染液に浸すと、色が鮮やかになったり変化したりする。それを目の当たりにした生徒さんたちの表情がぱっと明るく輝くのを見て、教えている女性は思うのだ、色は人を後押しする、と。

なんてすてきな表現だろうと思った。このことばの意味するところを知りたい、身をもってわかりたい。そう思ったことが、染織への興味のはじまりだった。このことばが最初にあった。佐伯さんによってつぶさに書かれた草木染めの描写が最初にあって、実際に草木で染められた布を見たのはそのあとだ。


通っていた染織のお教室をやめた。うすうすわかってはいた。糸を挽いて染めて織って、そうして何を表現したいのかが、わたしにはないのだった。次はこんな色を染めたいとか、こういうものを織りたいとかの、その先にあるもっと大きな、こうあれたらいいなというものが、ないのだ。もしあるとするなら、あの時読んだ世界に近づきたいという思い。わたしは佐伯さんの書いた世界をなぞりたかった。色が人を後押しする世界を、生きてなぞってみたかったのだ。


何が自分を後押しするのか、わたしはとっくに知っている。

わたしは、佐伯さんのことばに後押しされたのだ。そのことばにあこがれて、手を伸ばした。実際に染織をやってみるところまで、そのことばが、その小説が、わたしを後押しした。

染織は楽しかった。本当に楽しかった。けれどいまは、やめたことでできた時間を楽しみたい。もっと読んで、もっと書きたい。その気持ちに素直にいようと思う。


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