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雲が全然なかった。空は、水色に白銀色のオーガンジーをまとったような色で、春の空だと思った。風に吹かれながら、小麦畑のあいだの道をぶらぶらと歩いた。行く当てはなかったけれど、畑の向こう側の木々の新緑がきれいで、そこまで行ってみることにした。

近づいてみると、そこには藤の花が咲いていたのだった。手の届かない高さにたくさん、そしてまわりこんでみると、膝の高さの辺りにも。一本の木が、上に伸びずに枝が横に這いだしているのだった。しゃがみこんでじっくり眺めた。花の香りを吸い込んだ。甘くて、ほんのりニッキのような香りがした。藤の花は、藤棚のように高いところに咲いているものだとばかり思っていたから、目の高さに花を見る日がくるとは思わなかった。

藤の新芽も間近に見られた。折りたたまれた萌えるみどりの、細長い葉の内側では、和毛が透き通る粉砂糖をふりかけたように白く光っていた。開いた葉は葉柄の根元から薄赤く色づいて、やはやはと風に揺れる。ここは楽園だ、と思った。わたしはコロボックルにはあまり惹かれずに育ったけれど、ここならいてもおかしくないと思った。陽の光に透かして見る花や葉がきれいで、見ているだけで、その香りに包まれているだけでしあわせだった。

大きなハチが羽音高く飛んできたのをしおに、その場を離れた。背丈の低い藤はまだ何本か続いていて、日当たりが少ないと思われるところの花は、まだつぼみをつけていた。触ると、目の細かいベルベットのようになめらかでつややかだった。ネコヤナギよりももっと繊細な肌触り。色気のある花だなと思った。

歩いてたった数分の所に、こんな夢のような場所があるとは知らなかった。楽園は地上にあるのだった。帰ってからも、残り香のようにまだ藤が香っていた。また会いに来てと言う、心憎い藤の花。

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