0802 蝉の声
寄り添うムクゲ。ふたごみたい。空はとっても晴れていて、でも入道雲は見えなかった。雲の粒子は粗くて、水っぽい質感で浮かんでいる。その凹凸にひかりがやさしく照り映える。
小さな東屋の、屋根内側の縁に蝉がばたばたとぶつかっていた。何度かトライしたのちに、屋根の外に出ることに成功して、蝉は一目散に木陰に飛んで行った。わたしは東屋のベンチで蝉の声を聞こうとやって来ていた。腰かけて耳を傾ける。当たり前のことだけれど、蝉の声は東屋の屋根に遮られてくぐもっていた。そうだな、やっぱり直に全身で聴かなくちゃ。東屋から、降り注ぐ音の中へと踏み出した。
蝉しぐれというにはまだ足りない。きっと十匹前後だろう、それでも重なる声には迫力があった。蝉の声は空間を圧する。頭の中も身体の中も、その音の圧にいっぱいにされて、自分の境界がなくなるような気がする。わんわんと鳴り響く音そのものになっていく、自分も周りのすべても。
蝉の声の波動がもし目に見えたなら、細かく震える波紋がびっしりと空間を埋め尽くしているのだろうと思った。その波紋は、固体の中にまで届いていって、そこでも音が振動する。わたしの身体の中にも、草木の中にも地面にも、空気中にもひかりの中にも伝わって、同じ音が鳴らされる。そこにあるものみんな、同じ音の波動になっていく。
ミンミンゼミとアブラゼミ。ツクツクボウシはいなかった。昼間だからヒグラシも鳴いていない。鳴き声に身体をさらしていたら、追いかけっこをしている子どもたちが笑いながら走ってきた。その声の直線的なかんじにびっくりした。
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