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公園のバーベキュー広場でハープを奏でる人がいた。彼だ、とすぐわかった。他にハープを弾く人は、そうそういない。彼だ、とうれしく思った。

何年か前に彼と話したことがある。ある有名なゲームで使われている曲を練習していて、思わず声をかけたのだった。あの曲ですよね。そうです、これが弾きたくて買いました、清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで、買ってしまいました。すごい決断だったんですね、すごい。そんなようなことを話した。買ったばかりなので、まだこれしか弾けません、せっかく買ったんだから練習しないと、とも言っていた。それから、同じ公園の広い敷地内の、様々な場所からハープが聞こえることが何度かあった。音だけで、彼の姿は見えなかった。弾くことを続けているんだな、すごいな、とその度に思い、密かに尊敬していた。

今日は久しぶりに彼の姿を見た。あとで話しかけようと思っていた。今日に限ってわたしは一人じゃなくて、こちらの話が終わったら話しに行こう、と思っていたのだ。けれど話は長引いて、気づくと彼は練習を終えていなくなっていた。ああ、行ってしまったのだ、話したかったのに。

わたしたちがしゃべっている間もずっとハープの音が鳴っていた。ハープの弦の鳴る音は、他のどの楽器の音とも違って儚く澄んでいる。人の手でつま弾かれたやさしくてやわらかな、でも芯のある音。ぽろん、という擬音語では表現しきれない、音の在りよう。ハープの音が好きなのだ。音から空間の広がりが生まれるかんじがする。のびやかでひろびろとする感覚が、一瞬にしてやってくる。

次に彼を見かけたら、今度こそ声をかけようと思った。


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