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ズル休み (#039)

小学3年の時だ。私は学校をズル休みした。ヨシミも誘った。同い年のヨシミは私が生まれて初めて親友と感じた近所の幼なじみだ。ふだん私たちは一緒に学校に行く。でもその日は学校休んでうちで遊ぼうと私が誘ったのだ。

ヨシミは私と違って、口数少なく、おっとりしている。大きなクリクリした目と半開き気味のぽったりとした唇。ゆっくりしゃべる様子や、ゆっくり食べる様子も、私と全く違っていた。そういう違うものを見るのはとても神秘的だった。何よりも、私が話すことをいつもニコニコと聴いてくれた。私にはいつでも話すことがいっぱいあったし、ヨシミは嫌がらず、ともすれば興味を持って話を聴いてくれた。5つ離れた私の弟は落ち着きのない猿で相手にならない。だから、ヨシミがうちの子になればいいのにとずっと思っていた。

その日がやってきた。ヨシミが私のいうことばかりきいて親の言うことを聞かないと、腹を立てたヨシミの母親が「そんなにあーこのことが好きなら、あーこの家族の子供になりなさい」と言ったのだ。私はハッキリきいた。それで「やったー!」とヨシミを連れてうちに帰った。私は大喜びでお母ちゃんに報告する。「今日からヨシミはうちの家族なんだよ。おばさんが『あーこの家族になんなさい』って言ったんだもん、ちゃんときいたもん。ね、ヨシミ」。ヨシミもうなずく。まあ、当たり前だが、夕食すんでもう寝る時間だというころに、おばさんとヨシミの妹が、迎えに来た。そして不満たっぷりの私を残して、ヨシミは2軒先の家に戻って行った。

ではズル休みの場面に戻ろう。
私は鍵っ子なので、日中は家に誰もいない。だから、うちで遊ぼうと誘えた。しかし、問題はあった。父親がランチタイムに家に戻って昼ごはんを食べるのだ。その間、どこかに隠れていないといけない。

私とヨシミは押し入れに隠れることにした。ドラえもんが寝ている押し入れと全く同じタイプの押し入れだ。上段には布団が重なってしまわれていて、その上に私とヨシミが這い上がって隠れられるスペースがあった。学校を休んで家で遊ぼうというその計画は、どうやってお父ちゃんに見つからずに押し入れの中に隠れるかを工夫する遊びに終始した。押し入れを5センチほど開けて、そこに、竹で編んだ枕をおけば、その隙間から外の様子が少しわかる。そうやって、色々工夫して、お菓子なんかも運んで、準備万端にした。

私がまだ押し入れに入っていない時に、玄関で鍵を開ける音がして、私は慌てて押し入れに登り、戸を閉めた。そのドタバタした音が、父に聞こえたのだと思う。不審に思った父は奥の部屋にやってきて、押し入れの戸を開けた。戸のすぐ裏にいた私は見つかった。

しかし、父はヨシミまでいるとは思わなかったのだろう。私を見つけたら「何してる」と声かけてその後ろを見ることはなかった。私は押し入れから出て、父について居間に行った。私は何を父に話したのか覚えていない。でも、父は叱るわけでもなく、私のお昼ご飯も用意してくれて、文字通り「鉛のようなご飯」を食べることになった。とにかく、ヨシミが見つからないで欲しい。押し入れの中でどうしているんだろうと気が気じゃなかった。昼ごはんを終えた父はまた職場へ戻って行った。

私は慌てて押し入れに行って、ヨシミを探した。彼女はそこにいた。ほっとした。さて、お父ちゃんにバレたから、お母ちゃんには自分から言わなきゃいけない。お母ちゃんに、ズル休みしたこと、ヨシミも実は押し入れにいたことなど、話した。お母ちゃんは大笑いした。母はそう言うことには太っ腹だった。その後どういう流れになったのか詳しいことを覚えていないが、ヨシミもヨシミの母親の知るところとなり、それが担任にも伝わった。

私の担任は「身体の傷は治りますが、心の傷はなかなか治りません」と先生自身が子供の時に太っていてそのことでいじめられたことを例に出してみんなに話す・そういう人の心を気遣う先生だったので、私は静かな調子で先生に叱られた。ところが、隣のクラス、ヨシミの担任は鬼ババアだった。見た目もそうだったが、態度もそうだった。ヨシミはビンタを食わされた。私はそれを知って、ヨシミの顔をまともに見ることができなかった。もちろん、おばさんの顔もしばらく見れなかった。

それから時は10年ほど過ぎる。
私は上京し、ヨシミは大阪の和裁の学校へ行った。夏休みに実家に戻ってきた時に、久しぶりに会って話をした。

なんと、ヨシミは婚約しているという。しかし、自分には婚約者とは別に好きな人がいるのだと言った。私はたまげた。

「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」

寺山修司のこの短歌をよむたびに「海知らぬ少女」はヨシミで、「麦わら帽のわれ」は私だといつも感じていた。もうヨシミは私を必要としない、遠いところへ行ってしまったのだ。

では、この続きはまた明日。

あなたの想像力がわたしの武器。今日も読んでくれてありがとう。

えんぴつ画・MUJI B5 ノートブック

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