【舞浜戦記第2章】カウントダウン・パレードの攻防:スプラッシュ・マウンテン049
超々々々〜〜〜〜〜長いよ。
初参戦
時は少々先へ進み、1996年、年末。
恒例の年末年始が近づいてきた。
そして同時に、年末年始のシフト希望を出す時期だ。運営部は自分のアトラクション勤務か、またはカウントダウンパレード勤務がある。一応アンケートで本人の希望を聞かれるのだが、希望は約束されないのが原則だ。
僕は前年のことを思い返していた。
あれほど望んだカウントダウンパレードのシフトは、全然面白く感じられなかった。ただきらびやかなパレードが目の前を通過していっただけで、自分の中に何も感動を呼び起こすできごとが起きなかったのだ。
シフトは、正直もう何でもいいと思っていた。
通常のアトラクションのシフトは、早番、中番、遅番がある。終夜営業のこの日は、そこに深夜番が加わって翌日の早番につながる。この頃の大晦日〜元旦は、アトラクションは一晩中動く予定だった(部署による)。
スプラッシュに関して言うと、年明けの瞬間に花火の打ち上げがあり、その直前に運営停止する時間帯はあるものの、基本元旦の夜まで動かしっぱなしだ。
スプラッシュの勤務でいいかな。
その希望はあっけなく叶えられた。順当に割り当てられた、普通の勤務だ。
ちなみにシフトは希望通り、深夜帯に決まった。ある意味、ホッとした感覚だったかもしれない。
★
当日。
ミッドナイトシフトを迎えるにあたってやることは、前日にしっかり寝ておくことだ。
大晦日の日は午後すぎまで寝ていた。できるだけ長く寝ていようと思ったが、どうしても寝続けることができず、少々早く起きてしまった。夕方には準備も終えており、少し早く出発した。
舞浜駅を降りてバックステージへ向かうと、着替えて食堂でお茶を飲んで時間を潰した。同じく早めに来ていた深夜シフトのメンバーと合流。
また他のロケーションの知人に会い、年末のご挨拶をしたり、久々にカウントダウンパレードのためだけに戻ってきた退職者と再会したり。
パレード要員は普段のキャストだけでは足りないため、退職者に声をかけて、この日だけ手伝ってもらうのが恒例になっていた。退職して就職した元学生たちが、ちらほら顔を見せていた。懐かしい顔ぶれだ。
そんな中、僕の内側で、昨年の退屈な感情が蘇ってきていた。
もはやこの仕事に熱狂など起こり得ない。僕がかつて感じていたものはことごとく消え去り、後は退屈な日々の消化作業だけになってしまったようだ。
退屈だ…
面白くない…
ネガティブな感情だけが日々積み重なっていく。
アトラクションは一日中動いている。途中パレードがあったとしてもそれが何だというんだ。ずっと動き続ける、普段通りの勤務が待っているだけだろ。
甘かった。
前提知識:立ちふさがる地形と岩
スプラッシュ・マウンテンが緻密なゲストコントロールを要する一因に、土地の形状があった。
クリッターカントリーは縦に長い敷地になっており、アトラクション入口が奥にある。これは列が伸びた時も他の施設に支障を与えないように最奥部に構えたためだ。だが反面、やって来るゲストには入口が分かりにくく無駄に歩かされるため、結果として不親切な位置になっていることも事実だ。
パレードがあるからと言って、スプラッシュ・マウンテンの何が大変になるのか。
これを理解するには、地形を知らないといけない。
スプラッシュ・マウンテンはクリッターカントリー内にある。パークの最も奥深い位置にあり、イベントとは最も縁の薄い場所の一つだ。パレードが通らないため、影響などあるはずもないと思うだろうが、そうはいかない。
クリッターカントリー入口部分は、じかにパレードルートと接している。
この時代、まだファストパスが導入されておらず、夜のクリッターカントリーはとても寂しい世界だった。奥に位置するカヌーは日没と同時に運営を終了し、飲食店・ラケッティも早々に閉めてしまうので、出口周辺に暗い灯りがポツポツと光るだけだ。
それだけではない。
これはパークの構造にも関わるのだが、丸みを帯びたランド全体の敷地を自由に行き来できるように見えて、実は違う。パークはざっくり言って丸い形をしているのではなく、花びらのような形をしている。
各テーマランドは、個々に独立した配置なのだ。
隣り合う花弁同士は一度中央に戻ってから、隣の花びらへ移らないと移動できない。
外縁から隣への移動はできず、いったん真ん中へ戻り、再び外縁部へ向かう必要があるのだ。
これを、クリッターカントリー周辺に当てはめるとこうなる。
ウエスタンランド〜クリッターカントリー間、ファンタジーランド〜クリッターカントリー間を通り抜ける際、いったん広い道へ出ないと行けない。各テーマランドは奥の方で繋がっていないからだ。
図で見るとだだっ広い空間があるのでそんなことを感じる人はいないだろう。
しかし。
パレードの通り道を知っていれば、あるいは実際に混雑に巻き込まれた経験のある人なら、その意味が理解できるだろう。
混雑時、パレードルートの広い道は、時として狭隘な空間へと姿を変える。
広い道は常に広いわけではない。パレードルートに変貌すると途端に難所にすり替わるのだ。
その時、広場は塞がり道は人で埋まり、誰もが自由を失う。進むことも引き返すこともできなくなると、人は瞬く間に暴徒へと豹変する。
その難所中の難所が、ここクリッターカントリーの入口周辺にできあがるのだ。
範囲を広げると、クリッターカントリーからホーンテッド・マンション手前の通路、およびウエスタンランドのマークトウェイン号乗り場前までの通り道もまた険しい。
このゲスト動線は、超混雑時はほぼ機能しなくなる。放置すれば身動きできない人々が続出し、ストレスが蓄積する。何もできない状態に耐えられる人など、いるはずもない。
飲食物を買い込んで家族がいる場所へ戻ろうとしている人は、戻れないことに耐えられない。あらかじめ決めた時間内にアトラクションに乗って、レストランの予約時間に到着したい過密スケジュールの人は、無駄に時間を消費することに耐えられない。
耐えられなくなると、人は普通の精神状態を保てない。
しかもパレードは30分以上継続する。カウントダウンパレードに至ってはスタートからエンド通過まで約40分かそれ以上要する。
いや、混雑はパレード開始前からすでに始まっており、スタートした時にはそれが極限に達している。周辺の移動が困難になると、そもそもスプラッシュ・マウンテンに乗りに来る人々がやって来られない状態になる。
それは非常に困るわけで、通常運営を維持するために、スプラッシュのキャストは必然的に、クリッターカントリー周辺の動線確保も手伝わざるを得なくなる。
スプラッシュ・マウンテンを運営するということは、クリッターカントリー全体を運営すると同義なのだ。
この狭い地形の中で、滞りなく人を動かし続けて目的の場所への誘導を行い、クローズした最奥部に位置するカヌーや店舗の非営業案内をし、同時にアトラクションの入場は継続し、手前のパレードルートのコントロールに手を貸し、そして年越しの瞬間を待つ。
それが、年末年始の僕らに課せられた使命だった。
★
もちろんそんなことは僕も以前から知っていた。
一昨年、ミッドナイトのシフトに入った際は、外のポジションをやったこともあったし、外浮きの勤務をしていないというだけのことだ。まあ大したことじゃない。
甘かった。
パーティーのはじまり
大晦日の夜が始まった。
カウントダウン・パーティーは特別なチケットを持った方のみが来園できる。特別な夜だから、園内のBGMも特別仕様で、照明も普段より追加され、パーク内を照らす。至るところにやぐらのような設備が置かれ、その上部にずらりと並ぶ照明がこの夜だけのために眩くパークを照らすのだ。
祭りの準備は万端だった。
この特別仕様の明かりや音響も、クリッターの奥地までは十分に届かず、かろうじて賑やかな音が溢れてくる程度に留まっている。
★
かなり早めにスプラッシュ・マウンテンの職場へ向かう。
毎年恒例になった「宴会」のために差し入れを用意して、バックステージを走るシャトルバスに乗る。この日のためにバスのルートが変更され、停留所も場所を移動していた。花火の打ち上げ場に近い普段の停留所が、立ち入り禁止になってしまうためだ。バックステージのあらゆる施設が、この日のために特別な準備を行なっていた。
バスを降りしばらく歩き、クリッターカントリーの裏側から入っていく。
★
数日前からこの日のために、リード達は作戦を練っていた。
過去の数年間の経験を踏まえて、いかに混乱なく入れ込みを完了させるかに、作戦の焦点は置かれていた。
昨年と同様、パレード後の入場調整の総指揮はJBさんが担当。彼の秘蔵っ子、ヨシ君も待ってましたとばかり張り切っていた。
勤務前の通常の朝礼を終えて、その後外浮きチームの作戦会議が行われた。
ただ、数日前に簡単な説明が行われていて、あらかじめ自分のポジションも知らされていたので、自分の担当は知っていた。
僕は、かなり無難なポジションを与えられた。パレードが始まるまでの間は、グランマサラのキッチンの周辺のモニタを行う。年明け後、入場を開始した際の列の調整役だ。
無難すぎる。正直言って退屈な役割だ。これじゃ、何の苦労もせずに新年を迎えそうだな。
時間は22時。
パークはすでに開園しゲストが続々と入園しており、当然スプラッシュも運営を行なっている。先に出勤していた遅番の外浮きメンバーがすでに勤務についていた。
僕らミッドナイト組が外に出ていくと、すっかり夜もふけて真っ暗なパークは普段とは異質な照明に照らし出されており、クリッターカントリーのいつものBGMではない違う音楽が流れている。
これがカウントダウン・パーティーなのだ。
「んじゃ、倉庫に集合な」
列を眺めると、アウターキューがきっちり設置されていて下(クリッターカントリー入口方向)まで埋まっている。待ち時間も70〜75分くらいはあるだろう。
スタンション倉庫に集まった深夜組の4人が、手元の資料を見ながらゲスコンリーダーのJBさんの説明を聞く。これで外浮きメンバーの全員が揃った。
「すげー、外浮きが10人か…」
僕は思わず資料を見ながらつぶやく。
「入れ込みまでの間は適当にブレイクに行ってくれ。時間が近づいたら指示出すから」
軽い気持ちで僕は、周囲のお祭り騒ぎを眺めていた。ウエスタンランドやそれより先のパーク中央部は、昼間のように明るい光が夜空を明るく染め上げている。太いサーチライトの光が2本、夜空の真上に向かってゆったりと照らしていた。
1996年が、間もなく終わりを告げる。
周辺の様子を観察する。
クリッター入口へ降りて行くと、パレードルート上はすでに人が溢れかえり、最前列から2列目、3列目とシートが敷かれて幾重にも折り重なっていた。
そして、クロスオーバー(横断用通路)もしっかり形成されていた。
クリッターカントリーの入口は二つに分かれていたが、そのうちファンタジーランド側は、パレードルートが正面にあり、そこには必ず反対側へ渡るための横断用通路ができていた。
パレードのゲストコントロールを担うのはパレード担当であり、そのリードやサブリード達がクロスオーバー周辺を歩き回っている。
この辺りはアトラクション入口から離れた位置で、一見僕らとは関係なさそうに思える。
しかし、ここは人々がクリッターカントリーを目指してやってくる際に、必ず通る道の一つだ。スプラッシュに乗りにくる人は、ここを通らないと来られない。この周辺は僕らが常に様子を見ておかないことには運営に支障を来たす。
岩回りの異変
僕はまず、グランマ・サラのキッチン前周辺を担当することになった。
ここは、パレード開始前まではゲスト動線の確保を行い、パレード後のゲスト集中時は伸びる列を整理する。
待ち時間が70分を超えると列はクリッターカントリーを出てしまい、ウエスタンランドへ伸び出してしまう。
パレードルートはすでに形をくっきり見せており、沿道にはレジャーシートが敷き詰められ、その上に場所取りの人達が寒さに耐えて厚着して待機していた。
列の周辺を観察していると、気になる点があった。
まず伸びた列はパレードルートの外側を斜めに伸びる。この辺りの場所が、急激に狭まり人の密度が高いのだ。
パレードルートの裏側に当たる部分が、とても狭い。
外浮きのメンバーと話し合い、当初ここは放置していたが、徐々に人が増えてきたのでそうもいかなくなっている。このままだとやがてシートが埋まり、通り道がなくなると列が伸ばせなくなる。並べなくなるだけではなく、通ることすら困難になるだろう。
パレードのシーティングエリア(座り待機場所)は、場所により広げたり狭めたりしなければならない。
通常は、最前列にシートを敷いて座る人がいて、その後ろにさらに敷かれて2列目ができる。次々とその後ろにシートが敷かれて分厚い「座って見る場所」の面積が増えていく。
ところが「岩周り」は狭すぎて、座って鑑賞できるスペースがほとんどない。ここに好き勝手にシートを敷かれると通り道が塞がってしまう。そこでこの周辺はあえて座らせずに通行ルートとして確保する。
この調整はパレードゲスコンの職責にはなるが、放っておくとスプラッシュ側にも影響が及ぶため、完全放置はできない。パレード担当は大所帯だが、こんなルートの裏側に配置するほど人が余っているわけでもない。
特に今のように、スプラッシュの伸びた列がクリッターを出ている場合は、こちらがパレードルートに注意を払う必要がある。
今夜のスプラッシュはバッチリ増員してはいるものの、決して油断はできない状況だ。
特に「岩周り」部分が塞がるのは非常にまずい。ただでさえ通りにくいのに、しかもまだ22時だ、あと2時間もある。パレードが終了して年が明けるまで、アトラクションの列を維持しつつ、ルート外側の通路が潰れないよう監視しておかないといけない。
列は常に伸びたままではない。伸びたり縮んだりを繰り返す。
最後尾が伸びてウエスタンランドの中央まで伸びたかと思うと、急に縮んでクリッターを入り坂を登っていく。そしてまた伸びてクリッターを出て…を何度も繰り返す。
その度に岩周りを通過する。縮むときは問題ないが、伸びる時に狭い箇所に列が伸びるため、ごちゃごちゃした中で並んだ人は最後尾をたびたび見逃す。
列が動いた時に最後尾が急に引いて、岩周り付近で並んだ人が列の前進を見逃して列が途切れ、空いた隙間に別の人が並ぶという「意図しない横入り」が発生する危険性があるので、どうしても目を離せない。
と同時に、狭い箇所にパレードを見たい人が座り込まないように注意を払っておかないと、列を伸ばす隙間すら奪われてしまう。時間が近づいてきてからパレードを見ようとする人は、どこでも構わないからとにかく見たい。
しかし通路のような狭い場所に、後からやってきて座られることは避けないといけない。
これを許していたら、通路の確保など到底できはしない。
僕らは列だけでなく、絶えずパレード鑑賞ゲストの動きにも気を配らなければならなかった。
スプラッシュの列に注意を戻す。
こんな状況下で、さらにアウターキューを設置するか、あるいはこのまま列を伸ばしっぱなしにしておくべきか、判断すべき時だった。このまま待ち時間が減らないなどあり得ないが、どこまでキューを設置するかでこの先の戦略が全然違ってくる。
御神木周辺はさらに密度を増す
ふと思い立って、クリッター入口の、反対側の道がどうなっているか見に行く。反対側の道はルートとぶつかって、横断用通路が形成されている。ここはパレード担当たちが必死に通路確保を続けていた。
すでにパレードルートは全域に渡って完全に場所取りのシートで埋め尽くされ、2列目、3列目、何重にも埋め尽くされている。レジャーシートに座り込んだ人々が大きな荷物を置いて、ある人は折りたたみ椅子を用意し、またある人は荷物の上に腰かけ、それ以外は直に冷たいシート上に座ったり横になっていたり、様々だ。
そして、パレードルート手前の斜面は、予想を上回る厚みでシーティング(シートでの場所取り)が進んでおり、最前列から10メートル以上に渡ってシートがびっしり敷かれていた。
早い!もうこんなに埋まっていたとは…!僕らは少々焦りを感じる。
この厚みは、クリッター入口に立ちはだかる御神木の片側を埋めたわけで、いよいよ通り道が狭まり、通行が制限されてきたことを意味した。
ところで、御神木(別名:ホルトノキ)とは何かというと、クリッターカントリー入口の中央に立つ、大きな樹木のことだ。現在ではその樹の根元は柵で覆われて中に入れないが、以前は喫煙所であった時期もあり、テラス状に木の床板が張られていた。
御神木の両側に道があり、坂を上がっていくことでクリッターカントリーへ自由に入ることができる。
その両方の道が、今や塞がり潰れかけていた。
23時。
年明けまで、あと1時間。
もはや好き勝手に通ることができず、移動の選択肢がみるみる減っていることに、ほとんどの来園者は気づいていなかったであろう。
目を離していた間に、さらに混雑度が増してきた。列は引き、最後尾はクリッター内に入ったり少し出るくらい。
待ち時間は基本、パレードなどのイベントが近づくと減っていき、終わるとまたゲストが戻ってくる。イベント前と後では、ほぼ同じくらいになると想定する。ただこの日は、パレード終了後は真夜中だ。常識通りにはいかない。
昨年同じ状況を経験しているメンバーがいるため、ある程度の予測が立てられた。事前の予想では昨年も、岩周りでゲスト動線がぶつかる位置のコントロールが難しかったらしい。僕は昨年はカウントダウンに参加していたので、クリッター周辺の動きはよく分からない。
明らかに人が増えてきた。
全ての通路、広場、建物前などを移動する人の量が増加している。岩周り付近もまだまだ列が伸びるため、目を離せない。
こんな状態で、列が年明けまで引かないなんてことが、あるのだろうか。通常に考えてありえない。派手なパレードが始まれば、みんなそちらに夢中になって、アトラクションなどほったらかしになるはずだ。
通常なら到底ありえない事象を、ほんの少しだけ想像した。
今でさえこの狭い岩周りの通路を維持するのに精一杯なのに。きっとこの周辺はゲストが集中して通路も消滅して、誰もどこへも行けなくなるだろう。
幸い、スプラッシュの列はだんだん短くなり待ち時間は減っていた。
人々がパレードルートに集中している分、アトラクションからは人が引いているのだろう。
とすれば、岩回りはますます混雑に拍車がかかり、さらに通路の確保が難しくなる。そして列はまだまだここを通さねばならない。
奇策が用いられた。
普段のオペレーションから生まれたアウターキューの完全撤去をしない方法。
最も内側の一本のロープを残し、その内側に列を通す。延長されたロープは岩回りまで連続し、列をきっちり囲む形で温存する。通行人はその外側を通る。
僕らはその奇妙な形状に張られたロープを、しばらくの間監視してやり過ごした。
その後、30分くらいでこのロープは撤去される。待ち時間が減ってきたからだ。
「F0階段」の罠
「これヤバいですよ」
僕はリードに進言する。
伸びた列を横切る人々が現れた。それは、岩周りを避ける近道があり、そこからどんどん人が流れてきたからだ。
「F0を張るか」
「了解」
F0とは、F0階段のことだ。
正式名称は知らないが、ウエスタンリバー鉄道の橋の脇にある、狭い階段のことだ。岩周りを少し上がった位置の脇にある。10段ほどしかなく、狭くて人がすれ違うにも体をひねらないと通れないくらいの狭さだった。
この階段は、クリッターカントリー側からウエスタンランドへ抜ける隠し通路のような存在だ。ただ、これを正式な通路としてゲストへ道案内することはあまりない。なぜなら、階段のみのため、車椅子を利用している方は通れないからだ。
でも道がある以上、ここを通る方は少数ながらも存在する。
またこの階段は、アウターキューを設置している間はロープで塞いでいるので使用できない。ところがアウターF区画がなければ階段は開くため、通行可能になる。
この階段通路を開放すると、伸びた列と通行者がぶつかって非常に邪魔になる。列を横切る人の流れを放置するわけにはいかない。そこでこの階段を通行できないよう、ロープを階段の上と下に張って塞いでしまうのだ。
岩周りは?
最後尾さえ引けば、このあたりはパレード担当へモニタ役を任せられる(と期待する)。しかしパレード担当も、この「僻地」へ人員を割ける余裕はなさそうで、最初の時に様子を見に来たくらいで後は誰もつけていなかった。
リードの一人がとうとう我慢できず、
「人をこっちに寄越せって言ってくる」
と、パレードルートへ去っていった。
10分くらい後で、パレードからヘルプが3名ほどやって来た。
「お待たせしましたー」
ひとまずホッと胸を撫で下ろし、その場を明け渡す。これで僕らは自分達の列に専念できる。と言っても完全に手が離れるわけではない。列が伸びれば岩周りは小まめに目配りし、ゲストの動線を維持しないといけない。
いつの間にか、僕は岩周りの周辺の担当に変更していた。誰にともなく、自然とこの位置が重要なポイントであり、ここをなんとかしないといけないと直感したからだ。
変則入場作戦
少し目を離している間に、列はさらに引いて待ち時間を減らす。
60分。
予想通りゲスト達はパレードへ関心が移っており、ルート付近に集結しだした。パーク内放送が何度も『まもなくパレードが始まります』と告知しているのもあるし、まもなく年明けが迫っていると気づいているのもあるだろう。
アウターキューはまだ60分を収容できるだけのエリアを設置したままだ。これを撤去するのは簡単だが、パレード後に再度使うことを考えると、今すぐ外してしまうのは無駄な作業が生じる。そこで温存するのがセオリーだ。
そしてもう一つ。
この日は、普段は絶対にやらないことをした。
アウターキューを設置したままで、それは使わず、滝前の入口から入場する形を取ったのだ。
「じゃあ今から入口を変えるから、頼むな」
リードからの指示により、アウター付近を固めていたキャスト達が一斉に、入口が変更になったことをスピールし始める。
「ただ今よりスプラッシュ・マウンテンの入口はあちらになりまーす!」
「今からお並びになる方は、横の通路をそのまま奥へお進み下さーい!」
最も近い位置から入場していただくのではなく、その奥、滝つぼ前から入場する方式を採用した。これはスプラッシュオープン当初の朝に行った手法だが、まさかオープン5年目にしてお目にかかれるとは思ってもみなかった。
この時間になると、スプラッシュへの入場ゲストは少なくなっており、それほどの混乱は起きない。パラパラとやって来るゲスト達はスムーズに進んでくれた。
もちろんこれはパレード終了までの間の臨時措置であり、終了した時点で元に戻す。
入場口変更が完了すると、僕は自分の持ち場へ戻った。
★
クリッターカントリー入口・ファンタジーランド側の横断用通路は切れ目なく人が押し寄せていた。パレードルートは人でいっぱい、今からパレードを見る場所を探すのはほぼ不可能な状態だが、続々と人はやって来る。
この夜、予想では55000〜60000人が入園予定と聞いていた。それだけの人数のほとんどがルート上に集まってくれば、どれほど混み合うか言うまでもない。
横断用通路は、パレードが開始して数分後に閉じる。そしてフロートが全部ルート上に展開し停止すると、再び開きっぱなしになる。
通路が閉じたり開いたりする際、強力かつ絶妙なコントロールが必要になる。
開いていれば、どんどんスプラッシュに乗りにくる人がやって来る。閉じれば来なくなる。それに合わせて、僕らも立ち位置を変えたり動かないといけないのだった。
逆方向、ウエスタンランド側はどうか?
列が伸びていた。別に大したことではない。しかし…
岩周りが恐ろしく狭まっている!今や人が1人通れるか否かくらいの幅しかない。
パレード担当は必死に岩の周囲の通路確保をしてくれている。だがそれ以上のゲスト流入が、ファンタジーランド側からとウエスタンランド側から一挙にやってきてこの地点で合流し、分厚い流れとなってぶつかっていた。そのため、処理の限界を超えて流れが停滞し、手前側で滞留して人溜まりができている。
これをそのままにしておくのはまずい。
まだパレード開始まで30分以上ある。このまま全く人が通りづらいままにしておくわけにはいかない。流れが停止した状態でゲスト達が1時間以上もこの場に留まってくれるはずがない。自分の行きたい場所へ行くためなら何でもするだろう。パレード待ちのシートの隙間を踏み越えて。パレードルートに侵入して。岩や障害物を乗り越えて。
そうなったら群衆の動きはコントロールできない。キャストが対処できない状態になる。
それを回避するためには、通路を維持しなければならない。パレードを終えるまでは、ここは決して失うわけにはいかない要所なのだ。
だから僕らは相当に強力な告知(スピール)を続けた。休む暇などない。
僕は岩周りからF0階段の間に立ち、様子を観察する。
ゲストは主にどこから来てどこへ向かっているのか?
大きく分けて2つの流れが見えた。
1つはファンタジーランドからやって来て、ウエスタンランドへ向かう人々だ。彼らはホーンテッドマンションの出口から出て通路に沿って来たか、ファンタジーからやって来て横断用通路を渡ってクリッターへ流れ着いた人々だ。
もう1つは、逆にウエスタンランドからファンタジーランド方向へ向かおうとしている人々。
この両者が岩周りでぶつかり集中するために、さらなる混雑を引き起こしている。そこへ列を通すのはそろそろ限界に近い。列が形を成しておらず時々千切れてしまうからだ。
すでに御神木の裏側は、狭い通路を進みたいが前が詰まっているせいで通れず待っている人々が滞留し始めている。
この、前が詰まって待っている状態は、他の人から見たら「立ち止まっている」ように見える。
立ち止まっている人がいるならここでパレードが見られるじゃん?
と勘違いした人が現れ、続いて立ち止まる。するとどんどん人が立ち止まり、またたく間に通路が塞がる。
そうなったら通路は崩壊だ。
だから、岩周りの狭い通路を、絶対に潰すわけにはいかないのだ。
23時20分。
時計を見る。あと40分で年明けだ。
ゲストの流入は一層激しくなっている。これ以上人が増えたら、もうこの箇所は持たないのではないか…心配になってきた。
もちろん、このようなゲスト動線のコントロールが困難なシチュエーションは何度もあり、そのような場合にすべき手立てはある。
その一つを、今から始めようとしていた。
ワンウェイ
「ワンウェイにするぞ」
リードのKさんが、指示を出した。
ワンウェイとは一方通行のことだ。岩周りが激混みポイントになることは過去の経験から十分すぎるほど想定済みで、当然対策は立てられていた。
クリッターカントリーからウエスタンランド側へ向かう人は、岩を回って通過してもらう。
逆方向に進みたい人は、脇のF0階段を上がってもらう。つまり時計回りに動線を作るということだ。
「ワンウェイで」
指示を早速みんなに伝えに行く。スプラッシュのキャスト3名と、付近に配置されたパレード担当へも伝え、協力してもらう。
僕はあることを思いつき、同じ外浮きのFちゃんに依頼。
「岩に張り付いて流して」
「了解ですー」
流れが遅いなら加速させるしかない。岩の目の前を通るゲストに、直接声をかけて進んでもらうのだ。それを頼んだ。彼女は言われたことはきっちりやる人だから、うまくいくだろう。
岩周りの流れが変化した。
向こうからやって来るゲストがピタッと止み、こちら(クリッターカントリー)を通り過ぎた人々がどんどん岩の方向へ流れていく。
F0階段の下側(マークトウェイン号乗り場側)に配置したキャスト達が強力にスピールをかけて告知しないと、一方通行の流れは維持できない。1人でもこちらの指示に逆らって逆走する人が出てくると、それを見た人が続いてしまい、流れが乱れるからだ。
23時25分。
混雑は一層激しくなり、イベントに関心の薄いゲスト達も、そろそろパレードの開始に気づき始めていた。
カウントダウン・パーティーは、新年を祝うために開催される特別営業時間帯ではあるが、意外と入園ゲストの多くは「パレード」自体にはあまり関心を払わない傾向がある。
一部のマニアやコアなファン以外は、「夜中もやってる」ことが特別なのだ、と思っているのだろうか。だから特別にパレードの場所取りをせず、いつも通りに遊び、時間になったら見ようか、程度の感覚でいる。
とんでもない。
普段の日中運営時に行われるパレードはいつものパレードだ。毎日のように行われているので、一回くらい見逃してもまた次に来た時に見ればいい。
しかし、この日のは違う。年に1回、この時にしか見られないパレードだ。
園内に流れるBGMも、それ専用の曲が流れ、特別な照明で照らし上げられる。この日のために用意された演出で盛り上げる。それらの相乗効果で、ほぼ全てと言っていい数万人がパレードに集中する。
普段の混雑とは比較にならないくらいの、超絶混雑状態になる。
いつもの昼間のパレードで、岩周りがワンウェイになることなどほぼない。放置はしないものの、何とかなるレベルからだ。
しかし、今は違う。
クリッター側から押し出されるように流れていく人々はどんどん狭い岩周りへ吸い込まれて消えていく。一方、F0階段からは、湧き出るように人がこちらへ上がってくる。
ワンウェイになると、パレードが終了するまでそれを解除することはない。通行人の中には、特に目的もなく歩いている人がいるが、そういうゲストがワンウェイ通路へ入ってしまうと再び戻れなくなり、同じ箇所をぐるぐると周回することになる。岩周りを抜けていった人が階段から戻ってくるのを、たびたび目撃する。ああ、またあの人戻ってきた…どこへ行くか、完全に目的地を見失っているな…。
こういう人が最後に逆ギレするのはいつものことだ。仕方ない。
「一体何なんだよ!」
声が聞こえてきた。誰かが怒鳴っている。
男性ゲストがパレードキャストに突っかかっていた。
「ここがダメならどこで見ればいいんだよ!」
通行者へ立ち止まらないようお願いしていたが、中にはパレードを見たくて場所を探している人もいる。最もパレードルートに近い場所を探せばそのうち見つかるだろうと考えてやって来たのだ。
だが、こんなギリギリになって見る場所を探すのは無茶というものだ。正論を言ってしまうと、本当に見たい人は何時間も前からシートを敷いて寒い中待機していたのだから。
しかし正論で納得する人など1人もいないのが、今の差し迫った時間帯だ。
僕もこの後3回ほど、ゲストから怒鳴られることになる。
パレード開始
23時30分。
御神木から岩周りにかけて、ある程度余裕のあった空間が、徐々に狭まってきていた。狭い箇所にキャストを重点的に配置し、僕も加勢して通路の確保をしていたが、それでもなお、少しずつ空いた空間が埋まってきていた。まだパレードは始まってすらいない。
だが、もうすぐだ。
さらに人がどどっと押し寄せてきた。ファンタジーランド側で何らかの異変が起きたか、横断用通路を渡って漂流してきた人々が目的を見失って辿り着いたか、その両方か。
まもなくパレードがスタートすれば、横断用通路が閉じてゲストの流入が減る。もう少しの辛抱だ。
23時34分。
音楽が変わった。
それがパレード開始の合図だ。
パーク内の雰囲気が一気に変わる。いよいよメインイベントの始まりだ。この瞬間を待ち侘びていた。
パーク全体がそれに合わせてムードを高め、ほぼ全てのゲスト達が注目する。誰も彼もがルート上に注目し、やって来るものに期待を寄せていた。
御神木の裏側がどうなったか。
この時僕は岩周りから離れ、本来の持ち場である、御神木の裏側周辺を動いていた。
さっきまで余裕のあったスペースは、徐々に人が滞留し急激に狭まっていた。ここが潰れるとファンタジーランド〜ウエスタンランドへの通行が不可能になる。パレード終盤ならともかく、この時間に早々に潰してしまうなど許されるものではない。ここが通れなくなったらクロスオーバーもスプラッシュへも全部行けなくなる。
事前に想定して、ここに仮設のルートをロープで作成しようとリードから提案されていた。クロスオーバー担当とも協力して、きっちり「通り道」を作ってしまう。それを見れば、ロープの外側はパレードを見る場所、内側は通り道、と一目瞭然だ。
御神木の裏側なので、パレードを見るには不適切な位置だ。大きな樹の影になって、パレードを見ることは困難。しかし行く場所を失った漂流民のゲストにとってみれば、どこでもいいからパレードを見たいわけで、こんな場所でも喜んで留まるだろう。
クロスオーバーの脇は、すでにシートを敷いた人々が占有している。
その間に一本、通路を形成する。通路なのでこの外側では見られない。幅は約2メートルもないほど。ここを死守するのが、僕に課せられた任務となった。
右へ左へ、注意深く観察し、ゲストがきちんと動いているか、立ち止まっていないかを見守る。
僕ともう1人、R君が、この場所に張り付いてモニタすることになった。
「ここはきっちりクリアしよう」
「はい」
「クロス側を見てて。俺、岩の方見てるから」
「分かりました」
今やこの臨時通路はクロスオーバーと一体化しており、どこからどこまでがパレード担当で、どこからがスプラッシュの担当なのかあいまいだ。
でもそれは大したことではなく、そこにいるキャストがみんな全員でパークを正常に機能させようと必死になっていた。
23時40分。
パレードルートには大きなフロートが続々と登場し、周囲をダンサー達が取り巻いて進んでいく。周辺からサーチライトが無数に照射し、ルートやゲスト達を明るく染め上げる。その光がこちらへも素早く走り、一瞬だけ昼間のように照らされては暗闇に戻る。
通行するゲスト達は、歩きながらもパレードに見とれており、混雑する通路をのんびり進む。大音響の音楽が特設スピーカーから発されているので、僕らのスピールもかき消されてしまう。
臨時通路がどんどん狭まっていく。声を枯らして通行人に告げるものの、どうしても滞留してしまう。
僕がいる場所は、斜面の上側の植栽の中に「クリッターカントリー」の大きな看板がある場所だ。
この植栽と臨時ロープの間の道幅が1.5メートルくらい。ロープ内にちょっと隙間があると、そこへすかさず入り込む人がいて、続いて2〜3人が入る。ここは立ち見の場所として、限界いっぱいに人が入り込んでいる。
まだ、なんとか通路は確保できていた。
カウントダウン
最後の難関が、まもなくやって来る。
この後、パレードはルート上に配置が完了し、停止して年明けを迎える。カウントダウンを行うのだ。
停止した時、横断用通路が開く。開くと、おそらくルートの反対側で行き場を失ったゲスト達が大勢こちらへやって来る。それをやり過ごせるか。
23時50分。
パレードは停止した。今まで閉じていた横断用通路が開く。
反対側から大勢の人が押し寄せてくる。ファンタジーランド側からやって来た集団は、坂道を上ってクリッターカントリーを真っ直ぐ上がっていく。その中の一部が横に空いた通路を曲がってこちらへやって来た。
クロスオーバーはこの後カウントダウンが終了し、年が明けた後で再び閉じる。閉じたらもうパレードの最後尾が通過するまでそのままなので、今持ちこたえさえすれば問題ない。
ここから10分とちょっと、開いたクロスオーバーから、どれだけ人がやって来るか。
パレードルートが見える位置まで動き、その様子を観察して戻ると、ロープの内側で留まっているゲストが数名いた。ちょっと目を離しただけでこの状態だ…。
「こちらではパレードはご覧いただけません、ご移動をお願い…」
「じゃあどこで見ろって言うんだよ!」
その場にいた男性が、我慢できずに大声を出した。周囲の大音響のせいで、近くの人すら気づいていないが。
「すみません、今からですとウエスタンランド方向で…」
こんな時の模範回答は、ビッグサンダー・マウンテンの正面あたりを誘導する。視界が開けているので、多少ゆとりがあるだろうから。と言っても、最前列からシートが50メートルくらい折り重なったその後ろになるだろうが…。
その男性は、
「うるさいんだよ!」
と言うなり、僕の案内を無視してロープ際に張り付いてしまった。
今や臨時の通路は、幅が1メートルあるかないかまで、縮小していた。
クロスオーバーからやって来る人の量の多さもだが、岩周りへ向かうゲストの流れも遅くなっている。おそらく停滞しているだろう(見に行く余裕はない)。
蛍の光、そして年明け
23時55分。
目の前の通路に人が溜まり、幅は30センチくらいになってしまった。大音響の音楽のせいか、僕のスピールもゲストの耳に届かなくなっていた。
クロスオーバー側についていたR君が、滞留ゲストの隙間を縫ってこちらへ来る。
「ヤバいです、クロスがもう潰れかかってます」
「うーん、もう無理だね。とりあえずあっち(クロス出口あたり)で待機してて」
「了解です」
R君は戻っていった。もうできることは、ほぼない。
23時57分。
さて、僕はどうしたらいいだろう。やるべきことはあるか?あと3分でできることは?
岩周りでも見に行くか?だがおそらく潰れているだろう。さっきからゲストが全然ウエスタンランド方向へ進んでいないのはそのせいだ。
蛍の光が流れてきた。カウントダウンパレードのクライマックスの前、残り3分になると、毎年決まって蛍の光を歌い出すのは恒例だ。
いよいよ年明けか…
あっ!
気がつくと、人がまだまだやって来る。この時間になってもまだパレードを見る場所を探してやって来るのだ。
その人達、およそ20名ほどがググッと進んできて、止まった。もう行く場所がなくなり、前も後ろも人で埋まっていた。
そして僕は?
目の前を、わらわらとやって来た人が埋め尽くした。通路内がほぼ、人で埋まった。僕は体ごとぐいぐい押されてしまい、植栽のくぼんだ部分に押し付けられてしまった。
まるで満員電車の中にいるみたいに。
目の前には、男性ゲストがピッタリくっついている。
そのゲストが、僕に尋ねる。
「この先、進めますか?」
僕は答える。
「いやー、ダメですね」
「やっぱ、そうですよねぇ」
男性ゲストは、諦めたように笑った。
カウントダウンが始まった。
『20、19、18・・・』
クリッターカントリーの大看板の手前、くぼんだあたりに僕の体はスッポリ収まっている。目の前はゲストでびっしり埋め尽くされている。
動こうとしても、動けない。
『ゴー、ヨン、サン、ニー、イチ!』
身動きすらできない。
『ハッピーーー・ニュー・イヤーーーー!!!!!』
背後で花火が2000発、打ち上がる。
途端に周囲が真昼のように明るくなる。
看板のすぐ前にいるため、打上場所からは死角になるので、僕の位置からはほとんど見えない。残念だ。
周囲のゲスト達はパレードルートから目をそらし、後ろを振り向き、花火に見とれていた。
こうして、1997年が明けた。
★
0時6分。
パレードが動き始めた。
パレードは終了だが、これからスプラッシュの入れ込みが始まる。
人の密集が解けると、僕は素早くクリッターカントリーを駆け上がっていく。これからゲストが猛然とやって来る。
予定では、入口はすでに元のアウター入口に戻しているはずだ。しかも上で待機していた外浮き達が準備を整えているだろう。
案の定、列は凄まじい勢いでクリッターの坂道を駆け下りて伸びて行き、あっという間に最後尾がウエスタンランドの中央を貫いていった。
この年のパレード後の入場誘導は、万全の体制を整えて臨んだだけあって、列の最後尾もウエスタンランドを突き抜けることはなく、せいぜいカントリーベアシアターの手前くらいで収まった。上出来過ぎるほど、うまく行ったと言える。
アウターキューも二区画分増設し、80〜85分待ちに到達した。パレード後に入口が岩周りになったのは、この年が最後だったと思う。
0時40分。
全ての作業が終了し、僕らはようやく一息つくことができた。
僕らミッドナイト組は朝が来るまで勤務なので、まだまだ夜は続くのだが。
オマケ:入れ込み終了後の宴会、の前の・・・
「いやーみんなお疲れさん!」
リードからのねぎらいの言葉をもらい、僕ら深夜組は、いったんここで休憩をもらえることになった。
スプラッシュの館内に戻り、目指すはリードオフィス。
毎年恒例の、スプラッシュキャストによる大宴会が待っている。今年もたくさんの料理、雑煮、手作りのおにぎり、おはぎ、肉料理、うな重、寿司、その他テーブルに乗り切らない食べ物が待っていた。
そこで僕ら外浮きチームは、いやー疲れたねー、とか今年は何が食べられるかなー、などと言葉をかわしつつ階段を上がっていった。
音がなっている。
いや、声がする。
『お客様にお知らせします。大変申し訳ありませんが、スプラッシュ・マウンテンはシステム調整のため・・・』
ええええええ〜〜〜〜〜〜!!!!!
その場の全員が、情けない声で叫んだ。
「これ、ダウンスピールだよね?」
「ダウンしたぁ、マジかぁーーーーーー!」
「やっと入れ込み終わったのにぃーー!」
僕らは来た道を取って返し、これから始まる退出作業へと向かうのであった・・・。
全てのボートからの退出作業が終了したのが、1時20分。
うん、この時の退出作業はめっちゃ早かった。みんなで手伝ったからね。
ダウン中の退出作業は、また別の話。
★
2時00分。
再開。
ちなみに僕の外浮き日記によると、この後再びゲストを入れ込んでダウン前は85分だったのが再開後は60〜65分だったとか、ダウンの要因とかが記述されているが、省略。
3時45分。
全てが終わって休憩に出られた。
あまりに可愛そうだったということで、僕らは少し長めに、5時くらいまで休憩させてもらったのであった。
★
充実した仕事ができた時、僕は救われたような気がした。
この時僕は、大変な労苦をしたというより、自分の居場所を見つけたという、確信のようなものが芽生えたのではないかと思っている。
そして、この感覚は後に続く、僕がトレーナーになった時の話につながっていくのだ。
ここらで、カウントダウンパレードの話はおしまいにしよう。
全ては過去の話だから。
(了)
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