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最後の、春

 私たちは、息を潜めて生きている。


「…ここにいた」
「なんで見つけちゃうのよ」
 私だって、一人になりたいときはある。
「だって、双子だもん」
 ずいぶんあっけらかんとした様子の姉に、毒気を抜かれるのはいつものこと。私は、たぶん一生さくらに勝てない。

「さくら」
「そよみ」
 
 同じ顔なのが面白くて、お互いの名前を延々と呼び合っていたあの頃。無邪気でいられた、あの頃。いや、言うほど昔ではないけど。
 大人びていたい、まだ子どもだと自覚があるからこその、その思い。
「あー大人になんか、なりたくない!」
 その言葉に驚いたのは、逆だと思っていたから。さくらは、早く大人になりたいんだと。のびやかに日々を過ごしているのを、誰よりも知っている。
「…私は、早く大人になりたいけど」
 だって、ここから動きたくないんだもん。なんて、らしくない台詞は聞き流すには強すぎた。
「なんかあった?」
「ん、別になにも」
 しっかり者で、面倒見が良くて、どこか抜けてる。愛されるべき性質を全て持ってるような、そんな人。
「絶対、あったじゃん…」
「もうすぐ卒業じゃん。みんなして、終わりをにこやかに迎えようとしてるからさ。ちょっと反抗してみたくなっただけ」
 拗ねてるのか、でもそれにしてはやっぱりあっけらかんとしている。
「ずっと、こうしてたいのに」
 質が違う声に、目を向ける。さっきまでの笑顔が消えて、ぼんやりした表情に変わっていた。あぁ、この顔知ってる。私といるときにしかしないけど、たまに見る。上手くいかないことがあると、こういう顔をする。
「それはちょっと分かるかも」
 未来が怖いのは、見えないから。
「ねぇ、そよみ」
「ん?」
「この時間は今だけなのに、なくなっちゃうの」
 刹那。子どもでいれる時間。当たり前に大人になっていく周りと、駄々をこねる子どもみたいにそこに留まりたがる自分。
 理解できてしまうさくらの感情は、きっと私の感情でもある。早く早くと言いながら、芯では怖がっている。もしかしたら、悠々進む周りの子たちも。飛び出してしまわないように、足並みを揃えて。みんな必死に合わせてるのかもしれない。
「なくなったら、また作ればいい」
「…ずっと、そうあってほしい」
「私は変わらないよ」
 私だけは、さくらの時間に居続けられる。誰が去っていっても、お互いの時間の中に、ずっと。
「そっか、そうだよね」
 なにを悩んでたんだと、いつもの笑顔。晴れやかなその顔は、たまに曇りながらも変わらず隣にある。
 そっと、息を潜めて、私たちは大人になっていく。こうやって秘密を作りながら、少しずつ。そうしてできあがったものが、“おとな”の素になるんだろうか。
 いつか、知らぬ間に大人になる。息を潜めることを忘れた私たちは、やっとそのとき大人になる。



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