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【エッセイ】なんだか上手くいかない日々を超えて

「最近、何もかもうまくいってないような気がする」

そんなことをぼんやりと考えていたのは10月の連休の最終日。この日は雨で特に予定もなく、目覚めてもなかなかベッドから出られずにいる時間だった。

一つの大きな失敗があったわけでなく、自分に関係すること全てに対して薄いネガティブな膜が1枚かかっているような状態が続いている。一歩一歩確実に悪い方向へと進んでいくような感覚が体の端に引っかかっているみたいだった。ベッドの中でスマホでSNSやニュースを眺めながら、考えを巡らしていく。


もちろんこれまでにだって何度も何をやっても上手くいかない時はあった。ただその時々でどう対処していたのかはなかなか思い出せない。

恐らく何も考えていなかったのだろう。「止まない雨はない」という言葉を信じ、占いの類いは嫌いなのに「きっと運が悪いだけ」と割り切り、時間の経過とともに良い方向へと向かっていくことを楽観的に待っていたような気もする。まあこれはこれで悪くない方法だとも思う。ただ今の自分には、気長に状況が好転することを待つだけという選択肢は間違っているように思えた。

せっかくの休日なのに朝から降る雨は止む気配もなく、外出する気にもなれない。とりあえず、コーヒーを淹れるために、ケトルのスイッチを入れ、コーヒー豆を挽き、お湯を注ぐ。

いつの間にか休みの日はちゃんとコーヒーを淹れる生活になった

こうして出来た温かいコーヒーをテーブルに置き、ソファーで横になって無意識のうちにスマホを手にし、YouTubeで生産的な生活を記録したVlogを探す。些細なことでもいいから毎日に何か変化を加えるヒントを探していたんだと思う。結局、今以上の早起きが自分を変える意味では最も手っ取り早く、効果的だと考えていたのだろう。

その後、この日は著名人のモーニングルーティンを調べてみたりしている間に、自分の置かれた状況を打破できる気になって、気がつけば何かを調べるわけでもなくソファの上でただスマホを眺めて時間が溶けていった。

簡単に時間が溶けるソファー

次の日、まずはこの気持ちを整理しようと思い、昨日の思考を思い出しながらここに書き出してみることにした。人に読んでもらう前提で書いていることもあり、多少なりとも整った形で書いてしまっているが、嘘では無い。

こうして個人的不調と向き合いながらとぼとぼと文章を書き始めた次の日、仕事終わりにスマホでメールをチェックすると、前回投稿したエッセイがnoteの公式マガジンに追加されたとの通知がきていた。公式マガジンがどういったものなのかよく分からないが、喜んでいい出来事には違いなさそうだった。

こうなってくると文章を書くのがまた少し楽しくなってくる。帰宅後は、夜ご飯を食べ終えてすぐに机に向かってこの文章を書いている。なんなら仕事終わり行ったラニング中には、次のエッセイのネタを考えてみたりもしていた。そんな自分を単純だと思いつつ、どんなに小さくてもいいから喜べる気持ちを見つけて、それを糧にすることが最近の自分には必要だったのかもしれないということに気付かされた。

現状打破に早起きは必要なかったかもしれないが、あれからなんとなくいつもより30分早い6時30分に起きる日が続いている。


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