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必要なのは現象の切り分けと情報の精度

 頃は昭和の終わりごろ。就職活動中の専門学校生だった私は、就職先を決めるのにあたって、「自宅から程よい距離で定期で通勤できる会社」という非常にふざけた条件で会社を選ぼうとしていた。学校は二十三区内にあったため、週5日東京都をほぼ横断して通っていたのだが、電車の混雑ぶりにうんざりしていたのだ。通学でこんなにしんどいと感じるのだから、仕事で都内に通うというのは無理だと思っていた。その一方で趣味の観劇(当時は小劇場ブーム真っ盛り)のため、都内へはちょくちょく足を運んで行いたので、定期券が使えたほうがなにかと便利だと考えていた。そんなふざけた動機に合った会社を求人票から奇跡的に見つけ出し、選考試験と面接を経て就職先が決まった。

 勤め先は製造業、重電メーカーの工場である。今でこそ、「産業プラントや上下水道の水処理、電力に使われる機器を製造する会社」と言えるぐらいの知識はついたが、入社当時の自分は何を作っている会社なのかまったく理解できていなかった。最初に配属されたのは品質保証部門、それも製品のクレーム対応部署であった。一般消費者向けに販売している製品ではないため、直接顧客から苦情がくることはなく、多くは営業経由で調査、修理の依頼が持ち込まれる。

 入社して1年ほど経ったころ、クレームとして工場に送り返されてきた製品を、修理部門へ調査依頼するときに添付する書類作成の仕事をするようになった。製品知識もないので、最初は上司の指示通り作成するのに手一杯で、ただ意味も分からず製品情報やクレームの内容を所定のフォーマットに転記していただけだった。だんだんと仕事に慣れてくると、不具合品として受け付けた製品も、原因がわかり修理して返却されるものと不具合の現象が再現しないために「不再現」として返却されるものがあることを知った。

 客先で発生している現象が、工場でも再現すれば、調査する場所を絞り込んで、故障箇所を特定していくことができる。しかし、顧客のいうような現象が再現しない場合は機能試験をひととおり行い、異常が出ないか調査するところから始まる。それでも現象が再現しない場合は製品を動作させっぱなしにして不具合現象が起きないかを様子を見ることになる。それと並行して営業経由で顧客に障害時の状況について、追加でヒアリングを行う。それでも再現しない場合は調査を打ち切り、工場出荷時の試験を再度行って、動作が正常であることを確認して顧客へ返却することになる。故障が再現しないことから、調査にも時間がかかってしまい顧客の心証も悪くなってしまう。購入直後であれば無償保証期間なので、新品の代替品を提供せよといわれることもあった。新品を送って問題なく動作すればよいのだが、往々にしてその新品も客先で不具合が起きる。こうなってしまうと、工場から顧客のところへ調査に行かざるをえなくなる。そして、実際に製品がどのような使われ方をしているのか現地で調べると顧客の使用環境や方法が製品の仕様に合っていなかったりと、原因が顧客側にあるケースもあった。ここまでこじれることは稀だが、工場に伝えられた情報が不正確なため、その後の調査に時間がかかってしまうということはしばしば起きていたように思う。客先で何が起きていて、その情報をいかに正確につかむかが、のちの調査に大きく影響することを学んでいった。

 そのせいか、ふだんの生活でも電気製品のトラブルにあったときの対応が変わった。おりしもパソコン、スマートフォンやインターネットなどの情報通信機器が個人の生活に入り込んでくる時代と重なったせいもあるが、そういう製品やソフトウェアの不調に自分である程度対応しなければならない場面が増えたように思う。

 そんな状態に陥ったとき、まず始めにやるのはどこで不具合が起こっているのかの切り分けである。どこまで正常に動作して、どこからおかしな動きになるのか、その範囲を明確にすることだ。たとえば電源は入るがその先はまったく動作しないのか、あるいは特定の操作をしようとするとエラー表示となるのか、などだ。面倒ではあるが、思いつく限りのことを試してみる。もしネット環境があるならもっと簡単だ。その製品名と今起きている現象をそのまま検索窓に打ち込んでみれば、公式サイトの「よくある質問」が表示されるかもしれない。または公式サイトに情報が載っていなくても、個人ブログなどで対処方法を書いている人がいるかもしれない。それでも解決しない場合は、買い替えるか修理を頼むかを選ぶという流れになる。修理を頼む場合は、先に自分が行った不具合の切り分け作業の過程で判明した情報をそのまま提供することになる。ソフトウェアについてサポート窓口に問い合わせを行う場合も同じように、「どこまでできて、どこからうまく動かないのか」を明確にして投げかける(必要であればスクショも添付して送る)。こうすることで、不毛なやりとりを少しでも減らせるのではないかと考えている。

 今回あらためて文章にするために、ふだんやっていることを振り返ってみたが、電気製品のトラブルに関しては細々とした判断を特に意識せず行っていることに気づいた。現在は異動によって、まったく異なる業務の部署になってしまったが、当時身につけた知識は今も生活のなかで大いに役立っている。とはいうものの、なるべくならあまり使わずにすごしたい知識ではあるのだが。

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