見出し画像

変化する目をもつ少年の話

【変化する目を持つ少年の話】

目の色を変化さられると気付いたのは、まだおれが十歳にも満たない頃だった。
無邪気にその時の友人たちに、それをみせた。
普段薄い茶色の自分の目を、その時は氷のように半透明にして見せた。
友人たちは驚き、歓声をあげた。
そのことに気分を良くし、その後も頼まれるままに友人たちの前でそれを見せた。
ある時は炎のように赤の奥にオレンジが揺れる目にし、またある時は深い海の底のような青を下敷きにした黒の目に変化させた。
数えていたわけではないけれど、おれの目の変化は数十を越える色に変えられるようになっていた。
その頃からだった。
おれが目の色を変えると、周りの天候が変化することに気付いた。
暖色の色にすれば暖かくなり、寒色の色にすれば周りの空気はそれに応えるように凍えた。
それを「すごい」といったのはごく僅かで、今まで喜んで変化する色をリクエストしていた友人たちは、気味が悪いといっておれを遠巻きにするようになった。
逆におれの目を見ようとしなかった大人たちの方は、おれに興味を持つようになっていった。
他の子供たちとは区別され、大人たちの指示に動くことが増えた。
そのかわりに免除されることが増えた。
それが面白くなかったのだろう。
おれの存在を疎ましく思う子供が増えていった。
それでもおれは大人たちから守られていて、けして不安を抱くことはなかった。
大人たちはおれに目の色を変えさせては、周囲の環境の変化を計測していった。
しかしおれの目の変化で反応を起こせる範囲が、思っていた以上に狭いことが分かってくると、今度は大人たちの興味もまた薄れていった。
おれはとうとうひとりになって、中学へとあがった。
その頃には、友人だったひとたちのことは、もう顔も思い出せなかった。
おかげで誰のことも平等に恨まずに、俯いて過ごすことができた。
クラスに響くひそひそとした噂話の中に、時折おれの名前はあがった。
けしておれに直接何かを話かけてくることはなかったけれど、それでもおれがいることを知っていてくれていることが分かるその噂話が、おれには唯一の存在証明になっていた。
おれの目は、もうその時には殆ど変化をさせなくなっていた。
たまに目立つ男子たちのグループに呼ばれ、そのそばで目を赤や青に変化させては彼らを暖かくしたり、涼しくしたりしては喜んでもらうくらいだった。
名前も呼ばれない。
店の接客係りの人間を呼ぶくらいの存在だった。
それは子供騙しの芸を見せるようなものだった。
そんなおれに、ある日話しかけてくるクラスメイトが現れた。
彼は転校生で、身体が他のラスメイトよりも発達していた。背は一番高かった。
彼はおれの前にやってきては、俯くおれの顔を覗き込んだ。
「たすく」
彼はそうおれを呼んだ。
そうだった。おれの名前は“たすく”だった。
久方に呼ばれた名前に、思わず顔をあげたおれは、彼の向こう側のクラスメイトの顔を見た。そのほとんどは、信じられないという顔をして転校生を見ていた。
まるでおれなんて存在はいないはずなのに、虚空にむかって彼が声をかけていると言いたいような顔だった。
おれは思わず下を向いた。
そうすることで、何が守られるのかは分からなかったけれど、場違いなのだという空気からは顔を背けていられる。
そう思っていた。
彼もこの空気を感じて、すぐにおれのそばを離れるだろう、と。
しかし、彼は続けておれの名前を呼んだ。
「なあ、たすくっていうんだろ?」
彼の声には、なんのてらいもなかった。
ただおれの名前を呼んだだけだった。
このまま顔を上げなければ、おれのことをもう二度と誰も呼んではくれないのではないか。
そう思ったら、もう一度顔をあげる気持ちが湧いてきた。
二度目に見た彼の目は、穏やかで、フクロウの羽のように奥深い木の皮の色をしていた。
「な、なに」
言葉がうまく出てこなくて、つっかえながらの返答だったが、彼は不満のない笑顔を浮かべた。
「お前、目の色が変えられるって本当?」
「そうだよ」
「見せてよ」
「でも」
「何?やっぱりそれって何か身体に不調とか出たりするの?」
「そんなことない」
「じゃあ、たんに嫌なの?」
そっと、けれど刺すような視線が彼の背中の向こうから、おれに向けて飛んできた。
それを受けながら、おれは喉を駆けあがってきたものを無理矢理飲み込んだ。
「いや、じゃない」
「じゃあ、見せてくれるか?」
彼の目は濃い色しているのに、鮮やかに光を含んで煌めいて見えた。
魅力のある人の目は、本当はこういう色をしているのか。
「いいよ」
そう言ってから、おれは自分が緊張していることに気付いた。
目の色を変えるのは何時以来のことだろう。
最後に変えた色はどんな色だったのだろう。
変化をしなくてもよくなった目を見ないようにして、毎日を移動してきたことを今さら実感した。
ふっと、力を抜くように息を吐いた。
息が腹から、胸から落ちていくのに合わせて、目の色素が落ちていくイメージを思い出していた。
そうして周りの空気を吸い込みながら、そこに含まれている水分から生き物の望む天候の気配が色になっていくのだ。
そう気づいたのは、大人たちが去ってからだった。
硝子越しに、密閉れた空間ではおれの目はそれほど変化をしなかった。
誰か、何かの生きているそばでこそ、自分の目の色は変わるのだった。
「おお」
転校生はおれの目を見つめながら、思わず零した言葉を自身でも拾えずにいるようだった。
「すげぇ」
そう言って、彼は両の手を握りしめて興奮を示した。
頬には赤が広がり、彼の目はおれの目の変化を見る前よりも、もっと光をつよくし、それは輝いているようだった。
彼のまわりの空気があたたまり、広がる。
彼はおれの肩に手を置いて、その後も感嘆の言葉を降らせた。
いつの間にか、彼の背中の向こうの世界はおれと彼の存在を忘れて、自分たちの世界へと帰っていっていた。
短い休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
それを合図に、それぞれの席へと戻っていくクラスメイトたち。
彼もまたそのひとりで、おれの肩に置かれていた手は、興奮とともに、こだわりなく離れていった。
それを残念に思っている自分を慰める苦労を思うと、溜息が出そうだった。
再び俯いていこうとしたおれの方へ、彼は最後の言葉をかけた。
「でも、おまえ自身の目の色が一番きれいだな」
彼はそう言って、自分の席に戻っていった。
彼の側に座る何人かが話しかけている。
彼は笑顔でそれに答えていたが、ふとこちらを見て、同じ笑顔をおれに向けた。
それだけのことが、おれには、もうどうしたらいいのか分からないくらいのことだった。



、、、
という夢を見まして、
起きた瞬間に
「え?お話になってるよ?」
とひとりでうわーっとなりました。
淡いような色合いの、アニメのような世界を私は俯瞰してみていました。
これ、頭から取り出してdvdに焼いてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?