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(続き)第18回ショパン国際ピアノコンクールの予備予選出場者とYouTube

(日本時間7/24に発表された予選通過した出場者の名前の前に★を追記)
 予備予選が2日後に迫ってきたため、ショパコンを視聴される予定の皆さんには既知のことが多いと思われるが、私が調べてみた予備予選出場者とそのYouTubeチャンネル(以下「CH」と略す)の演奏動画について備忘録を兼ねて紹介させて頂きたい(前回の記事はこちら)。7月8日に予備予選出場者の各プログラムもChopin InstituteのHPに掲載されたので、併せて紹介する(ヘッダーは3rd en (1937):Chopin Competition finale. On the left, jury members、出典:Wikimedia Commons)

⑪★Mr. Jinhyung Park (South Korea): Evening Session, 18 July


 JinhyungはYouTube CHを開設していないが、彼のショパンは19歳の時に出場した2015年のショパコンの動画(予備予選動画はこちら)で聞ける。本選1次では予備予選で弾いた4曲、ノクターン第13番Op.48-1(右手の旋律の歌い方が何とも艶やか)と練習曲Op.10-1(安定した左手に支えられ、右手のアルペジオが美しい)、練習曲Op.10-10、バラード第1番Op.23を弾いている。2次では、ポロネーズOp.53「英雄」他3曲。何れを聴いても音がクリアで堅実な弾き方をしているように思える。
 2021年5月のエリザベート王妃国際音楽コンクールにも出場し、1st Roundでは3曲目にバラード第1番Op.23を弾いている。2016、17年にも複数のコンクールにも出場し、オケとの共演含め経験を積んできているようである。
 7/18の予備予選では、練習曲Op.10-10、マズルカOp.59-1、練習曲Op.10-1、バラード第1番Op.23、マズルカOp.59-2、ノクターン第13番Op.48-1を弾く。2015年の予備予選では冒頭ノクターンの後、練習曲3曲、マズルカ、バラードという順だったが、今回は練習曲を1曲減らし、マズルカを追加している。

⑫★Mr. Alberto Ferro (Italy): Morning Session, 20 July

 シチリア生まれのAlbertoは2011年にYouTube CHを開設し、CH登録者数は226人、動画数は12、うち2曲がショパン(ノクターン第16番Op.55-2(2019年12月にミュンヘンで演奏)と協奏曲2番(2017年8月にクララ・ハスキル国際コンクールのファイナルで演奏;スタインウェイ使用))である。彼のCH以外では2017年にルービンシュタインコンクールで弾いたバラード4番Op.52(FAZIOLI使用)もある。
 彼は2014/15年のブゾーニ国際ピアノコンクールで2位、2016年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで6位と聴衆賞、2017年にはクララ・ハスキル国際コンクール(藤田真央さんが優勝)のファイナリストとなり、同年12月にはボン・テレコム・ベートーヴェン国際コンクールで1位と聴衆賞を獲得しており、その他のコンクールでも入賞を果たしており、コンクール出場に相当慣れているように見える。昨年リリースしたCDではラフマニノフを収録しているが、ショパンを弾いている動画、音源は上述のもの以外見つからなかった。
 今回の予備予選では、練習曲Op. 25-10、舟歌Op.60、ノクターン第16番Op.55-2、マズルカOp.59-1、練習曲Op.25-7、マズルカOp.59-3を弾く。練習曲以外は後期ショパンの傑作(当時のショパンの愁いや心情を表現するのが難しいように思える)が並ぶところが興味深い。

⑬★Mr. Georgijs Osokins (Latvia): Morning Session, 20 July

 Georgijsは自らのYouTubeチャンネルを開設していないようだが、彼のショパンは彼が20歳の時に出場しファイナリストとなった2015年のショパコンの動画で視聴可能だ。予備予選動画を通して聴くと、ショパンの音楽と真摯に向かい合ってきたことが素人の私にもひしひしと伝わってきて、胸が熱くなった。当時は彼の演奏は「(超)個性的」、「逸材」、「異端児」といったさまざまな表現で話題をさらった。この時の予備予選のコメント欄には"He will be a winner in the competition"や"beyond the competition"といった賛辞が散見される。
 本選1次ではノクターン第17番Op.62-1(抒情的でロマンティックな弾き方)他3曲、2次では舟歌マズルカ風ロンドOp.5パガニーニの思い出変奏曲マズルカOp41-4マズルカOp.50-3ワルツ第4番Op.34-3ポロネーズ第6番Op.53「英雄」(テンポはルバートを利かせ、ダイナミックな弾きぶり;弾き終わった後の拍手が盛大)を弾いている。3次では子守歌Op.57マズルカOp.59-1Op.59-2Op.59-3即興曲第3番Op.51ソナタ第3番(冒頭1楽章は少しテンポが速め、2楽章の中間部の旋律の歌い方が美しい、4楽章は圧巻で終わった後は画面に向かって拍手してしまったほど)、ワルツ第1番Op.18ワルツ第5番Op.42(私でも分かる間違いがあったが(笑)、彼は自分のペースで弾き切り、再び盛大な拍手が起こる;動画コメント欄は賛否両論が飛び交っているが、独自解釈を貫くピアニストに関心が注がれていることは確かだろう)を弾いている。ソナタを弾き終えた後のワルツはリサイタルのアンコールのつもりのような雰囲気。ファイナルのコンチェルトは1番を選曲。彼はこだわりの音を出すために常にFAZIOLI製のmy chairを運び込んで演奏している。
 複数のインタビュー記事によると、彼はコンクールで賞を獲るために来たのではない、自分の思う通り自由に演奏した、1次の後から常に満員の聴衆が聴きに来てくれた、僕のコンクールは大成功だと思っていると言っている(この姿勢がカッコよすぎる!)。ショパコン後は、3大陸からコンサートやCD制作のオファーがあったようで、2016年にショパン後期作品(Op.57-61)のCD(ショパコンで演奏した曲が殆ど)をリリースしている(詳細は彼のHPのBioを参照)。
 雑誌のある記事の記述では、映画音楽を作曲したり、2016年夏には指揮者デビューも果たしたようである。彼は最初はお父さんに師事し、お兄さんもピアニストであり、母国Latviaの建国100周年を祝うため、父と兄と共に母国のピアノ作品を世界に広めるためにCD(2017年録音、2018年発売)をリリースしている。
 このようなGeorgijsが再びショパコンの舞台に戻ってきたのが不思議でもあるが、6年の歳月を経て彼のショパンがどのように変化したのかを聞くのが大変楽しみである。今回の予備予選では、バラード第3番Op.47、練習曲Op.10-5、マズルカOp. 50-3、マズルカOp. 41-4、練習曲Op.25-6、ノクターン第17番Op. 62-1を弾く。2015年予備予選の練習曲Op.25-10とマズルカOp.59を、別のマズルカ2曲(2015年の2次で弾いたもの)に変更して臨むようだ。
 彼は、なんと角野隼斗さんの前の前に弾く。予備予選の弾く順番が出場者のファミリネームのアルファベット順というルールが踏襲されていれば、このような順番にならないはずだが、予備予選のカレンダーを見ると、ところどころ、何らかの事情でアルファベット順が崩れている。Georgijsの演奏を聞いた角野さんがどのように感じるのか、個人的には非常に関心がある。角野さんのラボ配信でぜひとも感想を聞きたい。

⑭ Mr. Vitaly Starikov (Russia): Evening Session, 17 July

 Vitalyは2012年にYouTube CHを開設し、CH登録者数は138人、動画数は17で、うち、ショパンはバラード第1番Op.23(2021年2月)と24の前奏曲Op.28(2016年2月)が上げられている。
 彼は直近だと2019年のブゾーニ国際ピアノコンクールでファイナリストになり、2021年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで5位入賞となったが、何れのコンクールでもショパンを弾いていない。これ以前(以外)にも様々なコンクールでの入賞歴を持ち、欧州や中東でオケとの共演歴も豊富。
 今回の予備予選では、マズルカOp. 56-1、練習曲Op.10-7、ノクターン第13番Op.48-1、マズルカOp.56-3、練習曲Op.25-5、バラード第1番Op.23を弾く。エリザベートが終わって約1か月で、予備予選の準備(最終調整)をやったかと思うと、プロのピアニストって凄まじい。。

⑮★Mr. Yuanfan Yang (United Kingdom): Morning Session, 22 July

 Yuanfanは英国エジンバラ生まれの中国系のピアニストで、ロンドンの王立音楽院で7年学んでいる。2011年にYouTube CHを開設、CH登録者数は201人、動画数は28、うちショパンは10年前のノクターンOp.15-1しかない。他CHだと、2021年7月4日、ロンドン郊外で開催されたリサイタルの動画で彼の最新のショパンが聞け、ここではマズルカOp.33-2、4、練習曲Op.10-3、5、10、舟歌、練習曲Op.10-1を弾いている(動画コメント欄にタイムスタンプあり)。
 2014年に第4回フランツ・リスト国際コンクールで第1位(阪田知樹さんは2016年の同コンクールで優勝)、2015年にクリーヴランド国際ヤング・アーティスト・コンクール(幻想曲Op.49;セミファイナルではショパンを弾いていない)でも第1位を獲得している。2015年のショパコンに出場しているが、予備予選(本選1次に進出していない出場者は単独動画とならないようで、彼の演奏入り動画を探せなかった)で敗退。
 2016年には「Watercolour」というタイトルのCDをリリースし、ショパンについては、練習曲Op.25-11「木枯し」幻想曲Op.49を収録している(そのほか、リスト、シューベルト、自作曲を含む)。
 特記すべき事項は、2014年、17歳の時にピアノ協奏曲を作曲し、2019年に北京で自ら演奏していること。またラフマニノフ、チャイコフスキー、ベートーヴェン、プロコフィエフ、グリーグのピアノ協奏曲を弾いた経験(YouTube上にある)を持ち、オケとの共演には慣れているように見える。
 今回の予備予選では、練習曲Op.10-2、マズルカOp.24-3、練習曲Op.10-5、マズルカOp.24-2、舟歌Op.60、ノクターンOp.48-2を弾く。上述の7月4日で弾いた曲とだいぶ違うので、ショパンのレパートリーが豊富なのだろう。

⑯ Mr. Se-Hyeong Yoo (South Korea): Morning Session, 23 July

 Se-Hyeongは1990年生まれの31歳。2015年にYouTube CH(Seanと名乗っている)を開設、CH登録者数は17人、動画数は5つ。うち、ショパンは2019年の練習曲Op.10-1のみ。
 2016年のコンクールで弾いたショパンの協奏曲1番(2台ピアノ用)の動画がYouTube上にある。2021年5月のエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場しているが、1st Roundでショパンを弾いていない。
 YouTubeの動画では、上述したもの以外、彼のショパンを聞くことができなさそうである。2020年に「Kreisleriana」というタイトルのCDをリリースしているが、バッハ7曲とシューマン8曲から構成される。
 今回の予備予選では、マズルカOp.41-1、ノクターン第17番Op.62-1、バラード第3番Op.47、練習曲Op.10-7、練習曲Op.10-12、マズルカOp.41-4を弾く。マズルカで始めてマズルカでしめるプログラムが興味深い。

終わりに

 前回に続き、出場者のYouTubeチャンネルの紹介、他CHでのショパンの演奏動画等を中心に予備予選の出場者16人(全部で約160人なので1割;(追記)日本時間7月10日夜、カレンダーを確認したところ、辞退者が出て予備予選には152人が出場予定となった模様)を紹介してみた。この中では前回紹介したNikolay KhozyainovやHyuk Leeが自らのYouTubeチャンネルに演奏動画をまめにアップロードしていることが分かった。特に前者はマズルカとポロネーズを全曲アップロードするなど、ショパンの曲・演奏を世界に広く伝えたい情熱を感じる。
 ここで改めて、角野(Cateen)さんが2010年にCHを開設して以来、様々なジャンルの音楽の動画、ライブ配信のアーカイブをあげてきて下さったことで、国内に留まらず様々なリスナーを惹きつけてきた凄さを思い知る。YouTube CH登録者数が77.2万人(日本時間2021年7月10日19時8分現在)もいる出場者はこれまでのショパコンでいないだろう。私は根っからのショパン好きだが、角野さん(や他のYouTubers)のお陰で音ゲーや他ジャンルの音楽も、角野さんのクオリティの高い演奏で楽しむようになった。角野さんの音楽に惹かれた理由は人それぞれだと思うが、クラシックやショパンにあまり関心がなかったリスナーの関心をショパコンに向けた功績は後世に残るだろう。
 私は角野さんが創り出す音楽とその世界感(特にそれが凝縮されたブルーノートのライブは本当に最高だった)が好きで、日々楽しませて頂いているので、この素晴らしい音楽をショパコン(ショパンに集中するという一種の制約のある舞台ではあるが)の場でワルシャワにいる審査員、他の出場者、聴衆に伝え、彼らを魅了してほしいと切に願う。勿論、YouTubeのCateen(かてぃん)CH登録者やそれ以外のショパコンをリモートで視聴予定の世界中のリスナーにも楽しんでほしいと心から願う。
 一方で、かなり年季の入ったショパン好きの私は、今回のショパコンに向けてショパンを弾き込んできた他の出場者のショパンについても敬意を表し、予備予選中に可能な限り楽しみたいと思う。今回紹介した16人は何れも気になる存在だが、特にGeorgijsに心を鷲掴みにされたので注目していきたい。

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