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「ドブネズミと街灯」未公開エピ

今年、結局碌な結果を残せてない……と、気づいてしまう。不採用だった物語群も恥ずかしくてなかなか向き合うことができない。

そんな中、高二の頃?に書いた「ドブネズミと街灯」という小説が今読み返すと笑える話だったので、年末何も無いのは流石に悲しすぎて公開しようと思います。
雑で今読み返すと意味不明なところもあるし、色々影響も強く受けている部分が多く見苦しいですが、ぜひ暇な時ご覧下さい。

今年のいざこざも、何年後かには笑える話に……なって欲しい。


ドブネズミと街灯

炭のかけらはだいぶ赤くなってきた。部屋の中は妙に白くて明るくて、さくらんぼの匂いが充満していた。
これはヒカルが言っていたのだが、俺達が暮らしていた飲み屋キャバクラ街、ヒカルのホストの友人がまさに俺がしようとしている方法で亡くなったらしい。小さな駐車場、車の中でバーベーキューをしながら。どうやら人間だけでなく、ネズミも閉め切ったところで火を焚くと死ぬらしい。彼はたかがほんの少しだけ人とずれていただけなのにクラブでいじめられていた。そんなある日行方不明になった。クラブの人たちはもちろん責任を押し付けられたくないので探すわけがない。でも聖人のヒカルは他人だというのに必死で探し、まだきれいな状態で見つけた。「変な死に方しちゃったよなぁ…」とヒカルは言ったが、俺はなんとなく「わざとやったんじゃないのかな」とふと考えてしまった。
「でもね、沢田くんのお父さんがね、いつも街灯の男の子がお話してくれて嬉しかったって沢田くんがよく言ってたってね、私はとっても嬉しいんだ。生きててよかったと思って」
ぼんやりとヒカル・ステッカースのことを思い出して感傷に浸っていた。

俺は美化して言うと向上心があった。偶然ネズミなだけであり、こんな狭い田舎の飲み屋キャバクラの街からはすぐに出れる自信があった。まずホストになろうとしていた。ホストタレントのようにナンバーワンかつオンリーワンの存在になることをイメージ。偉そうに俺は「上ばかり目指してもくだらない、自分らしさが無ければ長続きしない」なんてことを言ってた。今思えば思春期の戯言というかなんというか、今思えば揉み消したいだけの発言も当時は本気だったのである。
ヒカルはいつも一人のイメージがあった。昼間はずっと眠っているか、起きてても一人でどこかへ行ってしまう。こっそりついて行ったこともあるが、特段面白いことがあるわけでもなくただ歩いて疲れるだけだった。夜になると彼はただ光る。たまにきょろきょろする。そして何でもないようなことを喋ってくれる。それだけであった。本当にそれだけ。沢田くんや周りの人たちと交流もあったようだが特に親友や恋人はいない。光ることだけが仕事であるが一般的な仕事をしているところは見たことない。川反の中の飲み屋通りのすずらん通りが住所だからかすずらんのような帽子だった。
昼の川反。たまに車が通り過ぎるだけのすずらん通り。いつものようにヒカルはパンダちゃん座りで昼寝をしている。
「ヒカル」
「ちゅら。どうしたまた力仕事?」
「まあ力仕事と言っても微細運動なのだが、履歴書を書いてくれないか」
「私を尻拭いには使わないと約束する?」
「俺はホストで天下を取るぞ。何しろ妖精高校ではこうみえて割と成績は良くてー」
「まず身分証みしてよ」
待ってましたと言わんばかりにみんなの5分の1の大きさの妖精ナンバーを出した。
「ドブネズミちゅら。小さくてこれしか読めない。よくできたミニチュアだこと。ルーペ忘れてないよね」
再び私は流れ作業的にルーペ、そして私の体よりも大きい履歴書を差し出した。ヒカルはコートのポケットから赤ペンを取り出す。
「赤は無いだろ赤は!黒だよ!」
「ごめん。秋田妖精高校卒業?んで後は真っ白」
「いいから続けろ。志望動機は人を喜ばせる技術を学びたい、そして俺の自己PRは小さくて小回りが効くことだ!んであとは本人筆記困難の為代筆者ヒカル・ステッカーっと」
ヒカルは笑顔で俺に紙を渡した。
「すごいなあ、君は」
「初給料ではなんかかんか奢ってやるぞ」
「私は電化製品だから何も食べないよ」
「ならかっこいい万年筆とかでもいいぞ」
俺は走って小高い建物の隙間の「すみか」へやってきた。そこには一応ケータイも椅子もあるのだ。4分の1スケールリュックに履歴書ををぶち込み走り出す。俺は大きさの割には力があるつもりだ。部屋から飛び降り突っ走り、車が来ないかよく見て交差点を渡り、奥へ行くと川反にしては割と近代的な建物が見えてくる。そこの横っかわにあるちっちゃなポストへ突っ込んだ。
一息つき振り返ると、ヒカルが立っていた。
「ちゅら、心配したよ。猫に襲われたり車に轢かれたりするんだから」
俺のことを猫を持ち上げるように抱いた。俺は伸びるに伸びた。そのままヒカルは川反の街を歩いた。
軽トラに乗ったおじさんがスピードを落とし、ヒカルに話しかけた。
「ヒカル・ステッカース。それは猫……でかいネズミだね」
「ちゅらって言うんだ。ホストになるんだって」
「おいヒカル……」
「うん、まあ頑張れよ。ほんじゃ」
軽トラは通り過ぎていく。少し寒くなってきた。自分で歩いていないから体が冷えてきてしまった。ヒカルの手は冷たい。普段から温かくはないが冬は特段に冷たい。でもここから歩くのもなんだか惨めな気がした。むしろ少し小高いところから街を見下ろすのは愉快であった。
「ヒカルくん。猫?みせて」
後ろからキャバ嬢がやってきた。
「いやこれネズミ……」
「キャーねずみじゃん!」
彼女はそれっきりであった。俺は多分その言葉で少し折れた。このままではホストどころでないだろう。夜の街の女が「キャーねずみ」だ。俺が汚く愚かな者だと思われていると指名は無いだろう。まずこの先入観からなる偏見。俺の夢はあってなく終わってしまう。
そんなことを考えているうちにすずらん通りにおろされた。ヒカルはまたパンダちゃん座りになって眠った。
俺はその体でまっすぐ二軒隣のの建物に向かった。そこはアパートで、あざらしのような姿をした自販機が立っていた。屋根も付いていない自販機で、色はシックな茶色。わざわざ黒い蝶ネクタイなんてつけてた。
「ねずみ、あんまりそこをうろちょろすると危険だよ」
「アマザラシさん。やはりおしゃれですね」
「まあ私はこう見えて大阪の芸大卒だからね。君の友達の街灯やそこらの住民と比べられたら困るよ。私のソウルを信じているんだ」
にしては古いアパートの雨曝しだよな、と俺は思った。一体彼に何があって田舎の飲み屋キャバクラ街に来たのかはわからないが、ヒカルと比べてはそれなりに高貴な男なのである。しらんけど。
「それがアマザラシさんに折り入って相談があるのですが」
「なんだね、うーん綺麗になりたいとか」
「それに近いものです。私はホストクラブに就職したいのですが、さすがにすっぱだかではいけないような気がして。服を貸していただけますか」
「しかし君に合うサイズはあるかね。人形の服だって同じものでも人形が違えば着た時の風貌はだいぶ変わってしまう。まずズボンは諦めた方がいいかねえ。つけ襟と蝶ネクタイと帽子ならば確か私がパリで買ったドールサイズのものが……」
アマザラシはピッと電子音を鳴らすと何かを飲み物の出口に落とした。アマザラシは手をそこに伸ばした。
「ちょっとストップ。君は入らないでくれ。あまり綺麗じゃなかろう。ほら、これを付けてみなさいな」
俺の鞄に白くてフリルの付いたつけ襟、赤い蝶ネクタイ、かっこいい紳士のような青い帽子を入れてくれた。
「ありがとうアマザラシさん!」
私はお礼の千円札を振った。
「まあ……あまりこの服に期待しすぎないでくれ」
帰ってくる頃すでにヒカルは点灯していた。俺を見つけると猫みたいに持ち上げて建物の隙間に押し込んだ。そこは俺の部屋だ。ケータイにメールが入っていた。面接にはこぎつけたようだ。一日中歩いたことを思い出してすぐ眠った。

「何故ですか?何故僕はホストになれないんですか!」
「いや……ネズミだから」
「ネズミだと何が悪いんだ」
「あまり怒らないでくれ。猫カフェでも探してくれ。猫カフェならそれなりに有名になれる」
猫カフェ、という言葉は流石に悪意が見えた。俺は腹いせにドアをがっちりとかじってから出て行った。
夜になると川反は光りだす。笑いながら歩くいい人なのか悪い人なのか見分けのつかない大学生たちが過ぎてゆく。やっぱり猫は怖い。猫に襲われることは怖い。田舎の飲み屋街にはやはり猫がたくさんいるんだ。生まれるところを間違えたかもしれないってくらい。可愛い女ウケしやすいやつばかりだし。こっちは純粋に頑張っているのに。愛を求めているのに。カワイイばかりのあんたらより。

ヒカルの元へつくと、彼はいなかった。辺りを見渡すと橋にいた。しかもよく見るとトートバッグを持った中学生?の女子と話している。中学生は社会の教科書で自分をあおいだ。赤ペンかヒカルの襟に刺さっている。2人は笑っている。二人は夜の街を歩き出した。俺は少しふらふらついていった。
見えてきたのはボロい一軒家。明かりは全く付いていない。彼女は手を振りヒカルを置いてそこへ向かう。
何故だか俺は色々な意味で突然ヒカルがまともに生きていないように見えてしまった。夜少女に手を出すようなやつ、イコール怒りを振りかざさなくてはいけないと思った。
「ヒカル」
「ちゅら。おつかれ大変だったでしょ。持つよ」
「お前、川反の見張りはどうした」
「してたよ。いつもしてるよ。蛍雪の功って素晴らしいと思わない?ホタルの光とか雪明かりで勉強はさすがにむりってのは置いておいて。私はずっとそういうことをしたかった……」
「お前はやっぱり自分の身勝手で道を外れる」
「街灯の下で勉強してたんだよ。それを放っておくってこと」
「完全に不審者だ!いいことをしたと思っているのか」
「私はそういう人になりたいし、そういう人と話したいよ。絶対変わらない」
じゃあ一体俺はどれだけ傷つけば応援してくれるんだ、と本当は突っ込みたかった。
「もういい。お前がどんな人になろうと俺は関係ない」
彼を後悔させてやる、絶対悪いことをしたと思わせてやる。その一心で走った。住宅街の庭の枯れた草陰まで走った。
ヒカルが光っているのがまだ見えた。しばらく俺を待っているようで、一切何も言わずに行った方を見ていた。しかし、1分もしないうちに彼は川反のある方の道へ進んだ。一瞬光を瞬かせた。

あの狭い世界から抜け出したはいいが、あそこが一番食べるものがあった。3日ほど何も食べないで思った。川反のアパートの前までやってきた。
「あれ君痩せた?」
アマザラシが声をかけてくれた。
「やっぱり痩せたよね」
アマザラシはピッ、ガコンと音を鳴らし、コーンポタージュを出した。それを開けるとゴミ箱のペットボトルのキャップを取り、入れて差し出してきた。アマザラシは意外にも同情深い。誰かかわいそうだと思うとポケットマネーで飲み物をくれる。
「いいの?」
「私は優しいからね……」
温かいコーンポタージュは何一つ食っていない腹にも優しく、焦りも奪い取ってゆく。
「やっぱりここの街の電化製品たちはやさしい。俺はおろかだ。もうヒカルに顔は見せられない」
「私だってヒカルステッカースには敵わないさ……」
アマザラシはペットボトルキャップに注いだ。
「私は少女を匿うなんて流石にできない。電化製品といえど私たちは人間とさほど違いはない。コンナトコロへ来た少女も少女だが、手を差し伸べると逆にこの街の暗みに誘ってしまう、誘う気はなくても誘っていると勘違いされる。でも彼ならいいのさ、彼の明るさなら本物なのさ……私もなりたいんだ、雨曝しの中そっと手を差し伸べる存在に。その為にここにやってきたんだ。フリーのデザイナーやりながらだけど」
暗い道でも光を灯そう、か。俺はもう厳しいんだ。でもアマザラシさん、あなたならきっと(まあ……ヒカルほどではないけれど)できるはず。
「ごちそうさまでした。あとは他の方に差し上げてください。さようなら」

俺は体を引きずりすみかの小さいビルへとやってきた。ヒカルが見えたが、昼間だから相変わらず眠っていた。ビルの居酒屋のドアが空いていた。こっそりと入ると側に焼き鳥用の炭がダンボールの中に詰まっていた。それを両手に一つずつ持った。自分の部屋へ行くと灰皿にぶち込んだ。食べ物は腐りかけたさくらんぼしか無かったからそれを持ってきた。新聞紙で着火して炭を燃やした。
結局俺には何も無かった。死ぬ方法だってヒカルの友人がやってたというヤツを真似た。ネズミにしてはとても器用にやったと思うけれど、にしてはかなり滑稽な様相になっていた。
このビルが燃えたらごめん。多分大丈夫だと思うけど。
ヒカルは今も眠っているだろうか。夜に動くから眠っているだろうか。

ヒカルは強かった。酔っぱらった人にゲロられることも何度かあったものの決して怒りもせずに立っていた。彼は愛を求めているのだろうか。俺たち、一回だけ冷やかしでキャバクラへ入ったことがある。まあ、彼はそういうところに行きたいと言う人じゃないから俺が行きたいと言ったのだが。あくまでも社会見学として。ヒカルも可愛い女ウケしやすい人としては例外ではなかった。酒を飲まされたが、彼は電化製品なので飲めない。綺麗な状態で戻した。いやーすみません私電化製品なんです、と言うとまるで電化製品が猫か犬かそれともそれより珍しいものかなんかみたいにみんな興味津々だった。もちろんネズミふぜいにも構ってはくれたが、明らかにヒカルの方が丁寧にされていた。
「ヒカル、どうだったか?」
「眩しかったかな。あとなんか色々混じったみたいな臭いがきつかった。てか飲み物飲んだの今回初めてかも」
「まあ俺も次は無いかな」
確かにジャンルに限らずギラギラしてる店は目が痛い。あとそんなとこに限ってなんかくさいし。
「でもさ、お姉さんたちあんなことして大変だね。こんな暗い時間に。ますますこの街の防衛を頑張らなきゃって思うんだ。川反の番人、いい社会見学したよ」
この時に川反を守ると誓った。これがヒカルの生きる意味だった。
だから奴はあそこに立っているんだね。あいつの怒っているところはガラの悪い男が女の子に悪絡みしている時にしか見たことがない。こんな俺にも優しかったね。広く優しい光の月の方がかっこいい、あいつは虫が集まってくる群れた光って最初は思っていたけど正直月は何もしてくれやしない。お前は確かに川反という大変狭い世界にいるのかもしれないが、誰も気づきやしないが……なんであんなに汚れ仕事なのかな。俺も正直お前のように美しくなれたらと本当に。でも結構俺には何も無かったんだよな……。
後ろでドタバタ、といったような重めの足音がした。まだ力は抜けない。でもかなり集中はしている。俺は何かに突き飛ばされて鼻が炭に当たって焼けた。
「ぐはっ!な、なにすんだよ!」
掴まれて引っ張られた。まだ外は明るく、一気に日常へと戻った。
「んもう、ちゅらクン。火事になったら困るから火を焚いちゃだめだよ!」
ヒカル。詰めたところで火を焚くと死ぬことを覚えてないのかお前は。まあそりゃ常識的に考えてビルの方が心配か。
「危ないよ!君たちが燃えたら嫌だよ私。焼きネズミなんてグロいよ。ねえ相談相談。この前の女の子今度はここで勉強するの危ないから居酒屋さんにお邪魔させてもらえないか店主さんに聞きたくて……」
「ああ……確かにお前結構怪しいもんな。可愛い俺が聞いてやるよ」
「てか早く炭取んなきゃ!ビルの人に謝らないと!」
俺を乱雑に下ろしてヒカルは隙間に手を入れた。出てきた炭はまだほとんど白く無かった。念のためしばらくこの部屋は使えないか。ヒカルと一緒に居るのも悪くないだろう。炭は今見ると怖かった。鼻に強く痛みを感じた。

美しくなりたいぜ、全く。


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