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世界のひみつをひとつだけ

     【あらすじ】

 父親を突然亡くしてしまった
 小さな少年エモは、
 傷心の母親と田舎の祖母の家へ。

 父親の死が理解できず
 帰りを待つエモだったが、
 父親が帰ってこないことに気づき
 自分で探そうと心に決める。

 そんな時エモの前に現れたのは、
 ユーレイのフローゲル。
 父親の行方を知ると話すフローゲルに
 エモは、一晩にひとつだけ
 生と死に関わる質問をすることになる。
 
 しかし、ユーレイのきまりでは、
 人間に会うことは禁じられていた。
 ユーレイのきまりを破りながら、
 エモとの対話を続けていくフローゲルに
 規則違反者を追う裁判官が迫る。

 エモは、
 父親を見つけることができるのか?
 死に立ち向かう小さな勇者の物語です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   始まりの夜1

 
 今夜は、きれいな星空です。
 空いっぱいの星たちは、
 互いに会話しているみたいに瞬きあい、
 まん丸のお月さまが、
 それを優しく見守っています。

 地上ではたくさんの人々が、
 きらめく夜空を見上げて
 ほほ笑んでいることでしょう。

 ・・・けれど今夜は、
 その星空を見下ろす【誰か】
 もいるようです。

 【誰か】は、
 びゅうびゅうと吹く風に
 体を揺さぶられながら、
 星空ごしに地上のある一点を
 見つめていました。
 
 【誰か】は今すぐそこに
 飛んでいきたそうにも、
 ためらっているようにも見えました。

 その姿は目を凝らしても
 ぼんやりとしか見えませんでしたが、
 しずくを逆さにしたようなシルエットです。 
 耳を澄ますと、
 風音のあいだから声が聞こえてきました。

 「扉は今、開かれた。
  だけど・・・、
  本当に、行ってもいいのかい?」

 「ええ、お願いします。
  私はまだ、
  体が思うように動かないのです」
  
 どうやら【誰か】には話し相手が
 いるようですが、
 相手の姿は見えません。

 話し声は続きます。

 「それは仕方ないことだよ。
  キミは生まれてから10日しか経ってない。
  まだ力も重さもうんと弱いから、
  風に逆らうこともできないはずだ」

 「そうなのですか・・・でも!
  どうしても行きたいのです・・・!」

 「キミの望みは分かったけど。
  もう一度、これだけは言わせて欲しい。
  キミが望んだことは、
  ボクたちの〈きまり〉の幾つかを
  破ることだ。
  もし、うまくいっても、いかなくても、
  キミが今、手にしている色んなものを
  失うことになる。
  本当に、それでいいのかい?」

 「構いません!
  私がこれから手にするどんなものより、
  もっとずっと失いたくないものが
  今、あるのです!」

 「・・・そう。
  分かったよ、それならボクが
  あの子のところへ行こう。
  キミはそこで見ているといい」

 「すみません・・・。
  アナタもきまりを破ることに
  なるのに・・・」

 「ああ、それは構わないよ。
  ボクはとっくに空っぽだからさ」 
 
 それきり、
 話し声はピタリと止みました。

 最後まで【誰か】の話し相手は、
 うなる風音と星の海に遮られて、
 姿は見えませんでした。

 そして・・・、
 星たちの瞬きが最高に忙しくなった頃。
 【誰か】は突然体を震わせると、
 流れ星みたいにひゅるり風を切って
 地上へ降りていったのでした。  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 始まりの夜2


 今夜は、きれいな星空です。
 空いっぱいの星たちは、
 互いに会話しているみたいに瞬きあい、
 まん丸のお月さまが、
 それを優しく見守っています。

 エモは空を見上げていました。 
 でも、エモは特別に星が好きな男の子、
 というわけではありません。

 かけっこやおしゃべりは
 そこそこ上手になったけど、
 家ではまだまだ甘えん坊で泣き虫な、
 ふつうの男の子です。

 彼はただ、
 上を向いていたら
 もう涙がこぼれ落ちない、
 そう思っただけなのです。

 『エモ、もう泣くのはやめな。
    涙のメガネじゃあ、何にも見えないよ。
   それに涙はとってもしょっぱいから、
   美味しくもないしね。
   大丈夫! エモは本当は強いんだ。
   いつか涙とだって友だちになれるぞ、
   ラクショーさ!』

 お陽さまみたいにあったかい声で、
 エモが泣くたび抱きしめてくれたパパは、
 ある暑い暑い夏の日に
 突然いなくなってしまいました。
 
 「パパは死んでしまって、
  お星さまになっちゃったの。
  お空は遠すぎて、
  もう会えないのよ・・・」

 エモが覚えているのは、
 涙でくしゃくしゃになったママの声と、
 目を閉じたまま病院から帰ってきた
 パパのまっしろな顔。

 その青白い顔は、
 エモが知っているパパじゃなくって、
 エモには何が起きたのか
 全く見当がつきませんでした。
 だから、泣き虫エモは、
 お葬式でも泣きませんでした。

 エモには、皆がどうして、
 目を開けない見知らぬ人を
 パパだと言うのか。
 死ぬということがどういうことか。
 燃えて骨になったものが何なのか、
 よく分からなかったからです。

 『だいじょうぶ。
  パパはもうすぐ、
  ただいま~ってかえってくるもん!』

 エモは本気で、そう信じていました。

 お葬式が終わってすぐ、
 エモはママと一緒に、
 田舎にあるママの実家に来ました。

 エモのおばあちゃんが勧めてくれたのです。
 ママは、はじめは何度も「大丈夫」と
 断っていましたが、最後には頷きました。

 涙ぐみながらも、
 気丈に振る舞っていたママでしたが、
 やっぱりつらかったのでしょう。

 田舎には、
 テルという名前のエモのおばあちゃんが
 1人で暮らしていました。
 おじいちゃんは戦争で死んでいて、
 エモは、テルばあちゃんにしか
 会ったことがありません。

 『初めて会った時、
  エモはテルばぁの田舎言葉が怖くって
  泣いちゃったのよ』

 とママが前に教えてくれましたが、
 エモはよく覚えていませんでした。

 少なくとも去年の夏と冬に会った時は、
 田舎の遊びをたくさん教えて貰って
 エモはとっても楽しかったのです。
 だからエモは、
 保育園を休んで田舎に行くのが
 ちょっぴり楽しみでした。

 そうして田舎に着いてから何日かは、
 エモはパパを待ちながら
 田んぼや川に行って遊んでいました。

 ところが、
 いつまで待ってもパパは帰ってこないし、
 ママやテルばぁに聞いても
 「もう会えない」と首を振られるばかり。

 ママはやっぱり元気が無かったし、
 エモがふと見る時、
 その瞳にはよく涙が溜まっていました。

 すると、さすがのエモも
 だんだん不安になってきました。
 そして、
 エモがテルばぁの家に来てから
 何度めかの夜、
 ふとんの中でとうとうエモは、
 気がつきました。

 「パパはほんとうに、
  とおくに行っちゃったんだ・・・!」

 その時エモが出会ったのは、
  まだ【本当の死】ではありませんでしたが、
 幼いエモにとってそれは、
 とてもとても、重大な発見だったのです。

 ほろり、と。
 突然、小さなほっぺたを涙が滑りました。
 ほろり流れて落ちたひとしずくは、
 みるみるうちに川になりました。

 そしてそれは、
 パパがいなくなってからエモが流した、
 初めての涙でした。
 
 「パパをさがさなきゃ!
  パパがいないとぼくもママも、
  なみだでおぼれちゃう!!」
 
 それだけを強く思ったエモは
 隣で寝ているママを起こさないように、
 そっとふとんを抜け出しました・・・。

 それからエモは、
 縁がわにちょこんと腰かけて
 空を見上げ続けているのです。

 すぐ隣にある田んぼからは
 蛙たちの大合唱が響いてきますが、
 エモには聞こえていないみたいでした。
 いいえ、
 もしかしたらきんきら輝く夜空さえ
 今のエモには見えていないのかも・・・。

 エモはただ、必死で涙をこらえていました。
 けれど涙は、エモの瞳からこぼれていくのを
 止めてくれません。
 エモにとってこの闘いは、
 昔からとっても難しいのです。

 今までだって、
 エモは一人で泣きやんだことはありません。

 エモが涙を瞳のポケットにしまえた時、
 エモのとなりには必ず
 パパとママがいてくれました。

 でも、今は・・・。

 それでもエモは必死で闘っていました。
 だって、涙がなくならないうちは
 パパを探しにはいけません。
 パパがいつも言っていたように、
 涙のメガネじゃなんにも見えませんから。

 そう・・・たった一つを除いて・・・。

 エモが縁側に座ってから
 どれくらい時間が経ったでしょうか。
 ふいにエモの視界のすみっこで、
 何かがきらりと光った気がしました。

 涙はまだ、
 ゆるゆると流れ続けていましたが、
 エモはその光が眩しくって思わず
 目を閉じてしまいました。

 ・・・そして再び目を開けたとき、
 エモの目の前には不思議なものが
 ふわりふわり浮かんでいたのです!

 それは、しずくを逆さまにしたような
 奇妙なシルエットをしていました。
 大きさは、ちょうどエモと同じくらい。

 逆さしずくは
 全体がぼんやりと光って見えましたが、
 その輝きの大部分は、満月の光を吸い込んで
 反射したもののようです。

 まるで、おほしさまみたい・・・!
 エモはそう思って
 そっと手を伸ばそうとしました。

 その時!
 逆さしずくがふるふる震えたかと思うと、
 何とも不思議な声が聞こえてきました。

 「ボクは、フローゲル。
  きみの名前は?」

 エモはぽかんと口をあけたまま
 固まってしまいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   

 始まりの夜3

 
 突然のことにエモはとってもびっくりして、
 銅像みたいに固まってしまいました。

 なぜなら〈フローゲル〉が喋った瞬間、
 きれいなお星さまだったものが
 あるものに見えてきたからです。

 ふわふわ浮いていて、
 のっぺらぼうで、
 体の向こうに星がぼんやり透けて見える。
 そう、これじゃまるで・・・。

 「・・・ぼくは、エモ・・・」

 エモは、なんとか声をしぼりだしました。
 それはしゃぼん玉みたいに
 頼りない声でしたが、
 フローゲルには聞こたようです。

 「よかった、ボクの声が聞こえるんだね。
  だけど、キミは人間の子供のくせに、
  ぎゃあ!ユーレイだ!! こわい~!
  って泣きわめかないんだな。
  とっても勇気があるのかな?
  それともボクが来る前から泣いてたから?」

 ユーレイ!
 やっぱりフローゲルはユーレイだったのです!
 でも・・・フローゲルの言う通り、
 エモはあまり怖くありませんでした。

 体全部から響くように聞こえる声は、
 少しかん高いけれど、
 風鈴のように優しく耳に残る声。
 体の表面は、
 中から水がわき出ているみたいに
 ゆるやかに波打っていて、
 その波の中には浮かんでは消える、
 金色と銀色の小さな泡が見えます。

 そんなフローゲルは、
 エモが絵本やテレビで
 見知っているユーレイやおばけと違い、
 やっぱり、
 お星さまみたいに綺麗だったからです。

  『パパはお星さまになっちゃったの・・・』

 きらきらのフローゲルを
 ぽかんと見つめていたエモは、
 ふとママの言葉を思い出しました。

 そしてエモはこの不思議な訪問者に、
 思わず尋ねました。

 「ねえきみ、おそらで、
  ぼくのパパにあわなかった?」

 今度はしっかりした声でエモが尋ねると、
 フローゲルは不思議そうに答えます。

 「キミのパパだって?」

 「うん、パパはこのまえ、
  おほしさまになっちゃったんだ。
  うんととおくにいっちゃって、
  ぜんぜん、かえってこない。
  パパはほうこうおんちだから、
  ひとりじゃかえってこれないのかも。
  だから、ぼくはパパをさがしに
  いかなきゃいけないんだ!」

 エモは一生懸命に話しました。

 フローゲルは少しの間、
 のっぺらぼうの体をゆらゆらさせながら
 じっとしていましたが、
 やがてふるるっと震えて、こう言いました。

 「キミが頼むなら、ボクが答えてあげる」

 「ほんとに!?」

 エモの顔が輝きました。
 ところが・・・。

 「ただし!
  シツモンはひとつの夜にひとつだけ」

 まるで夜空に輝く黄金色の満月のように、
 大きく深く、神秘的に。
 急に変化したフローゲルの声が、
 エモの心をきゅっとつかみました。
 
 エモは、
 ちょっとドギマギしながら尋ねます。

  「ひ、ひとつだけ?」

  「そう、ユーレイには
   ユーレイの〈きまり〉がある。
 
  〈ユーレイが答えられる
   秘密の質問は
   ひとつの夜にひとつだけ〉

   きまりを破れば、ユーレイは消える」

 フローゲルが厳かに答えました。

 まだドギマギを残したまま、
 エモは口をとがらせました。

 「それじゃあ、おはなしできないよ」

 「大丈夫さ。
  〈きまり〉を守らなくちゃいけないのは、
  ユーレイの世界の秘密に近づくとき
  だけだから」

 「ひみつ・・・」

 フローゲルの声は
 もう元に戻っていましたが、
 こんどはゾクゾクが
 エモの体をのぼってきました。

 フローゲルは軽やかに話を続けます。

 「シツモンするときはこう言うんだ。
  〈ポルファボール、
   ポルファボール、
  世界の秘密をひとつだけ!〉ってね」

 フローゲルは話すのをやめると、
 静かにエモを見つめました。

 さあ、
 キミにシツモンする勇気があるかい?
 フローゲルの目がそう言っています。
 エモはぐっとおなかに力をいれました。

 「・・・ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!!」

 たどたどしくも、一生懸命に。
 エモはへんてこな〈じゅもん〉をとなえると、
 最初のシツモンをします。

 「きみは、ぼくのパパが
  どこにいるかしってる?」

 「遠い遠い空のさきっぽの、
  きらきら星と夜の隙間」

 やはり少しだけ困ったように震えたあと、
 フローゲルがそう答えたので
 エモは飛び上がりました!

 「やっぱりしってるんだ!
  ねぇ、そこにはどうやっていくの?!」

 ほんとうにパパに会えるかもしれない!
 そう思い声を高めたエモでしたが、
 フローゲルは静かに答えます。

 「今夜のシツモンは
  もうおしまいだよ、エモ」
 
 まるで夜が息を止めたように静かな声に、
 エモを包んでいた熱がすーっと冷めました。

 ぼぅっと立ちすくんでしまった
 エモを見つめながら、
 今度はフローゲルが尋ねます。

 「キミはどうしてパパに会いたいんだい?」

 何度かまばたきを繰り返したあと
 エモは、ひとつひとつ言葉を確かめるように、
 ゆっくりと答えます。

 「ぼくはパパに
  いわなきゃいけないんだ。
  はやくかえってきて、
  ぼくもママも、まってるからって」

 「・・・そう」

 嬉しそうなのに、今にも泣きだしそうに。
 フローゲルはゆるゆる揺らいで、
 そっとつぶやきました。

 その時、家の中からママの声。

 「エモ? どこにいるの?」 
   
 「あっ、ママだ!」

 エモがそう言うとフローゲルは
 軽やかな風鈴の声で言います。

 「そろそろボクは帰らなくっちゃ!
  キミも、ママのところに帰るといいよ。
  涙も今夜は、眠っちゃったみたいだしね。
  それじゃまた、明日の夜に・・・。」

 くるりん、きらっ!

 宙がえりをひとつすると
 フローゲルはきらりと光って、
 夜闇の中に消えていきました。

 残されたエモは、
 大きなあくびをしながらママに答えます。

 「ふぁぁあ・・・ママ~!
  ぼくここ、トイレだよ~!」

 そう言うとエモは、
 ほんの少しだけ元気を取り戻した足取りで、
 ママのところへ戻っていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

 夜のすきま1

 
 夜空を彩っていた星たちも満月も、
 淡く色づいてきた空に背中を押されて
 眠りにつこうとしている頃。

 空に再び、地上を見下ろす
 【誰か】の姿がありました。
 しずくを逆さにしたようなその影、
 フローゲルは先ほどと同じように、
 姿の見えない相手に声をかけます。
 
 「本当に、あんな答えでよかったのかい?」

 「ええ」

 「時間をかけたい気持ちは分かるよ。
  その為にぼくも、
  彼にウソのきまりを教えたんだしね」

 「シツモンはひとつの夜にひとつだけ、
  ですか」

 そこで逆さしずくの話し相手は、
 クスリと笑ったようでした。
 でもフローゲルは、淡々としています。

 「あの子はまた特別、感受性が強いようだ。
  彼のこころを守る為にも、
  可能な限り慎重にいきたい。
  だが、僕達にはあまり時間もない。
  そのうちキミは、
  完全なユーレイになって
  むこうの世界に引っ張られるだろう。
  それに、
  ユーレイの〈きまり〉を
  破り続ければいずれ・・・」

 「・・・わかっています、
  ノンビリはしていられませんね」

 「それなら尚更・・・、
  あの子に耐えられるかな?
  彼はまだ小さくって、それに、
  随分泣き虫みたいだった」
 
 ちょっとだけ意地悪な言葉にも、
 話し相手は一歩も退かず、答えます。

 「たくさん涙を流してきた子だけが、
  涙をしまって、
  涙と友だちになれるんだと思います。
  彼はホントに泣き虫だったけど・・・。
  だからこそ! 優しくて強いんです。
  私は、そう信じてる」

 それを聞くと、
 逆さしずくの影、フローゲルは、
 のっぺらぼうの体を震わせて言いました。

 「・・・そうかい。
  それならもう少し、
  キミの【声】を届けてみよう」 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 エモとママ1

 
 次の日、エモが目覚めたとき、
 太陽はもう大分高く昇っていました。

 まだ眠そうな顔で居間に入っていくと、
 ママがぽつんと1人で
 ちゃぶ台の前に座っていました。

 ママは縁側の方を向いて、
 じっと何かを見つめているようでした。

 おばあちゃんの家に来た最初のうち、
 しっかりしなきゃという気持ちが
 まだ残っていたママは、
 よく泣くのを我慢していました。
 でも最近はそれすらも忘れて、
 ぽかんとしていることが多いのです。

 縁側の障子戸は開けっぱなしに
 なっているので、
 庭や、もっと先の畑に田んぼ、
 遠くには大きな山も見えます。
 
 でもママが見ているのはきっと別のもの。
 そしてそれが何なのか、
 エモにはわかっていました。
 
 「・・・おはよう、ママ。」

 エモはママをびっくりさせないように、
 そっと声をかけました。

 「あ、エモ・・・おはよう、
  今日も早起きねぇ」

 ママは振り向くと、
 精一杯の笑顔でエモにこたえましたが、
 内容はとんちんかんです。

 「ママ、もう10じだよ。
  ぼく、ちょっとねぼうしちゃったんだ」

 エモの言葉にママが、
 えっと言って時計を見ました。

 「やだ、もうこんな時間なの!
  ママ、全然気がつかなかったわ・・・」

 「あのねママ、ぼく、きのうのよる・・・」

 「いいのよエモ、
  昨日眠れなかったんでしょ?
  お昼寝だってしていいんだから。
  それと、トイレが怖かったら
  ちゃんとママを起こしてよ?
  さあ、エモのごはんの用意しなくっちゃ!」

 ママは、
 エモの話を最後まで聞かないまま、
 急にしゃきんと立ちあがると、
 ごはんごはんと唱えながら
 台所にいってしまいました。

 それからエモは、
 ママが用意してくれた
 遅い朝ごはんを食べました。

 始めは、にこにこと、
 エモを見つめていたママでしたが、
 エモが食べ終わる頃、ママはまた、
 庭の方をじっと見つめているのでした。

  『エモが産まれる前、
  ママはパパと2人で
  おばあちゃんの家に来たとき、
  よく縁側に座ってボーっとしてたのよ。
  月見て一杯が
  最高に美味しかったなぁ・・・。
  ね、ハルくん!』

 ママがいつかパパにそう言っていたのを、
 エモは覚えていました。

 『だから、ママがみてるのはパパなんだ。
  ママもパパをさがしてるんだ』

 エモは心の中でつぶやくと、
 静かにお皿を片づけ、
 ママの横にちょこんと座りました。

 ママはエモの方をちょっとだけ見たあと、
 その小さな肩を抱き寄せました。
 そして、
 その視線をまた縁側の方に向けると、
 いつかそこに居た、大好きな人の姿を
 探し始めるのでした。

 そんなママを見つめながら、
 エモは思いました。

  『まってて、ママ!
  ぼくがぜったいに、
  パパをさがしてくるからね!』

 エモは、ひっそりと、
 しかし強く強く心に誓うと、
 夜を待つことにしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       

 夜2

 
 夜、ママの寝息が聞こえてくるのを
 確かめて布団を抜け出したエモは、
 縁側に続く戸をそっと開けて、
 昨日と同じように座りました。

 夜の庭は、
 月明かりの光と夜闇の影が
 複雑に混ざり合い、
 言葉にするのが難しい不思議な空間です。
 何しろ、
 わくわく と ゾクゾク が、
 おんなじくらい感じられるのですから!

 ここには都会みたいなビルも
 大きな街灯も、全然ありません。
 太陽が沈むと周りは真っ暗になって、
 ぽつぽつと建っている家の灯りも、
 夜の9時には消えてしまいます。
 すると月の光が、
 信じられないほど真っ白に輝いて、
 地上に降り注ぎます。
 そして、その光が当たらない場所では、
 夜の闇が芯まで暗い黒色になるのです。

 エモの目の前でも白い光と黒い影が、
 見慣れた庭を昼間とは全く違う世界に
 塗りかえています。

 エモは最初、
 その変化を楽しんでいましたが、
 しばらく待っても
 フローゲルは姿を見せません。

 そうすると
 知らず知らずのうち、
 エモをわくわくさせてくれていた影は、
 ゾクゾクを生みだす恐ろしいモノ
 に見えてきます。

 じわりじわりと、
 闇が広がってくるような気がして
 エモは怖くなってきました。
 そして、とうとうエモの瞳に
 涙のひとしずくが浮かんだ時・・・。

 きらっ!

 視界の端で光が弾けて、
 昨日と同じように、
 フローゲルが夜の中から現れました!

 控えめな金と銀のきらめきが、
 エモに忍びよっていた闇をさっと退けます。 

 「こんばんは、エモ」

 「こ、こんばんは! フローゲル・・・」

 エモはこっそり涙をぬぐうと、
 できるだけ元気に聞こえるように
 返事をしました。
 まだにじんだままの涙には
 気づかないふりをして、
 フローゲルがゆっくりと話し始めます。

 「・・・元気かい?」

 「うーん・・・。
  きのうまでは、げんきじゃなかったけど、
  いまはげんきだよ!
  だって、ぼく、ママにやくそくしたんだ!」

 「約束?」

 「うん!
  ママもぼくも、
  いっぱいいっぱいさみしいから、
  ぼく、ぜったいにパパをみつけるんだ!」

 「・・・」

 エモの強い決意を聞いたフローゲルは
 ただ、無感情に震えただけ。
 それでもエモは、
 もう一度、気持ちを奮い立たせると、
 へんてこな<じゅもん>をとなえました。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  パパがいる、
  きらきらぼしのすきまってどこにあるの?」

 「きみの世界と背中合わせ。
  手が届きそうなほど近いけれど、
  決して近づけない。
  お腹と背中みたいなものかな」

 フローゲルは、はっきりと答えました。

 ですが、エモの耳に届いたのは、
 最初の夜と同じく、つかみどころのない、
 ぼんやりとした言葉だけ。

 これじゃあ、何にもわかんない!
 そう思ったエモは、
 もっとフローゲルにシツモンしようと
 縁側から身を乗り出りました!
 
 ところが・・・。
 突然、かくん、と
 エモの足から力がぬけました。
 そして不思議なことに、
 エモのまぶたは、重たく重たくなって、
 大きなあくびがでるではありませんか!

 戸惑うエモにフローゲルは、
 あくまで静かに話しかけました。

  「・・・忘れたのかい?エモ。
   シツモンは、ひとつの夜にひとつだけだ」

  「あっ・・・」

 そうでした!
 パパを探さなくちゃ!という気持ちで、
 エモの頭はいっぱいだったのです。

 エモは、昨日の夜、
 フローゲルが言っていた〈きまり〉のこと、
 フローゲルにシツモンをしたあと
 とても眠たくなったことを思い出しました。

 そうしている間も、
 眠気はどんどん強くなってきましたが
 エモは、負けじと口を開きました。

 そう、エモにはひとつだけ、
 わかったことがあったのです。

  「・・・フローゲルのこたえは、
   ぼくにはよくわからないけど、
  でも、ほんとのことなんだね・・・。
  だって・・・ぼくが眠たいのは、
  ユーレイのまほうのせいでしょ・・・?」

 「そうだよエモ、
  キミは今〈秘密〉に一歩近づいた。
  だから、今夜はもうおやすみだ」

 フローゲルの言葉を聞きながら、
 エモの目は閉じていきます。

 「うん・・・ふぁああ・・・。
  ねえ、
  またあしたもシツモンできる・・?」

 「もちろんだよ」

 エモは半分眠りながら、
 フラフラと寝室に戻っていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

 夜のすきま2

 
 テルばぁの家の真上の、遥か空の上。
 昨日と同じ場所で風に揺られながら、
 フローゲルが、また姿の見えない相手と
 言葉を交わしています。

 「きまりに近づいたから、
  魔法がかかった。
  ボクのあやふやな答えに惑わされず、
  そのことを彼はわかっていたね。
  ちょっとびっくりしたよ」

 「あの子はいつも一生懸命ですから」

 2人は、やっぱりエモのことを
 話しているみたいです。
 
 「彼なら答えに、
  一歩一歩近づいていくかもしれない。
  もう少し時間はあるだろう、
  まだ、アイツの足音は聞こえない」

 フローゲルの返答に、
 相手の声が、少しかげります。

 「・・・本当に、やってくるのですか?」

 「近いうちに必ず」

 アイツ?
 やってくる?
 ふたりの会話は、謎だらけです・・・。

 やがて話声は、
 だんだん小さくなっていきました。

 そして、幾つもの謎と、
 金銀のきらめきだけを残して
 逆さしずくのユーレイは、
 明るくなり始めた夜空に溶けるように
 見えなくなってしまいました。

     ごごぉうん!

 フローゲル達が消えた直後、
 とつぜん南から北へ、
 激しいとっぷうが吹きました!

 周りの星たちをもみくちゃにしながら、
 とっぷうはあっという間に
 通り過ぎていってしまいました。
 でもそれは、いつも上空で、
 びゅうびゅうとうなっているのとは違う、
 不気味に重たくて冷たい風だったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

 夜3.4.5 みっつのシツモン

 
 翌朝、
 やっぱり寝坊してしまったエモは、
 テルばぁの作ってくれた朝ごはんを
 食べていました。

 ママは散歩にでも行ったのか、
 エモが起きてきた時から姿が見えません。
 でも、それも気にならないほど、
 エモは真剣に考えていました。

 「フローゲルは、
  やっぱりパパがどこにいるのか
  しってるんだ・・・。
  でも、きらきらぼしのすきま?
  おなかとせなか?
  どういうことなんだろう・・・」

 目玉焼きの黄身を箸でつつきながら
 ひとりごとを言うエモを見て、
 テルばぁが叱りました。

 「こぉら、エモ!
  大切な食べもんを、
  そんなにつっつぎまわすんでねど!」

 テルばぁの言葉は、
 相変わらず田舎なまりが強くって
 ちょっと乱暴に聞こえますが、
 その顔はいつもとっても優しいのです。

  「はーい、ごめんなさい・・・。」

 エモはすなおに謝ると、
 とにかく朝ごはんを平らげてしまおうと
 まだつたない箸をとりましたが、
 ふと思い直してテルばぁに尋ねました。

 「ねえ、テルばぁ、
  きらきらぼしのすきまって、しってる?」

 「なにぃ?
  なぁんでおめぇ、急にそっだごとを・・・。
  星の隙間かぁ・・・。
  ばぁちゃんはきいだごどねなぁ。
  エモは誰さ聞いだんだ? テレビかぁ?」

 「うーーん、テレビじゃない。
  ともだち、かなぁ?」

 「ふぅん。
  そっだら、そのともだぢさ聞ぐのが
  いっちゃんいいべな」

 テルばぁはそう言いましたが、
 エモは、口をとがらせます。

 「でも、どうやってシツモンしたらいいか、
  わかんないんだよ」

 するとテルばぁは、
 いつものように
 おっかない口調と優しい顔で、言います。

 「こぉら、エモ!
  すぐに弱音をはぐんでねぞ!
  わがんねがったらよ、エモ、考えれ。
  自分のあだまで、しっかり、考えればいべ」

 当たり前のごどだよ、
 とおばあちゃんは最後につけ足します。

 エモは、その言葉を聞いて、
 また、やる気がむくむく湧いてきました。

 「そっか、うん・・・わかったよ、
  テルばぁ、ありがとう!」

 そう答えたエモは、心の中で続けます。

 『よおし・・!
  もっとじょうずにシツモンできるように、
  もっともっと、かんがえなくっちゃ!
  早くパパをみつけるんだから!』

 こうしてエモは、
 再び夜を待つことにしたのです。

 その夜、エモは意気込んで、
 フローゲルを待っていましたが、
 逆さしずくのユーレイはなかなか現れません。

 だんだんと、
 深い黒色の夜に置き去りにされたような
 気持ちになってきて、
 エモの瞳にじんわり涙が浮かんだその瞬間、
 フローゲルはようやく、
 きらりと光って現れたのです。

 エモは涙をぬぐうと、
 はりきってシツモンをします。

 「ぼるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  きらきらぼしのすきまにいくのは、
  どうしたらいいの?」

 フローゲルは、
 静かに優しく震えて、答えます。

 「・・・キミがユーレイになったら、
  キミはそこに行ける」

 「ぼくが、ユーレイに・・・?」

 フローゲルに言われたことを
 何度も頭の中で繰り返しながら、
 エモは眠りにつきました。

 また次の夜。
 全く同じように現れたユーレイに、
 エモは、シツモンをします。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  どうやったらユーレイになれるの?」

 フローゲルは、
 静かに優しく震えて、答えます。

 「君の体が枯れて燃え尽き、
  人間としての魂が尽きた時、
  キミはユーレイになる。
  それが、死ぬってことさ」

 「しぬ・・・ユーレイ・・・」

 『ユーレイは、フローゲルのことだ。
  しぬ もしってる。
  まえにママが、
  パパがしんじゃって
  おほしになったっていってた・・・。
  じゃあ、おほしとユーレイは
  いっしょなのかな・・・?』
 
 一生けん命、考え続けながら、
 エモは眠りにつきました。

 また次の夜、エモは、
 真剣なまなざしでシツモンします。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  ぼくのパパは、
  ユーレイになっちゃったの?」

 フローゲルは、
 静かに優しく震えて、答えます。

 「そうだよ、エモ。
  キミのパパは死んでユーレイになった。
  人間としての魂が尽きるとき、
  その最後のひとしずくから
  ユーレイは生まれる。
  それは、もう何百万年も昔、
  人間とユーレイの世界ができた時から
  変わらない、ただひとつの事実なんだ」

 「・・・!」

 わくわくとゾクゾクが同時に、
 エモの全身を走り回っていきました!
 フローゲルの話は、
 まるで夜の闇そのもののように深々と
 そして軽々と、エモのこころを揺さぶります。

 エモはその後、結局、
 おやすみも言えないまま眠りにつきました。

 こうして、あっという間に、
 みっつの夜が過ぎていったのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 夜のすきま3 裁判官のあしおと

 
 そこは、真っ暗闇の世界でした。
 テルばぁの家の縁側でも、
 星空を見下ろす上空でも、ないようです。

 「いったいどこに
  いってしまったんだ?!」

 まっ暗闇から、
 誰かの声が聞こえてきました。
 
 「ここに来たら、
  絶対に会えるはずだった!
  絶対に分かるはずだった・・・。
  そうでしょう!?」

 声の主は、我を忘れて取り乱し、
 がたがた震えているようです。

 「・・・もう諦めよう。
  君は、とても複雑な道を通って
  ユーレイになった。
  その途中できっと全てを、
  置いてきてしまったんだ」

 別の声が答えます。
 それは、
 なまりみたいに重たくて冷たい声でした。
 
 「そんな・・・!!
  そんなことは、ありえない!!」

 最初の声が、
 最後の力をふりしぼるように抵抗します。
 しかし・・・。

 「・・・だって君は、
  探し人の名前や顔だけじゃない、
  自分が人間だった時の名前さえも、
  思い出せないじゃないか」

 夜を何枚も重ねたようにまっくらな闇の中、
 なまりの声が冷たく重く響きました。

 「!!!・・・あああ・・・、
   うわあああああああっっ!!!!」

 最初の声が、悲鳴をあげます。
 そして、もう弾けてしまう、その寸前。
 陽だまりのような3番目の声が、
 強く優しく、響きました。

 「・・・ゲル・・・フローゲル!
  大丈夫ですか?!」

 暗闇が、さーっと晴れていきました。
 すると、そこはもう、
 星空を見下ろす、いつもの上空。

 しばらく気を失ったように、
 ぼんやりと風に揺られていたフローゲルは
 自分を呼ぶ声にようやく気がつき、
 その声の主に答えます。

 「・・・ああ、もう・・・、もう大丈夫。
  ありがとう、ハル、心配いらない・・・。
  たまにボクのこころは
  どこかに飛んでいってしまうんだ」

 「こころ、ですか」

 ハルと呼ばれた話し相手は
 やはりその姿を見せませんでしたが、
 心配そうな声は、はっきりと聞こえてきます。

 「そうさ。
  ボクのこころは、ずっと空っぽだから、
  すぐに飛ばされてしまうんだよ」

 ふるふるっと震えて、
 フローゲルがしっかり答えたので
 ハルは少し安心したようです。

 「私は、ユーレイのことは
  まだよくわかりませんが・・・。
  ユーレイになると、皆、
  こころが空になってしまうのですか?」

 「そんなことは無いよ。
     ユーレイのこころの中は大抵、
  人間の世界に残してきた未練や、
  ユーレイの世界での役割のこと
  でいっぱいさ。
  中には、未練が強すぎて、
  人間の世界に入り浸っている者や、
  反対にその時が来ても転生を断る者、
  など色々いるけどね。

  ・・・ボクは、
  他のユーレイとは【生まれ方】が
  違うんだって。
  昔、あるユーレイにそう聞かされた。
  だから、ボクのこころが空っぽなのは、
  そのせいじゃないかなぁ」

 ハルは、
 フローゲルがいつもの調子で喋り始めた
 のですっかり安心しましたが同時に、
 まるで見知らぬ誰かのように
 自分のことを説明するフローゲルを、
 不思議に思いました。

 「生まれ方が違うですって?
  いったい、どういうことです?」

 「・・・そんなことより、
  今夜もそろそろ
  彼のところへ行こうじゃないか」

 ハルのシツモンには答えずに、
 フローゲルが言いました。
 どうやら、フローゲルの回想の扉は、
 もう閉じられてしまったようです・・・。
 
 フローゲルは眼下の星空に意識を向けて、
 小さな扉を探し始めました。

 しかし、その直後・・!

        ごごぉうん!

 とつぜん、フローゲルが浮かぶ夜空に、
 とっぷうが吹きました!

 3日前はただ吹きぬけていっただけだった
 <とっぷう>ですが、今日は、
 竜巻のようにフローゲルの周りを
 ぐるりと囲み、吹き続けています。

 フローゲルの体が、
 ぶるるるっと激しく震えました。

 「・・・フローゲル?
  どうかしたんですか?」

 ハルの声が再び、
 心配そうにフローゲルに向けられましたが
 フローゲルの震えは止まりません。

 「何てことだ・・・、
  アイツのあしおとが聞こえる」

 ハルの言葉が聞こえていないのか、
 フローゲルがひとりごとみたいに呟きました。

 「あしおと?」

 ハルが聞き返しますが、
 フローゲルはまだ1人で話し続けています。

 「思ったより、ずっと早かった・・・。
  さすがはユーレイの世界で一番の裁判官。
  もう【綻びの音】を嗅ぎつけたのか・・・」

 その言葉で、
 フローゲルのひとりごとの意味が
 ようやくハルにもわかりました。

  「!!、では、まさか・・・!」

 ハルが、緊張した声をもらしました。

 そして!
 
     ごごごぉぉぉんんッッ!!!

 ぴたりっ!
 ぐるぐる回っていたとっぷうが、とうとう、
 フローゲルの目の前で止まりました。

 現れたのは
 フローゲルとまったく同じ、
 しずくを逆さにしたようなシルエット。

 でも、その逆さしずくは、
 なまりの塊みたいに黒灰色で、
 浮かんでいるのが不思議なくらい重たそう。
 その体が どるん と揺れ、
 重たい重たい声が辺りに響きました。

 「やあ・・・五百年ぶりだな、フローゲル。
  そして・・・初めまして、ハル」

 どうやらこの、
 とっぷうに乗ってきたユーレイは
 フローゲルのことをずいぶん昔から
 知っているようですが、
 それだけではありません・・・。

  「・・・どうして私のことを?」

 とても驚いたようなハルの声がしました。

 そう、この黒いユーレイは、
 いくら目を凝らしてもどこにも姿が見えない
 ハルのことも、ちゃんと見つけていたのです。

 黒灰色の逆さしずくは、
 もう一度、体を震わそうとしましたが
 それより先に、
 フローゲルがハルのシツモンに答えました。

 「・・・彼が、裁判官だからだよ、ハル。
  ユーレイの裁判官は、
  ユーレイの世界と人間の世界、
  その全てを知っていなければならない。
  名は、フエス。
  ずっと昔から一番優秀な裁判官で・・・。
  そして、新米ユーレイだった僕を
  導き育ててくれた、オンジンだ」

 フローゲルが言うと、
 フエスはまた改めて体を震わせました。

 「オンジンね・・・ふん、それは皮肉か?
  ・・・まあいい。
  わがはいは用事を済ませにきただけだ」

 黒灰色の裁判官は、一度話を止めると、
 改まった声で告げました。

 「何日か前から、この宙域のどこかで、
  〈ユーレイのきまり〉の綻びが観測された。
  【綻びの音】の振幅から、
  第1条をも含む重大な違反の可能性がある。
  そこで、わがはいがこの辺りの宙域を
  しばらく調べることになった。
  だが、ひとつの宙域といっても広いから、
  協力者を募っている。
  お前達も何日かこの宙域に居たな?
  何か気づいたことがあったら知らせるのだ。
  解ったかね?」

 フエスの指摘はまだまだ的外れでしたが、
 ハルをひやっとさせるには十分でした。
 
 一方で【共犯者】であるフローゲルは、
 何の動揺もなく滑らかに答えます。

  「もちろん。
  キミの頼みなら喜んで協力するよ」

 フローゲルの言葉だけでなく
 その体の振動まで聞いてるかのように、
 フエスはじっと押し黙っていました。
 ですがフローゲルはとうとう最後まで、
 かけらの動揺さえ見せませんでした。

 フエスは、それ以上何も言わず、
 再びとっぷうをまとうと、
 豪音とともに去っていったのです。

 ハルとフローゲルは
 裁判官がいなくなったあとも
 しばらく喋らずにいましたが、
 しばらくしてハルが、
 不安そうな声で話しかけました。

  「・・・私に残された時間は、
  ずいぶん少ないのかもしれませんね」

 「そんなことはないさ、彼も万能じゃない。
  他にも漂ってるユーレイはたくさんいるし、
  小さな〈きまり〉違反は日常茶飯事だから
  しばらくは気付かれないよ。
  ただ・・・アイツは必ず、
  一歩一歩、ボクらに近づいてくる。
  それだけは確かだ」

 フローゲルは相変わらず、
 不安なんか少しも感じていないみたいに
 静かにそう言いました。
 ハルが黙っても、フローゲルは続けます。
 
  「さあ、そろそろボクは、
  扉を抜ける準備をしよう。
  今夜も彼が待っているはずだからね」
  
 風鈴がころころと、
 涼しげに歌っているような声に
 ハルの不安は少しずつ消えていきました。

  「ええ、そうですね・・・お願いします」

 フローゲルは何度かふるふると体を揺らして
 地上のある一点を見つめたかと思うと、
 すぐに急降下していきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 エモとママ2

 
 フローゲルとハルが、
 不気味な裁判官の訪問をうける半日前。

 エモは今日も、
 遅めの朝ごはんを食べていました。

 ユーレイの〈まほう〉のせいもありますが、
 特にこの3日間、
 真剣に考えてはシツモンすることを
 繰り返していたエモは疲れてしまって、
 つい起きるのが遅くなってしまうのです。

 でも、今日は隣にいるママも、
 庭で草むしりをしているおばあちゃんも、
 そんなエモを怒ったりはしません。

 『きっとふたりとも、ぼくがさみしくって
  夜あんまりねれてないとおもってるんだ』

 そうエモは思っていました。
 そんなエモに、ママが優しく言いました。

  「エモ、大丈夫?
   ちゃんと寝れてる?」

  『ほらね』
 エモは、少し得意な気持ちになりました。

 「うん!ぼく、ちゃんとねてるよ」

 「・・・そう。
  ならいいけど・・・」

 ママはまだ心配そうです。
 そんなママを見たエモは急に、
 フローゲルのことや、
 自分がパパを探していることを
 教えたくなりました。

 「ねえ、ママ!
  あのね、ぼくね!」

 そこで、エモの言葉は止まりました。
 だって、
 ユーレイと一緒にパパを探してる
 なんて言っても、
 ママは信じてくれるでしょうか?

 病気だと思われて、
 もっと心配されるかもしれませんし、
 病院に連れていかれるかもしれません。
 そうしたら、

 『もう、よるのえんがわにいけなくなる。
  それに、
  とつぜんパパがかえってきたほうが、
  ママはもっとよろこぶんじゃないかな』

 エモは、そう思い直しました。
 
 「なぁに、エモ?」

 「ううん~と・・・なんにもないよママ、
  ぼく、わすれちゃったみたい!」

 「ええ~?」

 ママは、
 びっくりしたような声をあげましたが、
 すぐに、ちょっぴりだけど、
 にこりと笑いながら、
 『エモはおもしろい子ね、誰に似たのかな?』  
 と言いました。

 そして、エモの髪の毛を
 くしゃくしゃっとなでてくれました。
 
  『ママが、まえみたいにわらったぞ!』

 エモはなでられながら、
 とってもとっても、嬉しくなりました。
 それは、エモが久しぶりに見た、
 ママの自然な笑顔だったのです。
 
 でも、その笑顔もすぐに、
 消えてしまいました。

 「ずいぶん髪が伸びてたのね、エモ・・・、
  ママ、全然気がつかなかった・・・。
  やっぱり、ひとりじゃダメね・・・」

 そうつぶやいたママは、
 やっぱりとても悲しそうでした。

 そしてママの目はエモから離れ、
 再び、パパのかけらを探すのでした。

 それを見ていたエモは、
 疲れていたことなんてすっかり忘れて
 今すぐフローゲルに会いたくなりました。

『パパがかえってきてくれたら、
 ママはいっぱいいっぱいわらえるし、
 ぼくもまた、いっぱいあそんでもらえる。
 でも、どうしたら、
 ユーレイになっちゃったパパは
 かえってきてくれるんだろう・・・?』

 こうしてエモは、ふたたび、
 真剣に考えることを始めたのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     

 夜6.7

 
 その夜。
 いつものように、エモの瞳に涙が浮かんでも、
 フローゲルは現れませんでした。

 夜に取り残されたエモの緊張と恐怖は、
 どんどん高まっていきます。
 そして、
 エモの涙が随分とこぼれ落ちたあと、
 フローゲルがようやく現れました。

 涙をぬぐいながら、エモが言います。

 「こんばんは、フローゲル。
  きょうは、こないのかとおもった・・・」

 「ごめんよ、エモ。
  ・・・昔の、友達が遊びにきていてね」

 フローゲルがすまなそうに言いました。
 エモは、ちょっと驚いて聞き返します。

 「ユーレイにも、ともだちがいるの?
  ともだちもユーレイ?」

 「そうだよ」

 「フローゲルは、
  そのともだちとなかよしなの?」

 「うーん・・・そうだなぁ、
  なかよしだったと思うよ。昔は、ね」

 フローゲルはいつもと違って、
 何だか苦笑いをしているみたいに
 ぶーぶるるるっと震えて答えました。

 でもエモは、それには気付きません。

  「そっか・・・ぼくにも、
  なかよしのともだちがいるんだ。
  みんな、げんきかなぁ」

 いっときシツモンを忘れてエモは、
 なかよしのえーこちゃんや、
 トモくんのことを思い出しました。

 「・・・さあエモ、
  今夜のシツモンは何だい?」

 珍しく、そんなエモをせかすように
 フローゲルが聞きました。
 その言葉にはっとしたエモは、
 あわててシツモンをします。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  ぼくがユーレイになったら、
  パパにあえる?」

 「・・・そうだね。
  キミが死んだら、
  ユーレイになって、パパに会える。
  でも、死んでしまったら、
  もうママには会えないんだよ。
  キミは人間じゃなくなるんだから」

 フローゲルは、
 いつものように静かに答えました。

  「あっ・・・!」

 エモは思わず声を出しましたが、
 それには構わず、
 フローゲルが続けて話します。

 「ママだけじゃない。
  テルばぁにも、犬のヒロにも、
  えーこちゃんにも、トモくんにも、
  会えなくなるんだ」
 
 バァちゃんだけでなく、
 エモが仲良しの友達や
 エモが大好きな近所の子犬の名前を、
 なぜフローゲルは知っているのでしょう?

 でも、エモは、それには気付かないまま、
 自分が大好きな人たちのことを考えながら、
 眠りにつきました。

 次の夜、エモは、
 難しい顔をしてフローゲルに尋ねました。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  どうしたら、
  ユーレイは、にんげんになれるの?」

 フローゲルは、
 まるで長いため息をつくように
 いつもより細く長く震えて、答えました。

  「・・・ユーレイには
   ユーレイの〈きまり〉がある。

   〈生まれたユーレイは1000年後、
    もう1度、
   人間の世界で生きる権利を得る〉

  それまでは、
  ユーレイが人間になることはできない。
  そうしないと、
  世界に、いのちあるものが増えすぎて、
  世界が崩れてしまうんだって」

  「・・・!!」

 フローゲルの言葉は難しかったけど、
 何とかエモにも解りました。

 そして、それはエモにとって、
 とてもとても、悲しい答えでした。

  「おやすみ、エモ。また、明日」

 フローゲルのおやすみを
 背中で聞きながら、エモは、
 とぼとぼと寝室に帰っていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 かいじゅう1

 
 次の日、遅く起きたエモは、
 食欲もあまり無く、ぼーっとしていました。

 テルばぁが心配そうに何度も、
 声をかけたり顔色を見にきましたが、
 エモは結局一日中、
 縁側に背を向けて座っていました。

 そしてその夜、
 いつもなら縁側に行く時間になっても
 エモは動きませんでした。

  『また、明日・・・』

 昨夜のフローゲルの声が
 エモの頭を横切りましたが、
 エモはとうとう布団から動きませんでした。

 フローゲルに言われたことを
 ずっと考え続けていたエモはついに、
 これ以上シツモンしても
 意味がないと思ってしまったのです。

 『だって、ユーレイは、
  にんげんにかえってこれないんだ・・・』

 エモは布団の中でそっとつぶやきました。

 そう、小さなエモはようやく、
 パパがもう、
 生き帰らないことを知ったのです。

 その瞬間から。

 エモのこころは、
 ぶ厚い氷に包まれてしまったように
 ガタガタ震えだしました。
 
 こころの中に涙がとめどなく
 染み出してきます。
 その涙は、あっと言う間に
 エモのぜんぶを満たしていきました。

 でも、
 凍えてしまったエモのこころは、
 涙を瞳から流すことさえできません。

 エモの内に溜まり、
 よどんでしまった涙はやがて、
 暗い水色のかいじゅうの卵になりました。
 暗くよどんだ涙から産まれるかいじゅう、
 その名前は、ぜつぼう。

 エモにとってそれは、
 初めて感じる感情でした。

 エモは、
 隣で寝ているママに助けを求めようと
 手を伸ばします・・・しかし、
 その手は途中で止まりました。

 『きっとママも、おんなじなんだ・・・』

 エモは、そう思ったのです。
 伸ばしかけた手を自分の胸に抱き寄せ、
 小さな体を更に縮めたエモは、
 自分の内でぜつぼうの卵が孵るのを、
 ただ見つめていました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜のすきま4

 
 同じ夜、
 もう空がしらじんだ上空でフローゲルが、
 やはり姿の見えないハルと話していました。

  「今夜は、とうとう彼はこなかったね。
   ・・・きっと、気付いたんだろう」

  「ええ・・・」

 淡々としたフローゲルの言葉に、
 弱弱しくあいづちを打ったハルが、
 やはり力なくフローゲルに尋ねます。

 「何とかしてあの子に、エモに、
  呼びかけることはできませんか?」

 「・・・始めにも言ったけれど。
  ユーレイが人間にコンタクトすることは、
    沢山のきまりに守られて、できない。
    僕は、古い古いきまりを使って、
    エモの涙にうつりこんでいるだけ。
    そしてそれも、
    人工の灯りにジャマされない
   【本物の夜】の中にエモがいて、
    涙を浮かべてくれなければ、使えない」

 フローゲルが静かに答えました。
 ハルは諦めきれずに、尋ねます。

 「他に、方法はないんですか?」

 「・・・方法はあるにはあるさ。
  夢にうつりこむ、
  適性のある人間のからだを借りる、とか。

  だけど、ダメだ。
  フエスは〈きまりを破る方法〉
     つまり、
  〈きまりの破条〉もよく知っているし、
  破条の音はよく響く。

  これ以上目立てば、
  ボクらの目的が達するより確実に早く、
  アイツに追いつかれてしまう」

 「・・・エモは、
  苦しんでいるんでしょうか・・・」

 「きっとね。
  だって彼は初めて死を知ったんだから。
  そして彼にそのことを教えたのは、
  他ならぬ、ボクらだ」

 フローゲルの言葉は、
 あくまで静かで明解でした。
 
 ハルは、何も言うことができません。
 黙りこんだハルにフローゲルが、
 かすかな優しさを秘めた声で言います。

 「エモが【死の先】に行く為には
  どうしても通らなくちゃいけない道だけど
  ボクらに手助けはできない。
  ・・・だから、
  彼と、彼の家族を、信じて待とう。
  今はそれしかできないよ」

  「・・・はい」

 ハルは何とか返事を絞り出しましたが、
 その声からは、本来の温もりがすっかり
 失われていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    

 ママとテルばぁ1

 
 「エモの様子がおがしくねぇが?」

 次の日の昼下がり、テルばぁが、
 縁側に座っていたママに言いました。

「そうかしら・・・確かに最近、
 寝不足みたいだったけど、
 ちゃんとお昼寝もしてるし・・・。
 こっちに来てから、
 ちょっと元気になったくらいじゃない?」

 ママはやっぱ的外れです。

 「元気になっでだのは、おとついまでだぁ!
  昨日からはまだ様子が違うべ」
 
 テルばぁに言われてママはようやく、
 そっと、居間でお昼寝をしている
 エモを見ました。
 言われてみれば、いつもより丸まって、
 少しうなされているようにも見えます。

 「・・・熱でもあるのかしら?」

 「いんや、アレはもっどわりぃ」

 テルばぁの言葉に
 ママは少しだけ焦点のあった目になって、
 エモをもう一度みつめました。

 「母さん、それってどういう意味?」

 「熱があんのは体じゃねぇ、
  多分こころだ。
  昔、戦争が終わった後、
  あんな風になった人たちを
  たくさん見だごどがあるのよ」

 「・・・大切な人を、失ったから?」

 「んだ」
  
 「・・・でも、なんで今・・・?」

 ママが不可解そうに言うと、
 テルばぁがたまらず語気を荒げました。
 
 「今だからだぁ!
  ちっちゃなエモは、ずっど考えでだんよ。
  パパが何で帰ってこないのってな。
  たったひとりで考え続けで、
  ようやく今、辿り着いたんだべ。
  ・・・あの子のこころはきっと今、
  おめぇとおんなじとこにいるんだよ」

 「まさか・・・エモはまだ小さいのよ?
  パパがいないことは分かっても、
  きっとまだ、
  いつか帰ってくるって思ってるわ。
  だから、私がしっかりしてたら大丈夫」

 そう言いながらママは、
 ちらっと横たわるエモに目を向けました。
 タオルケットに包まれた小さな背中が、
 規則正しく動いています。

 ・・・けれど、
 今のママには見えませんでした。
 小さなエモの、そのこころの中で、
 大きな大きなかいじゅうが
 生まれていることまでは・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 かいじゅう2

 
 エモは夢を見ていました。

 ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃるん

 どこからか、
 背筋がぞっとするような音が聞こえています。
 エモは怖くって、音が聞こえてきた時から、
 固く瞳を閉じてじっとしていました。

 でも、その音はちっとも止みません。
 それどころか、
 エモの方に少しずつ近づいて来るのです。

 やがて恐怖が限界を越えて、
 耐えきれなくエモは、とうとう、
 目を開けてしまいました・・・。

  『うわぁ・・・!』

 エモの口から、感嘆の声がこぼれました。
 声は反響し、何重にもなって返ってきます。
 どうやら、夢の中のエモがいる場所は、
 鍾乳洞のように巨大な洞窟のようでした。

 見上げるとほのかな灯りがふたつ
 ゆらゆら動いていましたが、
 その内のひとつは今にも消えそうです。

 辺りは薄暗く、その全容は見えません。
 エモがいくら見回しても、
 壁らしきものも見えないのです。

 足元にはいつの間にか
 エモの膝丈ほどの水が、
 見える範囲全てに溜まっていました。

 水は、体温とおんなじくらい温くって、
 ズボンに染みたりもしなかったので
 エモは目で見るまで気が付きませんでした。

 ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃるん

 また、あの音が聞こえました!

 それも、今度はエモのすぐ前の闇の中。
 エモは、震えながらも、
 必死で前方に目をこらしました。

 一息遅れて、
 足元の水が何かの動きに反応して
 一斉にざわめき始めました。
 水は、エモの足にまとわりついては、
 後ろに流れていきます。
 
 最初に見えたのは、
 直径がエモの身長の倍以上はある、
 大きな楕円。

 その物体は、
 出来そこないの真珠みたいに
 くすんだ乳白色で、
 水面から浮いているように見えます。

 それが徐々に近づいてくるにつれ、
 今度は楕円の下に太い足が見えました。
 そうすると楕円はまるで、
 巨大な生き物の頭のように見えてきます。

 そして、ついに目の前まで、
 ソレが近づいてきた時、ようやく、
 エモにはその全身が見てとれました。

 『白いかいじゅう!
  ぼくを食べにきたのかな!?』

 エモは、
 喉元まで出かかった声を何とかこらえ、
 そのまま息を潜めました。
 そいつはどうやら、
 すぐ近くのエモに気付いていない様子
 だったからです。
 
 間近で見るとそいつの表面は、
 ぬるんつるん、としていて、
 目鼻らしきものはありません。
 ただ、口らしき裂け目はあり、
 そこからエモの腕くらい細い舌が、
 何本も水面に向かって伸びています。

 ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃるん

 エモの足元から、あの音が聞こえました。
 さっきから聞こえていた不気味な音は、
 舌たちが、
 味わうように水面を舐める音だったのです。

 ふいに、その舌のひとつが、
 エモの体に触れました・・・その瞬間!

 まるで喜んでいるみたいに、
 そいつは大きく震えました!
 口らしき裂け目が更に深く長く、
 楕円に刻まれていきます。

 エモは、全身の毛が逆立つような
 気味悪さを感じて、後ずさりました。
 その時・・・。

 『パパ ドコイッチャッタノ?』

 突然、かいじゅうの口から声が聞こえました。
 しかもそれが自分の声だったので、
 エモはとても驚きました!

 『きみは、だれ?』

 エモが思わず問いかけると、
 そいつはもう一度、舌でエモに触れると、
 とっても嬉しそうに言いました。

 『ボクハキミ1
  キミカラウマレタ カイジュウ、
  キミノナミダヲ モットチョウダイ!」

 エモは今度こそ、
 いちもくさんに逃げだしました!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ママとテルばぁ2

 
 静かに眠っているように見えるエモを
 見守りながら、
 テルばぁが縁側のママに話しています。

 「子供は大ぎぐなるんだ、毎日な。
  エモの1日は、わだし達の1年に
  なるごとだってある。
  こっちに来てからもそうだ、
  何日かしてから急にマジメな顔しで、
  何か考えこんでだべ。
  ぽつぽつ独りごと言いながらよ」

 テルばぁが、
 居間で眠っているエモの額に
 じわじわと浮かんできた汗を拭きながら、
 言いました。

  「・・・そうだったかしら・・・?」

 言われてママは、
 エモの最近の様子を思い出そうしました。

 けれど、ママが知っていたことは、
 田舎に来てからしばらくして
 少し寝坊するようになったことと、
 髪が伸びていたのに気付かなかったことだけ。

 ママは何よりそのことに驚きました!
 
 「わがんねぇべ、
  おめぇは1人だけでしおれてたからよ」

 そんなママのこころの中を聴いていたように、
 テルばぁが縁側に戻ってきて言いました。
 それは短い言葉でしたが、
 ママのこころは悲鳴を上げました・・・!

 「そんな言い方ないでしょ・・・、
  私だってつらいんだから!
  だって、だって・・・、
  ハルくんが突然死んじゃったのよ!?
  前の日まであんなに元気だったし、
  健康診断だってずっと問題無かったのに、 
  何で?
  何で死んじゃったのよぅ・・・」

 叫びはすぐに小さくしおれて、
 最後は独りごとのようになってしまいました。  
 ママの目には、
 久しぶりの涙が浮かんでいます。

 でもそれを見たテルばぁの目は、
 みるみる内に吊り上がっていきました!

 「こぉの馬鹿娘!!
  おめぇは、誰だぁ?
  ハル坊が死んでつらいのはわがるよ、
  でもいつまでただの【ハルナ】でいる!?
  【エモのお母さん】はどごさ行った!
  エモの一番近くで泣いてやれるのは、
  オマエだけなんだど!!」

 エモのお母さんという言葉が、
 ママのこころに音を立ててぶつかりました。
 ママは、ぐらぐら揺れるこころに
 必死でしがみつきます。

 「私は、ちゃんとしてたわ!
  お葬式だって立派にやったし、
  エモの前では泣いてないし、
  毎日ごはんも作ってる!
  私、ちゃんとエモのママだったもの!」

 「馬鹿言うんでねぇ!
  本当は弱いのに強がっでよ!
  おめぇのこころがどっがに
  行っちまってるごどぐらい、
  エモはとっぐさ気づいでだよ!
  だがらあの子は一生懸命、
  ハル坊がいないごどを考えでだのよ、
  たったひとりで!」

 間髪いれないテルばぁの言葉で、
 ママのこころはあっけなく崩れました。
 いえ、崩れたのは張りぼてのこころ。

 張りぼての奥から、
 愛する人の死に深く深く抉られた、
 ひとりの女性のこころが現れます。
 そのこころは、
 迷子の子供のように途方に暮れていました。

 「・・・母さん、私・・・、
  エモを見てると、
  ハルくんのことばかり思い出すの・・・。
  だから見ないようにしてた・・・。
  エモだけじゃない、
  この家も縁側も、自分を鏡で見たってそう。  
  でも、でも・・・どこにもいないのよぅ、
  だから、だから私・・・!」
 
 そう言うママの目にはたくさんの涙が
 たまっていましたが、まるで、
 流れ方を忘れてしまっているかのように、
 こぼれようとしません。
 その涙をテルばぁが、
 しわくちゃの指でそっとぬぐいました。

 「・・・わがってるよハルナ。
  お前が、決して泣ぐまいと頑張ってたのは。
  でも、無理だもんな、
  ひとりでしまい込めるほど、
  ハル坊はちっちぇぐねえもの」

 「ハルくん・・・」

 ママは声を震わせてつぶやきました。
 すると、その声に呼び起されたように、
 ママの耳に、懐かしい声が聞こえてきます。

 『ねえハルナ! 良い事考えたんだ』

 『急になぁに?』
  
 『ハナちゃんなんて、どうかな』

 『何の話?』

 『君の新しい呼び名だよ、
  僕もハルで君もハルだから、
  ややこしいだろ? ・・・それに、
  皆が君のことを、
  ハルちゃんハルちゃんって呼んでるのが
  何だか悔しくって!』

 『え~っ、何でハルくんが悔しいわけ?』

 『それはいいだろ別に・・・』
 
 記憶の中のママとパパはまだ恋人同士で、
 他愛もない会話を
 ドキドキしながら積み重ねていました。

  『ハルくんどこにいるの?
  お願いだから、
  もう1度、あったかい声で
  ハナちゃんって呼んでよ・・・』

 その想いは声にもならず、
 自分のこころに突き刺さるばかり。
 ママのこころは懸命に泣いているのに、  
 まだ、涙は流れませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 かいじゅう3

 
 「ボクハキミ コレハ
  キミノ ナミダノウミ」

 夢の中で、真珠色のかいじゅうが
 エモの声色で言いました。

 エモは必死で逃げようとしていましたが、
 足元の水がエモの両足にからみついてきて
 上手く走れません。

 「パパハ モウカエラナイ
  キミハヒトリ」
 
 かいじゅうの声が
 後ろから追いかけてきます。

 「ひとりじゃない、ママがいるもん!」

 「ママハ パパシカミテナイ
  キミヲミテナンカ イナイ」
 
 『そんなことない!』

 そうエモは叫ぼうとしましたが、
 かいじゅうの言葉に思わずはっと
 してしまいました。

 確かにママは、
 田舎に来てからずっとパパを探していて
 エモが近くにいても、
 しばらく気がつかないことが
 何度も有ったからです。

 でもエモは、そんなママを見て、
 パパを探そうと強く思ったのです。
 自分を見て欲しいなんて、
 考えもしませんでした。
 ・・・なのに、
 かいじゅうの言葉を聞いた途端、
 エモはたまらなく淋しくなりました。
 
 かいじゅうの言ったことが決して
 間違いではないと思ってしまったのです。

 「テルバァハ キミノママジャナイ。
  ナカヨシノトモダチニハ、
  ミンナパパガイル。
  キミハヒトリ!
  ヒトリデナイテ ナミダヲチョウダイ」

 かいじゅうの声が、
 エモの全身にのしかかります。

 エモはとうとう立ち止り、
 頭を抱えて座り込んでしまいました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ママとテルばぁ3

 
 縁側では、テルばぁがママに、
 優しく語りかけていました。

 「1人じゃねえよ、ハルナ。
  3人でハル坊の話をして、3人で泣ごう。
  涙なんが溜めとくもんじゃねえ。
  アタシだって、
  じぃちゃんが戦争で逝っちまった時、
  父ちゃんが逝っちまった時、
  家族や友達みんなで集まってさ
  馬鹿みたいに泣いたんだよ」

 【お母さん】の優しくて強い声に、
 ママのこころは
 少しずつぬくくなってきました。

 そしてママは再び、
 大好きだった人の言葉を思い出します。

 『僕の両親は、
  僕が小さい頃に死んでしまったから、
  ずっと親戚の家で育ったんだ』

 『うん、そうだったね』

 『だから僕はその・・・、
  本当の親の愛情を
  知らないってことになる』

 『うん』

 『でも・・・いや、だからこそ!
  僕は、自分の子供には
  できる限りの愛情を注ぎたいし、
  注げると思うんだ、でもその前に・・・』

 『私もハルくんならできるって思うよ。
  でも、さっきから何の話してるの?』

 『だから!
  僕は、子供の前に、
  自分の奥さんになって欲しい人にまず、
  できる限りの愛情を注ぎたいって
  そう思ってるんだ。
  つまり・・・ハナちゃん、君に』

 『えっ!』

 パパの面影に触れたママのこころが、
 新たな涙で溢れました。

 『結婚してから死ぬ前日まで、
  私とエモを大切にしてくれたハルくん。
  プロポーズの時の約束を、
  最後までちゃんと守ってくれたね・・・』

 そして、ママの瞳から、
 ようやくひとすじの涙が流れたのです。
 テルばぁが隣に寄り添い、
 ママの背中をさすってあげるとママは、
 溜まっていた涙を出し切ってしまうように、
 静かに涙を流し続けました。

 しばらく泣き続けた後、
 澱んだ涙の膜が晴れたママのこころと目は、
 エモをちゃんと見つめることが
 できるようになっていました。

 改めて眠っているエモを
 その目で見たママは、
 異様な様子にはっとしました。

 「エモ!
  あんなに苦しそうだったなんて・・・!
  母さん、
  今から私は何をしてあげられる?!」

 【エモのお母さん】が戻ってきたのを
 嬉しそうに見つめながら、
 もう一人のお母さんは答えます。

 「何もねえ。
  ああなっちまったら、
  もうこっちの声は届がねえから。
  でも、傍にいてやるといい。
  ぬくもりはきっど、エモのこころに届ぐよ」

 ママは力強く頷くとそっとエモの傍に座り、
 その小さな手をしっかりと握りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

 かいじゅう4

 
 夜になっても、エモは目覚めませんでした。

 ママは、
 どんどんうなされるようになり、
 時折悲鳴さえ上げるエモの手を握り、
 必死で抱きしめていました。

 「エモ、大丈夫!
  ママがいる、ばぁちゃんもいるわ。
  パパだってきっと守ってくれてるから!」

 ママの声はしかし、
 エモには届いていないように思えました。
 それでもママは、
 もう二度とわが子を見逃すまいと
 エモを見つめ、抱きしめ続けるのでした。

 その頃悪夢の中で、
 エモはひとり戦っていました。
 腕をつねっても、大声で悲鳴を上げても、
 悪夢は覚めません。

 「パパハ モウドコニモイナイ、
  フローゲルダッテホントハ
  パパノコトナンテ シラナイ」

 エモの周りを、
 かいじゅうが四つの足で
 ゆっくりと歩きながら語りかけます。

 かいじゅうがエモに与えるのは、
 ぜつぼうだけ。

 両手で耳を塞いでも、
 ぜつぼうの声は簡単に入り込んできて
 エモのこころを切りつけます。

 そしてその度、
 こころの傷口から涙があふれ出し
 足元に流れ、溜まっていくのです。
 最初、エモの膝下にあった水面も、
 気付けば肩に届きそうなほど。
 温かった水もどんどん冷たくなっていました。

 「ダイスキナ パパハイナイ、
  ママモ キミヲミチャイナイ、
  キミハヒトリ、ヒトリ!」

 今にも踊り出しそうな口調で
 かいじゅうが言いました。

 エモは目と耳を塞いで、
 『そんなことないもん』と繰り返すだけ。
 孤独な戦いに、
 もう勝機はないように見えました・・・。

 涙のうみがもう顎まで来ています。
 足はついていますが、
 もうすぐ頭の先まで、
 うみで満たされてしまうでしょう。

 乳白色のかいじゅうは
 始めの数倍も大きくなり、
 ぜつぼうを吐き続けながら、
 エモの周りを飛び跳ねています。

 そぜつぼうが起こした波が
 エモの顔にかかり、
 エモはごくりと涙のうみを
 飲み込んでしまいました。

 『うわっ、しょっぱい!』

 エモは思わず吐き出します。
 その時、エモの頭の中で
 懐かしい声が聞こえました。

 『エモ、もう泣くのはやめな。
    涙のメガネじゃあ、何にも見えないよ。
    それに涙はとってもしょっぱいから、
    美味しくもないしね。
    大丈夫! エモは本当は強いんだ。
    いつか涙とだって友だちになれるぞ、
    ラクショーさ!』

 涙の味でパパの言葉を思い出したエモは、
 もう一度かいじゅうと闘おうと、
 最後の力を振り絞って目を開けました。

 そしてエモは、洞窟の中が前よりも、
 明るくなっていることに気がつきました。
 上を見上げると、
 始めと同じふたつの灯りが見えます。
 でも、
 今にも消えそうだった灯りのひとつが、
 輪郭もくっきりして大きくなり、
 輝きを増しているではありませんか。

 エモは、上から注ぐ光に勇気づけられて、
 もう一度、かいじゅうを睨みつけました!

 「キミハヒトリ、ヒトリ、ヒットリ!!」
 
 かいじゅうは歌うように
 ぜつぼうを吐き続けていましたが、
 その間も涙の洞窟の光度は増していきます。

 それと一緒にエモには、
 かいじゅうの本当の姿が、
 はっきりと見えるようになりました。

 あんなに恐ろしかったかいじゅうも、
 ただの白い粘土人形のようです。

 そして、いつのまにか、
 冷たい涙のうみをものともせず、
 優しくて力強くぬくもりが、
 エモの手と全身を包んでいました。

 そのぬくもりはエモにとって、
 産まれる前から知っているもの。
 そう、
 ママのぬくもりはエモに、
 確かに届いていたのです。

 パパとママに力をもらったエモは、
 勇気をふりしぼってかいじゅうに近づくと
 お陽様みたいにぬくくなった手で、
 かいじゅうが吐くぜつぼうごと、
 思いっきりひっぱたきました!

 かいじゅうは悲鳴を上げてよろめき、
 みるみる小さくなっていきます。
 エモは、しぼんでいくかいじゅうに
 渾身の力をこめて言いました。

  『ぼくは、ひとりじゃないもん!』

 大きな大きな自分の声で、
 エモはとうとう目を覚ましました・・!

 すぐ傍には、瞳を潤ませながらも、
 エモを見つめて微笑むママとテルばぁの顔。

 エモは心底安心したように笑うと、
 もう一度、今度は本当に眠るために
 目を閉じました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

 夜のすきま4

 
 夜、今日もフローゲルとハルは、
 エモが縁側に来るのを待っていました。

 しかし、エモは現れず。
 代わりにやってきたのは、
 招かざる、不吉な黒いとっぷう。

       ごぉぉぉんっ!!

 突然、空の彼方で豪音が鳴り響きました。
 フローゲルの体が、
 その音だけでびりびりと震え、
 ハルは、まだ早すぎる、と呟きました。

    ごごごごごぉぉぉんんっっ!!

 夜空をかき乱す豪風が、
 フローゲルとハルに吹きつけました。
 それに乗りやってきたのは、
 もちろん、黒灰色の裁判官フエス。

 ハルの動揺とは対照的に、
 いつもと変わらない調子で
 フローゲルがフエスに話しかけます。

 「どうかしたかい?フエス。
   ボクたちはまだ、
  キミの役には立てないと思うよ」

 フエスが重々しく、言いました。

 「・・・つまらん化かし合いは、
   もう止めようじゃないか、フローゲル」

 「なんのことだい?」

 それでもとぼけるフローゲルに、
 フエスが続けます。

 「前に言っただろう?
  わがはいが追いかけているのは、
  きまり第1条の違反者の可能性もあると。
  本当はしっかりと観測されていたのだ、
  第1条違反の音がね。

  〈ユーレイのきまり第1条
   ユーレイハ、
   自ら人間の前に姿を現してハならない〉

  これは、1000年前に完成した
  〈新ユーレイのきまり〉の中で、
  一番最初に定められたものだ。

  第1条に逆らうことができるのは、
  それ以前に作られたある古いきまりだけ。
  そしてそれを知るものは、
  この宙域は元よりユーレイの世界でも、
  もう数えるほどしかいない」

 まるでもう、
 全部わかっているようなフエスの言葉に
 たまらずハルが尋ねます。

 「・・・なぜ、
  そう言い切れるのですか?」

 フエスは、
 ため息をつくように
 どるるんと震えて、答えます。

  「ユーレイは、ふつう、
  人間の目に映ることはない。
  いや、映ってはならないのだ。
  なぜなら、
  ユーレイと人間の世界は、
  裏と表 で、影と光。
  互いに支え合って存在している。
  ひとつが崩れれば、
  当然もうひとつも、崩れ去る」

 フエスはそこでいったん話を止め、
 フローゲルとハルが
 自分の話を大人しく聞いているのを
 確認すると、満足そうにどるんと震え、
 再び話し始めます。

  「ほとんどの人間は始め死を恐れるが、
  やがて一生をかけ、
  死というものを理解しようと努力する。
  そうして【死】を敬い、
  受け入れて死ねる人間が多いほど、
  【正しいユーレイ】が増える。
  正しいユーレイが増えれば、
  ユーレイの世界も人間の世界も、
  おしなべて安定するという訳だ。

  その為の〈きまり〉なのだ。
  その第1条が、
  易々と破られる貧弱なものでは困る。
  だから1000年前から、
  第1条の破条は全て施錠か破棄された」

 「へぇ・・・ならボクらは、
  正しくないユーレイだと?」

 フローゲルが淡々と聞きました。

 「それは君たちが、
  わがはいの言葉に耳を傾けるか
  それ次第だ。

  一生をかけて尚、
  死を恐れ続ける人間は沢山いる。
  急病や戦争で倒れ、
  死を受け入れる時間が無かったものは尚更。
  時には、ひみつの道を通り、
  自らユーレイになったものさえいる。  
  そういう未熟なユーレイを導き、
  正しいユーレイに近づけるのも、
  わがはいの役目だからな」

 フエスが、なまりの声を
 さらに強く響かせて続けます。

 「いつの時代にも、不幸なことに、
  未熟なままユーレイになるものたちがいる。
  それは仕方のないことだ。
  だが、だとしたら!
  ユーレイの世界は、もっともっと、
  彼らを導くことのできる正しいユーレイ
  で満ちなければならぬ。
  その為には、始めに言ったように、
  人間が、生涯死を考え続け、
  受け入れる努力をしなければならない!
  だからこそ・・・」

 「だからこそ、
  ユーレイが人間の目に映ってはいけない。
  死は常に、人間にとって未知であり、
  畏怖の対象でなければならない。
  なぜなら、
  死に親しみ恐れない人間もまた、
  正しいユーレイにはなれないから。
  そうだろう?」

 最高潮となったフエスの演説を、
 軽やかで無感情な風鈴の声が
 あっけなく遮りました。
 フエスは、不快そうに震えます。

 「・・・その通りだ。
  よく分かっているではないか」

 「そりゃあそうさ。
  大昔から、キミの言っていることは
  何一つ変わりゃしない」

 フローゲルがため息混じりに言いました。
 しかしフエスは、もう冷静さを取り戻し、
 なまりの声で重々しく告げます。

 「フローゲル、そしてハル。
  はっきり言おう、
  わがはいはキミたちが違反者だと、
  確信している。
  フローゲルしか知り得ない、
  〈第1条の破条〉が何よりの証拠!
  だが、その理由も分かっているつもりだ。
  だからこそ、先日は警告に留めた。

  ハル、
  一生の半ばにも足りぬまま、
  突然ユーレイになってしまったキミは
  さぞかし無念だろう。
  家族に会いたい気持ちは当然のこと。
  運悪く【導き手】に恵まれず、
  無知な違反者となってしまったのだろう」

 「フローゲルは最高の導き手です!」

 フエスのあまりの言い様に、
 ハルが強く反論しました。

 ですが、フエスは気に留めること無く、
 今度はフローゲルに向かって話します。

 「そして、フローゲル。
  キミは、わがはいが導いた中で、
  最も不幸なユーレイだった。
  何しろ、
  家族に関わる記憶だけでなく、
  自分が人間だった時の名前すら、
  失くしてしまっていたのだから。
  しかし、それでもキミは努力を重ね、
  500年前にはついにわがはいと共に、
  最高の裁判官と讃えられるまでになった」

  「えっ!!」

 ハルが大きく驚きの声をあげました。
 フローゲルは何も言いません。
 フエスは、話し続けます。

 「その後、
  なぜか突然、裁判官をやめた。
  そして人間の世界に入り浸って、
  気ままな行動ばかり取るようになったが、
  輝かしい功績は今も残っている。

  だからそれに免じて、一度だけ、
  キミ達の違反を見逃そう」

  「本当ですか!」

 裁判官の意外な言葉に、
 ハルは再び驚き、喜びました。
  
 しかし、続くフエスの声がハルを
 冷たく重く包みます。
 
 「今夜以降、
  一度もエモ君に接触しなければ、だ」

 「あっ・・・」

 「当然だろう?
  ハル、キミはあとひと月もしないうちに
  〈ユーレイのきまり第49条〉に従い、
  完全なユーレイとなって、
  ユーレイの世界へ行けるんだ。

  完全なユーレイになれば、
  ユーレイの世界で友や役割を持てるし、
  人間の世界に再び来ることもできる。
  ユーレイ体の強度も増し風にも負けない。
  今度こそ自由に、
  愛する者達を見守ることができるんだぞ?   
  後は、ユーレイとしての徳を積みながら、
  彼らが来るのを待てばいい。
 
  エモ君のことは心配だが、
  必ず、時間が解決してくれる。
  あんなに幼い子が、
  【死】を真に理解し克服するのには本来、
  一生に値する膨大な時間が必要だよ」

 ハルはもう、何も言えずに、
 がっくりとうなだれたようでした。
 フローゲルも沈黙しています。
 
 再びとっぷうが、
 フエスの周りで渦巻き始めました。

  「ハル、
  キミが上手く飛べるようになったら、
  さっさと、そいつの中から出た方がいい。
  そいつは決して、
  キミを正しい方へは導かないから。
  そしてフローゲル、
  きさまがどんなに<古いきまり>を
  使おうが無駄だぞ。
  わがはいの知らないきまりは、もうない。
  あの時とは違う・・・。
  きさまには二度と、
  出し抜かれなはしない・・!」

 そう言い残すと
 とっぷうをマントのようにまとい、
 裁判官は飛び去っていきました。

 夜空には、何日か前と同じように、
 しばらく沈黙の時が流れました。
 いつのまにか夜の闇はずいぶん濃くなって、
 三日月がそれをうっすらと照らしています。

 「・・・ボクは、
  どうやらとんだマヌケだったらしいな。
  まさか<涙に映りこめる>ユーレイが、
  いなくなっていたなんてね。
  この数百年間、
  ユーレイの世界から離れていたツケかな。
  まったく、確かに不出来な導き手だ。
  フエスの言うことにも一理有る」

 濃厚となった闇の中、
 フローゲルが淡々とぼやきました。
 でも、夜空にこぼれかけたその声を、
 ハルが優しく拾いあげます。

 「私はあなたに、
  とてもとても、助けてもらいましたよ。
  もしあなたと出会わなければ、
  私はやり場のない後悔と悔しさに
  押しつぶされながら、
  訳もわからずに空を漂っていたでしょう」

 それを聞いたフローゲルは、
 くすぐったそうに、ふるるっと震えました。

 「ふふふっ。
 【新米ユーレイ】なんて
  もう何百年も出会ってなかったから、
  ハルを見つけた時はびっくりしたよ。
  それに、
  新米ユーレイを〈しまう〉のも
  久しぶりだったから、しばらくは、
  しまい方を思い出せなかったんだ」

 しまうと、フローゲルは言いました。
 ということは、まさか・・・。

  「あなたの中で守ってもらったおかげで、
   私は風に飛ばされることなく、
   想像さえできない方法でエモに会えた。
   だから・・・」

 フローゲルに答えたハルの声を
 もう一度、よくよく探してみると・・・。
 あっ!
 なんとハルの声はフローゲルから
 聞こえてくるではありませんか!

 道理で、夜空を見渡しても
 見つからなかったはずです。
 ハルは、フローゲルの中にいたのですから!
 
 ハルが続けて話します。

 「だから、
  私はあなたに会えて本当に良かった。
  できたら最後まであなたに導いて欲しい。
  でも、これ以上フエスの警告を無視すれば、
  フローゲルまで罰を受けるでしょう・・・。
  これ以上、迷惑はかけられません」

 いつも通り朗らかなハルの声でしたが、
 最後の方には寂しさと悔しさが
 にじんでいました。
 フローゲルは静かに答えます。

 「・・・ユーレイには、
  ユーレイの〈きまり〉がある。
  〈古いユーレイは
  新しいユーレイを守り導く義務がある〉 
  迷惑なんて思っちゃいない、
  最後まで、僕は君と一緒にいるよ。
  今はまだアイツを
  出し抜く方法は見つからないけど、
    一緒に、何ができるかを考えよう」

 「!!・・・ありがとう、フローゲル!」

 ハルが心からのお礼を言うと、
 フローゲルはまた、
 くすぐったそうに震えながら答えます。

 「お礼なんてやめてくれないか、
  まだ、キミの望みを叶えたわけじゃない。
  それに、実に面白い暇つぶしになった。
  ボクには、見守る人もいないから、
  ここ数百年、時間を持て余していたんだ。
  ・・・もっともフエスの言う通り、
  見守る人なんて言っても、
  名前どころか、
  どんな顔でどこにいたのかさえ、
  全く覚えていないけどね・・・。

  必死で努力して裁判官になったのも、
  失ったものを自分で探す為さ。
  でも、裁判官になってから随分と、
  ユーレイと人間の世界を見て回ったけど、
  何の手がかりも無かった。
  もしかしたら最初から、
  ボクが探しているものなんて
  無かったのかもしれないけど、
  それさえも、分からないんだ」

 その声は、冬に聞く風鈴の音のように、
 からからと空しく響きました。
 全てを失くしてしまったという
 このユーレイは、
 きっと何千万回もこうやって、
 自分の記憶を探しては迷い、
 そして落胆してきたのでしょう。

 でも・・・フローゲルはほんとうに、
 自分や大切な人たちのことを、
 完全に失くしてしまったのでしょうか?

 「・・・それは違うんじゃないかな?」

 ハルは、思わず小さくつぶやきました。
 なぜなら、
 何日間もフローゲルの中にいたハルは、
 その奥底にほんの少しだけ、
 何かのかけらを感じていたからです。
 
 ハルがそれをもう一度確かめようとした時、
 小さすぎたつぶやきには気付かずに、
 フローゲルが聞きました。 

 「ねえ、ハル。
  シツモンしてもいいかな?」

 フローゲルのこころの奥底に、
 意識を向け始めながらハルが答えます。

  「・・・もちろん、かまいませんよ」

 「キミはどうして、きまりを破ってまで、
  エモと話すことを選んだんだい?
  きまりを破ったらどうなるか、
  キミには一番最初に教えたはずだ」

 そのシツモンでハルの意識は、
 フローゲルのこころから離れました。
 ハルは自分で自分を確かめ直すように、
 ゆっくりと答えます。

 「・・・ええ、覚えていますよ。
  もし、きまりを破ったら、
  私はユーレイの世界に閉じ込められ、
  1000年間、人間の世界と行き来することは
  できなくなる。そうでしょう?」

  フローゲルは、シツモンを続けます。

 「・・・そう、そしてそれは、
  キミは二度と、
  笑ったり泣いたりしながら懸命に生きる、
  キミの大切な人たちの姿を見ることが
  できないということだ。
  それも?」

  「もちろん、わかっています」

  「・・・じゃあ、どうして?」

  「私の想いを、
  エモやハナちゃんに伝えたい。
  ただそう思ったんです。
  そしてエモには解って欲しかった。
  パパが死んでしまったこと、
  もう帰れないこと、
  それでも前を向いて生きて欲しいことを。
  フエスは、
  一生をかけて!なんて言っていたけど。  
  それは私が子供だった頃、
  一番教えて欲しかったことだから・・・」

 ハルは先ほど同じく、自分の心を
 確かめるようにゆっくりと答えましたが、
 今度は自分自身の奥底から、
 抑えきれない感情が湧きおこってくるのも
 感じていました。
 それでも、フローゲルはシツモンを重ねます。

 「それは、
  本当に今でなくちゃいけないのかい?
  エモが早急に【死】に出会い苦しんでも、
  人間界での家族の姿を見ることが
  できなくなっても、キミは平気なのかい?」

 そのシツモンに、
 ハルの心はぐらぐら揺さぶられて・・・。
 そして、
 ついにハルのこころは、
 沸騰して溢れだしました・・・!

 「・・・平気なはずないじゃないですか!
  私は、彼らのことを心から愛していた。
  平気なはずがない!!
  今だって、悲しくって苦しくって、
  どうにかなりそうだ!

  ハナちゃんは、
  どんな素敵なおばあちゃんになるんだろう、
  エモは、どんな大人になって、
  どんなパパになるんだろうって・・・。
  彼らの一生を空から穏やかに
  見守りたいって、何度思ったか!

  だけど! だけど・・・、
  それでも、伝えたかったのです!
  伝えきれなかった自分の想いを、
  【時間や誰か】に脚色されないうちに
  どうしても今、伝えたかった・・・」

 ハルからあふれた想いは大波になって、
 夜空を満たしていきます。

 フローゲルは、
 自分の内側から噴き出す想いを
 ひとつ残らず聴こうとしているかのように、
 しばらくの間、
 その波に身をゆだねていました。

 そして、大波がさざ波に変わる頃、
 フローゲルが静かに話し始めます。

 「・・・ごめんよ、ハル。
  どうやらボクは、
  とてもくだらないシツモンをしたようだ。
  でも、本当に解らないんだ。
  キミがどうしてそこまで彼らを想い、
  犠牲を払ってでも何かを伝えたいのか。
  やっぱりボクには、記憶だけじゃなく、
  感情のかけらも残っていないみたいだ」

 その声には、
 計り知れないほどの
 寂しさと苦しみが積もっていました。

 しかしこのユーレイは、
 そんな自分の感情すら
 理解していないようなのです。
 そのことに、ハルはとても驚きました。

 『そうか・・・、フローゲルは、
  寂しくても苦しくても、
  自分の感情でさえ
  上手にすくうことができないのか・・・。
  いや、その方法も失くしてしまったんだ。
  でも、じゃあアレはいったい・・・』

 ハルは、思いがけずあふれて、
 散らばった自分の感情を整えるように
 ふるふるふる~っと大きく震えたあと、
 もう一度、深く深く、
 フローゲルの奥底に意識を向けました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・      

 エモとママ3

 
 エモが目覚めた時、外はもう明るく、
 エモはひとりで布団で寝ていました。
 起き上がろうとしましたが、
 上手く力が入りません。

 そうして、エモがもぞもぞしていると、
 ママが縁側の方からひょいと顔を出しました。

 「エモ、起きた?
  ちょっとこっちに来て!」
 
 それ以上は何も言わず、
 ママの顔はまた引っ込みます。

 でもママの声で、
 エモの体には力が戻ったようです。
 エモが起き上がると、溜まっていた涙も
 いっせいに流れ出しました。

 エモは悪夢をふりはらうように
 ぱっと立ちあがると、
 涙もふかずにママのところへ
 走っていきました。

 「・・・ママ!」

 エモが縁側を覗きこむと、
 ママが待っていました。

 「さあ、エモ。そこに座って!」

 ママの声は、
 パパがいたころみたいに元気です。
 ぼくのために頑張っているんだと
 エモには分かりましたが、
 それでもエモはとっても嬉しくなって、
 ちょこんと縁側に座りました。

 「ママ、何するの?」

 エモのシツモンに、
 ママが爽やかに答えます。

 「エモの髪、切るの」

 よく見れば確かにママの手には、
 ハサミ と くし が見えました。
 
 エモには理由が
 さっぱり分かりませんでしたが、
 元気そうなママをまだ見ていたかったので
 何も言いませんでした。

 ちょきちょき さらっ
 ちょき さら ちょき

 真夏の縁側にしばらくの間、
 軽快なハサミの音と、
 くしが髪をなでる音が響きます。

  「ねえ、エモ」

 器用にエモの髪をカットしながら、
 ママがエモに声をかけました。
 
 「なぁに?ママ?」

  「ごめんね」

 思いがけないママの言葉にエモは、
 心底不思議そうに聞き返します。

 「どうして、ママがあやまるの?」
 
 「ママが、ここんとこずっと、
   エモのママじゃなかったから。
   エモのママに、なれなかったから。
   だから、ごめん・・・」

 ママは泣きそうな声でそう言いましたが、
 エモはやっぱり不思議そうです。

 「ママは、ずっと一緒だったよ?」

 そんなエモの様子が、
 かわいくって、愛しくって・・・、
 今にも泣きだしそうだったママの顔に
 自然と笑顔がうかびます。

 「・・・ふふふ、そうね。
  エモはずっと、ママと一緒だったもんね」

 エモの方からは、
 後ろのママの顔は見えませんでしたが、

 『何だかママは、
  笑いながら泣いているみたい』

 エモはそう感じていました。

 「・・・ママ、パパに会いたい?」

 エモの口から自然と、
 答えが決まっているシツモンがこぼれました。
 ママは、少しの間黙ったあと、
 エモを後ろから抱きしめてそっと答えます。

 「うん、会いたい・・・」

 その声は、
 エモが今まで聞いたことがないくらい、
 大きな大きな、寂しさでいっぱいでした。
 でも、声と一緒にあふれた涙と感情は、
 ママの心もまた、
 ゆっくりと動き出したことを告げる、
 鐘のようにも聞こえました。

 『もういちど、フローゲルにあおう』

 その鐘の音を体全部で感じたエモは、
 ひとつの迷いなく、そう思ったのです。

 ・・・けれどその夜、
 エモがいくら三日月が輝く夜空を
 見上げて待っていても、
 フローゲルは現れませんでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜のすきま5


 「ハル、ハル! もう、出てきてよ!」

 エモが見上げていた星空の上空では、
 懸命な風鈴の声が響いていました。
 フローゲルの中にいるはずのハルが、
 昨日の夜からちっとも、
 声も気配も見せないのです。
 
 「ハル、エモがまたエンガワに来て、
  ずっと待ってる!
  扉も開いているんだよ!
  それに、
  フエスを出し抜く方法もひとつ
  思いついたんだ!」

 しかし、
 フローゲルのこころの中に
 奥深く沈み過ぎてしまったのか、
 ハルは何の反応も示しません。

 「ハル!」

 フローゲルがもう一度、
 自分の内側に向かって呼びかけました。

 「・・・?」

 どこか遠くで呼ばれた気がして、
 ハルは一時耳を澄ませました。
 でも、小さすぎてよくわかりません。

 「まいったな、
  深く入り過ぎてしまったのかも・・・」

 ハルは、
 フローゲルのこころの奥底にいました。

 何かのかけらを追って
 自ら奥底に潜ったハルでしたが、
 枯れ果てた砂漠のようなこころの底は
 想像以上に広く、
 ハルはすっかり迷ってしまったのです。

 「いったいどこにあるんだろう?
  表層にいた時は、
  確かに感じることができたのに・・・。
  これじゃ人間だった時と同じだ、
  フローゲルにまで方向音痴だって
  思われてしまう・・・」

 そうつぶやきながら、
 ハルは歩を進めていきます。

 フローゲルのこころの中では、
 ハルは人間だったころの姿をしていて、
 人間だった時と同じように歩くことが
 できました。

 自分で歩く感覚が嬉しくって、
 最初は跳んだり跳ねたりしていたハルも
 今は、一歩一歩、
 踏みしめるように歩いていました。
 
 『このままエモとハナちゃんのところへ
  帰れたらいいのに・・・』

 そんな思いがふと浮かびました。
 そう思ってしまう程、
 フローゲルのこころの中のハルは、
 人間として生きていた頃とおんなじ
 だったのです。

 ですが・・・、それが叶わないことも、
 ハルはやっぱり知っていました。
 
 『全ての生物は、
  死という引力から逃げることはできない。
  死んでしまった今、
  何よりも確かにそれが分かる。
  でも・・・、
  それがどうしようもなく悔しい・・・!
  どうして私は死んでしまったんだ・・・!』

 何の目印もない砂の世界をさ迷ううち、
 昨日の夜、
 フローゲルが掻き乱したハルの感情が、
 再びふつふつと沸騰を始めていました。

 そして、そのうちにハルの体は、
 フローゲルのこころに積もった砂の中に
 少しずつ沈み始めていったのです。

 それでも、ハルは気付かず、
 自問自答を続けました。

 『どうして、人は死ぬのだろう?
  フローゲルの言う通り、
  世界がいのちであふれてしまうから?
 
  死を恐れ、必死で抗おうとするうち、
  人は進化してきた。
  前の世代が脈々と作り上げてきたものを、
  時には壊し、時にはあぐらをかいて、
  次の世代が継ぎ深化し進歩していく。

  人が死ぬのは結局、
  変化し続けることで種を絶やさない為?
  生き物としてはひ弱なだからこそ、
  限られた一生を懸命に生きる為?

  ・・・でも、
  1人1人はそんなことなど考えない。
  人はいつだって、
  自分と、自分の周りの人しか愛せない。
  私たちは、自分と周りの人たちの
  幸せの為に生きている。
  だけど・・・。
  私は、彼らに何か残せただろうか?』
 
 ついに、ハルの体は完全に沈み、
 フローゲルのこころの砂が全身を覆いました。

 砂の一粒一粒から、
 フローゲルの後悔や苦しみがにじみでて、
 救いを求めるように、
 じっとりと集まってきました。

 水気を纏った重たい砂粒は、
 ハルのこころさえ押し包もうとしますが
 ハルは前に進もうともがいていました。

 砂の中、ハルが思い出すのは、
 大好きだった人たちの顔。
 でも、何故だかハナちゃんもエモも、
 皆泣いています。

 そして、その泣き顔に、
 悲しむ術さえ失くしてただ震える、
 フローゲルの姿が重なりました。

 ハルは自らのこころを、
 芯から奮い立たせて叫びます。

 『ダメだ!
  まだ私は、誰にも何も伝えていない!
  なんにも残せていないじゃないかっ!!』

 ハルの強い想いと強い言葉は、
 朝陽のように砂の世界を照らしました・・!

 カラカラカラ さらさらさら

 やがて聞こえてきたのは、
 砂たちが奏でる気持ち良さそうな
 音、オト、おと。

 朗らかに乾いた砂はハルを支えきれず、
 ハルの体は一気に、急降下しました。
 そして、
 フローゲルのこころの底の底に着いた
 ハルの目の前には、
 星くずのような小さなかけらが
 無造作に転がっていました。

 冬のように冷たい周囲にあって、
 そこだけ、ほんのり温いのです。
 ハルがかけらに近づくと、
 幾つかの顔が見えました。

 エモよりも少し大きい女の子。
 長い髪の優しそうな女性。
 そして、
 軽やかな笑い声をあげる大柄な男性。

 どの顔も幸せそうだとハルは感じましたが、
 不思議なことにそれぞれの顔立ちは、
 ぼんやりとしか見えません。

 『やあ、お客さんかい?』

 突然、男性に話しかけられたので
 ハルはびっくりしてしまいました!

 いつのまにか、
 ハルはかけらの中にいたのです。

 そこは、小高い丘の上でした。
 気持ちの良い風が、
 ハルを通り抜けていきます。
 ハルの目の前には
 平屋の白い家が建っていて、
 その庭に、男性と彼の家族がいました。
 
 『あなた・・・、
  あなたは、フローゲル?』
 
 ハルが聞くと、男性は首をふります。

 『いいや、俺の名前は●●●だ。
  キミは?』

 男性の声は、
 肝心なところだけ
 塗りつぶされたように聞こえません。

 『・・・私は、ハル。
  あなた達は、ずっとここに?』

 『そうだよ。
  ちょっぴり寒いけど、いいところさ。
  何より、家族が一緒だからね』

 その言葉に、
 女性と女の子が嬉しそうに笑いました。

 『たまに俺の両親や、
  友人たちも遊びにくるんだよ』

 男性が続けてそう言うと、
 ハルの周りが賑やかになってきました。
 見渡すと、
 いつのまにか何人かの人たちが、
 男性と家族を囲むように集まってきて、
 皆、心地よさそうに笑い、
 優しい言葉を交わしています。

 『やっぱりフローゲルの奥底には、
  古い古い、
  記憶と感情のかけらが眠っていた!
  かけらの周りはすっかり
  冷えきってしまっているけれど、
  かけらは有る。
  確かにここに有るんだ』

 しっかりとそれを確かめたハルは、
 心の中で大きく頷き
 自然とフローゲルに声をかけました。

  「失くしてなんかいませんよ」

 自分の言葉と共にハルの体は更に、
 底に底に引っ張られていきました。
 らせんの渦が、
 ハルをどこかに運んでいきます。

 「なんだって?」

 突然、体の中から聞こえてきたハルの声に、
 フローゲルは驚きましたが、
 それ以上に、ハルの言葉の意味が
 分かりませんでした。

 ハルは、らせんの渦に乗って
 ぐるぐる回りながら話し続けます。

 「失くしてなんかいない、
  そう言ったんです!」

 「いったい
  何の話をしているんだい・・!?」

 フローゲルにはやっぱり意味がわかりません。
 それにハルの声は、
 確かに自分の中から聞こえるのに
 まだその気配は無いのです。

 「大事な話です!
  どうしてフローゲルは、
  私の願いを聞いてくれたんです?
  ただの暇つぶしですか?」

 「え?・・うーん・・何でかな?
  確かに退屈だったし、
  久しぶりに面白そうだと思った。
  でも、それだけじゃないなぁ・・・。
  う~ん・・・理由は分からないけど、
  キミが言ったことはとても正しい、
  そんな気がしたんだ」

 ハルの力強い声に押されたように
 フローゲルは答えますが、
 自分でもよく分からないようでした。

 「ふふふっ。
  私には、その理由が分かりましたよ。
  あなたが私を助けてくれるのは・・・、
  おんなじだから です」

 ハルはどんどん加速する渦の中、
 愉快そうに答えました。

 「おんなじ??」

 フローゲルは、
 言葉を覚えたばかりの子供のように
 きょとんと反復するだけ。

 そんなフローゲルにハルは、
 贈り物を手渡すみたいに優しく言いました。

 「誰よりも多くの【大事なもの】
  を失ったあなただからこそ、
  誰よりも!
  大事なものを失った者と
  【おんなじ】になれるのではないですか?
  だから、きまりを破ってでも、
  私の望みを叶えようとしてくれた。

  こころの奥底で
  ひっそり眠っていた古いかけらが、
     あなたの記憶と感情のかけらが、
  あなたが大事なものたちに囲まれていた
  という確かな証拠です!」

 その声の優しさとは裏腹に、
 ハルが乗るらせんは激しさを増し、
 ついにはひとつの点に収束していきます。

 「かけら・・・、
  ボクの記憶と感情のかけら・・・?
  それは、本当にボクの中にあるのかい?」

 ようやく、
 ハルの言いたいことが分かってきた
 フローゲルですが、
 自分に何か残っているなんて
 とても信じられない様子です。

 けれどハルは自信を失うことなく、
 フローゲルの心の奥底にあった
 かけらを思い出しながら、
 大事に言葉を紡いでいきます。

 「そうです!
  かけら の中で、
  人間だったあなたを見つけました!
  あなただけじゃない、
  あなたの家族も、友人たちもいた!
  皆、とっても楽しそうでしたよ。
  だから・・・!
  例え、顔を忘れても、名を呼べなくても、
  あなたを愛していた人たちと
  あなたが皆を愛していたその想いは、
  ちゃ~んと、
  あなたの中にありますよ、フローゲル!
  だから、あなたは優しいんだ。
  あなたのこころを歩いた私には、
  それがよく分かるんです!」

 その声は、まるで春の太陽みたいでした。
 そして、ハルを乗せたらせんは点を抜け、
  再び、大きく孤を描き始めます。

 「そうかな・・・そんなことは、
  考えたこともなかった・・・」

 フローゲルの風鈴の声は
 やはり訳がわからない様子でしたが、
 その体に浮かんでは消える金銀のあぶくは、
 その輝きを増しているように見えました。

 やわらかな太陽に照らされた
 こころの奥底で、
 眠ってた古い古いひとかけらが、
 わずかに目覚め始めたのかもしれません。

 そして、渦の回転がとうとう終わりました。
 底の底から始まり、途中で裏返ったらせんは、  
 ついにフローゲルの表層に辿り着いたのです。

 フローゲルには自分の中に再び、
 ハルの存在が戻ってきたのが分かりました。
 

 「ただいま、フローゲル!」

 「・・・おかえり、ハル」

 それからしばらくの間、
 ハルはフローゲルに、
 こころの中での出来事を話しました。

 フローゲルは、
 殺風景で冷え切っているという
 自分のこころの情景に苦笑し、
 自らの奥底にあるという、
 かけらに想いを馳せました。
 そして・・・夜が最も濃さを増した頃、
 フローゲルがハルに言います。

 「ハル、思い出したことがあるんだ。
  ひとつ、フエスがしらない〈きまり〉がある。
  それを使えばアイツの動きを止めることが
  できると思う・・・。
  ただ、フエスの言うとおり、
  今ならまだキミは、
  まともなユーレイになることもできる。
  キミは・・・」

 「やらせて下さい!フローゲル!
  エモは必ず答えに辿り着く、
  そして私の想いを受け止めてくれる。
  私はそう信じているんです!」

 フローゲルの言葉を最後まで待たず、
 ハルが力強く答えました。
 フローゲルはそれを待っていたかのように、
 愉快そうに震えます。

 「そう言うだろうと思った。
  なら明日の夜、
  もう一度エモのところへ飛ぼう」

 「はい!」

 その言葉を待っていたように、
 朝陽が夜の世界の淵から顔を出して
 1人で2人のユーレイを照らしました。

 その光に隠されて、
 ユーレイたちの姿は見えなくなりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜8  さいかい

 
 次の日の夜、
 エモは再び縁側にやってきていました。

 昨日、結局フローゲルは現れませんでしたが、
 エモは、絶対にもう一度会いたくて
 今夜も待っているのです。

 月は、昨夜よりやや細い三日月。
 蛙たちも、今よ盛りとばかりの大合唱を
 連夜続けています。
 フローゲルはやっぱり現れません。
 
 この夜も、
 昨日と同じように過ぎていってしまう
 かもしれない・・・。
 落胆と後悔で、
 エモの目に涙が浮かんだ時・・・!
 懐かしい光がまたたき、
 エモの前に逆さしずくのユーレイが
 現れました。

 エモはとっても嬉しくなり、
 すぐに、ひみつのシツモンを
 言いたくなりましたが我慢しました。
 何よりもまず、
 言いたいことがあったからです。

 「フローゲル、ごめんなさい!
  ぼく、またあした、ができなくって!」

 エモはそう言うと、
 ぴょこんとおじぎをしました。

 その姿にフローゲルの中でハルは、
 とっても誇らしい気持ちになりました。

 そんなハルの気持ちを微笑ましく思いつつ、
 フローゲルは、
 生まれて初めて【死】に出会ってなお、
 再び自分に会いに来たエモという人間に、
 初めて興味を持ちました。

 「いいんだよ、ボクも昨日の夜、
  キミに会いに来られなかったから、
  オアイコだ。   
  さあ、今夜のシツモンはなんだいエモ?」

 優しくフローゲルが許してくれたので、
 ほっとしたエモは、
 懐かしい じゅもん を唱えました。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふゃぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ!
  ユーレイのパパにあうことはできる?
  ボクとママは、もういっかい、
  パパとおはなししたいんだ!」

 フローゲルは、
 ハルの声に耳を澄ませながら答えます。

 「・・・それは皆おんなじだ。
  キミのパパだって・・・ボクだって」

 『ボクもだって?』
 
 フローゲルの意外な言葉に、
 今度はハルが耳を澄ませる番でした。

 今までハルの言葉を、
 そのままエモに伝えてくれていた
 フローゲルが初めて、
 自分の想いを言葉にしたのです。

 フローゲルは続けて話します。

 「家族にまた会いたい、
  伝えきれなかった想いを伝えたい!
  生きていた時のように、
  目を見て、ぬくもりに触れながら、
  話をしたい・・・。
  でもそれは、とてもとても難しい。
  前も言ったように、
  人間とユーレイはお腹と背中。
  もしもお腹に目がついてても、
  背中を見ることはできないだろう?
  だから、   
  キミやママが生きているうちに
  パパに会えるとしたら、
  それはただひとつ。
  ・・・キミたちのこころの中だけだ」

 「ぼくたちの、こころのなか?」

 「そう。
  よ~く探してごらん、エモ。
  キミやママだけじゃない、
  パパが出会った全ての人たちの中に
  今でもパパは、ちゃんといるんだから」

 久しぶりの眠気がエモを包みました。
 魔法の匂いがする眠気にあらがうように、
 エモは強く言います。

 「・・・こころじゃいやだよ!
  ボクもママも、
  パパといっしょにいたいんだ!」

 エモの気持ちが嬉しくて・・・でも、
 同時にとてもとても淋しくなったハルは、
 思わず言葉に詰まりました。

 そんなハルの想いをそっとなぞるように、
 フローゲルは優しく言います。

 「一緒だよ、エモ。
  人間はユーレイになる時、
  大好きだった人たちの元に
  自分のかけら を置いてくる」

 「かけら・・・?」

 「思い出、言葉、癖や仕草・・・。
  キミは、これから先、
  色々な時にパパのかけらに出会うだろう。
  それはキミの中に、
  ちゃんとパパがいるってこと。
  だから、キミとママとパパは、
  これからも、いつも一緒なんだ」

 フローゲルの言葉を、
 ハルは心地よく聞いていました。
 自分が上手く言葉にできなかった想いを、
 フローゲルに拾ってもらったような
 そんな気がしたのです。

 でも、最後までエモには
 どうしても解りませんでした。
 
 「そんなの、わかんない。
  そんなの、いっしょじゃないよ・・・」
 
 そうつぶやきながら
 寝床に戻ったエモの瞳は、  
 あっという間に閉じていきました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜のすきま6  ユーレイの世界


 フローゲルたちが再びエモと話した夜。

 フローゲルとハルが浮かぶ上空の、
 遥かさきっぽ、
 きらきらまたたく星の隙間。 

 そこに、ユーレイの世界はありました。
 世界のまんなかには広い草原があり、
 その周りには山や川も見えます。

 山や川の向こうはかすんで見えませんが、
 とんでもなく広いことだけは分かります。
 毎日生まれるユーレイたちが
 1000年もの時を過ごすのですから、
 果てなんて無い程広いのかもしれません。

 家らしきものは一軒もなく、
 ユーレイたちは、
 草のかげや、岩の下、水の中、山肌など
 好きな場所でくつろいでいます。
 その姿は、
 人間だったり、逆さしずくだったり、
 ミックスされていたりと様々。
 
 ユーレイにも仕事や役割がありますが、
 せかせか働いているユーレイなんて
 ほとんどいません。
 人間だったころ忙しくしていた分、
 のーんびりするのが
 ユーレイの大事な仕事のひとつなのです。

 そんな世界のある山の上に、
 煙突のような棒が幾つも立っていました。
 棒の先端からは様々な色の煙が出ていて、
 その煙の近くでは、
 何人かのユーレイたちが並んで浮かび
 何やら話しています。

 その中の一本、
 真っ白な煙が勢いよく出ている煙突に、
 フエスの姿がありました。
 白い煙の中浮かび上がるシルエットは、
 人間のかたちでしたが、
 まとったマントの色はやっぱり鉛色。

 黒灰色の裁判官は、
 煙の中でゆっくりと回転しながら、
 何かに耳を澄ますようにじっとしていました。 
 しかし、
 フエスの目が突然かっと開き、
 その口から重たすぎる声がもれ出します。

 「この音は・・・。
  東の宙域、涙にうつりこむ古いきまり。
  間違いない!
  わがはいがせっかくチャンスを
  与えたというのに・・・フローゲルめ!
  今度こそ、お前の思うようにはさせん! 」

 その声はいつにも増して重く、
 怒りに満ちていました。
 フエスは、煙突を飛び出すと、
 周囲の煙突に向かって声を張り上げます。

 「裁判官を集めろ!
  準備が整い次第、すぐに人間界へ行くぞ!」
 
 フエスの怒号に驚いたように、
 他の煙突からユーレイたちが出てきましたが、
 その中の1人が、困ったように答えます。

 「すぐには無理だよフエス。
  裁判官たちは今、
  ほとんど出てしまっている」

 「むむむ・・・!
  第1条違反だぞ?!
  しかも相手はあのフローゲルだ!
  全員揃わないと拘束できないんだ、
  早く、呼び戻せないのか?!」

 フエスが吠えましたが、
 今度は別のユーレイがのんびりと答えます。

 「それは無理だぁ。
  皆、てんで別の方角に行っちまってるもん。
  おめぇの話はわかったけど、
  【伝声管】を使っても数日かかるかもしれん。
  皆帰ってきたら順ぐりに伝えるから、
  おとなしく待っててくれ」

「ええい!
 どうしてお前たちはそう、
 のんびりしているんだっ!!」

 ひとり焦るフエスの言葉に、
 周りにいたユーレイたちが
 楽しそうに笑います。

 「何でのんびりかって?
  そりゃ、ワシたちがユーレイだからさぁ!」

 「わっはっはっは、その通り!」

 「いや~、フエスちゃんは相変わらず、
  マジメねぇ~!」

 あちらこちらから楽しそうな声が上がる中、
 フエスだけは悔しそうに叫びます。
 
 「待っていろよ、フローゲル!
  必ずわがはいが・・・」

 その頃。
 ユーレイの世界から、星の隙間を抜け、
 空のさきっぽを通り過ぎたそのむこう、
 遠く離れた空の上。

 「『わがはいが、お前を止めてやるぞ~』」

 まるでフエスの声が聞こえたみたいに、
 フローゲルが言いました。
 ハルが不思議そうに、聞き返します。

 「なんです、それは?」

 「フエスのヤツが今頃、
  きっとそう叫んでいるだろうと思ってね」

 フローゲルは愉快そうに、
 逆さしずくの体を震わせて答えました。
 ハルがこころの奥底で
 記憶と感情のかけらを見つけてから、
 フローゲルはよく笑うようになりました。

 「彼に気付かれたでしょうか?」

 ハルが今度は心配そうに聞きました。

 「今夜の破条で確実にね。
    ヤツのことだ、
  ボクたちが諦めるはずがないと思って
  ずっと耳を澄ませていただろうから」
 
 やっぱり愉快そうに話すフローゲルに、
 ハルが聞きます。

 「フエスは、今すぐ来ないのですか?」

  「正確には、来れないんだ。
   重大なきまり違反の場合は、
   裁判官が全員そろわないと、
   違反者を拘束することができない。

   裁判官は、フエスをいれて今は、
   全部で12体いるし、みんな忙しい。
   そう簡単にはそろわないだろう。
   来るとしたら3日後の、新月の夜だ」

 「そうですか・・・。
  では、チャンスはあと3回・・・」

 「その通り。
  フエス達の動きを止められるのは
  おそらく一度きりだから、
  新月を過ぎればチャンスはもう無い。
  エモは、答えにたどり着いて、
  涙をポケットにしまえるかな?」

 「そう、信じています・・・!」

 その、ピンと張ったクモの糸のような
 空中の会話は、
 空が明るくなるにつれて
 やがてひっそりと消えていきました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    

 エモとママ4

 
 次の日の朝。
 ママが起きた時、
 エモも目が覚めていましたが
 エモは寝たフリをしてしまいました。

 『ぼくだけが
  フローゲルにシツモンできたのに・・・。
  ぼくがもっとうまくシツモンできたら、
  なにかがおこったかもしれないのに』

 エモは、ママに合わせる顔が無い
 と思っていたのです。
 でも、その時、
 エモのお腹がかわいくぐ~っと鳴きました。

 悪夢の中で、
 白いかいじゅうをやっつけたエモですが、
 自分のお腹の虫には
 とても勝てそうにありません。
 エモは、しぶしぶ起き出しました。

 ちゃぶ台の前にちょこんと座って
 朝ごはんを食べながら、
 悔しそうに口をへの字に結んでいる
 エモを見て、とつぜんママが笑い出しました。

 「あらエモ、その顔! パパそっくり!」

 ママはそう言って、
 お化粧するときに使う鏡を
 エモの前に置いてくれました。

 エモが、鏡をのぞくと・・・。

 「あっ」

 鏡の中に懐かしい顔が見えた気がして、
 エモは声を上げました。
 エモがわがままを言った時や、
 ママが風邪を引いた時に見た、パパの顔です!

 ・・・でも、エモが手を伸ばすと、
 それはあっというまに消えて、
 映っているのはむくれた顔の男の子だけ。

 「パパ、いなくなっちゃった・・・。」

 無念そうなエモに、ママが優しく答えます。

 「大丈夫、消えてなんかいないわ。
  エモは、赤ちゃんの時から、
  パパ似だって言われてたんだから!
  ふふふ・・・やっと見つけた。
  パパはエモの中にいたのねぇ・・・!」

 エモの頭の中に昨日の夜、
 フローゲルが言っていたことが
 ふっと浮かびました。

 「ぼくのかおは、パパのかけら・・・?
  じゃあママは?
  ママだってもってるでしょ?」

 エモのシツモンに、
 ママは困った顔をしました。

 「・・・分からないの。
  おばあちゃんの家に来てから、
  パパが近くにいる気がしたから・・・。
  ママは1人でずっと探してみたけど、
  見つからなかった」

 ママはそう言うと、
 淋しそうに鏡で自分の顔を見つめます。

 エモは、
 庭や縁側、畑の向こうまで足を運んでいた
 ママの姿を思い出しました。
 
 『そっか、
  やっぱりパパがみつからなくって、
  ママはなきそうなかおをしてたんだ・・・、
  ぼくとおんなじだね』

 エモもちょっぴり悲しくなって、
 鏡の中をのぞきました・・・ところが、
 今度はエモが笑う番でした。

 「どうしたの、エモ?」

 ママが不思議そうに尋ねると、
 エモは、にこにこしながら鏡の中のママを
 指差して言いました。

 「パパ、み~つけた!」

 ママは訳も分からず、もう一度、
 自分の姿を確かめました。
 すると・・・。

 「あっ!」

 ママは思わず声を上げました!
 鏡の中のママは、片手で頬杖をつき、
 指でほっぺをとんとん叩いています。
 でもそれは、
 パパが考えごとをしている時、
 昔からよくしていた癖にそっくりなのです!

 「ね、ママもおんなじでしょ?」
 
 と、エモが言いました。

 「・・・うん」

 ママは何とも言えず嬉しくて、
 ただ頷きました。

 それからエモとママは、
 鏡を見ながらパパのかけらを探しました。
 するとパパは、
 ちょっとした顔の表情や、
 交わす言葉の中に隠れているのです。

 でもそれは、
 自分では見つけることができません。
 エモに隠れている【パパのかけら】
 を見つけるのはいつもママで、
 ママに隠れている【パパのかけら】
 を見つけるのはいつもエモでした。

 「・・・パパは、ぼくと、ママと、
  いっしょにいるの?」

 幾つかのかけらを見つけたあと、
 エモは不思議そうに聞きました。

 「そうね・・!
  エモの顔は、パパの顔で、
  ママの癖は、パパの癖・・・。
  パパは全部いなくなってなんかない、
  今でも傍にいてくれてるんだね・・・。
  エモ、
  パパを見つけてくれて、ありがとう」

  ママはそう言うと、
  鏡の中で自分とエモの顔を
  交互に見つめながら、
  ずっと探していた宝物を見つけたように、
  こころから微笑みました。

 『ママがかけらをみつけてくれて、
  ぼくもパパをみつけた。
  パパはユーレイのせかいにいるのに、
  ぼくたちのそばにもいるの・・・?
  かおはみえないし、
  あそんでもくれないけど、
  こんないっしょもあるのかなあ?』

 ママの横でエモは、
 しばらく不思議に思っていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜9,10


 その夜、
 すっかり線の細くなった三日月の下。
 深い夜に包まれた縁側で、
 エモはフローゲルに尋ねました。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ・・・。
  パパは、
  ずっとユーレイのせかいにいるの?」

 フローゲルは静かに答えます。

 「そうだよ。
  完全なユーレイになったら、
  1000年間ユーレイの世界にいる。
  でも、
  人間の世界に遊びに行くことはできるよ。
  もちろんユーレイとしてだけどね。
  だから、
  もしも君のパパが会いに来たとしても、
  キミやママがその姿を見て、
  その声を聞くことは、できない」

 「そっか・・・。
  ぼくにはママがいて、
  ママにはぼくがいる・・・。
  テルばぁも、ともだちもいる。
  じゃあパパは?
  パパはひとりぼっち?
  ユーレイのパパは、さみしいのかな・・・」

 エモのつぶやきには答えず、
 フローゲルは優しくエモに言いました。

 「・・・おやすみ、エモ。また明日」

 
 次の夜、
 線みたいになった三日月の下。
 深い夜に包まれた縁側で、
 エモは一生懸命に言葉を探しながら、
 シツモンします。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ・・・。
  ユーレイは、パパやフローゲルは、
  さみしくないの?」

 そのシツモンに、
 フローゲルの中でハルの体が一瞬、
 強く震えました。
 それでもフローゲルは、
 ハルと自分の声を届けます。

 「・・・さみしいよ。
  好きな人達をもう、
  抱きしめてあげられないからね。
  だけど、
  好きな人達が泣いているのを
  ただ見つめるのは、もっとさみしいんだ」

 エモは、口を閉じたまま答えません・・・。
 いえ、
 その瞬間、フローゲルの声から体から、
 あふれた感情が重たくって、
 答えられなかったのです。

 エモは、
 やっとでおやすみだけを言うと、
 ママのところへ戻っていきました。

 そしてエモが眠りについた頃、
 星空を見下ろすいつもの上空で、
 フローゲルがそっとつぶやきました。

 「・・・ハル、思い出したよ。
  人間だった時のこと、ひとつだけだけど」

 「えっ!?」

 驚くハルに、
 フローゲルは慌ててつけ足しました。

 「いや違うんだ、
  誰かの顔でも、名前でも無いよ。
  でもきっと、
  大事なことだと思うんだ・・・」

 でもそれっきり。
 ハルがいくら尋ねても、
 フローゲルは教えてはくれませんでした。

 「だって、何だか恥ずかしいんだよ」

 そう言い訳をするフローゲルがおかしくって、
 ハルは笑いました。
 すると、あまりに楽しげな笑い声に、
 とうとうフローゲルも大声で笑い出します。

 フローゲルにとって、
 それは思い出すこともできない程
 久しぶりの出来事でしたが、
 自然にこみあげてきた感情に驚き、
 戸惑いながらも、
 力いっぱいフローゲルは笑いました。

 フタリのユーレイの笑い声に
 やがて星たちも心地よく踊り始め、
 きんきらと煌めいた夜空はその夜、
 この夏一番の輝きを見せたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最後の夜へ


 その朝、久しぶりにエモは、
 ぱっちり目覚めました。
 腹の虫が鳴き出さないうちに、
 急いで布団を飛び出ます。

 居間に行くと、
 ママとテルばぁが
 ごはんを食べているところでした。
 2人は、珍しく早く起きてきたエモに
 少しだけ驚いた顔をしましたが、
 すぐに、エモのごはんも準備してくれました。
 
 「パパは、
  ママの卵焼きが好きだったのよ」

 「んだんだ。
  ハル坊は、
  おめえの卵焼きと結婚しだんだもんな」

 「それだけじゃありません!」

 「あぁそうだった、
  ハル坊は、地図に強いおめえと
  結婚しだんだっけな」

 「もう、お母さん!
  それだけじゃないったら!
  ハルくんはね、私の・・・」

 先に食べ終わった2人が話し始めます。
 
 エモが髪を切ってもらった日から、
 普段の会話にもパパが
 よく出てくるようになりました。
 エモが知っていることもあったし、
 知らないこともありました。

 ママもエモも、たまにテルばぁも、
 パパの話をしながら泣いてしまいますが、
 笑いながら話すこともありました。

 「パパは、楽しかったのかな・・・。
  今、独りでさみしくないかな・・・」

 しばらくしてママがぽつりと
 つぶやいた言葉が、
 エモは何故だかとっても気になりました。

 そして、
 月がすっかり見えなくなったその夜。
 エモは、いつものように縁側に向かいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最後の夜1

 エモが縁側に出てきても、
 フローゲルとハルはまだ、
 遥か遥か上空に浮かんでいました。

 いつもなら、
 夜に包まれたエモの目に
 涙が浮かぶのを待つのですが、
 今夜彼らが待っているものは、
 もうひとつありました。

 やがて、
 縁側に座るエモの瞳が深い夜に中てられ、
 うっすら涙がにじみ出したころ。

 星空を見下ろす上空では
 今まで一番激しいとっぷうが、
 フローゲルとハルの周囲を取り囲みました。

 12個のとっぷうに乗ってやって来たのは、
 12体のユーレイ界の裁判官たち。
 その中心に堂々と浮かんでいるのは、
 もちろん、黒灰色の逆さしずく。

 フエスは、
 鉛のように重い声を響かせて、言います。

 「ここまでだ、フローゲル!そしてハル!
  キミたちがこれ以上きまりを破ることを、
  わがはいは、決して許さない!」

 「今夜だけでいいんです!
  どうか、エモと話をさせて下さい!
  彼はもう答えに近づいている!」

 ハルが、
 大げさなくら悲しそうな声で
 答えましたが、
 フエスは、聞く耳をもちません。

 「だまれハル!
  他のユーレイたちの多くは皆、
  残された親類縁者が悲しみにくれ、 
  しかし長い年月を経て
  死を受け入れる様子を見守りながら、
  ユーレイの世界でまた会えるのを
  待っているのだ!
  それがどうして、キサマだけ待てない!?
  しかも!
  きまりを破ったのが、
  まだ幼い未熟な人間の子供に
  死について語り諭す為だと?
  全く正気とは思えない!」

 「それは・・・、
  確かにその通りです・・・。
  エモには、
  つらい思いをさせたでしょう・・・。
  でも・・・!」

 フエスの激しい追及に、
 思わずハルは言葉につまりましたが、
 フローゲルの声がハルを助けます。

 「キミにはわからないよ、フエス。
  きまりは確かに大切だけど・・・、
  その日、その時、
  もっと大事なものだって確かにあるんだ」

 強い意志を秘めたフローゲルの言葉に、
 フエスが信じられないといった様子で
 言います。

 「・・・フローゲル、
  いったいどうしたというんだ?
  何だその声は・・・、何だその熱量は!
  
  かつて裁判官として、
  わがはいに比肩する働きをした時でさえ、
  そんな熱はみせなかったではないか!
  そして、500年前からおまえは、
  自分が失ったものにさえ
  興味を示さなくなっていた・・・。
  そのおまえが!」

 「おんなじ、だからさ」

 フローゲルは、さらりと答えます。

 「なんだと・・・?」

 「ハルが叶えたいことは、
  ボクが、本当に・・・本当に、
  叶えたかったことなんだ。
  ボクはやっぱり、
  大事だった人たちは元より、
  自分の名前さえ思い出せないけど・・・。

  言葉と想いを、伝えたい・・・!
  例え限られた時間だったとしても、
  キミ達に出会って、
  共に過ごせたことが本当に幸せだったと、
  家族や仲間たちに伝えたい。
  それだけは・・・その気持ちだけは、
  思い出したんだ・・・!!」

 その声は、風鈴と呼ぶには余りに力強く、
 夜空に響きました。
 フローゲルの計り知れない苦しみと悩み、
 そして、そのひとつの答えが、
 そこには込められていたのです。

 ハルは、
 その言葉ひとつひとつを
 心いっぱい吸い込むと、
 フローゲルの中で嬉しそうに震えました。

 「ばかな・・・きさまは確かに、
  何もかも失くしていたはず!
  わがはいがいくら知恵を尽くしても、
  ひとかけらの記憶も感情も、
  みつからなかったんだぞ?!
  この最高のユーレイである、
  わがはいが、だ!
  いったいどこに、
  そんな かけら が残っていたんだ!?」

 混乱と悔しさが詰まった唸り声に、
 フローゲルの中からハルが答えます。

 「こころの底ですよ、フエス。
  かけらは、フローゲルの奥底にあった。
  アナタも、
  力を尽くしたのかもしれないけれど・・・。
  それはほんとうに、
  フローゲルの為でしたか?
  もし、
  きまりや自分だけの信念に従って
  フローゲルを【調べて】いただけだったら、
  アナタには
  見つけることはできなかったでしょう」

 ハルの言葉が、
 フエスの心を更に激しく揺さぶりました。
 フエスは、その形が変わる程に、
 体を怒りで震わせます。

 「こざかしい事を言うな、ハル!
  未熟なユーレイに何がわかる・・・!
  それに、例え・・・、
  例えもしそうだったとしても・・・。
  ここから先の未来は、もう決まっている!
  貴様たちは今度こそ、
  わがはいが止めるのだ!!」

 すると、それが合図だったかのように、
 他の裁判官たちが動き始めました。
 色とりどりの声が、
 フローゲルとハルに降り注ぎます。

 「久しぶりだなぁ、フローゲル」

 「キミ達の気持ちは
  分からんではないが・・・。
  きまりは、きまりだ」

 「すまんが、拘束させてもらうぞ」

 「アナタたちを、
  ユーレイの世界へ連行します」

 口ぐちに喋りながら裁判官たちが、
 じわりじわりと包囲網をせばめてきました。

 ハルが、最後のねがいをこめて、叫びます。

 「お願いだ!フエス!
  今夜、もう一度だけ!」

 しかし、
 フエスはほんの少しのためらいもなく
 答えます。

 「わがはいに、懇願など無駄だ」

 そしてフエスは自らも包囲網に加わり、
 2人の違反者たちに迫ります。
 しかし、
 一気に緊張感が張り詰めた夜空を、
 ころころと軽やかな声が横切りました。

 「知っているよ、フエス。
  キミが、
  ボクたちの話を理解できないってこと。
  誰よりもね。

  そしてキミの言う通り、
  この先の未来は決まっている・・・。
  ユーレイには相応しくない表現だけど、
  キミたちはこれ以上、
  一歩たりとも動くことはできない」

 とっぴょうしもないフローゲルの言葉に、
 フエスと裁判官たちの動きが一瞬止まった
 その、瞬間。
 フローゲルが声高らかに、
 不思議なじゅもんを夜空に放ちました!

 「ポルファボール、ポルファボール、
  パラール・ティ・エンポ!!」

 その声と共にフローゲルの体が、
 一定のリズムで震え始めます。
 その振動は、
 力を帯びて躍動するリズムとなって、
 星空に浮かぶ13体のユーレイたちを
 包みこみました。

 そしてユーレイたちは一瞬で、
 まるで一枚の絵画に塗りこめられたように
 その場に縫いつけられてしまったのです!

「!! なんだ? 体が動かない!!」

「ありゃ、まいったねぇ」

「コイツはいったい、どうなっとるんだ??」

「何をしたんです、フローゲル?」

 裁判官たちが次々と驚きの声を上げる中、
 フエスがはっとして叫びました。

「まさか・・・、まだあるのか・・・?
 わがはいが知らないきまりが、
 まだあるというのかっ?!」

 フエスの叫びに、
 フローゲルがのんびりと答えます。

 「裁判官をしていたとき、
  古い古い書物でみつけたんだ。
  これは大昔、
  自称正しいユーレイたちが
  未熟なユーレイたちを【教育】する為、
  追いかけ回していたころに作られた。
  この〈きまり〉は、
  限定された宙域上にいる
  全てユーレイの、脈動を止める」

 「・・・ばかな、
  そのきまりなら知っているぞ!
  だがソレは、不良品だろう?
  とっくに使えなくなっているはずだ!」

 「そんなことはないさ。
  不完全なきまりだから使われることがなく、   
  皆忘れてしまっているだけ。
  唱えたものの動きさえ
  止めてしまう困ったきまりだけど、
  今こうしてキミ達の動きを止められた」

 フローゲルの最後の言葉で、
 焦りと屈辱に追いまわされていたフエスが
 息を吹き返します。

 「使用者の動きもだと・・・?
  ・・・はっはっは!
  まてよ、フローゲル。
  それではキサマも動けんのだな?!」

 「うん、まあね」

 フローゲルがあっさり認めたので、
 フエスは更に口撃をしかけようと
 なまり色の体を大きく膨らませました。

 しかし、それよりも早く、
 フローゲルが言います。

「この宙域で動けるのは、今、ハルだけだ」

「・・・なんだと?」

 再びフエスは凍りつき、うめきました。
 フローゲルが、
 たたみかけるように話します。

 「キミだって知っているだろう、フエス。
  ハルはまだ、
  生まれてから3週間しか経っていない。
  まだ、未熟なユーレイなんだよ?
  ユーレイの心臓である【脈動】だって、
  まだ不完全だ。
  不完全なものは、止めようがない」

 「くそっ!
  ・・・だがハルが動けても、
  結果は変わらん!
  不完全な体では地上へ降りるのさえ困難、
  ましてや古のきまりを使って、
  独りで涙に映りこむことなど不可能!
  もし、万が一があったとしても、
  あの幼子が死を吞み込めるはずがない!
  こんな短期間で魂の行く末を、
  死の意味を、
  理解できるはずがないんだ!
  
  ユーレイには、
  ユーレイの〈きまり〉がある・・・。
  〈正体を見破られたユーレイは、
   人間の世界から追放される〉

  結局お前は何も残せぬまま、
  息子に正体を見破られ、
  人間の世界からいなくなる!
  そして、このきまりが解けたら、
  フローゲルも連行する、
  貴様らの身勝手もそれで終わりだ!」

 「そうかもしれないね・・・でも、
  不完全だからこそ、できることもある。
  それにきっと、
  悔いだけは、残らないよ・・・!」
 
 力強いフローゲルの声に包まれて、
 フエスの悔しそうな叫び声は
 むなしく空に散っていきました。
 もはやフエスは力なくぶつぶつ呟くだけ。

 「さぁ、1人で飛べるかい?」
 
 そう言って、
 優しく震えたフローゲルの体から
 にじみ出るように、
 一回り小さな逆さしずくが現れました。

 フラフラ飛び始めた小さなユーレイは、
 体の輪郭もゆらゆら揺れて、
 まだ形も定まっていないように見えました。
 その中に見えるあぶくは、
 フローゲルの金銀と違いほのかな橙色。

 そして、小ぶりな逆さしずくが
 不器用に震えると、
 聞こえてきたのはひだまりの声。

 「ええ、何とか飛べますよフローゲル!
  あの、フローゲル、ほんとうに・・・」

 ついに1人で飛び立ったハルが、
 まだ ふらふわ 流れる体を何とか操ろうと
 もがきながら話しかけましたが、
 途端にバランスを失って夜風に流され、
 その声が途切れます。

 「ハル!!」

 動けないことも忘れ、
 フローゲルは思わず飛び出そうとしました!
 ・・・でも、ハルは、
 どうにか体勢を立て直したようです。

 ほっとした風鈴に、陽だまりがもう一度、
 心からの言葉を贈りました。

 「・・・ほんとうに、
  ほんとうにありがとう、フローゲル・・!」

 抱えきれない程、
 いっぱいの感謝が詰まったハルの言葉に
 フローゲルが照れくさそうに答えます。

 「こっちはあと数十分はもつだろう、
  さあ、最後の旅へ行っておいで。
  ・・・ボクも信じてるよハル。
  キミとエモなら、答えを見つけるってね」

 「はい! 行ってきます!」

 ハルは地上に向かって
 ゆっくり降りていきました。
 しかしその時!

 「無駄だぞ、ハル、フローゲル!!
  お前達には何もさせやしない!!」

 怒号と共に、フエスがハルに突進しました!
 フエスは何と、
 密かにフローゲルの使った〈きまり〉を
 破っていたのです!
 
 「何てヤツ!
  この破条まで知っているなんてッ!」

 一瞬遅れて、
 やはり密かに動きを取り戻していた
 フローゲルも飛びだしました。

 驚いて振り返ったハルに、
 まずフエスがぶつかり、
 続いてフローゲルがぶつかります!

 そして、呆然とする裁判官たちを残し、
 3体のユーレイたちは
 もみくちゃになりながら、
 地上に落ちていきました・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最後の夜2

 
 月がすっかり夜に溶けてしまった新月の夜。
 今夜は珍しく、蛙達の声が聞こえません。
 夏の終わりが近づいているのです。

 星空を背中にしょって、
 逆さしずくのユーレイが飛んでいました。
 飛ぶのが下手なのか時々フラフラしますが、
 その目標は変わりません。
 
 ユーレイが目指しているのは、
 小さなエモの、小さな瞳の中。
 そしてユーレイは、
 テルばぁの家の縁側に降りてきました。

 ゆっくりとエモに近づいたユーレイは、
 その顔をまじまじと見つめますが、
 もちろんエモは、全く見えていないように、
 夜空を見つめ続けています。

 『大きくなった・・・』

 ユーレイは思わずつぶやきました。
 昨日までに何度も見ていた姿でしたが、
 今夜は一回り大きく見えました。
 ユーレイはしばらくの間、
 エモを見つめ続けていましたが、
 やがて、
  
 『・・・ラグリマ、マリグラ』

 ユーレイは聞き慣れないじゅもんを呟くと、
 目いっぱい体を縮めて、
 うっすらと涙に覆われたエモの瞳に
 飛びこみました!

 きらっ!

 いつもの光がエモの瞳の奥でまたたいて、
 エモは一瞬目をつぶりました・・・。
 そして目を開けた時、目の前には、
 ふわふわ浮かぶ逆さしずくがひとつ。
  
 「こんばんわ、フローゲル!」

 「こんばんわ、エモ・・・元気かい?」

 「うん、ぼく、元気になったよ!」

 「そうか・・・。ママも元気?」

 「う~んと、
  ママは、いっぱいないてて、
  パパをずっとさがしてて、
  ちょっとだけ、
  ぼくのママじゃなくなった?
  みたいなんだけど・・・、
  でもすこしだけ、げんきになったんだよ!」

 「・・・そう、それは良かった。
  じゃあ、今夜はボクからシツモンするよ」

 ユーレイはそれから、
 エモの周りの人たち皆を気遣い、
 たくさんのシツモンをしました。

 エモは、ひとつひとつ答えながら、
 今夜のフローゲルは
 何だかいつもと違うと思っていました。
 それは、
 たくさんのシツモンだけではありません。

 ほんの少し風が吹いただけで
 やたらにフラフラするし、
 体の中で浮かんでは消えるあぶくの色も、
 そして風鈴みたいだった声も、
 今までとは違います。

 それでもエモは、尋ねました。

 「ぽるふぁぼーる、ぽるふぁぼーる、
  せかいのひみつをひとつだけ・・・。
  ユーレイも、なみだをながすの?」

 ユーレイは、静かに答えます。

 「ううん、ユーレイはへっちゃらさ。
  私達はユーレイになる時に、
  色々なものを置いてくる。
  涙も、そのひとつ。
  うんと軽くなくっちゃ、
  ふわふわ飛べないからね」

 陽だまりみたいな声とその言葉を、
 胸いっぱいにすいこんだエモは、
 心の底から、言いました。

 「ああ、よかった!
  じゃあパパもなかないんだ!」

 「!・・・うん、きっとね」

 短く返事をしたユーレイが、
 シツモンを返してきます。

 「エモは、まだパパに会いたいかい?」

 エモは少し困りましたが、
 答えはするっと口から出てきました。
 
 「うん、あいたい!
  でも・・・いまはやめる。
  ママやみんなが、
  もっとさみしいのはいやだから。
  ・・・ぼくがあいにいくまで、
  パパはまっていてくれるかな?」

 その声は、晴れ晴れとしていました。
 エモの答えをだまって聞いていた
 ユーレイが、ふるると震えて、
 とっても嬉しそうに答えました。

 「もちろん!待っていられるよ。
  ユーレイは、
  とってものんびりやさんだからね、
  ラクショーさ!」

 そのときエモは、
 あることに気づきました。

 「きみは、そんなにとうめいだった?」

 エモの言うとおりです!
 ユーレイの体は、
 今にも夜に溶けてしまいそうなくらい
 ぼやけて見えます。

 「キミの・・・、
  エモの涙が薄れてきたからさ。
  ユーレイにはユーレイの〈きまり〉がある。

 〈ユーレイは涙に染みこんで、
  その持ち主の瞳に映りこむ〉
 
  だから私はもう、
  エモの目には映らないんだ」

 そう言うユーレイの体は、
 伸びたり縮んだりしながら、
 その形を変えていきます。

 エモは慌てて、叫びました!

 「ぽるふぁぼーる! シツモンさせて!
  もうひとつだけ!」

 さっき、エモが気づいたのは、
 一つだけではありませんでした。
 目の前のユーレイが、
 あんまり急に透明になっていくので
 びっくりして聞いてしまったけど、
 ホントはエモは、
 もっと大事なことを
 聞くつもりだったのです・・・。

 陽だまりみたいな声に、懐かしい口癖・・・。

 なにより今日のユーレイは、
 誰よりもエモやママのことを知っていて、
 そして誰よりも、
 エモやママのことを想っていました。

 「・・・なんで、
  もっと早く会いに来てくれなかったの?」

 エモはそっと聞きました。

 ユーレイの体はいつのまにか、
 伸び縮みを止めていました。
 エモの目の前に浮かんでいるのは、
 逆さしずくではなく、
 優しそうにほほえむ男の人。

 「・・・僕はまだ上手く飛べなかったし、
  キミと話す方法も知らなかった。
  全部、フローゲルが教えてくれて、
  少しずつ練習していたんだ」

 エモは・・・パパに、
 最後のシツモンをしました。
 
 「きみは・・・パパは、
  しぬまで、たのしかった?」

 「・・・もちろんさ。
  だってパパの隣にはいつも、
  エモとママがいたんだから!」

 ハルはとびきりの笑顔と優しい声で、
 そう答えました。
 エモは、嬉しいような泣きたいような、
 不思議な気持ちで、パパを見つめます。  
 
 パパは静かに言います。

 「ユーレイには、
  ユーレイの〈きまり〉がある、

 〈正体を見破られたユーレイは、
  人間の世界からいなくなる〉」

 エモは何も言いません。
 パパはそんなエモを見つめ返して続けます。

 「フローゲルがエモと出会ってから毎日、
  夜が待ち遠しかった!
  本当につらい思いをさせて、ごめんよ。
  でも、強くなったねエモ!
  涙よりも・・・パパよりもね」

 そう言うとパパは、
 まるでエモを抱きしめるように
 隣に来て寄り添いました。

 「・・うん」

 パパユーレイの体は決して、
 エモに触れることはありませんでしたが、
 エモにはそのぬくもりさえ
 伝わってくるような気がしました。

 「ママを・・・、
  大事な大事なパパのもう一つの宝物を、
  頼むよエモ。
  パパはもうママを抱きしめられないから。
  エモ、ママに伝えてくれるかい?
  パパは・・・」

 一番最後の声は小さ過ぎて、
 静かな夜の縁側にさえ響きませんでしたが、
 エモにだけは聞こえたようです。
 エモに全てを伝え終えたパパは、
 そっとエモから離れました。
 
 その姿は、
 目を凝らさないと見えないほど
 かすれています。

 「ラクショーさ、パパ!
  ボクがママを、だきしめてあげる!
  だから、まっていてね!」

 背伸びをして、胸を張って。
 エモが大きな声で答えると、
 ハルはニカッと笑って・・・、
 そして夜に溶けていきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 旅立ち


 上空で、フローゲルは1人考えていました。
 自分のしたことは、なんだったのかを。

 脈動を止めるきまりは解けていましたが、
 地上の様子をうかがっていた裁判官たちは、
 ヒトリの新米ユーレイと、
 ユーレイの世界の元最高裁判官が起こした
 【事件】に驚き、口ぐちに話しています。

 「なんとまあ・・・」

 「こんな光景はみたことがないわ!」

 「いやーまさか、
  完全なユーレイもしまえるなんて!
  あの時のフエスのリアクションは、
  良かったねぇ」

 「まったくだ、おいフローゲル、
  後でやり方を教えてくれよ!
  判決に色をつけてやるからさ」

 「フエスを〈しまった〉だけでも、
  十分面白い見世物だったのに、
  結末はそれ以上だった・・・」

 「あの子の【理解の音】は、
  十分に合格点だったよ!」

 「こんなことが起こりうるなら、
  古いきまりや
  ユーレイと人間の関わり方さえも
  今一度見直す必要があるか・・・」

 「ハルの力も見逃せない。
  若くしてユーレイになる人間には、
  昔から、単なる不幸ではない、
  真の理由が有ると言われている」

 「・・・ああ。
  死は人間の終わりだが、
  ユーレイの始まりでもある。
  本人に何の過失無く
  早すぎる死が与えられる場合、
  ユーレイの世界がその人間を
  必要としている、ということ」

 「ハルはもしかしたら、
  ユーレイの世界の【まもりびと】
  になるのかもしれませんね。
  あの時のフローゲルのように・・・」

 「・・・フン!
  勝手なことばかり言いおって!
  荒唐無稽な議論の前に、
  さっさと戻ってハルを探して、
  フローゲルと共に裁判が先だ!」

 フエスだけが唸っていますが、
 その声はくぐもっていて聞こえません。
 ハルを追う道中で
 フローゲルになんと〈しまわれて〉、
 フローゲルの中にいるのです。

 裁判官たちはすっかり満足したようで、

 『ハルと一緒に、
  きちんと期日に出廷するように』

 とだけフローゲルに伝えると、
 フローゲルを拘束することもなく、
 とっぷうを身にまとって
 次々とユーレイの世界へ帰っていきました。

 フローゲルは裁判官たちのことも、
 〈しまっている〉フエスのことも構わず、
 考え続けています。

 『ボクはヒトリの新米ユーレイに出会い、
  彼の望みを叶えた、それだけのこと。
  ユーレイの〈きまり〉を幾つも破った彼は、
  ユーレイとしての自由を失い、
  もう二度と、
  彼の大事な人たちが生きている姿を
  見守れなくなってしまった。
  だけど・・・』

 フローゲルは、
 本当に姿が見えなくなったハルに向かって、
 話しかけました。

 「それでもキミは・・・、
  本当に大したユーレイだったよ。
  まだ未熟なユーレイでありながら、
  幼い人間の子どもと、
  何百年も迷子だったまぬけなユーレイに、
  理解と希望を贈ってのけたんだから・・・。 
  キミの声は確かに、エモに届いたよ。
  これから色んな人が、
  エモを通してキミに出会うだろう。
  だから、
  キミはこれからもずっと
  大事な人たちと一緒だ・・・!」

 そしてフローゲルは、
 不思議なじゅもんを唱えました。

 「プエルタ セクレタ アビエィルト」

 すると星と夜の隙間に、
 古めかしい扉が現れました!
 扉はひとりでにゆっくりと開いていきます。
 扉の向こう側には、
 ユーレイの世界の草原が見えました。

 「おい、いいかげん出せ!
  このまま行くつもりか?!
  それに今のじゅもんは何だ?
  貴様いったい、
  幾つ隠し玉を持っている?!
  おい、フローゲル!」

 フエスがまた騒ぎ始めましたが、
 フローゲルは全く気にすることなく、
  【扉】をくぐり、何百年かぶりに
 ユーレイの世界へ戻っていきました。

 むこうにいるはずのハルを見つけて、
 こう伝えるために。

 『エモたちがユーレイの世界に来るまで、
  ボクが彼らの代わりだ。
  ボクたちの想いと、
  涙と友だちになった勇敢な男の子の話を、
  胸を張って一緒に、裁判で伝えよう。
  裁判官も傍聴人もきっと釘付けさ!
  フエスが張り切るだろうけど、
  大丈夫、ボクがついてる。
  重い罪になんて問わせやしない。

  しばらく色々な【罪滅ぼし】を
  させられるだろうけど、
  ついでにユーレイの世界を案内するよ。
  とっても広いからざっと100年はかかる。
  【世界一周】が終わった頃には、
  ユーレイになったエモたちに会えるさ。
  どうだい?これなら、
  待つのなんてラクショーだろ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 夜明け


 エモは、まだ空を見上げていました。
 でもその瞳にはもう、涙はありません。

 「エモ?どこ?」

 今夜も、ママがエモを呼ぶ声がします。

 「トイレだよ、ママ!
  ぼく、もうひとりでもへいきなんだよ!」

 そう返事をすると、
 エモは元気よく走っていきました。
 短くなった髪がさらっと揺れます。
 
 「ねえ、ママ、ぼくパパにあったんだ!」

 ママのとなりに戻ったエモが、
 嬉しそうに言います。

 「あら、良い夢を見たのね」

 「ゆめじゃないよ、
  さっきまでえんがわにいたんだ。
  それでね、パパがいってたよ!
  ハナちゃん、ごめん、でも、
  とってもしあわせだったって。
  ユーレイのせかいで、まってるって!」

 エモは、パパがくれた最後の言葉を
 一生懸命ママに伝えました。

 「そう、それはとっても嬉しいわ。
  ・・・あれ?でもハナちゃんって・・・。
  エモの前で呼ばれたことがあったかしら?
  いつかハルくんが言ったのかな?」

 ママは、やっぱり夢だと
 思っているみたいでしたが、
 小さな息子の口から懐かしい呼び名を聞いて、 
 ちょっぴり不思議そうでもありました。

 「だから、
  パパからさっき、きいたんだってば!」

 「うん、わかってる。
  ママも夢で会いたいな・・・」

 そう言うと、
 ママはすぐに寝息を立てて寝てしまいました、 
 エモは口をとがらせて、つぶやきます。

 『もう、ママはしょうがないな・・・。
  でも、ぼくがだきしめてあげる。
  だってパパとやくそくしたんだから!』

 エモは、
 少しだけ大きくなった体をいっぱいに使って、
 そっとママの腕を抱きしめると、
 にっこり微笑んで目を閉じました・・・。
 
 真っ暗闇だった空はしずしずと、
 その色と姿を鮮やかに変えていきます。

 もうすぐ、夜が明けるのでしょう。

 完。

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