見出し画像

子どもが変わる瞬間①                    ぬいぐるみがA子を変えた

小学2年生のA子は、引っ込み思案で、寂しそうで、いつも教室の隅にいた。1年生の時も、友達がほとんどいなくて、クラスの前で話そうとすると、泣いてしまったことも多いらしい。


そんなA子と、私は休み時間に、鉄棒や、鬼ごっこで遊ぶようにしてみた。A子の寂しそうな感じが、どうしても気になっていたのだ。


一緒に遊んでみると、A子はよくしゃべる。

「えーっとね…それとね…」本当はA子だってしゃべりたいんだ。


私は、A子とクラスのほかの子とをまぜて遊ぶようにしてみた。慣れてくるうちに、ほかの子はA子にたくさん話しかけるようになった。


でも、A子は自分から話す事は難しかった。そんなA子が変わったのは、生活科の時間。

「みんなはいつもお家でどんな話してる?」


子供たちからは、あまりしてないと言う答えが返ってきた。理由を聞くと、ゲームや宿題をしているのもあるが、お家の人が忙しそうで、話しにくいのだそうだ。


そんな時どうしてるのと聞くと、どうもしないという声のほかに、ぬいぐるみとお話しているという声があった。


「ぬいぐるみと?」とつい反応すると、「あー、自分もそうだ」など、うなずく子が多くいた。私は子供たちに、次の生活科の時間の時に、ぬいぐるみ持ってきていいから、どんなこと話してるかやってみてとお願いをした。


次の生活科の時間ー。たくさんの子がぬいぐるみを持ってきた。実際にぬいぐるみとお話させると子供たちはいろいろな話をした。


今日履いていく靴は何色がいいか、今着た服は似合っているか、髪型は可愛く決まっているか。


それに、「まだママ忙しそうだね」とか「いつになったらママと話せるかな」とか「ママ今日怒ってるよね、何かあったの?」とか、ママに関する話題も話していた。


A子は、ぬいぐるみを持っていたけれど、自分から話すのをためらっていた。そんなA子に、近くにいた女の子がぬいぐるみで、A子のぬいぐるみに話しかけた。


「お名前なんていうの?仲良くしようよ」A子は戸惑っていた。私が「返事してみたら?」とを促すと、

A子は「うさちゃん」と答えた。うさぎのぬいぐるみだからうさちゃんになったらしい。


A子の「うさちゃん」を聞いた周りの子たちが、「うさちゃんよろしくー!」「うさちゃん、あっちにお散歩に行こう」などと、誘ってくれた。子供たちの力はすごい!


A子は、周りの子たちの誘いに乗って、お散歩に行ったり、ぬいぐるみを通してお話したりできるようになった。次の日以降も、ぬいぐるみ通してなら抵抗なく話せている。


1週間も経つと、A子は、ぬいぐるみなしでも、クラスの子と自然に話すことができるようになった。


A子は今までの話したくて貯めてた思いを全部発散するかのように、たくさんたくさん話しかけていた。ずっと我慢していたんだろう。そして、話せるようになったことがとっても嬉しかったんだろう。


A子はクラスの子に、得意な一輪車のこと、ママのこと、もうすぐ生まれそうな赤ちゃんのこと…うれしそうにたくさん話してくれた。


年が明けて、ひと月が経った頃、そんなA子が、しばらくするとまた黙り込んでしまった。そして今度は泣き出してしまった。


わけを聞くと、ママが出産を控え、A子

に構えなくなったとのことだった。クラスの子たちは、ぬいぐるみを使って、気を紛らわせようとしてくれたが、ダメだった。


A子は「お母さんはどうせ、私のことが嫌いになったんだ。だから、私のことなんか相手にしなくなったんだ」と言って泣いた。


そんなA子の状況を救ってくれたのが、はたまた生活科の時間であった。



生活科の時間に、生まれてから今までを振り返る活動する中で、小さい頃の写真や育児日記などを持ってきて、みんなで伝え合う活動している中で、ある子が叫んだ。


「A子ちゃんの育児日記すごいよ!こんなことあり得るの?全部書いてある!」


A子に許可をもらい、育児日記をみんなで確認する。その時もA子は泣いていた。内容を見ると、A子への関わりの記録が1分の抜けもなく、誕生から1歳まで全て埋まっていた。


パパとママが、A子の誕生から全て抜けなく、世話したのだろう。そんな育児日記、一体いくつあるのだろうか。


これだけで、パパとママの愛情をたっぷり受けて育ったことは、大人の私だけでなく、クラスの子たち、何より、A子に伝わった。


A子は、今まで以上に声を上げて泣いた。「お母さんは、私のことが嫌いじゃなかったんだ!私のことが大好きだったんだ!よかったぁ!」


それから、A子は変わった。何事も積極的になり、もう泣かなくなった。いつも明るく苦手な勉強にも積極的になった。


「私はお姉ちゃんになったんだ!何でもできないとかっこ悪いんだ!だからできるなるんだ!がんばるんだ!それとね…」


A子は、その続きを、そっと教えてくれた。

「私ね、産婦人科の先生になるの。私みたく、赤ちゃん生まれるときに、すごく不安になっちゃう子がいると思うの。だから、そういう子に大丈夫よと言える先生になるの」


ーその時のA子は、今年高校1年生になる。今でも、産婦人科医を目指しているそうだ。子供の時の「自分が変われた」経験は、その子の人生に大きなインパクトを残し、人生を大きく変えていく。


ぬいぐるみは、彼女の中に眠っていた可能性を引き出し、人生の方向まで変えていった。

私は今でも、彼女の夢を応援している。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?