見出し画像

春の甲斐路をひとり往く ~やまなし文学賞授賞式・珍道中<当日編> 3414字

予報どおり、授賞式当日は雨だった。

早めに朝食を済ませておこうとロビーに下りていく。
『城のホテル』の朝食バイキングはとても美味しかった。品数もめちゃめちゃあって、時節柄か小皿にひとつひとつ盛り付けられ、しかもすべてラップされている。さぞかし準備が大変なことだろう。
圧巻の美味しさの葡萄ジュースとほうとうがあるあたり、さすが山梨!と感心しきり。

カウンターに用意された品は膨大な数。味もよく素晴らしい朝食バイキングだった。

さて本日は正装なり。しかもすべての荷物+傘を差しての大移動。
この雨の中で丈の長いスカートは難儀だ。案の定、バスのステップで裾を踏んづけて、危うくすっ転びそうになる。

それでも何とか会場の山梨県立美術館に到着。
なんと関係者は無料で観覧できる隠れた大特典つきである。私が事前に美術館に行くと言ったら、事務局の方が手を回して下さったのだ。なんとありがたいお心遣いか。

そんなわけで午前中は美術館の観覧に充てる。前日編にも書いたとおり、ミレーのコレクションがお目当てだ。子供の頃、ミレーの『晩鐘』に強烈な印象を受けた私にとっては、まさに僥倖とも言うべき偶然。まさかこんな形で観ることができるとは思わなかった。
(注:残念ながら『晩鐘』はコレクションの中にはない)

期待に違わず、ミレーは素晴らしかった。
山梨は日本有数の農業生産県だ。大地に生きる農民の姿を描いたミレーへ深い敬愛と共感を抱くに何ら不思議はない。高解像度撮影による、肉眼では把握できないレベルでの鑑賞VTRもすごくよかった。
受賞をきっかけに、思わぬご褒美を頂いたような幸せな気分に浸る。

山梨県立美術館。1階はオープンスペース、2階がミレーを含むコレクションの展示室。

さて集合時間も近くなってきたので、いよいよ受付を済ませて会場となる講堂に入った。受賞にあたって多大なお手間をかけた事務局の方、取材をして下さった山梨日日新聞社の方とのご挨拶。

会場はごくシンプルな講堂だ。間を取って並べられたパイプ椅子に、コロナ禍の影響を微かに感じ取る。だが昨年までは中止だった授賞式が、とにかくも開催されたことは非常に喜ばしい。
まだ人が少なかったので、今のうちに会場内の写真を撮っておく。

舞台正面、選考委員の先生方の席が並ぶ。左から町田・堀江・青山各先生。
自分の名前が書かれていることに感激。なんと町田先生の席のど正面であった(笑)

やがて出席者が集まり始めた。さっきまでしんとしていた講堂が次第に賑やかになる中、式のリハーサルが始まる。どこでお辞儀をして、とかそういうの。卒業式の練習のようで懐かしい(笑)

ちなみに今年は選考委員ががらりと変わった。
具体的には以下の三名の先生方だ。
(敬称略)

・町田康(2000年芥川賞。現・文藝賞その他多数選考委員)
・堀江敏幸(2001年芥川賞。現・芥川賞その他多数選考委員)
・青山七恵(2007年芥川賞。現・文學界新人賞選考委員)

なんや、この豪華すぎるメンバーはっっっっ!!!!(心の声)

元来、私は選考委員の顔ぶれで公募を選ぶということをしない。
だいたい複数で、かつ全員作風が違うために焦点の合わせようがないからだ。そもそも最終選考まで辿り着かなければ、読んで頂ける機会すらない。

だが考えてみると、これだけの方々を選考委員として招いて20編にわたる最終候補作を読んで頂き、かつ全員が授賞式にご出席下さるというのは何とありがたいことなのか。
改めて実行委員会、及び三名の先生方に深く感謝する次第である。
(余談だが、応募総数が400編超と昨年の倍になったのは、恐らくこの豪華極まるメンバーの影響かと思われる)

いよいよ、授賞式が始まった。
・実行委員長、来賓の挨拶
・賞状の授与
・堀江先生による一般部門の総評
・青山先生による青少年部門の総評
・町田先生による「面白い小説を書くためのアドバイス(!)」
・受賞者の挨拶
・県内高校放送部員による受賞作の朗読、と続く。

総評は本当に録音したいぐらい貴重なのだが、それはやはりまずかろう。
だから何とか記憶に留めておこうと思うのだが、とにかく気分が舞い上がっているので、結局頭に入らないのが哀しい。
非常に興味深かったのが、先生方の講評に自分の思惑とかなり違っていた部分があったことだ。「なるほど、そういう解釈もあるのか!」と、自分の書いたものながら新鮮な驚きを得た(笑)

真面目な話、作者の意図はあれども、ひとたび書き手の元を離れればその物語は自由なのだ、ということを強く感じた。これは今後物語を書き続ける上で非常に重要な気づきになった。
また「受賞作3作が偶然にも水に関する話」という点も興味深かった。まだ他の2作を拝読していないので、今後の楽しみとしておくことにする。

町田先生の「面白い小説を書くためのアドバイス」は、とにかく町田先生のお話自体が面白過ぎて、なかなか頭に残らない(笑)
「同じものを見てもオモロいと思うかどうかは自分次第」という言葉には、確かに、と深く頷いてしまう。でも根底は「やはり本を読みなさい」という一点に尽きるようだ。多くというより深く、と。
式後のわずかな時間の雑談でも同じことを仰った。特に古典的なものがいいね、と呟く先生の目はトレードマークであるサングラスの奧に隠されて見えない。でもその口調には、さりげなくもずしりと迫る実感が込もっていた。

青山先生は一般部門とは別に、青少年部門の選考をお一人で担われた。
今年新たに創設された青少年部門は、一般部門と異なり「山梨県在住・在勤・在学者の25歳以下」という資格制限がある。
記念すべき初の大賞者は18歳の男子高校生だった。柔道部員かと思うような堂々たる体躯、よくとおる大きな声に深々とした礼。清々しいまでの若者ぶりに感服しきりだ。
この彼から生まれた物語が、青山先生を唸らせるほどの凄みに満ちているとは、もはや期待しかない。公式サイトでの作品公開が待ち遠しくて仕方ない。

もうひとつ特筆しておきたいことがある。
「各部門の大賞受賞作の一節を、県内の高校放送部員の方が朗読する」という企画があった。
これがまた想像を超えて素晴らしかったのだ!!!
(私の作品ではないのだが)

見た目こそ可愛らしい女子高生だが、ひとたび舞台に立つと風格すら感じさせるほどの堂々たる姿。
ぴしりと伸びた背筋に、凛とした深く張りのある声。
力に満ちた眼差しを時折聴衆に飛ばしつつ、朗々と読み上げていく。
本当に素晴らしかった。

若き大賞者といい、朗読した放送部員の二人といい、何とまばゆい輝きを放っていたことか。式終了後はつい浮足立っていて、朗読者の方々にこの感激を伝えるのを忘れてしまったことが非常に心残りだ。
この文が彼女たちの目に触れるかどうかは判らないが、ここに改めて記しておきたい。
山梨県立日川高校放送部・山梨英和高校放送部のお二方、素晴らしい朗読をありがとうございました!

受賞者それぞれのスピーチは、個人のカラーや生い立ち、人生観などがあらわれた個性豊かなものだった。皆さんとこの場を共有できたことを光栄に思う。どうか今後も互いに文運あらんことを!

完全に舞い上がっているうちに、授賞式はつつがなく終わった。
電車の時間まで3時間近くあることもあり、ゆっくり帰り支度をする。ただ着替えるスペースがないので、近くの多目的トイレを借りることにした。
何しろ山梨県立美術館のトイレはめちゃくちゃ綺麗なのだ。
荷物を置く場所がないので、すぐ近くのコインロッカーと何往復もするのが大変だったが、トイレの広さと綺麗さに助けられた。
おかげで身軽な恰好で帰れて、とてもありがたかった。

名残を惜しみつつ、山梨県立美術館を後にする。
きっとまた旅行でこの前を通りかかることもあるだろう。この場所は私にとって、生涯特別な場所となった。
ここで頂いたすべてのご縁を忘れない。本当にありがとう。

鳥の鳴き声に満ちた広大な敷地内にある。素敵。

甲府駅に着くと、電車の発車時刻までまだ2時間近くある。
借りた傘をホテルに返し、荷物をコインロッカーに預けてサイゼリヤ(笑)で一休み。さすがに控えてはおいたが、甲府駅内には当たり前のようにワインバーがあったりする。さすが山梨。
そう言えばホテルのロビーにもワインの試飲サービス(有料)があったな。
次回はぜひ試してみよう。

さらば、山梨。また逢う日まで。

改札前にこんな店がフツーにあるのが山梨(笑)

前日編へ戻る

*以下のリンクから一般部門及び青少年部門の選評が見られます。
よろしければご覧下さい。

一般部門:https://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/prize/r5.li.aw.ge.pdf
青少年部門:https://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/prize/r5.li.aw.pdf


お読み下さってありがとうございます。 よろしければサポート頂けると、とても励みになります! 頂いたサポートは、書籍購入費として大切に使わせて頂きます。