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今さらですが、読書の秋(田柴子)⑮ 向田邦子さん

「勝手に誰かのお話または記事を読む月間」15本めです。
本日は一般書籍でいってみたいとおもいます。
こちら!

ご存じ、向田邦子さんの『父の詫び状』です!
向田さんは1929年(昭和4年)生まれ。ライターやテレビドラマの脚本家などを経て、エッセイや小説も幅広く書かれた方です。
そのご尊名は早くから存じ上げていましたが、恥ずかしながらこれまで読んだことはありませんでした。
1年ほど前、書き仲間に勧められて『父の詫び状』を購入。なるほど、エッセイの名手の呼び声が高いのも納得でした。

今回改めて読み返してみたのですが、正直、今の若い方にはあまりに時代が違い過ぎて、感覚的・心情的に理解できない部分も多いかと思います。

保険会社の支店長をしていた父が、部下や同僚を連れて夜中に家に帰ってきてからの、夜通しの宴会。年端もいかない子(少女時代の向田さん)に酒のお燗番をさせるだの、酔客が帰り際に嘔吐して夜中に凍った吐瀉物を、やはり娘である向田さんが竹串で掘り返して掃除するだの、今だったら虐待の二文字まっしぐらです。
私は昭和生まれですのでそれなりに理解はできますが、さすがにここまでのことをさせられたことはありません。

最近、世の中の価値観が本当に変わってしまって、昔は当たり前だったことが、今ではとんでもないご法度だったりします。どちらがいいとか悪いとかではなく、それが時代の変化というものでしょう。
(くだんの埼玉県の条例はさすがにどうかと思いますが、あれが大真面目に県議会に挙げられること自体、その変化を表していると思います)

ですがそれを超えてなお、向田さんの文章は愛と諧謔に満ち、なにか困った事態に面して「あらまあ」と眉を上げる彼女の姿を生き生きと浮かび上がらせます。
書き過ぎず、省き過ぎず。正面から向き合うようで、ちょっと斜めからも光を当てて別の影の形を作り出すような、まさに「文章のお手本」と言われるに相応しい文体です。

良し悪しではなくひとつの事実として、最近の小説・物語は「判りやすいもの」に人気が集まる傾向があるようです。
怖いにしても、感動するにしても、うっとりするにしても。

それはもちろんいいのですが、向田さんのような、あっけらかんと明るい中にも「ん? これは何でだろ?」と思わせるひっかけのような文章が、私は好きだし、また書いてみたいんだな、と再認識しました。
この機会に、他の作品も読んでみることにします。

向田さんは1981 年(昭和56年)に飛行機事故で夭折されました。
そんな無情がなければその後もお元気でご活躍なされたことだろうと、やりきれなさに心が塞ぎます。
ですが珠玉とも言うべき作品を多数この世に送り出してくださったことに、今さらではありますが、深く感謝と尊敬を捧げます。

本日は以上です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

*この記事は、以下の自主企画のもとに執筆しております。

#10月これやる宣言
#クリエイターフェス

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