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【#創作大賞2024】唐揚げのない人生なんて

日本全国老若男女問わず、唐揚げの好きな方は多かろうと思います。
どのコンビニにも、レジの横のホットスナックコーナーに「うてんか」とばかりに必ず唐揚げが鎮座していることや、一時期世間に ” 唐揚げ専門店 ” なるものが雨後の筍のごとく出てきたことから見ても、その事実はたぶん間違いないでしょう。

かく言う私も、唐揚げは大好きです。
にもかかわらず、なぜか唐揚げについては若い頃からずいぶんと哀しい思いをしてきました。
きっとご理解くださる人もいると信じて、ここに書いてみたいと思います。


若かりし頃、居酒屋で飲み会なんかがありますと、私はもう当然というように唐揚げを頼んでいました。別におかしくないですよね?
唐揚げ、飲み会の鉄板メニューですよね?
ところが、しかし。

「か・ら・あ・げ~? 柴子ちゃん、いっつも唐揚げ頼むよね~」
「好きだねえ~(冷笑)」

なに、この反応。
飲み会に唐揚げって、そんなに変?
そんな彼女たちの視線に居たたまれず、唐揚げの注文を控えたことは過去に何度もありました。

今なら判ります。この友達は、今で言うところのいわゆる ” 意識高い系 ” のヒトたち。そういう方々にとって、唐揚げなんてのは「脂っこくて子供っぽいタベモノ」でしかないのでしょう。お子様ランチには必ず入ってるよね、みたいな感覚。そういう自分も、変に遠慮するあたりが大概卑屈だったのかもしれません。

そしていざ、熱々の唐揚げが運ばれてくるとですね。

アレです。

定期的に世間やSNSを騒がせる、アレ。

「レモンかけちゃうね~(しゅぱぱぱぱっ)」
「………………!!!!」

その頃はまだ今のような ” 唐揚げレモン論争 ” などなかった時代。
そして「レモンをかけた方がヘルシー、体に良い」と言われていた時代。
そういう場面シーンで素早く動くことが「デキる女の気配り」とされていた時代。

テーブルに唐揚げの盛られた皿が置かれるや、もはや問答無用で揚げたての唐揚げの上から、たっぷりとレモンが絞られていたのです。
(直に手で持たずに、器用に箸の先でくるりとレモンを絞るワザを披露する手練れの女性もいました。恐るべし、檸檬女レモネージョ

もちろん、人の好みはそれぞれ。好きな方はレモンをかけて頂けばいいと思います。決してレモン派の食べ方を否定はいたしません。

ですが、私は嫌なのです。
元々レモンはあまり好きじゃないし、お肉のじゅわりとした甘みに満ちた旨味が、妙に酸っぱくなってしまう。そして何よりせっかくの熱々の唐揚げが、レモンの果汁でわずかといえども冷めてしまうのが許せない。
いったい何度秘かな悔し涙とともに、その唐揚げのなれの果てを呑みこんだことでしょうか(レモン派の方には申し訳ないですが)。

それに比べると最近は「レモンをかける前に聞くのがマナー」なんてことが言われるようになって、非レモン派の私としてはちょっと気が楽です。レモンをかける前に「あ、先に取らせて~」なんて言いながら、さっと箸を伸ばすこともできるようになりました。平和的共存、というやつです。
もっともこの歳になると飲み会に参加することも少ないですし、そもそもそんな意識高い系のお友達とは、とっくの昔に疎遠になっているのでありますが。

いえ、決してレモンが悪者だと言いたいわけじゃないんです。
でも、思うんですよ。美味しい唐揚げについて語るのも愛なら、愛するがゆえの悲哀というのも、またあるよなって。

そんなわけで、唐揚げ好きが高じた哀しいお話をもう一つ。

繰り返しになりますが、私は唐揚げ大好きです。
気が向けば家でも作りますし、最近はスーパーのお惣菜コーナーなんかで買ったりもします。「今日はちょっと楽して、お弁当でも買っていこうか」なんていう時は、やはり唐揚げ弁当に目が行きます。

ところが、しかし。
ここ最近、立て続けにまさに犯罪的とでも言うべき唐揚げに遭遇しました。

「このころも、めっちゃ分厚い!!!」

これ、どう思います?
もちろん、この材料高・燃料費高・人件費高の時代、作る方も大変かと思います。多少ころもでボリュームアップ、全然OKです。
そう、” 多少 ” なら。
でもですね。ころもとお肉を比べたら、少しでもいいからお肉の方が多くあってほしいと思いませんか? 死ぬほど譲って、せめて1:1まで。

美味しい唐揚げ屋さんや居酒屋さんですと、ころもはうっすいですよね。
なのに、あの美味しさ。醤油やにんにく、ショウガなんかがじわりと効いた、その店独自の味をまとったお肉を頬張る美味しさと言ったら、もう至福以外の何物でもありません。
中には多少ころもが厚くても、その店の味がしっかりとしみ込んでいて美味しいところもありますが、やはりころもの薄さは大事なポイントかと思います。

でもスーパーとかで買う場合、それが高望みに過ぎることはよくわきまえています。総菜には総菜の美味しさというものがありますし。
ところがこの前私が買った唐揚げというのがですね……。

冗談じゃなく、お肉がないの!
ほとんどがころもなの!!

ここまですごいのは初めて見ました。話を聞いた仲間の「ころもの唐揚げ」という指摘が言い得て妙です。せっかく奮発してモモ肉の方を選んだというのに(ムネ肉の方が安いですもんね)。

その時の衝撃をご理解いただくために、ちょっと下の図を見て下さい。

唐揚げにおけるころもと鶏肉の相関図(笑)

めちゃめちゃ手抜きの図で恐縮ですが、私が買った唐揚げは、まさにこのいちばん右みたいな感じだったんです。大袈裟でなく。何しろ一緒にその唐揚げを食べた夫が上の図を見て、迷わず右端の絵を指差しましたから。
しかも別のスーパーで連続してこの ” ころも爆弾 ” に当たったということは、もうこれから総菜コーナーでは買わない方がいいのかもしれません。

さてそうなると「自分で作ればいいじゃないか」という話に行きつきます。
今から4年ほど前に、あるテレビ番組の街頭インタビューで「唐揚げは手抜き料理」とのたまった男性(ご夫婦の夫側)が世間の批判に晒されたことがありました。細かい事情までは判りませんが、これはさすがにこの方の認識に問題があると言えそうですね。
(ちなみにこの男性はまったく料理をされない方だったそうです)

唐揚げは決して楽な料理ではありません。
揚げ物全般に言えることですが、素揚げを除けばだいたい面倒な下拵えが必要ですし、揚げれば熱い油が容赦なく跳ねます。壁もコンロも汚れますし、後から油の始末もしなければなりません。

それでもなお、人は唐揚げを作ります。
どうして?
だって、美味しいんだもの。
だって、家族が喜ぶんだもの。
だって、自分が食べたいんだもの。

まだかすかにしゅうしゅうと湯気がのぼる唐揚げをはふほふと頬張り、口の中に溢れる、舌を火傷するほどの肉汁に思わずため息を洩らす。
火照る舌を休めるために、きりっと冷えた○○(お好きな飲み物を入れて下さい)をくいっとひとくち。
……ああ、幸せ。

でも今はありがたいことに、一歩外に出れば気軽に唐揚げが食べられます。
(たまに前述の ” ころも爆弾 ” に遭遇するリスクはありますが)
ファミチキ、ナナチキ、モスチキン。ケンタッキーにマックナゲット。そして巷にあふれるテイクアウト専用の唐揚げ専門店の数々。

それらもまたよろしいですが、正統派の唐揚げを好む一人として、僭越ながら我が家の唐揚げレシピをご紹介いたします。
これは今から10年近く前、某有名料理雑誌の『から揚げ大特集』号に載っていた「唐揚げが名物メニュー」という居酒屋さんのレシピを参考にしております。

<材料>*2人分
◆ 鶏モモ肉(1枚)

<下味>
◆ しょうゆ(大さじ2)
◆ 味噌(小さじ1)+ 砂糖・みりん・酒・豆板醤
 ⇒ 元のレシピ「苦椒醤コチュジャン小さじ1」の代用
◆ しょうが、にんにくのすりおろし(適量)
◆ 和風だしの素(小さじ1/2)→ 我が家は省略

【手順】
①切った鶏肉をしっかりもみ込んで3時間、できれば一晩置く
②片栗粉をまぶして、余分な粉をはたいてから揚げる

オレンジページ 2015年1月17日号『人が集まる日は迷わずから揚げ!』引用・参照

下味がちょっと変わっています。しょうゆ+味噌ベースなんですね。
もみ込む時に下味の量が少ないのでいささか頼りない気分になるのですが、心配いりません。もったりとした味噌ベースなので、少量でもしっかりお肉にからんでくれます。

あとは簡単です。

①切った鶏肉をしっかりもみ込んで3時間、できれば一晩おきます。
②片栗粉をまぶして、余分な粉をはたいてから揚げます

ひとつ、大事なことを言います。

この「できれば一晩」がミソです!(シャレじゃなく)

もちろん、3時間の漬け込みでも充分美味しいです。
でもね。これ、騙されたと思って一晩置いとくと、もう冗談かと思うぐらい味が激変します。だから掲載されていたお店の方も「やはり一晩ねかせるのがベスト」とおっしゃっているんですね。

初めてこのレシピで作った唐揚げを食べた時は、大袈裟じゃなく声が出ました。それぐらい美味かった。本当に、冗談抜きで。これまで自分が作ってきた唐揚げは何だったのか、と愕然とするぐらいに。

でも前の晩から下拵えするなんて、確かに大変です。
だから私は余裕がある時にしか作りません。うちは夫と二人暮らしなので、油ものの頻度はそこまで高くないし。
そのかわり、作るとなったら全力でやります。
気合が勝負です。ハンバーグやコロッケなんかと一緒で、唐揚げも我が家では気合料理のひとつです。

唐揚げは手抜き料理、と言ったくだんの男性の主張の根拠は、

「揚げるだけだから」「(唐揚げは)ジャンクフードだから」

だったそうです。
たぶんこの方の発言に、怒髪天を衝いた方は多かったことでしょう。日々の家庭の食事を担っている人なら「作ったことない人が偉そうに!」と思って当然です。
あるいはお店で唐揚げを作って出している人なんかは「いかに世の中に美味い唐揚げを提供するか」が使命ミッションなわけです。言わば唐揚げのプロ。そこに手抜きだのジャンクだの言われたんじゃ「ワイの仕事にケチつける気か、おうニイさん、表に出ろや」的な展開になっても何ら不思議はありません。

でもこれを聞いた私が真っ先に思ったのは、

「兄さん…………アンタ、人生めっちゃ損してるで…………」

という一点に尽きました。
揚げるだけ! ジャンクフード!! そんなふうに思って食す唐揚げの何が、どこが美味しいことか。アナタは唐揚げの真の美味しさを知らない……! と、それはまあ、余計なお世話の権化みたいな感情にまみれたものです。

でも余計なお世話は百も承知で、思うんですよ。
食べるのは、一生続く行為。
どうせなら、楽しんで食べたい。これは美味しい、と喜んで食べたい。

真っ白につやつやと輝くごはん、揚げたて熱々の唐揚げ、シンプルなお味噌汁。あとはよく冷えた好きな飲み物を用意して。
想像するだけで、もう幸福感がうずうずと湧き上がってきます。
最近は歳を取ったせいか、あまり揚げ物が食べられなくなってきたけれど、だからこそ、そのたまの機会を心ゆくまで楽しみたい。

たとえ誰かに「子供の食べ物」と冷笑されようと、今の私は構わず笑って言うでしょう。

「私、唐揚げ大好きだよ。だってすっごく美味しいもん!」

(了)


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