はぐれミーシャ純情派 第一話 出会い

彼女と出会ったのは2000年1月のことだった。

そのきっかけとなったのは、僕が参加していた学生演劇集団「コンツェルト」。このグループは様々な大学のロシア語を学ぶ学生達によって構成されており、30年以上の伝統を持っている。毎年12月にロシアの戯曲をロシア語で上演していて、僕も端役ながら、役者として出演したのだった。

公演も無事終わり、やっと一息ついていた頃、その劇の主役を演じたO君から電話が。「あの~、一緒にディスコに行きません?」 O君、気でも狂ったか。彼は見た目も中身もくそ真面目なタイプ。俺、ディスコなんて行ったこともないし、うるさいところ嫌いだし。「実は二人の女の子に誘われてて、一緒に行って欲しいんですよ」それを早く言わんか! 「その女の子達、ロシア人じゃないんですけど、ロシア語でしゃべるんですよ。僕、ロシア語の会話、自信ないんで」 通訳しろっていうのか!

O君の説明によると、その二人は姉妹で、ウズベキスタンの人。そのうちの妹のほうが劇を見に来てて、劇が終わってから役者全員がロビーに行ったとき、声をかけられたのだそうだ。ウズベキスタンってイメージないなあ。

「じゃあ、行くよ」と答えると、O君大喜び。「彼女、かわいいですよ」 それを早く言わんか!

確か1月3日だったと思う。待ち合わせ場所は恵比寿駅前。私もロシア語は勉強していたとは言え、会話には全く自信なし。なんで、待っている間もドキドキもの。

彼女達が現れたのは、5分ほど遅れて。「こんにちは~」 何だ日本語できるんじゃん。彼女達の名前はお姉さんはアーニャ、妹のほうはグーリャ。グーリャ? 珍しい名前だなあと思っていると、こちらの思っていることを見透かしたのか「ウズベキスタンでは普通の名前ね」 アーニャは22歳で、両親が働いているウズベキスタン大使館やウズベキスタン航空の仕事をしているそう。グーリャは18歳で、高校はロシア大使館付属の学校を卒業して、今は・・・何してるって言ったっけ・・・劇を見に来てくれたのはグーリャのほう。

最初に4人で向かったのは恵比寿ガーデンプレイス。最初にちょっと座って話でもしましょうみたいな。どこでもいいということだったので、ビアホールのようなところに。O君「お腹空いたから、何か食べてもいいですか?」 彼以外は飲み物だけ。O君だけガン食い。空気読めよ! 

O君がもくもくとおつまみを食べ続ける中、僕はアーニャといろいろお話。仕事の話とか、趣味の話とか、ありきたりの話題。でも、グーリャはほとんど会話に参加せず。何か気に入らないのかなあ。もしかしたら、もっとかっこいい男が来るもんだと思ってがっかりしたのかなあ。

すると、グーリャが「この店、私、嫌いね」 彼女はどうやら生演奏で大音量のカントリー風の音楽がお気に召さなかったらしい。「早くディスコへ行こう」 うーん、俺としてはもうちょっとここで時間を稼いで、彼女達が「やっぱりディスコへ行くのはやめましょう」と言うのを期待していたのだが・・・

それから、地下鉄日比谷線で六本木まで移動。夜の六本木の喧騒を耳にすると、自分が場違いなところにいるような気がする。俺には経堂の焼き鳥屋「鳥八」のほうがお似合いだ。

すぐディスコに行くのかと思ったら「まだ時間が早いから、他の店で時間を潰してから行きましょう」 おいおい、もう夜の8時過ぎだぜ。いつもの俺なら「鳥八」から近くの喫茶店「フォロミー」に移動して、生グレープフルーツハイを飲んでいる時間だよ。

入った店の名前が「ガスパニック」。その異様な雰囲気に俺もパニック。ガチャガチャしていて、うるさくて、妙な雰囲気だな。何でこんな店、知ってるんだろう。グーリャに「この店、よく来るの?」と聞くと、「私、この店大好きね。高校生の頃から来てたね」 おいおい、高校生が来るような店じゃないだろ。

何を話したかは全く覚えてないけど、話していたのはアーニャのほうで、グーリャは早くディスコへ行きたくてウズウズしている様子。まあ、ウズベキスタンだから。

そして、9時ごろ、お目当ての店へ。店の名前、なんだったかなあ。「○○クイーン」とか言ったような・・・ 彼女達の説明では、外国人がよく来る店とのこと。ディスコというと、ジュリアナみたいなところを想像していたが、この店は割りと落ち着いた感じの雰囲気。

中に入ると、ダンスフロアには踊っている人がほとんどいない状態。やはりまだ早かったか。お酒を注文し、テーブルに座って様子を見る。

グーリャとアーニャが「踊ろう」と言うので、「いいよ」と手を振って断ると、彼女達は僕の手をとって無理やりダンスフロアへ。まあ、いいや。踊っちゃえ!

彼女達はさすがディスコが好きだというだけあって、かなりさまになってる。O君はただただ手足をバタバタ動かしているだけ。周りの人にぶつかりそうになって、みんな眉ひそめてるし、見ちゃいられない。僕のほうは音楽に合わせて体を揺らしてみる。うん、なかなか楽しいぞ。適当にやっていれば、何とかなるもんだ。

ちょっと疲れたので座って、人間観察。確かに外国人が多い。外国人はみんな自由な感じで踊っている。それに引き換え日本人はみんな、踊り方が似てる、というかほとんど同じ。お互いにそれぞれの踊りを見て、それに合わせちゃってる感じ。個性がないなあ。

僕とO君はほとんどの時間座って、彼女達の踊りを見ていた。すると、またアーニャが「踊りましょう」と手を引っ張ってく。

散々踊って、時間はもう11時半。アーニャが「もう帰りましょう」と言うと、グーリャは「え~!まだ帰りたくない!」 アーニャは次の日、仕事があるので早く帰らないといけなかったのだ。なので、グーリャもしぶしぶ賛成。

みんなでわいわい、六本木の駅まで歩く。ここまで来ると、会話は全てロシア語。「あなた、本当にロシア語上手ね」と言われ、ちょっとうれしい。グーリャの話では、あの劇に出演した人の中で、僕のロシア語が一番自然で、飛びぬけていたとのこと。すごくうれしい。

アーニャが「本、読むの好き?」と聞いてきたので、「うん、大好き」「今、何読んでるの?」 そのとき、僕がロシア語で読んでいたのが「密造ウオッカの造り方」。二人は大爆笑。「ロシアに行った知り合いからもらったから、読んでいるだけだよ」と言っても、笑いながら「わかったわかった。言い訳しなくていいから」と完全にアル中扱い。

僕がひかれたのは、どちらかと言えばアーニャのほう。アーニャはいろんな芸術や文学にも詳しいインテリタイプ。それに対して、グーリャは遊ぶのが大好きで、好きな音楽もDragon Ashとか、僕には理解できないタイプの音楽。いまどきの日本の若者と全く同じ感覚を持っていて、僕にはついていけないなあ、とこのときは思っていた。

地下鉄で恵比寿まで行き、そこでお別れ。電話番号を交換し、アーニャが「今日はとても楽しかった! また会いましょう。電話するわ」 グーリャは「またね~」とニコニコ。また会いましょう、か。こんな言葉、社交辞令だよなあ。絶対電話なんか来ないだろう、と思っていたのだが・・・

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?