はぐれミーシャ純情派 タシケント激闘編③ 2000年7月7日、8日

7月7日
とりあえず大学に行くことにする。11時ごろ大学に着いて、引越しのことを告げる。みなとても嫌そうな顔をしていた。彼らが言うには、外国人は登録(レギストラーツィア)をしなければならない、その場所以外に住んでいることがばれた場合、本人と大学側が罰金を払わなければならず、下手をすれば逮捕され日本に強制送還されるのだそうだ。大学側は二つの案を出してきた。しばらく我慢して寮に住むか、昼は借りた部屋で過ごし夜だけ寮に泊まるか。二つ目の案に同意した。当然、守る気などさらさらない。

そのあしでまた彼女の叔母さんのところに行った。全くの行方不明になっても向こうに迷惑をかけるかもしれないのでと思ったからだ。ドアを開けた叔母さんの顔は驚きと喜びの表情。そして、嵐のようなロシア語。聞けば、この二日間、彼女と彼女のお姉さんは俺のことを探していたらしい。それとは別に、叔母さんも寮に行ってみたりして探してくれたらしいのだ。そりゃあ、悪いことをした。彼女が探していたのはちょっと解せない気もする。もう関係の終わっている相手のことを探してどうする気なんだ。また会えば余計苦しくなるだけだ。叔母さんが探してくれたのはちょっとうれしかった。そのあと、叔母さんは「何でそんな高い部屋を借りたの? そんなのもったいない。ここに住みなさい」うーん、まあここに住めば退屈はしなさそうだが、彼女の家とは親戚だから道義上そんなことは許されないような気がした。そのことを言うと、叔母さんは彼女の家との確執についてこと細かく話し出した。彼女の母親は叔母さんにとって実の姉にあたる。しかし、おそろしく仲が悪い。一度は断ったが叔母さんにおしきられてしまう。まあ、家賃ただだからいいか、と思ってしまった。とにかくここに住め、の一点張り。そして、叔母さんの娘、アレーシアが帰ってきた。喜んでくれているみたいだ。一応、彼女にも聞いてみる。「俺、ここに住んでもいいかな?」すると、彼女は「なに言ってんの。いいに決まってるじゃない」よかった。

とりあえずみんなで食事をとることにする。叔母さんは、食事の用意をしていないから外に食べに出ようと言う。当然、この場合ご馳走してくれるものだと思うだろう。しかし、叔母さんは自分でお金を払う気などさらさらないようだ。そう、叔母さんのところに住むのはいいのだが、お金のことに関しては全く信用できない。何かと言うと、「洗剤なくなったから買っておいて」とか、「財布忘れちゃったから代わりに払っておいて」などと言い出すのだ。3人ですぐそばの遊園地のようなところに行く。ハンバーガー屋に入る。かなり高い。しかし、そんなことお構いなしに叔母さんとアレーシアは注文していく。コーラとかにすりゃあいいのに、一番高いオレンジジュースを注文している。ちょっと先が思いやられるな。まあいいや。とにかく腹が減った。彼女の家にいたときも悩みすぎて食事がとれなかった。数日ぶりの食事。冷静に食べればとてもまずいハンバーガーなのだが、そのときはこのうえもなくおいしく感じた。

そのあと、すぐに引越しに取りかかることにする。パフタコール駅から部屋まで歩く。冷静になってみると、駅からかなり遠い。大学まで通勤するには遠い距離だ。部屋に着いたら、すぐに向かいに住んでいる大家のところに行く。本人は今日の朝モスクワに行ってしまい1週間帰ってこない。そこにいたのは大家の年老いた両親だった。叔母さんと二人で行ったのだが、叔母さんは口が達者だ。あることないこと並べ立てて、払ってしまった家賃を取り返そうとする。「彼はこの国のこともロシア語も良くわかっていない」と叔母さんが言ったので、それに合わせてわざとへたくそなロシア語で応対する。「ワタシ ロシアゴ ヨクワカリマセーン」すると、向こうはタシケントの慣習に沿って1ヶ月分の家賃の半分は返せないがあとは全部返すと言ってきた。まあ、仕方がない。その条件を飲む。白タクを拾って、すぐ引っ越す。

その後のことはよく憶えていない。ずっと話をしたりして過ごした。叔母さんの家に来たときの俺の顔はものすごかったらしい。苦しみに打ちひしがれたのが顔にありありと浮かんでいたそうな。


7月8日
今日は日曜日。とりあえず何もすることがない。

この家ではしょっちゅう電話が鳴る。それはこの家に限ったことではない。みんな電話するのが大好きなようだ。お昼頃、電話の後、ラリサおばさんが俺のところに来て、「3時ごろに彼女たちが来るわよ」 彼女たち、とはまさにその彼女とそのお姉さんだ。お姉さんがいないと何もできないのかしら。複雑な心境だった。一度、彼女の家を飛び出したのだから、もうこの恋は終わったものと決めていた。でも、こんなことになってもまだおれに会おうとしていることは素直にうれしかった。

しかし、問題が一つ。今日の4時に大学の偉い人と、タシケントの町を見せてもらうということで会う約束をしていたのだ。まあ、仕様がない。断ろうにも相手の自宅の電話番号を知らないのだから、行くしかないのだ。彼女に会いたい気持ちとその反対の気持ちがごちゃ混ぜになる。

とりあえず待つ。4時にパフタコール駅のホームで待ち合わせだから、遅くとも3時半にはここを出なければならない。待つ。もう二度と会うことはないだろうと思っていた人に会うというのは、なんか変な気分。いつもの様に、彼女たちは時間通りにはやってこない。それも嫌なんだよね。普通のときならまだしも、今日はちょっと意味が違う。遅れてくるということはあんまり会いたくないってことかな、って思うのも自然じゃない?

3時10分。まだ来ない。少し早いが家を出る。地下鉄の駅のところでばったり会うのも気まずいから、他の入り口から地下鉄の駅にもぐる。

パフタコール駅に着いたのは3時半ちょっとすぎ。ホームのベンチに座っているのも暇だし、うろうろしてると警官に尋問される恐れもあったのでとりあえず外に出る。借りていた部屋のほうに出る出口と反対の出口を出てみる。なーんにもない。おっきな建物が少しあって、後はバスターミナル。寂れたカフェでウズベク人たちがお茶を飲んでいる。とりあえず歩いてみる。おそろしく暑い。このあたりには緑が全くない。ここでは緑があるのとないのとでは、歴然とした温度差があるのだ。おそらく50℃以上はいっている。すぐそばにあったのはスタジアムのようだ。そう言えば、サッカーの日本代表が来て試合をしたのって、パフタコールスタジアムって言うんじゃなかったっけ?

あまりにも暑いので、4時の10分前だがパフタコール駅の構内に入る。ホームのベンチに座っていたら、すぐにその人(名前はフサン、ウズベク人)がやってきた。5分前だ。この国で時間を守る人をはじめて見た。

とりあえず、地下鉄で隣りの何とか駅に行く。その駅を出るとだだっ広い広場のようなところに出た。なんにもない。何を見せてくれるのかたずねると、この先に公園があるからそこに行こう、と言う。もっと面白いところにつれていってくれるのかと思っていた。歩きながら話すのだが、話題はずっと住むところの話し。もううんざり。登録してない場所に住むことがいかに重大な犯罪であるかとかなど。そこで、「寮は頻繁に泥棒が入ったりして危険だと聞いたんです」というと、フサンは「この国にそんな犯罪は存在しない。泥棒もいるにはいるがほんのひとにぎりだ」うそばっかり。現実の話をいろんな人から聞いたが、全く逆。泥棒なんてのは日常茶飯事。生活があまりにも苦しいから、いろんな手段を使って金を稼ごうとしている。逆に、殺人のような凶悪犯罪は少ないという。それにしても、フサンはこの国を賛美するのが好きなようだ。この国はいろんな民族が仲良く暮らしている、と言っていたが、これも大うそ。今の大統領になってから、ウズベク化政策が急激に進んでいる。そのせいで職を失ったロシア人が何人もいる。ラリサ叔母さんもその一人だ。ウズベク人は自分たちがこの国の主人だ、と思っているらしい。そんなんでお互いが仲良くやっていけるわけがない。

公園には人口の湖があって砂浜まである。日曜日だけあって、水浴びをする人でごった返している。公園の橋のところまで行くと、フサンが「おなかすいていないか?」と聞いてきた。おごってくれるのかな、と当然思うよね。しかし、ここからが傑作。「友達として、君に正直に言おう。今、僕には持ち合わせがない。だから・・・」ここまでくれば何を言いたいかわかったので、彼の言葉をさえぎって「自分で払います」と言った。フサンは大学の学長に次ぐクラスの人物である。ちょっとびっくり。それにしてもいつから友達になったんだ?

すぐそばのカフェに入る。ウェイトレスに何があるのかたずねると、シャシュリク、ラグマン、プロフといったありきたりのウズベク料理。ラグマンをまだ食べていなかったので注文する。フサンがウェイトレスに注文するのを聞いていたのだが、彼はなぜかサラダとパンまで頼んでいる。そのうえ自分の飲み物まで! 勝手に注文するなよ! ラグマンというのはウズベクのうどんのようなものだ。汁の中にめんが入っている。「雷波少年」の「麺ロードの旅」にもでてきた。かなりうまそうだったので、ずっと期待していたのだ。しかし、そのカフェのラグマンはたいしたことなかった。うまいんだけど、もっとうまいラグマンがあるはずだ。結局、サラダは最後まで運ばれてこなかった。払ったお金は500スムぐらいだから、100円未満。

二人で水辺を歩きながらとりとめのない話しをする。ウズベク人の家族連れがみんな水浴びをしている。それにしても、多すぎる。水は濁っていて汚いのに、おかまいなし。本当に楽しそうに日曜の午後を過ごしている。

フサンとの話しははっきりいってつまらない。でも、うちに帰るのもこわい。彼女がいるはずなのだ。いったい何を話せばいいのだろう・・・

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