はぐれミーシャ純情派 第八話 ドトールで指輪の交換を

そんなわけで、僕は簡単にウズベキスタンに移住することを決めてしまった。
しかし、どうやったらウズベキスタンに住めるんだろう?
そんなことは全く考えもせず、グーリャと一緒にいたいという気持ちだけで決めてしまったからなあ。
まあ、何とかなるだろう・・・

僕は早速、次の日に某友好団体を訪ね、ウズベキスタンで日本語教師が出来ないかと聞いてみた。
返事は「できると思いますよ」。
その団体からタシケントの大学に問い合わせてもらうことに。
何か思ったより簡単で拍子抜け。

僕はそれまで日本語教師の勉強を二年ほどしてきていた。
ロシア語圏であればどこでもいいという気持ちがあったので、ウズベキスタンに行くのもさほど抵抗はない。
グーリャもロシア語でOKだって言ってたし。

僕とグーリャは土・日を除いて、ほぼ毎日会っていた。
グーリャは週末は家族と一緒に過ごすものだと言っていたけど、それってウズベキスタンの習慣なんだろうか?
平日はグーリャの両親もお姉さんも仕事があるから、うちには誰もいない。
グーリャも自由に外出できるし、僕もその頃はアルバイトと日本語教師の学校ぐらいしか、拘束される時間がなかったから、平日でも会うことが出来たのだ。

僕たちはいろんなところへ行った。
二人一緒ならばどこでもよかった。
二人でいれば、そこが二人の場所になった。

新宿御苑の日差しは柔らかく僕たちを包んだ。
芝生の上に座って、原宿のシェーキーズで買ったハンバーガーを食べた。
気持ちがよすぎて、僕たちは時間の感覚を失った。

東京都庭園美術館のベンチの感触は冷たかった。
3月の庭園は人影もまばら。
庭園の景色に紛れ込んで、手の温もりを貪った。

祐天寺のデニーズにずぶ濡れで駆け込んだ。
濡れた髪が乾くまで、僕たちはコーヒーを飲んだ。
そして、土砂降りの世界に戻ることは容易かった。
・・・・・・・・・・・・・・・

最初は三軒茶屋駅から東急バスで目黒のグーリャのうちの近くまで行っていたが、時間があるときは豪徳寺のうちから自転車で行く。
これはかなり時間がかかるが、知らない町を自転車で通り過ぎるのは楽しいものだ。
でも、そのせいでアルバイトに遅刻してしまったこともあるのだが。

時間がないときは目黒駅の近くのドトール。
30分しか時間がなくても、片道1時間かけて目黒まで行った。

ある日、僕は目の前に座っているグーリャの目をじっと見つめた。
僕「目、大きいね」
グーリャ「そうね」
僕「どうしてそんなに大きいの?」
グーリャ「あなたをよく見るため、ね」
とにかく、彼女は目が大きかった。

付き合い始めて2週間ぐらい経ったときのこと。
いつものように二人でドトールに座っていると、グーリャが「ちょっとプレゼントがあるね」
そう言って差し出したのは、指輪。
細いシルバーの指輪に龍の紋様がほどこしてある。
グーリャ「どう? 気に入った?」
気に入るも何も、びっくりして言葉が出ない。
うれしいのは確かだが、驚きのほうが大きい。
僕は指輪なんかつけたことがない。
誰にもプレゼントされたことがない。
僕はこの指輪をこれからずっとはずさないと誓った。

それから、2週間後、二人が付き合い始めて一ヶ月の記念日。
またしても、僕たちはドトールにいた。
僕「今日、何の日か知ってる?」
グーリャ「そうね。今日は確か金曜日ね」
僕「そうじゃなくて。今日は僕たちが付き合い始めて一ヶ月だよ」
グーリャ「そう。おめでとう」
僕がお祝いの言葉をもらってどうするんだ。

僕は「今日はプレゼントがあるんだ」
そして、僕はグーリャに指輪を渡す。
グーリャは驚きで言葉もない。
僕「僕もグーリャに指輪をもらったから、グーリャにも僕があげた指輪をつけて欲しくて」
グーリャ「びっくりしたね。指輪をもらうなんて、考えても見なかったね」

その指輪、渋谷の丸井で買ったのだ。
僕はアクセサリーなんて全く興味がないし、人にもあげたことがないから、指輪を買うのはかなり勇気がいった。
指輪のコーナーに行っても、何を見ればいいのかわからず、店員が助けてくれればいいんだけど、そういうときに限って、店員が寄ってこない。
でも、勇気を振り絞って、「すみません。彼女へのプレゼントを探しているんですけど・・・」

店員「どのようなものをお探しでしょうか?」
僕が欲しかったのは指輪、でも、目立たないようなシンプルなもの。
僕自身、あまりごちゃごちゃしたのは好きじゃないというのもあったけど、僕とグーリャは付き合っていることを周りの人たちに隠している身。
なので、あまり豪華なものをあげると彼女の両親が「誰にもらったんだ!?」と追求を始めることになりかねない。
なので、シンプルなものじゃないとダメだと思ったのだ。
でも、グーリャは私と違って、ただシンプルなものでは満足しないタイプ。
シンプルなのに、ユニーク。
そんな指輪があればいいんだけど・・・

そして、僕が選んだのは見た目は何の変哲もないシルバーの細い指輪。
でも、指輪の内側に小さいブラックダイヤモンドが入っている。
これなら、指輪をつけているときは他の人に見えないし、気持ちがこもっている感じがする。
それに、黒はグーリャが好きな色。
もうこれしかないでしょ。

僕はグーリャに指輪をつけてあげる。
グーリャは涙が出そうになっている。
そんなにうれしいのかな。
グーリャは「本当にうれしいね。ありがとう」と言って、僕にキスをする。

僕はグーリャにもらった指輪をいつくしむ。
愛する人にもらった愛する指輪。
言葉は要らない。
僕たちは二人という一つになった。

グーリャがウズベキスタンに帰国する日が近づいている。
僕はいつウズベキスタンに旅立てるのか、まだ目途は立っていない。

少しでも近く。
少しでも長く。
一緒にいる「時間」を「永遠」という終わらない「時間」にするために。

僕はウズベキスタンへ行く。

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