はぐれミーシャ純情派 第二話 デートなのか、国際交流なのか

ディスコに行った次の日。体はガタガタ。踊ったこともないのに、張り切って踊ったから筋肉痛。

夕方、いつもはほとんど鳴らない携帯電話が鳴る。「誰だろう?」と思いつつ、電話に出てみると「こんにちは~」 最初はわからなかったが、このまったりした挨拶は、昨日会ったグーリャだ。「元気~?」 まさか電話が来るとは思っていなかったから、ちょっと焦る。

「昨日、あなたはうそついたね」 えっ? 何のことだ? 「あなたはうそつきね」 頭をフル回転させて、昨日の自分の言動を振り返る。うそなんか、ついてないぞ。俺は生れてから一度もうそをついたことがないのだから(←うそ)。「あなた『躍れない』って言ってたのに、すごく上手だったじゃない」 なーんだ、そんなことか。「そんなに上手だった?」「うん、とても上手だったよ」 

「いつ図書館に連れていってくれるの?」 図書館? 何だそりゃ? 「だって、あなた『ロシア語の図書館があるから、連れて行こうか?』って言ってたじゃない」 あ、忘れてた。っていうか、そんなにすぐ連絡が来ると思ってなかったよ。

「じゃあ、明日会おうか」 えっ? まあ、暇だからいいんだけど。そんなわけで、ディスコへ行ってからまだ二日目なのに、もう一度彼女に会うことに。

待ち合わせたのは僕が以前通っていた東京ロシア語学院の前。その建物の一階に「日本ロシア語情報図書館」がある。その図書館にはロシア語の本が恐ろしいほどたくさんあるのだ。入ったことはないが、地下室にも本があるらしい。

その待ち合わせ場所に現れたのはグーリャだけではなく、アーニャも一緒だった。正直、ほっとした。というのは、グーリャ一人だけだったら、何を話していいのか、わからなかったからだ。

「こんにちは~」と挨拶もそこそこに、すぐ中を見ることに。そこは図書館とは言っても、大きい建物ではなく、一階の一角にある部屋なので、図書館の外にまで本が溢れている状態。二人とも「すごいね」と言って、ちょっと腰が引けた状態。圧倒されてます。

そして、中に入ると新聞が山積みになっている。図書館の係員は学生だった頃からの知り合いなので、特別に書庫に入れさせてもらう。

アーニャとグーリャの二人はぺらぺらしゃべっている。そこにある本の古さに驚いているのだ。彼女達が期待していたようなものは全くないらしい。

そして、念のために地下の書庫へも。すると、二人は大爆笑! 共産党がどうとか、レーニンがどうとか、ソビエト時代の古い書物がツボにはまったらしい。二人で本棚から本を取り出しては笑い転げている。

何の収穫もないまま、三人で建物の外に出る。僕としては、ここは喫茶店にも誘わないといけないだろうと思っていた。ところが「じゃあ、私たちはこれで」と言って、帰ろうとするじゃありませんか。「えっ? ちょっとお茶でもしようかと思ったんだけど」「いや、実はこれからちょっと用事があるの」 うーん、残念なような、ほっとしたような・・・

これで、終わりだろうと思っていた。こっちから電話するのも気が引けるし、向こうから電話が来ることはもうないだろう。ロシア語と日本語ミックスで話をするのはおもしろかったけどね。

と思っていたら、次の日にまた電話。「こんにちは~。元気~?」 相変わらず間延びしたグーリャの声。「遊びに行かない?」 まあ、いいけど。「どこ行きたいの?」「どこでもいいね。あなたの好きなところで」 うーん、俺の好きなところといったら、行きつけの焼き鳥屋「鳥八」になってしまうぞ。でも、外国人だからなあ。やっぱり東京の観光地とかになってしまうんだろうか。

「浅草とか、行ったことある?」「いいね。行こう~」 彼女は俺の質問に答えていないが、まあ、いいだろ。いつがいいか話をしたが、グーリャはできるだけ早く行きたかったようなので、2日後の金曜日に会う約束をする。

その頃、僕は立場的にはフリーターのようなものだった。前の年に東京ロシア語学院というロシア語の専門学校を卒業し、その後はアルバイトをしながら、日本語教師になるための勉強をしていた。だから、自由になる時間は普通の人よりはあったと思う。

それにしても、どうしたらいいのだろう? 外国人の女の子と二人で出かけるなんて、初めてだよ。何を話したらいいのかもわからないし、いろいろ日本人とは違うところがあるんだろうなあ・・・

待ち合わせはJRの目黒駅の11時。降りたことない駅だなあ。いや、友達と一緒に全日本女子プロレスの道場マッチを見に行ったとき、降りたことある! 懐かしいなあ・・・

と思っていると、グーリャ登場。「こんにちは~」 笑っちゃうほど気の抜ける挨拶。「じゃあ、どこいこっか?」 って、浅草って言ってたじゃん。「普通に行くのはおもしろくないから、船で行く?」と提案すると、彼女は大賛成。

ベラベラとおしゃべりしながら、山手線で浜松町まで行く。こうゆうときはロシア語がわかると便利なもんだ。だって、他の人に聞かれたくないことは全てロシア語で話せばいいのだから。例えば「前に座っている男の人、太りすぎだよね。ラーメンばっかり食べてんじゃない?」とか。

浜松町の駅から歩いて浅草への遊覧船が出る日の出桟橋へ。切符はちょっと高かったけど、たまには船に乗るのもいいもんだ。

船が出港する。「気持ちいいね」「そうね」やっぱり海はいいもんだ、ルルルル~。

僕が「船乗ったことある?」と聞くと、「あるね」 ふーん。でも、ウズベキスタンって海、なかったよね。「この船、何回も乗ったことあるね」 えっ? 知ってたら乗らなかったのに! 「私、この船好きだから、何回乗っても楽しいね」 ふーっ、よかった。風に吹かれつつ、ゆっくりと浅草へ。一月にしては、日差しは優しく温かい。

浅草と言えば、やっぱり雷門。「ここも来たことあるの?」「もちろん」 じゃあ、何で「浅草に行く」って言ったとき、賛成したの? まあ、外国人が浅草に行くのは当たり前と言えば当たり前だが。

適当にぶらぶらし、店をひやかしながら、浅草寺へ。グーリャは一応手は合わせてた。

そして、昼食をとり、また「どこいこっか?」とグーリャ。うーん、どこがいいか、全く思い浮かばない。よく考えたら、彼女はもう3年近く日本に住んでいるのだから、ほとんどの所は行っているのだ。

「じゃあ、東京タワーにでも行く~?」 ベタだなあ。「でも、行ったことあるんでしょ?」「もちろんね。でも、おもしろいからもう一回行きたいね」 そういえば、俺、東京に住み始めて9年目だけど、行ったことないなあ。子供のとき、家族で東京に来たときに行ったっきりだし。「じゃあ、行こうか」

東京タワーの最寄の駅まで行くが、僕は道がわからない。するとグーリャが「こっちこっち」 完璧に道を知っている。「私、この近くのロシア大使館の学校に通っていたから、ここ、よく知ってるね」 へー、そうなんだ。旧ソ連圏出身の子供は、ほとんどみんなそこに通っているらしい。

東京タワーの展望台に上ってみる。僕は高いところがそれほど好きではないのだが、確かにいい眺め。グーリャは「あれは私が通っていた学校。あれは私がよく行っていた店。あれは・・・」と逐一説明してくれる。

せっかく来たのだから、特別展望台に登らない手はない。しかし、料金がメチャメチャ高い。グーリャは「高いから、やめよう」と言うが、僕は「せっかく来たんだから」と主張し、結局行ってみることに。

エレベーターに乗ってみると、僕達とエレベーターガールの三人だけ。平日の昼だからなあ。このエレベーター、丈夫そうだけど大丈夫かなあ、と思って、ちょっとジャンプしてみる。すると、グーリャ大爆笑。「何やってんの?!」「ジャンプしても揺れないから、このエレベーター大丈夫だよ」

エレベーターを降りても、彼女は笑い続けている。エレベーターの中で真顔でジャンプしていたのが、かなりおかしかったらしい。「あなたみたいな面白い人は初めて会ったね」

これは確かに高い。高すぎる。僕は高所恐怖症というわけではないが、高いところは特に好きではない。グーリャは高いところがお好きなようで御満悦である。
適当に景色を見た後、下に降りようとしたとき、グーリャが「お願いだから、エレベーターの中でジャンプしないでね」と思い出し笑い。

今日はアルバイトの日なので、17時までに三軒茶屋へ行かなければならない。もう少しだけ時間があったので、近くのドトールに入って雑談。話題は音楽、文学などいろいろ。姉のアーニャのほうがインテリなイメージで、グーリャのほうはヒップホップを聞いたりディスコが好きだったりと、いまどきの日本の若者と変わらないイメージだったのだけど、話していると本はよく読んでいるし、日本の高校生よりはよっぽど知識がある。まあ、ヒップホップを聞く人が本を読まないと思っていたこと自体、かなりの偏見なのだが。

もう4時近かったので、「じゃあ、僕、アルバイトがあるからもう行くね」と言うと、グーリャは「暇だから、一緒に行ってもいい~?」 まあ、いいよ。

確かに彼女は暇だった。高校を卒業して、大学に入るための勉強をしていた。どこの大学に入りたいのかは、特に言っていなかったので、僕は知らなかった。同じ高校だった友達、ロシア大使館付属の学校だから、もちろん友達はみんなロシア人や旧ソ連圏の人たちなのだが、友達はみんな大学に入ったり留学したりしていて、グーリャは遊ぶ相手が全然いなかったのだ。

営団地下鉄から東急東横線に乗り継ぎ、三軒茶屋へ。僕のアルバイト先は世田谷パブリックシアター。そこの楽屋事務所で受付をしていた。受付と言っても、仕事はいろいろで入館者のチェックや楽屋の管理、閉館後のかぎ閉めなど、簡単に言えば楽屋裏のお世話係のようなものだった。

劇場の前で「今日は楽しかったね。また会おうね」と僕が言うと、グーリャは「仕事、何時から~? もうちょっと話そうか」と帰ろうとしない。ちょっとは時間があるからいいのだが、こちらは気を使って言ったつもりだったのに。

時間ギリギリまでおしゃべり。特に内容のある話ではないのだが、ベラベラと。
そして、時間が来る。「え~!? もう行くの? まだ早いよ」 いや、もう遅れそうです。

すると、グーリャが「この建物、来たことある」 実はそのとき、パブリックシアターが入っている建物、キャロットタワーの中でウズベキスタン大使館主催の展覧会が行われていたのだ。「知ってた~?」「いや、知らなかった」「じゃあ、一緒に行こうか? 私が説明してあげるね」「でも、アルバイトあるし・・・」「今日じゃなくて、明日とかあさってとか」 えっ? また会うの? 別に嫌じゃないけど、あんまりしょっちゅう会うのって、逆にこっちが気を使っちゃうよ。でも、俺が自分で誘っているわけじゃないからいいか。

というわけで、二日後の日曜日に一緒に展覧会を見に行くことに。
特に彼女に興味があったわけではない。でも、女の子に誘われたり、僕と話したがったりしてくれるのは気分のいいものだ。僕は素直にうれしかった。

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