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  2-⓳ 告白

「大丈夫か?」
「ああ。アドレナリンが出ると、痛みを忘れると言うのは本当だな」

 顔をしかめた親友に、数時間前にクラシック初制覇の歓喜を味わった調教師が言った。時折、馬の嘶きが春の柔らかな風に乗り、リビングで向かい合う彼らの耳に届く。

 彼は、目の前に置かれているコーヒーカップを手に取った。深みのある味わい・・・彼の大好きな味だった。

「彼女は知っているのかい?」
親友の問いに、お茶で喉を潤す手を止め、彼が言った。

「ああ。娘だしな。受け入れてもらわなくては困るからな」
 彼は、つい先程自室に戻っていった娘を追いかけるかのような視線を投げかけて言った。

 悲しみを堪えながらも、精一杯の笑みを浮かべていた痛々しい彼女の姿を、親友は想い浮かべていた。

「そうか・・・・・・」

 刻々と時間だけが過ぎていく。


 その悪夢のような知らせを、彼がLINEで受け取ったのは、皐月賞前日の事であった。

「冗談だろう?」何度尋ねても、
「冗談ではない。本当の事だ」頑として譲らなかった。
 言葉にならなかった。沈黙が、時を支配した。

「少し2人で話をしよう。申し訳ないが、時間を作ってこっちに来てくれないか!」

 彼は職場である養護施設に事情を話し、翌日、朝1番の飛行機で新千歳空港を発った。


 皐月賞勝利翌日、全休日の午前9時。
彼は自宅のリビングで、2人の調教師と向かい合っていた。
 1人は盟友と言ってもも良い、現在はアメリカで活躍する若手騎手の師、1人はその若手騎手の父親である。

 2人は、彼の言葉を絶句を持って受け入れるより、他に方法がなかった。
 しばしの沈黙の後、彼は話を続けた。

「それでな・・・スタッフ達の・・・」


 やがて、長い話し合いが終わり、2人は目を見合わせて頷いた。

 その瞳は、決意に満ち溢れているかのようであった。


 その日の午後・・・
調教師宅のリビングに、調教助手、厩務員、厩舎に所属するすべての関係者が集まっていた。皆、神妙な面持ちであった。

 全員が揃った事を確認してから、彼はゆっくりと口を開いた。

 誰もがその意味を理解できず、お互いに顔を見合わすばかりであった。
 それでも、師のただならぬ表情で、それが事実なのだと受け入れるしかなかった。やがて、師は言った。

「変えられない運命ならば、受け入れねばならない。しかし、忘れてはいけない。人の心は、馬に伝わる。彼らを不安にさせてはいけない。俺も含めてここにいるみんなはホースマンだ。ホースマンの強さは団結心だ。我々の強さは団結心にある。それを忘れるな!」

 皆、視線を上げた。

 リビングに飾られている中田厩舎のモットー・・・。

〈happy people make happy horse〉

 皆、そのモットーを復唱した。
ある者は涙を拭きながら、またある者は涙を流す者の肩を叩いて。

 やがて、彼らは頷き合った。
ホースマンとしての使命を果たす為に。

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