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  2-㉑ 誓い

 煌びやかな結婚式場の敷地内にあるチャペルでは、十数人の一行が今、永遠の誓いを立てる2人を見守っていた。

 神父が厳かに言った。
「新郎、大空翔馬。あなたは病める時も健やかなるときも、悲しみの時も喜びの時も、どんな時も、新婦伊奈すみれを愛し、守り続けることを誓いますか?」

「はい、誓います」

「新婦、伊奈すみれ。あなたは、病める時も健やかなる時も、彼の成績が悪い時は、おいしい料理を作り慰め、彼が有頂天になっている時は彼の苦手な魚料理で現実に引き戻し、そして、どんな時も新郎大空翔馬を支え、愛する事を誓いますか?」

「・・・・・はい。誓います」

「では、今ここにて永遠の印として、誓いのキスをしてください」


 2人が誓いのキスをしたその時、見守る観客からたくさんの拍手と、心の込もった暖かいヤジが浴びせられた。

「翔馬!キスしたのが見えなかったぞ!もう一回だ!」
 これは昨日のあの大舞台・・・最後の直線で叩きあった、新郎と新婦を結びつけた天才騎手のヤジ。

「先輩!新婦をお姫様抱っこでお願いします!」
 これは本日のカメラマンを担当しているバレットの無茶振り。そして、
「すみれさん、さっきクスッて笑いましたよね!翔馬君、鮎とサンマが大嫌いだから毎日出してあげてください!」
 本日唯一の女性参加者の一言に、一同大爆笑に包まれた。

 たくさんの笑顔に包まれて、2人は盛大なる祝福を受けた。


 翔馬は皐月賞制覇の2日後に、師から重大な告白を受けた。
 驚天動地の告白に、悲しくて、悔しくて、ただひたすら泣く事しかできなかった。

 しかし、彼にとって一番大切なホースマンの、命を賭けたその意思を引き継ぐ決意をした。

 師匠に何かを残したい・・・。


 翔馬は、すみれが天皇賞翌日の月曜日が休みである事を確認し、絶対に予定を入れないように念を押してから、朝日師と冨士原師に相談した。そして、何やら閃いた冨士原師が電話した先は、ゲメインシャフトのオーナーであった。

 オーナーは、京都、大阪を中心に、関西近郊でブライダル事業を展開、結婚式場を数店舗運営している。
 彼自身も初のクラシック制覇の2日後に中田師からの連絡を受け、意気消沈しているところであり、3人の相談を即座に了承した。

 ここからは他言無用が徹底された。
ゲメインシャフトのオーナーは、再来週に行われる天皇賞春に有力馬を出走させるオーナーに連絡をし、そのオーナーが生産牧場の代表に連絡をした。

 翔馬も水面下で計画を進めていた。
天皇賞春でおそらく1番人気になるであろう、自身とすみれとの縁を取り持ってくれた先輩騎手に、自らのバレットに、北海道の蒼井先生に、そして居酒屋のオーナーに連絡を取り、実行当日に久美さんが師匠を連れ出す作戦を立てた。

 飯を食うにしては、ずいぶんおしゃれに気を遣っていないか?と、師はかなり疑ったらしいが、何とか無事に教会に連れ出す事に成功した。


 本来2人の結婚式は、12月の最終週・・・年内最後の競馬開催終了翌日に行われる事になっていた。
しかし、大切な師匠の残された時間に是非とも見てもらいたいと、関係者を巻き込んだ、全会一致の協力の元に行われたミニウェディングパーティーである。

 この式に参加している全ての人が、彼の現状について知らされていた。
 限られた命、いつ果てるか分からない不安の日々であるはずなのだが、彼は心からの笑みを浮かべていた。

「翔馬、すみれさん、本当におめでとう!今日予行練習、いやスクーリングをしたから本番はリラックスして望めるかな?しかし、久美が俺の髪の毛をセットするわ、スーツ、引っ張り出してうろうろしてるから、おかしいとは思ったんだよなあ・・・」

 結婚式場別棟にあるパーティールームの一室に、一行の笑い声が重なり合った。

 スイーツが大好きな彼の為のスイーツ尽くし。
 高級なイチゴ、メロン、桃、マンゴー
、ぶどう、ドリアン、ドラゴンフルーツetc・・・メインディッシュはフルーツ満載のロールケーキと、フルーツサンド、そしてフルーツパフェ。彼も笑顔で手を伸ばしていた。

 彼は幸せな気持ちでいっぱいであった。
 人生の終章を迎えるにあたり、人生とは生きた長さで決まるわけではない、何らかの縁により出会った人達と縁を紡ぎ、どれだけ濃密な時間を過ごせたかで決まるのだと確信したのだった。

 今日の事は絶対に忘れない・・・天国に行ったら美里に話してやろうかな・・・。

 心の中で微笑んだつもりが、どうやら表情に現れていたらしい・・・皆の視線を感じ、彼は姿勢を正した。
 大切な弟子を思う、彼の最後のお願いであった。

「皆さん、翔馬の事をどうかよろしくお願いいたします」
「先生・・・・・・」

 命を賭けた、師から弟子への継承であった。皆、それぞれにその言葉を胸に刻み込む。

「大丈夫ですよ先生!翔馬はこれから益々大きく羽ばたきますから!僕も真剣勝負で、彼と戦い続けます!」天才騎手はニヤリと笑った。
 出席者から「おお、いいぞ‼︎ 2人とも頑張れ‼︎」の声が上がる。
「そうだ!もし娘の久美が結婚するような事があれば、ついでに皆さんどうかよろしくお願いします」
 父の言葉に不満を覚えた彼女は、
「いつかは結婚しますから‼︎鷹さんか、翔馬君にいい人紹介してもらうから、お父さん安心して!」と、不敵に笑った。

 彼は満足そうに頷いていた。

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