翔べ君よ大空の彼方へ　　　　　7-❻ 見えない力

2024年8月31日 12:00

「さあ、最後の直線！ダークマター、ホットスパイクここで一杯か？替わって外からベルベットライリー先頭！内を突いてユニオンプライド！キングオブサイレンス、セブンオーシャンズもやって来る
！しかし来た来たやって来た！外からファイアスター！さあ、戦場に火を付けるぞ！豪脚を吹かしてファイアスター、一気に前を捉えるか？その後ろ、スペシャルローリングサンダー、ラーヴルステッキ一発！その背を追うぞ！そして後方、スターオブユニオン馬場の真ん中、真一文字にやって来た！残り400だ！ファイアスター一気に躱した！その後ろをスペシャルローリングサンダー、懸命に追っている！その差は1馬身！そしてスターオブユニオンだ！馬群を割ってスペシャルローリングサンダーに迫る！

　しかし先頭はファイアスター！
オオゾラカケルまだ持ったまま！スターオブユニオン、スペシャルローリングサンダーに馬体を併せにかかる！
　並んだ並んだ！残り300だ！
2頭横並びで懸命に前を追う！先頭はまだファイアスター！1馬身のリードがある！
逃げる逃げるファイアスター！その差は半馬身！いよいよ来た！スターオブユニオン、スペシャルローリングサンダー、その背に迫った！

　どうだファイアスター！行けるかファイアスター！前は完全に3頭の争いだ！
　逃げるファイアスター！オオゾラカケル、ここでステッキを天に高々と掲げた！そして一発•••」

　耳を劈く風の音、芝を蹴散らす蹄音、そして2頭の息吹と鞍上の気迫が人馬に迫りくる。しかし•••。

　翔馬もファイアスターも、すぐそこに
、手を伸ばせば届く場所にいる幻の馬を追いかけていた。

　光輝くその馬体と、黄金の背中を持つその鞍上を追って！

　もう少し！あと少し！
　親友はすぐそこにいる。

　翔馬はステッキを抜いた。
親友もまたステッキを天に掲げ、そして翔馬を引き離すかのようにその天馬がスピードを上げた。

　人馬はその背を追った。
　あと半馬身•••。

　ファイアスターはその存在をはっきりと認識していた。
　これが、主人の親友でもある好敵手が操る馬である事を。

　〝負けない！〟

　ファイアスターの全身に気迫が漲り、
そして•••彼は、風を切り裂いた。

　遥か彼方へと駆け抜けて行った。

「残り200！スターオブユニオン、スペシャルローリングサンダー並んで遂にファイアスターを捉え！いや⁉︎ファイアスター離した！並ばせない！並ばせない！離した！逆に突き離した！1馬身！1馬身半
！ファイアスター差を広げた！これが王者の底力か！差は開いた！2馬身から2馬身半！これが、これがファイアスターの真の力か？何と！何と！離した！離した
！3馬身から4馬身！途轍もない強さだ！

　残り100！ファイアスター強い‼︎
オオゾラカケルの一発でファイアスター
、後続を置き去りにした！〝もっと走らせろ〟と叫んでいるのかファイアスター、手加減無しの爆走だ！ファイアスター圧勝！ファイアスター圧勝〜！日本からやって来たファイアスターが英2000ギニーに続いて英ダービーをも制し、英国クラシック二冠を達成しましたあ〜‼︎」

　実況アナウンサーの、観客の、大いなる絶叫は国境を、海を越え、新たなる伝説を創り挙げるであろう英雄の誕生を、心から祈ったのであった。

　多くのカメラマンが彼等のベストショットを撮影しようと躍起になっていた。
　彼等もまた威風堂々、見事英国二冠を達成したその凛とした姿を見せ、カメラマンのリクエストに応えているかの様子である。

　翔馬とファイアスターは前を行く天馬を追いかけ、そして馬体を併せ、最後の一完歩で•••越えた。

　ファイアスターは満足したのか、ゴール板を過ぎてゆっくりと隣を併走する天馬と足並みを揃えるように、クールダウンのキャンターからトロットへと移行、息を整えていた。

　隣で笑みを浮かべる親友。
何かを呟いていた。翔馬は耳を澄ました
。
　心に•••届いたような気がした。

〝ダービー、先に取られたな！おめでとう！〟と。

　やがて、天馬は空へと羽ばたいて行った。人馬は、空へと伸びゆく一条の光を見つめていた。

「見えない力が•••アイツが背中を押してくれました」

　大観衆は全てを理解していた。
大空翔馬が今でも、天国で眠る好敵手の
、伝説のホースマンの背を追っている事を。悲しみを未来の糧へと昇華させ、そして掴んだ喜びの涙。

　エプソムダウンズ競馬場が揺れた。
快挙へのコールとエール、そして夢の続きを•••と。

　彼は、ファイアスターは英国3歳牡馬を統べる王者となった。

　欧州の、二つの高い山々を制覇した彼は、更に高い別の山への旅を続ける。
　その困難な旅は、彼を更なる高みへと導く事であろう。