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1-㉓ 平等の命

「ワシはな、絶対に勝ちたかった。この馬をここまで育ててくれた親友の為にも。そして、その妻のお腹の中に宿っている命の為にも。
 スタート直後はな、冷静だったんだ。生涯一とも言える状態の良さで手ごたえ抜群、最終コーナーでもう勝ちは確信したようなものだ。後続には8馬身以上差をつけ、息遣いに乱れは全くなかった。このまま無理をしなくても大丈夫だ。

 残り300メートル。
ところが・・・だ。・・・ワシはフランスダービー史に刻まれるであろう彼のその強さを人々の記憶の中に残したいと思った。ワシは目一杯ステッキを入れた。もっと差を広げるんだ!その思いで。

 けれど・・・残り100mで異変が起こったんだ。ワシは空に放り出されてしまった。世界が暗転した。
 ああ・・・なんてことだ。ワシは何とか立ち上がった。勿論、レースはまだ続いていた。後続の馬が次々とワシの馬を追い抜いていく・・・」

 ロッシがエリーの髪の毛を優しく撫でながら言った。

「ワシはな・・・・・・泣いた。時間を戻してくれ・・・と。ワシが泣いているのを感じたんだろうな・・・その馬がな、ワシの方に向かってこようとしてるんだ。一生懸命にな。でもな、無理なんだ。両前脚が折れているのがはっきりと分かったから。
 それでもな、頑張るんだ。

 ワシは、走った。走って抱き締めた。そして、ごめんな。ごめんな。って・・・。痛いはずなのに、ワシの顔を舐めるんだ。
もう泣くなって言ったのかな?

 それが・・・・・・彼の最後だった」

 皆・・・泣いた。翔馬も・・・・・・。

「それでな、ワシは騎手を辞めたんだ。
馬に乗るのが怖くなって辞めたかのかもしれない。けれどな、本当は違うんだ、カケル君」
 翔馬は涙を拭いて顔を上げた。

「確かに、あの事件がきっかけになったのは間違いない。
 その1ヵ月後かな、ワシが昔乗っていた馬が乗馬になっていると言う話を聞いて、ぜひ会いたいと思い、その牧場へ顔を出したんだ。するとな・・・ワシは見てしまったんだ。クラブの代表者らしき者がな、その馬をネグレクトしていたんだ。
見てもいられない程の姿になっていた。きっと餌もろくに与えられず、雨の日も厩舎に入れてもらっていないのだろう・・・歯もボロボロで、背中一面がうろこ状の疱瘡に覆われていたんだ。

 ワシは・・・我を忘れた。
クラブのスタッフが出てきてワシを止めたが、代表はその場に倒れていた。幸いにも、ワシが手を出した事で倒れたわけではなかった。持病があって、ワシが怒鳴ったそのショックで倒れたと言う事だった。

 その後、彼はそのクラブを閉めた。
悲しい姿になった馬達がな、他にも何頭もいたんだ。警察が介入してな、事件になったから」

 彼は、ワイングラスを手に持ち、グラスをゆっくりと回しながら、やがてテーブルに戻し、話を続けた。

「ワシはその馬を引き取った。それでな・・・親友にお願いしたんだ。この馬を預かってくれと。大切な馬を壊してしまったワシのお願いを、親友は笑顔で引き受けてくれた。それでワシは騎手をやめると決めた」

 ロッシははエリーの涙をハンカチで優しく拭いてあげた。

「次のワシの夢はな、大金持ちになる事だ!大金持ちになって馬主になると決めたんだ。そして、たくさんの馬達の親になって、その馬が天寿を全うするまで、過ごさせてあげようと決めた。
 成績を残した優秀な名馬も、人々の記憶に残らぬような名も無き馬であってもな。生まれてきた以上、命は平等なのだから・・・」

 翔馬はロッシをひたと見つめた。
命は平等・・・・・・生産者が愛情を、魂を込めて育て上げた命。何よりも、母親が苦しみ抜いた末に、産み落とした命。

「カケル君には、サラブレッドの命は、長いようで、短いという現実を知った上で、本物のジョッキーとして輝いて欲しい。目を背けないで欲しい。
 いつか君が、騎手を引退した時に、君が携わった、すべての馬達の平安を、魂を守ってあげて欲しい・・・・・・」

 翔馬はすべてのものに感謝をした。
この場所に導いてくれた事に、たくさんの出会いに、そして、今生かされている事に。
 翔馬は力強く頷いた。

「エリーごめんな。せっかくのハッピーバースデーなのにな・・・」
 ロッシがエリーの髪の毛を優しく撫でていると、エリーは真剣な眼差しで言った。

「ムールーがね、フェニックスを産んだ時に私泣いたの。ムールーがお骨になった時も泣いた。パパがね、思い出がタマシイなんだよって教えてくれたの。タカラモノなんだよって。だから、おじさんの話、絶対に忘れない。おじさんの話もタカラモノだもん!」

 エリーはロッシの膝の上から降りて、自分の席に戻った。 

「パパ、ママ、出会ってくれてありがとう。そして、エリーを産んでくれてありがとう」
 ウッドと陽子は顔を見合わせ、泣き笑いの表情で言った。

「どういたしまして‼︎」

天国のムーランルージュ

PS・・・次回配信は、7月1日土曜日正午・・・🐴第1章最終話です。ここまでお読みくださり、心より感謝申し上げます。

 物語はまだまだ続きます。
引き続き、お目に留めて頂ければ幸いです。
      AKIRARIKA

 この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇