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【短編小説】成人の扉

あらすじ
主体性がなく断れない性格の高校3年生斎藤拓真は18歳で成人になろうとしていたがまるで自覚などなかった
しかし白木真子との出会いが彼を大人へと導いていく…
※章立ての番号について:特に1章から17章は存在しません

(読了時間目安:約9分)




18. 成人


「斉藤、お前はどれにする?」
「あ、うん、僕も同じのにしようかな…」
「じゃ、おっちゃん、”マグマ”2つね!」
「まいど!」

僕と同級生の友人は注文後そのキッチンカーの前で待っていた
特に話すことも無く、明日の天気などの話をして白けた時間を虚しさで埋める
しばらくすると店員が真っ赤な具材が入ったタコスを手渡してくれた
僕の中身のない話を遮り、友人はそれを興奮気味に受け取った

辛いものが苦手な僕にとってこの800円はドブに捨てたようなものだ
それでも、この時間、この積み重ね、この関係が重要だった

友人と僕がタコスを一口頬張りながらキッチンカーへ背を向けると
クラスメイトの白木真子とすれ違う

しばらく見ていると彼女もまたタコスを注文し受け取っていた
「あれ、”W地獄マグマ”だぜ…マジかよあの女…」と友人が驚いている
その表情からは笑いと興奮が見てとれる

僕の口の中はヒリヒリと痛みに近い熱さを覚えていた
そんな僕をじっと見ながら、白木真子は一切表情を変えること無く
その灼熱地獄を目も唇も真っ赤にして頬張っていた

白木真子は頭脳明晰、成績優秀な爽やかな美人で学校中の生徒から先生までもが一目置く存在だ
そんな彼女が今、僕をまっすぐに見ながら激辛タコスを口いっぱいに詰め込んでいるのだ

「お、おい…白木さん、絶対俺のことガン見してるよな?」
と隣で友人はさらに興奮していた

僕には同級性の彼女がいた
友人からの紹介で、彼の顔を立てるため付き合うことにした相手だった
彼氏として清潔感を保ち、できるだけ笑顔を交えて会話をし、彼女の思い通りの服装や髪型にして、彼女の好きな場所へ遊びに行き、彼女のしたい時に応じる
彼女はそれで幸せだと言っていた

僕に欲が無い訳ではない
ずっと空腹の状態を我慢していると食欲そのものが無くなっていくように鈍感になっているだけなのかもしれない
幼い頃、わがままを言ったその日から母親が家に戻らなくなった
自分を出せば大きなものを失う、そんなトラウマがどこかにあるのかもしれない
だからと言ってそんなことを重く意識して毎日過ごしている訳でもない

ある雨の日の放課後、下校準備をしていると屋上に白木真子が傘もささずに佇んでいた
こっちを向いているのだろうか?遠くてはっきりしないが、何をしているのだろうと思った
「たしか、今日は休みだったよな…」
気になった、何か話したいと思った、チャンスだとも思った
今あの場所へ行けば「どうしたの?」と傘を差し出すことができると思った

「ね、みんなでいつものカラオケ行こうって」

しかしそんな意志は聴き慣れた声が耳に入っただけで雨水のように簡単に下水溝へと流れ落ちる

あの日以来、白木真子の様子が少し変だと教室で話題になったが、一月もすれば他の話題に置き換わっていた

11月の誕生日で僕は18歳となった
今日から成人となったらしい
虫で言えば成虫、ハマチやメジロで言えばブリということだろうか
人として成熟し、他の大人と同じ扱いになるらしいと学校でも教わった
…が当然何も変わる訳がない


19. 契約


先に成人化していた友人からカフェへ呼び出された
いつもならつまらない僕と2人きりになるようなことはしないのに珍しいなと思った

「な、これにサインしてくれよ
大丈夫、絶対確実な投資話なんだ、名前書くだけだからさ!」

そう言って友人は1枚の紙とペンを差し出してきた
友人は金を借りる訳でも、迷惑をかける訳でもない、ただ名前を借りたいだけだと強調する
僕にもこれが危ない橋であることは何となくわかった
でも僕にはどこか自分の意志というか、自分を守る危機感のようなものが欠如しているようで、あるところまで考えると天井にぶつかるみたいに思考がフリーズし、結局は深く考えることができなくなって、疑うことをやめ、反論することもできずに、最後には相手の求める感情に流されてサインしてしまうのだ

「ありがとう!斉藤!」と友人が言った瞬間
隣の席にいた大人っぽいメガネの女性が立ち上がり机にぶつかった
コップの水が倒れて友人にかかり、慌ててその女性はハンカチで友人の服を拭き平謝りをしながら爽やかな香りを残し去っていった
友人と僕はしばらくぼーっと彼女の後ろ姿を目で追った
気がつくと先ほどの書類がなぜか無くなっており、友人は慌てたが、また書いてもらえばいいかとすぐに割り切っていた

僕にはわかった
メガネをかけ、化粧をし、服装も大人っぽく香水も付けて別人のようだったけれど、あれは白木真子だ

「助けてくれたの?」

後日、僕は学校の図書室にいた白木真子の向かいの席に座り
読む予定のない本を適当にめくりながら小声で話しかけた
しばらくすると彼女から意外な返事があった

「知ってた? 大人になると約束より契約が大事なんだって」

あの連帯保証人契約のことを言っているのだろうか…と僕は思った

「私も助けてよ、斉藤拓真くん」

フルネームを言われ少し戸惑ったが、もちろんという気持ちもあった
すると、彼女は1枚の紙とペンを差し出してきた

そこには今の友達や彼女と別れること、受験勉強を一緒にすること、他人の連帯保証人にならないこと、結婚を前提に付き合うことなど関連性の無い様々な条件がズラッと書かれており、一番下には“署名(自署)“の欄があった
僕が困惑していると、さらに彼女は「お願い、助けると思って」と可愛く念を押してくるので、とにかく彼女の力になれるのならと思い僕はサインした

「はぁ、今言ったばかりなのに…キャラブレしないねー君は」

彼女は僕がサインした紙を手に取り、これまで見たことのない真顔で、
人形のように口だけを動かして無感情に言葉を吐いた

僕はもしかして騙されたのかもしれないと思い直した時、
“今の彼女”が図書室の入り口までやってきて「帰ろう」と手招きをしているのに気がついた

僕が立ちあがろうと腰を上げると、白木真子は僕の机に付いた手を押さえ
もう片方の手で僕を引き寄せたかと思うと静かに唇を重ねた


20. 大人


高校を卒業し、奇跡的に白木真子と一緒の大学に入ることができた僕は彼女と付き合いながら大学生活を送った
車の免許を取って、遊びに行ったり、選挙に行ったりしていたら、そろそろ就活という時期になっていた

彼女はよく僕を好きだと言ってくれるが、僕にはその理由がわからない
「恋に理由なんて必要ない」というどこかで聞いたようなセリフをただ受け入れるしかなかった
僕にできることは、嫌われないように努力することだけだ
あの日の契約は永続的に有効らしく、僕は今でも言われたことを忠実に守り続けていた

そんなある日、カフェで彼女が外を見ながらふと呟いた

「拓真って、ボンドそっくり」

それは彼女が幼い頃に懐いていた犬だという
僕はそれだけ彼女の心の拠り所になっているという意味だと受け取り少し嬉しくなった

「でも、飼い犬とは結婚できないよ」

彼女の言葉は耳までは入ったはずだが、なぜか脳に到達しなかった
今何と言ったんだろう…? なんだか明らかにいつもと空気が違う
僕が聞き返そうとすると、彼女はあの時の契約書を取り出し、目の前で破って見せる

「私たち、もう大人にならなきゃ」
そう言って彼女は破れた契約書が散らばるテーブルをトンと軽く叩く

僕が困惑していると、彼女は立ち上がり僕の首元へ手を伸ばし
誕生日に彼女がくれたネックレスを外しバッグへ入れた

「どこにでも行っていいよ、もう解放してあげる」
僕は驚いて聞き返す「どういう意味?」
「野生へ返すってことだよ、君は自由、じゃあね」
そう言ってあっさり立ち去ろうとする彼女の手を僕は思わず掴み叫んだ

「嫌だ!」

思いの外、大きな声が出た

「ちょっと、やめてよ…」
僕の大声に周囲の客は何事かと振り返り、今度は彼女の方が困惑している

彼女が僕の口を手を塞ごうとしてもそれは止むことはなかった
モゴモゴと一瞬籠ったのも束の間、すぐに隙間から大音量が溢れ出した

「嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ、嫌だぁーーーー!!」

僕は立ち上がり彼女を掴む手にさらに力を込めた
彼女が痛みに眉をひそめる様子がわかるのになぜか止まらない
こんなことはこれまでなかったのに…
誰かと別れることなんて、ただの席替えのようなものだったのに、何でもないことだったのに…

僕はまるで親に懇願する子どものように駄々をこね、ただただ大声で同じ言葉を連呼し続けた

僕は彼女を好きだったのだ
僕は白木真子が好きだったのだ
斉藤拓真は白木真子が好きだったのだ

はっきりとそれが認識され、それを心底思い知った時、
悲しみの海の底から浮かんで見えたのは彼女ではなく自分自身だった

その日を境に白木真子との関係は完全に消滅した
僕は彼女の彼氏では無くなり、一度交わった2つの直線のようにその距離は離れてしまった

わがままを言わずにいても、彼女との生活は破綻した
自分を出さなくても大きなものを失う
だからと言ってそんなことを重く意識して毎日過ごしている訳でもない

僕がはじめて自分で契約した居場所には、再び"入居者募集"の看板が立てられていた

新居のポストに選挙の投票所入場券が届いていた
投票当日、出口調査で投票理由について聞かれ僕はこう答えた

「僕たち大人が未来を作るんだと思うからです」


あとがき
20歳当時、僕は「あなただけに映画などが安く見れる特別なチケットをお譲りします」という契約を高額でしたことがあります
要はクーポンのようなものだったと思いますが、それを受け取るには毎回事務所へ行かなくてはならない上、使えるものも限られており、完全な無駄遣いとなりました
学生気分真っ只中、僕には成人の自覚も危機感も無かったのでしょう
お陰様で今は、良くも悪くもよく考えるようになりました

あきらみきと

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