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詩集「冬の手紙」

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主に「恋ごころ」をテーマにした未掲載作品をまとめました。若き日の恋愛経験を振り返って、00年代に書いた詩が多いです。なかでも「冬の手紙」は、人生の転機とも云える出来事を詩にしまし…
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冬の手紙

冬の手紙

冬のはじめにあなたと出逢った
まだ見ぬあなたに手紙を書いたのは
乾いた路上にちいさな虫の亡骸があったから
僕はひしゃげた胸に、灯色の北風を吸い込んだ

クリスマスを好きだと無邪気に書いたぼくに
宗教ではない信仰を愛したいとあなたはつぶやいた
孤独な帰りみちに家々の夕餉の香りが漂う頃
失くした信仰を慕ってあなたは泣いた

冬の手紙には死の影があったが
血と酒の匂いを嗅がなければ湿った岸にたどりつけな

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vagabond

vagabond

宵くちにあがりたる月の
まじることなき乳と灰のしずかなるせめぎ
あかずとみつめつづけるこのむねのうちに
あおき火の粉のふりかかりたる

うみはくらくくろく、やうやうとして在るのみにて
ただなみうちのおと、しろき駿馬のあしおとをつたえつたえ
処は死におもむきたるもの、いきてもがきするもののさかい

のぞみはこえに こえはうたになり
おのがむねときはなちたるそのときをまつ 
うきしずみ、まなこはなみの

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やまと薔薇

やまと薔薇

ふくよかな唇は饒舌そう
あお空に映える無邪気な容姿
なのに、たくさんの秘密を抱えているような

野性的でおおらかな肢体だから
用心深く触れないと怪我をする
かたくなな幼さが匂いたつ 春の庭

強靭な無数の棘をまとうのは
愛されたい欲求を見透かされないためか
つよい生命に恵まれた花なのに

彼女たちが表情を閉ざす夜
おぼろげな囁きの中身は闖入者のうわさ
深いふかい茂みのくらがりに 彼女たちの戦利品

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夏の宿題

夏の宿題

草いきれがする なだらかな参道の途中、
彼女は突然くちぶえを吹きだした。
背中の汗が気になり出していた僕は、
ふいに青空を見上げた。

木々の若葉をそよがせる無数のやさしい指だ。
肌に心地よくなじむ風。
どうしよう、この瞬間を切り取りたい。
くちぶえが夏を連れてきた。

彼女の柔らかな唇が、
くちぶえを吹けない僕のかわりに、
二度とは訪れない景色を連れてきた。

僕が彼女にしてやれることってなんだ

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林檎をスケッチ

林檎をスケッチ

煤けた顔が乱暴に流れていく地下街を
原色たる彼女は陽気に闊歩する
手に持っているのは紅玉の果実
どんなふうにあなたたちは出逢ったのだろう
花でさえ曖昧な表情をするこの季節に

またあるときは
おもたく不愉快な湿気に沈む深夜のホームで
少女が少年の尻ポケットに指を入れ
少年は少女のやせた肩を抱いている
君たちがあまりにも不安げな面持ちだったから
不器用にナイフで断ち割られて
少しずつ酸化していくその

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夢と手帳

夢と手帳

あなたのことだけを記した手帳なのでした
まなざしがとても柔らかなあなたについて
夜毎の夢の中で大事にしていたはずだったのに
とうとう失くしてしまったようです

どこで落としたのか見当もつかず
今覚えているのは
天王寺で逢う約束を交わしあった事だけ
けれども、あなたにまた逢える日が思い出せない

曇天からおもたい雪が降ってきました
あなたはどんな顔で、どんな声だったのでしょう
なぜこんなにも過去の幸

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ダリアの女

ダリアの女

花弁の、ひとひらずつに強さがあるの。

俯きながら、あしもとにことばをおとす
少しやつれたようにみえる彼女の頬の向こうで
一輪のダリアが、優雅に落日の陽をあびる

厳格な真冬の空はいよいよくろくくらく
鬱屈しがちな街角のいたる処に、冷めた水彩を描く
耐えきれずシェルターに駆け込んだのだ
彼女自身がその絵に取り込まれないように

わたしにはやりたかったことがある
それを喧騒のなかでわすれていた
さほ

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きみの踊りを讃える詩を知らない

きみの踊りを讃える詩を知らない

きみの踊りを讃える詩を知らない
きみの想い見守る人たちの顔を知らない

知らないことが多いけれど
この胸に満ちる誇らしいきもちを
まずきみのもとに、そしてぼくの糧に

青白い影に染まるつまさき
たおやかに揺らぐ灯を綴るゆびさき
情感の五線譜、線と線のはざまを軽々と跳ねる
春誘う純白のイマァジュ

きみが演じるさまざまな愛のかたちは
ちいさいころに好きだった寓話のようで
もしかして失くしてしまったの

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