見出し画像

研修医がいる病院を選んだ方がいい理由

練習台にされるのはまっぴらごめんだから、研修医がいない病院に行きたいです。
こうおっしゃる患者さんは多いものです。しかし私は自分が患者として治療を受けるなら、絶対に研修医がいる病院を選びます。かぜ薬をもらいに行くクリニックならあまり気にする必要はありません。しかし入院するとか、手術を受けるとか、出産するとか、そういう命に関わりかねない処置をされるのであれば、研修病院を選ぶべきです。

 日本のお医者さんは、医学部の6年生の最後に医師国家試験を受けます。合格して医師免許を取得すると初期臨床研修医になります。戦後の日本で導入されていた「インターン制度」では、医学部を卒業してから1年間の臨床経験を経て医師国家試験を受けていましたが、1968年の医師法改正により、国家試験は医学部6年生で受けることになりました。なので研修医は医師免許を持っていないというのは誤った認識です。免許ではベテラン医師も研修医も同じなのです。初期臨床研修は2年間あります。将来何科の医師になるかにかかわらず、この2年間は外科や内科、小児科、産婦人科、麻酔科などを数ヶ月ずつローテートして基本的な知識や手技を身につけます。卒後3年目以降は希望の診療科の後期研修に進むので「後期研修医」と呼ばれます。後期研修医のことを専攻医ともいいます。2年〜5年の後期研修を終えると、それぞれの科の専門医試験を受けて、外科専門医、内科専門医などの資格を得ます。
 一口に研修医と言っても、その科の専門医を目指している後期研修医と、ローテーターの初期研修医がいるということをお分かりいただけだと思います。初期臨床研修は必須で、後期臨床研修は必須ではありませんが、ほとんどの医師は後期研修を受けて、何科かの専門医を取得しているのが普通です。しかし例えば眼科を開業するのに眼科専門医は必須ではありません。外科も産婦人科も小児科も、医師免許さえ持っていれば、専門医は持っていなくても開業できることになっているのが日本の法律です。産婦人科を開業して帝王切開をおこなっているのに、産婦人科専門医は持っていないというようなことももちろん起こり得るということです。ちなみに多くの学会のホームページでは専門医の実名を公表しています。だから自分の担当の医師が専門医なのかそうでないのかは簡単に調べることができます。確かに専門医の資格を持っていなくても、診療に申し分ない知識や技術を伴った医師はいます。特別な信念のもとにあえて専門医を取得していない場合もあるでしょう。しかし専門医を取得しているというのは、少なくともそれなりの研修施設に数年間所属し、指導医の指導を受けたということの証です。大学に通い、試験に通れば取得できる医師免許とはここが違います。つまり卒後7年以上経っているのに専門医を取得していないということは、組織の中で社会人として仕事ができなかった人である可能性もあるのです。患者個人が医師の人間性や技術を評価して自分の治療を任せるよりも、学会が認定した医師に任せる方がはるかに安全で確実です。

 運転免許さえ持っていれば、車の運転が上手い訳ではないのと同様に、医師免許さえ持っていれば、必要な知識はあるだろう、技術を伴っているだろう、患者の利益を最優先に考えているだろうというのは、残念ながら大きな勘違いなのですが、日本では「医者は神様」という前提のもとに、医師が行う医療行為が正当であるかどうかを第三者が評価するシステムがすっぽり抜けています。極端なことを言えば、金儲けのために必要のない手術をする医師がいたとしても、誰にも文句を言われないのです。患者さんはありがとうございますと言ってお金を払います。必要がないことを自覚しなら医療行為を行うまで悪質な例はさすがに稀だと思いますが、日々進歩する医学に追いつけず何十年も前のやり方をそのまま行なっていたり、自分の個人的な考えに基づいて一般的ではない医療行為を行なっているというケースはまあまあ見かけられます。
 医学が日々進歩するといういうのが重要な点で、10年前に当たり前だった治療法が、今では全く効果がないということがわかる場合もあります。本当にその治療法が病気に対して効果があるという証拠を私たちは「エビデンス」と呼びます。世界中の医師や研究者が、あらゆる治療法の「エビデンス」を研究して発表しています。このエビデンスを集めたものが各学会が発行している診療ガイドラインです。現在ではあらゆる病気に対してそれぞれのガイドラインがあります。産科ガイドライン、膵炎治療ガイドライン、てんかんを持つ妊娠可能年齢の女性に対する治療ガイドラインなんていう細かいガイドラインもあります。そしてこれらのガイドラインは最新のエビデンスに基づいて数年に一度改訂されます。私たち臨床医は常に最新のガイドラインに沿った治療を行うことを求められます。ほとんどのガイドラインはインターネット上で公開されていたり、誰でも書籍を購入することができます。自分が受けている治療にエビデンスがあるのかどうか疑問に思ったら、ぜひガイドラインを自分で調べることをお勧めします。

 研修病院の医師は、研修医を指導するために、常に最新の知識を得ようと努力し勉強しています。研修医もガイドラインを読んだ上で疑問点を質問してくるので、自分もガイドラインの内容を把握していないと対応できません。また研修病院では必ずと言っていいほど定期的な「カンファレンス」を開催します。多数の医師や多職種で患者さんの状態や治療方針について話し合う場です。医師が行う医療行為の正当性を第三者が評価するシステムが日本にはないと言いましたが、強いて言えば、このカンファレンスを行うことで、その組織の中では評価されるということになります。研修医はカンファレンスでプレゼンテーションをすることで、患者さんの病状を理解したり、治療方針を学んだりします。研修医が担当している患者さんであっても、カンファレンスで話し合うことで、ベテラン医師の目で治療方針が確認されることになります。また最新の論文を勉強して発表したりする「抄読会(しょうどくかい)」も研修病院で多く行われます。
 研修医がいない病院では、あまりカンファレンスが行われない傾向があります。担当医の独断で治療方針が決定され、誰も疑問を呈さない。教える研修医がいなければ、いつしかガイドラインを読むことなく、最新の知識を勉強することもなく、自分の経験に基づいた何十年も前の治療をずっと繰り返す医師になってしまいます。実は研修医がいるおかげで、その病院の診療レベルは維持されるのです。良い治療をしている病院には、それを勉強するために、自ずと研修医が多く集まります。研修医がいないということは、その病院からは学ぶことがないという意味です。金儲けのために必要のない手術をするような医師も、研修病院であれば絶対にいないと断言できます。
 経験が浅い医師に処置や手術をされることに不安を覚える方もいるかもしれませんが、研修医は必ず指導医の指導を受けて医療行為を行うので、安全は担保されています。研修医が多い病院ほど、個人の能力によらずに安全な医療を提供するためのシステムが完成されています。万が一何らかのミスが起きた時も、透明性が高く迅速に適切に処理されます。ベテラン医師しかいない病院では、医師ごとに職人仕事のようなやり方をするため、診療内容をマニュアル化することができません。指示を受けるナースも、担当医によってまちまちの指示を出されるため混乱し、ミスが多くなります。ミスが起きた場合も対処の透明性が高いかどうかはわかりません。

病院を選ぶ際には、ぜひ研修指定病院かどうかをチェックしてみてください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?