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最高の指導医が必ずやっている3つのこと

良い指導医とは、研修医に何を教えるかではない。研修医をどんな気持ちにさせるかである。

10年以上研修医の指導をしてきて、私はやっとこのことに気がつきました。研修医と指導医の間のことだけではありません。全ての人と人とのコミュニケーションは、相手に何を伝えるか、ではなく相手をどんな気持ちにさせるか、が重要なのです。このことに気づいた瞬間に、あなたのコニュニケーション能力は劇的に改善して、職場でもプライベートでも人間関係がみるみる良くなっていきます。人間というのは、人に言われたことを99%忘れます。講演会に行って3時間話を聞いたとしても、1週間経ってみればどんな話だったか思い出せません。飲み会で仲間と語り合ったことも、何を話したのか覚えていないはずです。夫婦喧嘩を思い返しても、その時は相手に必死に何かを伝えようとしていたはずなのに、今となっては何が原因でそんなに喧嘩をしていたのか思い出せません。ただし、話していたときにどんな気持ちだったか、その感情は鮮明に覚えていて、消えることはありません。

 専門用語で難しいことをまくし立てれば、なんだか自分が偉い先生のような気になるかもしれません。しかし研修医は指導医が言ったことの1%も覚えていないでしょう。そしてただ「自分は何も知らなくて恥ずかしい。自分なんて何の役にも立たなくて邪魔なだけだ」という気持ちになります。何かを教えたいのであれば、その回答にたどり着けるような質問をして、自分で答えを見つけられるように誘導した方がよっぽど効果的です。
「最高の指導医」は研修医に対して、例外なく以下の3つのことをやります。それは大それた教えではなく、誰にでも今日この瞬間からできることです。これを実践することで、研修医は「嬉しい、楽しい」という気持ちになり、研修に対するモチベーションはぐんぐん上がり、何も教えなくても勝手に学んで実力をつけていくでしょう。そうして研修医が成長して良いチームがつくられ、自分を助けてくれるようになるので、結局は指導医自身が一番得をするのです。
 良い指導医になりたいのであれば、研修医に何かを教えよう、伝えようとするのではなく、ひたすら①雑談をする②手技をさせる③褒める この3つを実践してください。

①雑談をする

 良い指導医は雑談力に優れています。手術前に麻酔の導入を待っている間、回診で廊下を歩いている時、エレベーターを待っている時、ちょっとした時間を使って雑談をします。何を話したらよいかわからなければ、とにかく質問をしてください。「先生はどこの出身なの?大学は?何か部活をやっていたの?」何でもいいです。そうして答えが返ってきたら、そのことについてどんどん深ぼってきいていきましょう。気をつけるべきは、結婚しているとか、子供がいるとかなどは触れられたくない場合もあるかもしれないので、相手のことをよく知らないのであれば出身地や出身大学の話が無難です。「うちの嫁がさ…」など間違ってもあなたの話を始めたらいけません。話題は必ず相手のことです。相手に質問をするということは、「私はあなたに興味があります」「あなたは私にとって重要な人です」というメッセージになります。だから一流の営業マンはお客さんと雑談をすることで信頼を得て、売り上げを伸ばすことができるのです。
 以前勤めていた病院の外科の先生に、ダジャレが大好きな先生がいました。2時間の手術なら10回はダジャレを言います。誰も気づかずにスルーした数秒後に誰かが気づいてクスクスとなることもありました。冗談を交えることは、雑談を盛り上げる上で重要なテクニックとなります。優れた外科医ほど、手術中の雰囲気は和やかです。手術は術者、助手、機械出しナース、外回りナース、麻酔科など多くのスタッフが協力して患者さんの命を預かるチーム医療です。最高のチームパフォーマンスを発揮するために最も重要なことは、それぞれのメンバーの心理的安全性が保たれることだというのは、すでに結論が出ています。「ユーモアは思いやり」と言われるように、冗談を言うことは、相手の心理的安全性を守り、「私はあなたの敵ではありませんよ、仲良くしましょう」というメッセージになります。とはいえ、ユーモアにはセンスが必要です。私はどうしてもこのセンスを獲得することができず、自分では面白いと思っていても、誰も面白いとは思っていないことばかりなのが悩みでした。冗談が上手い人というのは、常日頃からほとんど無意識のうちに「ここでこんなことを言ったら面白いかな」と考えて生きているのですから、私なんかがかなわないのは当たり前です。そんな人は無理して冗談を言うのではなく、自分の小さな失敗話をすることで冗談を言うのと同等の効果を期待できます。例えば「今朝ねぐせがどうしても直らなくて大変だったんだよね」とか「シャツのボタンを掛け違ってるの気づかないまま電車に乗っちゃって超恥ずかしい」とか「コンタクトしたまま寝ちゃってさ」などです。どんなに完璧な人でも小さな失敗の一つや二つくらいはあるでしょう。

②手技をさせる

 処置や手術などの手技を経験させることは、最も効果的に研修医の自己重要感を上げ、研修への意欲を上げる方法です。「ひとりでできたもん!」の達成感を侮ってはいけません。手技をさせてもらったことがきっかけでその科に興味を持ち、専攻医に進むというのもよくある話です。小さな成功体験を積ませて自信を持たせることで、人は「おもしろい、もっとやってみたい」と感じ自分からどんどんチャレンジして成長していきます。指導医の役割は、適切な難易度の手技を選び、事前にうまくいくコツを教え、研修医の行う手技が成功するように、あらゆるお膳立てをすることです。失敗体験になってしまっては元も子もありません。もし研修医がうまくできないのであれば、指導医は教え方を考え直すべきです。どんなに不器用な研修医でもこう教えたらできるようになる、という自分なりの方法論を持っていてこそ指導医だからです。
 自分が研修医だった時のことを考えても、血管造影検査でカテーテルを挿入したこととか、形成外科の外来で処置を担当したこととか、麻酔科で脊椎穿刺をしたこととか、その科で学んだ専門的なことは何も覚えていませんが、手技ができて嬉しかったという「気持ち」は10 年以上たっても消えることはありません。私に手技を経験させてくれた指導医の先生方に感謝です。

③褒める

 ある同僚の先生が「研修医なんて何をやっても怒られて、自分の実力のなさを思い知って、なにくそって頑張るから伸びるんだよ」と言っていたのを聞いて、私は唖然としました。さらに「実力もないのに自分はデキるなんて勘違いしたら、勝手に何でもかんでもやり出して危ないだろ」と続きました。私は「先生口開いてますよ」と親切なナースに指摘されるまで、開いた口が塞がりませんでした。もしかしたら一昔前は主流の考え方だったのかもしれませんし、彼はそういう教育を受けてきたのかもしれません。でも自分が頑張ってやったことを否定されたらシンプルに悲しい気持ちになるだけです。惨めで悔しくて、自信がなくなります。何が悪くてどうすればよかったのか指導を受けたとしても、そんなことはすぐに忘れて、悲しい気持ちだけが残ります。お前なんて何の役にも立たないと言われたら、怖くてチェレンジすることができなくなってしまいます。否定されて、自信を失わされて、心理的安全性が脅かされているところで、人間は能力を発揮することは絶対にできません。なので「なにくそって頑張って伸びる」ということは実際にはあり得ません。いや、ないことはないのかもしれないのですが、否定されて伸びる研修医がいたとしたら、彼を褒めてあげたらその何十倍も伸ばすことができると私は確信しています。
 研修医が入院患者のプレゼンテーションをする場面を思い描いてください。1人目の患者のプレゼンテーションを始めた途端に、その言い方はおかしい、それは間違っている、何言ってるのかわからない、時間ないんだから端的に言ってよ。と言われてしまったら、研修医は焦ってますます言葉が出てこなくなり、自信がなくなって声が小さくなり、回診がどんどん進まなくなります。(全て私が研修医に対して言ったことのあるセリフなので、効果は実証済みです。)翌日からはプレゼンテーションをすることが恐怖になり、患者の所に足を運ぶのも嫌になってしまうでしょう。
「褒めちぎる教習所」では生徒の運転技術の上達が驚くほど速いそうです。あなたはここにいていいんだよ、何を言っても否定されることはないんだよ、と心理的安全性が保証されることで、人は自分が持っている能力を最大限に発揮することができます。そして技術や能力を驚くべきスピードで獲得していくのです。だから研修医がプレゼンテーションをしている時は、絶対に途中で否定してはいけません。指導医は「うんうん、なるほど。いいね。そうなんだね。」とうなずきましょう。そうすれば研修医のプレゼンは驚くべきスピードで上達し、さっさと回診ができるようになります。まさにダイアモンドヘッドの頂上にいるような誇りと自信、爽快感を研修医に持たせることができたら、あなたはもう最高の指導医です。
「研修医を褒めたことなんてないよ。何て言えばいいのかわからないし、恥ずかしくて言えない」という先生方に「研修医を褒める さ・し・す・せ・そ」を伝授します。これを暗記し、事あるごとに無理矢理でもいいから口に出してみましょう。最初はかなり頑張って無理矢理口にしていたはずなのに、いつの間にか無意識で口ずさんでいる自分に気が付く事でしょう。
っすがぁ〜
ってるね〜
ごい!今年の1年生で一番上手いんじゃないかな
ンスあるね〜。生外科系向いてると思うよ。生ならできるよ。
うそう、の通り!

 こんなことを言っている私も、指導医になったばかりの頃は、本当に最悪な指導しかできずに、当時の研修医の皆さんには申し訳なく思うばかりです。初めて帝王切開を執刀したある研修医は、指導医の私が怖すぎてメスを持つ手が震え、患者さんの皮膚がギザギザに切れていました。傷口をきれいに修正するために手術時間が長くなり、イライラした私は「あんたの下手くそな手術に夜中から付き合わされてマジで最悪だよ。」と吐き捨てて手術室を後にしました。最悪なのは私の指導だったのに。
 今では初めてメスを握る研修医でも、上手に帝王切開を執刀させることが私にはできます。どんな研修医にもです。重要なのは研修医個人の技術やモチベーションではなく、研修医の能力を最大限に引き出す環境を作る指導医力だからです。研修医を褒めて能力を十二分に発揮させ、ユーモアを交えた雑談力でチームのコミュニケーションを円滑にすることは、結局のところ患者さんに安全な医療を提供するために最も重要な事なのです。

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