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指導医が飲み会で絶対に言ってはいけない4つのこと

「メシハラ」という言葉がメディアに出るようになって久しいですが、初めてこの言葉を聞いたとき、皆さんはどう思われたでしょうか?「時間とお金を使って飲みに連れて行ってやってるのにハラスメントだなんて、何をするのも今はハラスメントだな。」「最近の若者は個人主義で、人とのつながりが希薄なんだな」「あいつらは何考えているかわからなくて怖い、メシハラなんて言われたらたまったもんじゃない。もうメシに誘うのはやめよう。」なんて思われた指導医の先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 確かに価値観が変わり、職場の人とプライベートまで付き合いたくないと考える若者が増えたこと。上司との付き合いよりも、家族との時間、自分の時間を大切にしたいと考える若者が増えたというのはあるのかもしれません。懇親会や歓送迎会などの飲み会を、勤務時間として時間外手当を請求するシステムの病院や、指導医が研修医を飲みに誘うとパワハラとみなされる病院もあるくらいです。医学生時代は部活の飲み会が週8回、卒後は医局の飲み会が週3回、飲み会を通して上下関係を築いてきたY世代の我々としては昭和や平成初期が懐かしい限りです。
 しかし上司との飲み会がハラスメントになってしまう、根本的な原因は一体何でしょうか。私は決して若者の価値観が変わったことが原因ではないと思っています。「メシハラ」の正体、それは立場の低い人が楽しいと感じられないコミュニケーションの問題です。人はどんな会話をしているときに「楽しい」と感じ、逆にどんな会話をしているときに「苦痛」だと感じるのでしょうか。
 指導医の皆さんが飲み会で絶対に言ってはいけない4つのこと、それは自慢、説教、愚痴、悪口です。この4つに該当することは今後一言も話してはいけません。よく言われていることだと思われるかもしれませんが、これは意識していてもかなり難しいことです。なぜなら飲み会というのは立場が上の人がこれらのことをつい言ってしまうような仕組みがそろっているからです。まず我々には、自分の過去の栄光を人に称賛してほしいという強烈な欲求があります。自分が頑張ったことを認めて尊敬してほしくて何十年も前のことを、何十回も話します。そして立場が上になればなるほど、研修医や医学生に「何か勉強になる、ためになることを言わねば」という「言わねば症候群」に蝕まれます。この根底にあるのも、自分を尊敬してほしいという承認欲求です。過去の自分の経験に培われた「こうあるべきだ」を、長々と話し始めます。「説教」は基本的に誰かを「否定」することなので、飲み会では一言も言ってはいけません。指導医としては、若い先生たちのために良かれと思って話しているつもりなのですが、神妙な顔して聞いている研修医の心の中は「もう眠い。早く終わらないかなこの飲み会」としか思っていません。さらにお酒が回ってくると、普段病棟では口にできないような同僚や上司への不満が爆発してしまいます。研修医に対して他の指導医の悪口を言うことは、あなた自身の評価を下げて信頼を失うことにしかなりません。これらの自慢、説教、愚痴、悪口のオンパレードを3時間も聞かされたら、それはもうハラスメントもいいところです。会話の内容は何も覚えていないのに、「もう2度とあんな飲み会には行きたくない」という気持ちが強烈に残ります。

じゃあ飲み会では一体何を話せばいいのか。答えは「何も話さなくていい」です。飲み会は偉い先生たちのありがたい話を研修医が聞く場ではありません。飲み会で指導医がやるべきことは、研修医の話を聞き、その考え方に共感し、承認し、応援することです。仕事を通して困っていること、嬉しかったこと、大変だったこと、興味を持ったことなどについて、起こった事実ではなく、それに対し彼らが何を思ったのかの感情にフォーカスして話を聞いていきましょう。それさえできれば、誰もが「あの先生と話していると本当に楽しい!絶対にまた一緒に飲みに行きたい」と思います。とはいえ何十年もキャリアのある指導医がいる場で、研修医や医学生、ナースやクラークさんが自分のことを生き生きと話すなんてあり得ないんじゃないかとお考えの先生方もいることでしょう。実は口下手な研修医でも、初対面の学生さんでも、ベラベラと自分のことを話し始める魔法があります。このスキルを実践するためには、「人がどんな話をするかは、話す側ではなく、聞く側が全て決めている」という事実を理解する必要があります。私はこのことを「人は話し方が9割(永松茂久著)すばる舎」という本から学びました。この本はベストセラーになった本で、「1分で人を動かし、100%好かれる話し方のコツ」が満載されています。今回はその中から、私が実践して効果を実感している「拡張話法」と呼ばれるテクニックをご紹介します。
 「拡張話法」とは、相手の話を広げ、相手に9割しゃべらせる聞き方です。相手の話をうまく引き出すための話し方ともいえるかもしれません。やり方は簡単。以下①〜⑤の手順を繰り返すだけで、誰でも今日から実践できます。
①感嘆:「へーぇ!」「はぁー!」「そーなの?!」自分で思っている10倍の感情を込めるのがポイントだそうです。
②反復:相手の話をそのままの言葉で繰り返してください。注意点としては勝手に話をまとめたり、自分の解釈を加えてはいけません。相手の話したいこととズレてしまいます。
③共感:相手の感情によりそう表現。深いうなずきと共に相手と同じ表情をする。
④称賛:「すごい!」「さすがだね!」具体的なポイントを挙げて褒める。
⑤質問:「それで、それで?」「それからどうなったの?」など相手の話を展開させるための質問。
例えばこんな感じです。
指導医:「先生たち、いつもどこでご飯食べてるの?」
研修医:「僕、料理作るのが好きなんで、毎日自炊してるんですよ」
指導医:「へぇー!!!(感嘆)料理作るのが好きなんだね(反復)自分で作るのっていいよね(共感)でも毎日作ってるってすごくない?!(称賛)先生はどんな料理が一番得意なの?(質問)」
研修医:「一番よく作るのはローストビーフですね」
指導医:「はぁー!!(感嘆)ローストビーフ!(反復)できたてって絶対美味しいよね!(共感)あれを自分で作れるなんて、先生レベル相当高いね(称賛)寮にオーブンあるの?どうやって作ってるの?(質問)」
研修医:「先生、ローストビーフは炊飯器で作れるんですよ。僕は寮に炊飯器二つあるんです。一つは白米用で、もう一つは玄米用です。炊飯器二つあればたいていのものは作れますよ」

 上の会話において、話しているのはほとんど研修医ですが、会話の主導権は指導医が握っていることにお気づきでしょうか。人は基本的に自分が喋りたくて、自分のことをわかってほしい生き物です。「気分よくたくさん話せたな」という印象が、「この人にまた会いたい。この人と話したい」という気持ちを相手に残します。これができる指導医は、研修医と食事に行っても「メシハラ」と言われる可能性はゼロです。
 コミュニケーションにおいて、相手に質問をすることは「私はあなたに興味があります。あなたは私にとって重要な人物です」というメッセージになることは前回お伝えしましたが、そのことを知っている賢い研修医は、その技を私たちに仕掛けてきます。「先生最近お子さん生まれたって聞きましたよー。」みたいな感じです。この技にはまって、待ってましたと言わんばかりに、昔話や自慢話を延々と始めてはいけません。「おぬし、なかなかデキるな。しかしわしの方が上手じゃ!」と思いながら「そうそう、先生は将来的に出産とか考えたりすることある?」と自然に相手が話す方向に軌道修正をします。
 強烈に刷り込まれた「言わねば症候群」と、本能とも言える承認欲求を抑えて、相手の話を聞くことに徹するためには、それなりにトレーニングが必要です。まずは自慢・説教・愚痴・悪口、この4つを一切言わないと決め、飲み会中に10分に1回は思い出し、飲み会が終わった後に、自分の話をしていなかったか、相手の話をどれだけ引き出せたか、レビューしてください。やがて何も意識しなくても、拡張話法を繰り返しているようになり、気が付いたら周りの人から信頼され、誰からも好かれる人気ドクターになっていることでしょう。これこそが良い指導医になるためのトレーニングなのです。

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