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【企画参加】ヒナタがみてるから。

元来ずぼらな私が、畳の上に置きっぱなしになっていた帽子を拾い上げた時にはもう遅かった。
また一つ、帽子をだめにしてしまった。
「結構お気に入りだったのにな」
このことについては、まもなく冬が来ようというのに夏に使った麦わらのキャスケット帽をどこに片付けるでもなく床に置いたままにしていた自分が悪いと反省していたので、猫を叱るつもりはなかった。
今年の3月にルームメイトのはるかが拾ってきた猫は、どうも私の帽子で遊ぶのが好きだった。フエルトのベレー帽を抱きかかえて後ろ足でひたすらキックしたり、キャップをパンチしてホッケーのように滑らせて追いかけ回したり、麦わら帽子で爪を研いだり・・・。
おかげでどれもこれもボロボロになってしまい、今年だけで3つは捨てるはめになっただろう。しかし、それでも帽子を適当な場所に置きっぱなしにしてしまう私の性質が改善されることはなかった。自分でも驚いている。

「どうするの?猫なんか」
「どうするって言ったって、放って帰れないでしょ?」
小さな穴がいくつもあいてしまったキャスケット帽を眺めながら、3月のことを思い出した。
生後半年も経たないまだ小さな猫を抱いて帰ってきたはるかを、私は少し責めてしまった。
前にこの部屋に住んでいた人はヘビースモーカーだったらしく、部屋中の壁が変色していた。そんな部屋をそのまま貸し出すのだから当然高い部屋ではないし、私たちはそんな部屋しか借りられないほど貧乏だった。
「ペット飼うのって大変なんだよ。ワクチンでしょ、去勢手術でしょ、毎日のエサ代でしょ、体調崩したらすぐ病院・・・とにかくお金がかかるんだから」
はるかは「でも、」と言いかけたが、その先は続かなかった。私たちにお金がないことなんか、誰に言われなくても私たちが1番よくわかっていた。
翌日から私は友人や親戚をあたり、猫を引き取ってもらえる場所を探し回ることになった。
引き取り手が見つからないまま2週間が経とうとした頃、驚いたことに、はるかが就職した。好きなように好きなことをして、いつかそれをお金に換えたいという漠然とした夢を強情に主張して実家を追い出されたはるかが、この1匹の小さな猫のために就職してしまった。
私ははるかの主張する漠然とした夢と希望がわりと好きだったし、きっと私に言わないだけで本人の中には何か具体的なものがあるのだろうと思っていたから、就職の報せを聞いてしばらく呆然としてしまった。猫を飼うにはお金がかかるとはるかを責めたのは私なのに、猫を飼いたいがためにはるかが職に就いたことに身勝手にもがっかりしてしまった。
それから、はるかは小さなキャットタワーやトイレやお皿、猫じゃらじのおもちゃなどを買い揃え、我が家はすっかり猫の城になった。

その日、帰宅したはるかは私に紙袋を差し出した。中には赤いベレー帽が入っていた。春先に猫が遊んでボロボロになって捨てたものによく似ていた。
「また帽子、置きっぱなしだなって思ってたんだ。もう麦わらの時期じゃないから、売ってなくて」
「いいのにそんなの。私が置いてたのが悪いんだし・・・」
「ヒナタを飼いたいって言ったのは私だから」
はるかはそう言って猫を抱き上げると、私に向かってお辞儀をさせた。
「ねえ、明日初めて1人でプレゼンなんだ。ちょっと練習付き合ってよ」
「いいよ」
そういえばはるかは、就職してから忙しい日々を楽しそうに過ごしている。はるかのもともとの夢がなんだったのかわざわざ聞こうとは思わないが、猫の暮らしのためという『目的』がはるかには必要だったのかもしれない。
「おまえ、やるな」
私ははるかにもらった帽子を丁寧にクローゼットにしまった。


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noteはじめましてなのですが・・・

こちらのコンテストへの応募作品です!
実際に自分のルームメイトが猫をもらってきた日のことを思い出しながら書いた創作小説になります。猫がいるというだけで、生活への意識がけっこう変わったなあと思います。
小説だけじゃなくて本当にいろんなジャンルの作品で皆さん参加されててどれも素敵なので、ぜひ他にも見てみてください!

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