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空虚

 部屋から荷物を出すと今まで知らなかった空間が現れる。数年前,初めて部屋に入った時には知っていたのに,すぐに知らない存在になった。ずっと一緒にいたのに,全然知らなかった空間からは,不思議な哀愁が漂ってくる。今まで見えなかった空間は,見えるようになっても,よく見えていない気がする。
 人の人生において引っ越しは一大イベントである。大した距離の移動でなくても,住居が変わることは,生活が変わることである。私の人生において引っ越しは,他の人よりは地位が低い。今回で12回目である。記憶にないものから記憶にあるものまで,様々である。また一時,私の元からものが離れた。知らない空間が現れた。

 引っ越しの時に現れる,このなんとも言えない虚しさはなんだろう。諸々の手続きなどでかなり忙しくなるが,一旦落ち着くと急に世界でただ1人にされたような気持ちになる。それは,何かを成し遂げた達成感ではなく,大切な何かを失った虚無感に近い。あれだけ動き回って成し遂げた引っ越しの後に得るものが虚無感とは,どういうことだろうか。
 新しい環境には少なからずの不安がついてくる。それは,住まいを移動する前から引きずっていたもの。住み始めて感じるもの。結局は,どこかに面倒臭さがあるようにも思う。今まで築いてきたコミュニティーを離れて,新たに作り出していく必要があるのだから。

 目覚めた瞬間の景色が新しいものになる。期待と不安,不安が多めの朝を迎えて,また同じような日常が始まる。結局気がつけば同じような日々になっていく。また,自分の部屋の知らない空間を見るまでは。

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