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朝顔、天を衝く

花が好きだった祖母が死んでから、玄関横の花壇には枯れて空っぽになった植木鉢だけが並んでいた。そのうちのひとつは私の灰皿と化している。

仕事を辞めて実家で引きこもりのような暮らしをしていた頃、偶には外に出るかと部屋着のTシャツとリブパンツの上に前開きのワンピースを上着代わりに羽織ってコンビニに行った。
最近はルーズな服装が流行っていて良い。
柔らかなコーデュロイやリブ、ジャージなどの生地で作られたワイドパンツがトレンドアイテムとして売っているくらいだ。本物のパジャマのズボンで出かけたって変な目で見られることもない。

コンビニに入り、真っ直ぐレジカウンターに向かう。奥の棚を探さなくても、もう番号は覚えている。
「あ、煙草の121番ください」
今日発した言葉ひとつめ。
「あ、レシート結構です」
今日発した言葉ふたつめ。
喋るとき、頭に謎の「あ、」が付いてしまう。キモ。
カウンターから煙草を取ってさっさと出る。
店員はありがとうございましたとか言ったと思う。
普段だったら私もイヤホンを外して「ありがとうございます」と言って店を出るけど、今日はそんな気分でもなかった。愛想悪くてごめんねデーだ。
イヤホンからは怒髪天が流れていた。
「オトナは最高!オトナは最高!全然楽勝!恐れるに足らん!」
ほんとに?

雨が降ってきた。整理されていないぐちゃぐちゃのトートバッグの中を探る。
書き途中の履歴書が入ったクリアファイルが目に入る。気が滅入る。
折りたたみ傘を出そうと思ったけれど、今日はもういいやという気分になってささずに家に帰った。今日の外出時間、5分で終了。

朝顔の花が目に入ったのは、玄関の横でさっき買った煙草を吸っているときだった。
青い四角い植木鉢に長い棒が付いていて、小学生が夏休みに持って帰ってきて観察する、あれ。あれが今、うちの花壇の隅にある。ずっと前からあったのだろうけど、気にしたことがなかった。

ツルがひょろひょろ弱々しく伸びていて、ひとつだけ、赤紫の花が咲いていた。雨に濡れているのに、しわしわで干からびているように見える。綺麗だなとは思えない。むしろなんだか可哀想。

私は29歳で、妹はふたつ下の27歳だ。
どちらのものかなんてもう誰も覚えてるわけがないけれど、20年近くうちにあったのは間違いない。
ひょっとしたら母が世話をしていたのかもしれない。でも、もう誰も観察しないのに、咲いて、種を落として、同じ場所で咲くのを20年繰り返してきたのか。私より勤勉じゃん。馬鹿みたいだな。
でも、どこに行っても何をしてもしっくりこない、ここは私に合わない、世の中クソだと文句ばっかり言ってフラフラしている私より、誰も見てないところで意地でも同じ場所で咲き続けているこの朝顔の方が強いな。

イヤホンから聞こえるランダム再生の曲はフラワーカンパニーズに変わっていた。
「生きてて良かった。生きてて良かった。生きてて良かった。そんな夜を探してる。生きてて良かった。生きてて良かった。生きてて良かった。そんな夜はどこだ?」
ほんとにね。


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