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マルチ・クラブ・オーナーシップ(MCO):フットボール業界におけるMCOの現状・課題・未来

はじめに:MCOとは何か?

複数クラブ所有(MCO)とは、投資家や企業が複数のサッカークラブを所有し、資産を分散しつつクラブ間で資源を共有するビジネスモデルです。特定の投資家が同時に複数のクラブを運営し、それらを一つのポートフォリオとして管理することで、収益や競争力の向上を図る新たな潮流として注目されています。

MCOは、数年前には一部の投資家や企業に限定された現象でしたが、現在では急速に成長を遂げており、2023年には124のMCOグループが世界で301クラブを所有しています。これは、2015年の62クラブから約5倍の成長であり、今やフットボール業界における重要なビジネスモデルの一つとなっています。この背景には、資本の増加や商業化の進展、そしてフットボールが持つグローバルな魅力があります。

1. MCOの急成長:その規模と背景

  • 市場の拡大
    2023年11月の時点で、124のMCOグループが世界の301クラブを所有しており、これは2015年の62クラブと比較して約5倍の増加です。この急成長は、サッカー業界全体で起きているグローバル化、商業化、そして財政面での活発な投資活動を象徴しています。MCOグループの大多数は、プライベートエクイティファンド、政府系ファンド、個人の高額純資産投資家に支えられており、特にアメリカの投資家が主導する形で拡大しています。アメリカのMCOグループは全体の31%(39グループ)を占め、次いでメキシコ(7グループ)、イングランド(5グループ)、日本(4グループ)と続きます。

  • 主要MCOグループの事例

    • City Football Group(12クラブ):アブダビに拠点を持つこのグループは、マンチェスター・シティやニューヨーク・シティFC、横浜F・マリノスなどを含み、全世界に影響力を広げています。このグループは、選手の育成、商業的なスポンサーシップ、地域コミュニティの開発など、多岐にわたる戦略的アプローチを取っています。

    • 777 Partners(8クラブ):ジェノア、セビリア、エバートンなど、複数のトップリーグにクラブを保有しており、収益の多様化とネットワーク効果の活用を重視しています。

    • Red Bull(7クラブ):レッドブル・ザルツブルクやRBライプツィヒなど、レッドブルグループのクラブはブランドプロモーションの一環として運営されており、マーケティング主導の一連の活動により、グローバルブランド戦略に寄与しています。

  • 多様な投資家層
    MCOグループの投資家は主に次の3つに分類されます。

    1. 政府系ファンド:アブダビのCity Football GroupやサウジアラビアのPIFは、ソフトパワー拡大と経済の多様化を目的に投資を行っています。これにより、主要都市でのプレゼンスを強化し、各地域への文化的影響をもたらす戦略を展開しています。

    2. プライベートエクイティと投資ファンド:短期的な収益や資本増大を求めるプライベートエクイティファンド(例:RedBird Capital)が増えています。こうした投資ファンドは、資産を増やすための明確な出口戦略を持つことが多いです。

    3. 高額純資産者:IneosグループのSir Jim Ratcliffeなど、個人的な愛着や情熱も動機となる場合があります。彼らは長期的な視点からの投資であり、文化や歴史に根差した運営方針を重視することが多いです。

2. MCOの経済的利点とネットワーク効果

  • リソースの集約と効率化 MCOの特徴は、所有する複数のクラブ間でリソースやノウハウを共有し、効率性を高めることにあります。具体的には、以下のような利点が生まれます。

    • 選手の開発と移籍:クラブ間での選手ローンや移籍を活用し、育成と市場価値を最大化することができます。特に若手選手に対しては、各国リーグでの経験を積ませることで、トップクラブに昇格させることが可能です。City Football Groupは、南米からヨーロッパ、イングランドへの一貫した選手育成ルートを確立し、効率的な人材育成を行っています。

    • 分析とデータの共有:グループ全体でスカウティングやデータ分析機能を集中管理することで、各クラブが独自に運営するよりもコストが抑えられます。RedBird Capitalは、パフォーマンス分析を専門とするZelus Analyticsを利用し、グループ全体でのデータ活用を強化しています。

    • スポンサーシップ交渉の優位性:複数クラブでスポンサー契約を交渉することで、各クラブが単独で交渉するよりも有利な条件を引き出しやすくなります。例えば、City Football Groupは、グローバルスポンサーシップ契約を一括で交渉し、全クラブの収益を向上させています。

  • リスク分散と資産価値の向上
    MCOは、投資の多様化によりリスクを分散し、特定クラブの財政リスクを低減します。また、フットボールクラブの資産価値を高め、売却時に高い収益を見込むことができます。プライベートエクイティファンドにとって、こうした短期的な利益確保が主な動機であり、ROI(投資利益率)を最大化するために戦略的な運営を実施しています。

3. MCOが抱える主要課題

  • 競技の公平性(インテグリティ)への影響 同一のMCOグループが異なるクラブを所有し、それらが同じトーナメントに参加することによって、試合結果が意図的に操作されるリスクが懸念されています。例えば、UEFAのチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグにおいて、同じMCOグループに属するクラブが対戦する状況が生まれると、グループ全体の利益のために戦術的な調整が行われる可能性があります。2024-25シーズンからUEFAは「スイス方式」を採用し、各試合の結果がすべてのチームに影響する形式に変更されるため、このリスクはさらに増大しています。

  • 財務健全性とFFPへの影響 MCO内のクラブ間で行われる選手移籍やローン取引は、特定のクラブの財務状況を人為的に改善する手段となるリスクがあります。例えば、あるクラブが他のMCOグループのクラブから「無料移籍」で選手を獲得し、収益やコストの調整を図ることで、UEFAの財務フェアプレー(FFP)規則に違反する可能性があります。UEFAは、このような操作を防ぐための規制強化を進めており、特にサービスのコスト配分が意図的に操作されるケースに注目しています。

  • 規制の複雑性と限界 現在、UEFAやFIFAはMCOによる試合の公平性を守るために規制を強化しています。UEFAチャンピオンズリーグの規則第5条では、同一グループのクラブが「重大な影響力」を持つことを禁じており、規制違反が疑われたクラブには、厳格な規制が適用されます。たとえば、投資家が複数クラブに影響を持つ場合は、クラブ間の選手移籍やローンが禁止される措置が取られる可能性があります。

4. ファンとの関係と文化的な課題

  • クラブのアイデンティティ変更とファンの反発 MCOの導入によるクラブの運営方針やビジュアルアイデンティティの変更は、特に歴史的なクラブに対してファンからの反発を招く傾向があります。Red Bullは、RBライプツィヒやレッドブル・ザルツブルクに対してクラブカラーやロゴを変更し、ファンとの摩擦が生じました。ファンは、自らのクラブが「フィーダークラブ」として他クラブのために使われることを懸念しており、文化的な摩擦がMCOの進展における課題の一つとなっています。

  • 地域コミュニティとの対立 MCOの戦略が地域コミュニティに与える影響も無視できません。例えば、City Football Groupは、クラブが所在する地域の再開発プロジェクトに投資し、地元経済の発展に貢献する取り組みを行っていますが、ファンにとってはクラブが商業的な利益に偏っていると見られることもあります。地元ファンとの信頼関係の構築が欠かせない一方で、ビジネス的な利益とファンの期待のバランスを取ることが求められます。

5. MCOの成長を支えるデータと統計

  • MCOグループとクラブの増加推移

    • 2012年: 18 MCOグループ / 40クラブ

    • 2015年: 25 MCOグループ / 62クラブ

    • 2018年: 58 MCOグループ / 128クラブ

    • 2021年: 94 MCOグループ / 216クラブ

    • 2023年: 124 MCOグループ / 301クラブ

  • クラブ保有数の内訳

    • 2クラブ保有:65%のグループが2クラブを所有

    • 6クラブ以上保有:6%のグループが6クラブ以上を所有

  • クラブの所有状況

    • 完全所有(majority ownership):243クラブ

    • 少数株(minority ownership)を含む複合所有:41クラブ

    • 少数株のみ保有:13クラブ

  • MCOクラブの国別分布(2023年)

    • イングランド:31クラブ

    • アメリカ:28クラブ

    • スペイン:25クラブ

    • イタリア:21クラブ

    • フランス:16クラブ

6. 将来の展望と戦略的課題

  • MCOの継続的成長と規制の強化 MCOの成長は今後も続く見込みであり、特にIPO(新規株式公開)やSPAC(特別買収目的会社)を通じた資金調達が増える可能性があります。これにより、UEFAやFIFAはクラブの所有権構造や競技参加資格に対する規制を強化する必要があります。MCOグループはこうした規制に対応するため、投資家の影響を分散させるといった施策を模索するでしょう。

  • 地域経済とグローバル市場のバランス MCOはクラブの国際化を促進する一方で、地域経済との調和も求められます。例えば、サウジアラビアやカタールの政府系ファンドは、ヨーロッパのサッカークラブへの投資を通じて国際的な影響力を拡大していますが、同時に地域ファンやコミュニティの支持を得るための戦略が必要です。

  • 競争力と商業化のバランス MCOは商業的な成功を目指す一方で、スポーツの本質である競技の公平性とファンの情熱を維持する必要があります。UEFAは、MCOの拡大が競技のバランスに与える影響を注視しており、将来的にはさらに厳しい規制が導入される可能性があります。

今後のMCOの動向と、それに対する規制対応がどのように進展するかが、フットボール業界全体の未来を左右する重要な要素となることと予想されます。

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