精神を病んだ人を介護する家族が考えていたこと(妻のマンガへの補足)
うちの妻は精神の病気を患っている。その様子を描いたマンガをTwitterで紹介したところ、思いのほか多くの人々が読んでくれた。
マンガのツイートはここ。2つの連続ツイートで合計5ページの作品。
https://twitter.com/masapon_com/status/1350830759330758658
私は、このマンガの登場人物なのだけど、このマンガで描かれていることはぜんぶ実際の出来事だ——マンガ的に消化/昇華された表現になっているけれども。
読んだ人は、「旦那が優しい」とか、そういった感想をくれる。そういってくれるのが有り難いが、実際には「優しい」という言葉は少し違う。ある考え方、方針に従って自宅治療を助けるために介護をしているというだけだ。
ここでは、精神の病気を患った人を自宅で介護する家族という立場で、当時の方針、実行していたこと、考えていたことを書いていく。精神の病気は、病名が同じでも、おそらく人によってその中身は全然違う。とはいえ、やること、やれることには、それほど大きな差はないのではないだろうか。
大事なことは、家族では面倒を見れず入院が必要な場合もあること。その見極めはお間違えなく。病気の状態によっては入院が適切な場合もある。我が家の場合、マンガに描かれている頃は「家庭で治療することが入院よりもいいだろう」という主治医の判断でそのようにしていた。
●在宅介護の基本的な考え方(一般的な指針)
・治療方針は主治医に従う。
・精神科や心療内科は、医師により、病院により方針の違いは大きい。精神病をちゃんと診断して治療するには患者の話を長時間聞く必要があるが、病院側は患者の数をこなさないと経営困難になるため一人の患者に多くの時間をかけていられない矛盾がある。ちゃんと時間を取って話を聞いてくれる医師がいる病院は貴重。
・いい医師に出会うのは大変。医師によっては相性が悪く症状が悪化する場合すらある。
・長期戦を覚悟する。長い時間をかけて悪化した病気は、良くなるまでに同じくらいの時間が必要と考える。
・投薬を独自判断で止めたり減薬したりしないこと。悪い副作用や過剰摂取(OD)を経験すると薬をやめたくなるが、主治医の処方を信頼して服薬を続けること。
・同じ病名でも患者ごとに症状や最適な治療法は違う。しかし睡眠とストレス低減はどんな場合でもおおむね有効。
・無理に理解、共感しようとしない。分析しよう、解決しようともしない。無理に当人に話を聞くとトラウマを思い出し、そのストレスで症状がさらに悪化する。「そっとしておいてあげる」という考え方は非常に大事。
・異常行動を非難しない。どんな行動をしても、何を言っても、病気の症状として淡々と処置していく。
・下手な工夫より、余計なことはしない、言わないよう心がける。「何もしない」ことがベストである場合も多い。
・本人にストレスを与えないことを優先する。大声を出さない。下手な刺激を与えない。こちらの動揺を見せない。
・異常行動の種類は、自傷、自殺未遂、遁走(失踪)、物を壊す、別人格で暴言を吐くなど、バリエーションがある。いちいち驚かず、なるべく慌てず騒がず対処する。
・双極性障害の場合、躁状態とうつ状態を繰り返す。うつ状態の方がずっとマシ(主治医の言葉)。寝たきりはむしろ安全。元気になったら躁転を疑い気を付ける。元気だと思っていたら突然異常行動が出る場合がある。
・介護する側の健康状態にも気を付けよう。私の場合は大丈夫だったが、もし不眠が出たらただちに心療内科を受診して薬をもらうようにする。不眠はあらゆる精神の病と結び付いている。
●我が家特有の事情(その1:診断)
・妻の病気は幼少期からの虐待によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に起因する双極性障害および解離性同一性障害(DID、いわゆる多重人格)。この診断にたどり着くまでには何年もかかった。
・大事な話なのだが、妻には「虐待の連鎖」を止めたいという願いがきわめて強かった。虐待されて育った親は、多くの場合、自分の子どもに対して同じように暴力的に振る舞ってしまう。妻はそうならないように理性でカバーしていた。おそらく普通の人よりはるかに多くの注意を子どもとの関係に注いで生きてきた。
・「病」ではなく「障害」と付いている意味は、一生治らないということ。なので目標は治る事ではなく、症状が寛解して日常を支障なく送れることとした。
・診断が下ってからの処方は、炭酸リチウム(気分安定薬)とメジャートランキライザー、睡眠剤の組みあわせ。合わせて症状が安定しているときは月1回の通院で話を聞いてもらう。症状が不安定なときは薬を変えたり増量したりして、1週間後に通院。
・妻の症状には波がある。妻ははじめ「うつ病」と診断されて、抗うつ剤、睡眠剤の投薬治療をしていた。結婚して症状がよくなり、医師とよく相談しながら減薬、断薬をして子どもを作った(当時服用していた薬が胎児に及ぼすリスクを気にしていたんです)。それから数年後、双極性障害の躁の症状が悪化し、入院して「双極性障害」と診断された。
・おかしい、と思い始めたのは「私も起業するから金を都合してくれ」と言い出したとき(このときは、私自身が起業の途中段階だったのです)。本格的にまずい、と思ったのは自傷行為が止まらなくなったとき。ふとももに刃物で「HELP ME」と刻んだ(助けて欲しい気持ちを伝える方法が、他に思いつかなかったのだ)。ここで本人も病気が重くなっていることを自覚して受診した。おかしいな、と思ったら早めに受診するに越したことはない。
●我が家特有の事情(その2:介護の方針)
・無理に話を聞いたり分析したりしない、という方針を立てたのは、妻のトラウマが非常に根深かったという事情がある。妻が認知療法を選ばなかったのは「あなたの場合、認知療法の治療中は症状が悪化して3年は通常の日常を送れない」と主治医から聞いたから。
・妻の場合、記憶が不連続になる場合がある。これは認知症などではなくて、人格が微妙に入れ替わっているため。いっけん普段通りだが前日の出来事などを忘れているのは、症状悪化のサイン。明らかに人格が入れ替わっていたら、それは症状がかなり不安定なサイン。
・どんな人格が出てきても、それは妻の一部なので大事にする。たとえ暴言を吐く人格であっても、夫と仲良くやることを望んでいるのだ。
・希死念慮(自殺願望)が突発的に出てくる場合がある。どんな場合でもストレスを増す行為は禁物。単なる投げやりな相づちが死に直結する場合もある。突発的な飛び降り、車道への飛び出しのような行為にも注意。
・なので、病気の自覚がある人はネットから遠ざかった方がいいです。心からそう思う。
・自傷行為で外科を受診すると、健康保険の適用外なので診療費が全額負担になる。我が家の場合、あるときこのことを自覚したことが、むしろ自傷を抑えるのに有効に働いた。これはタイミングにもよるだろうが、あえて外科にいって治療費を払うのも一つのやり方。あの時は2万円近く払ったかな。
●どういう心構えで望んだか
・「これは持久戦だ。何があっても生きている間はこっちの勝ちだ」と自分に言い聞かせる。
・長期戦を覚悟する。上の方に「長い時間をかけて悪化した病気は、良くなるまでに同じくらいの時間が必要」と書いたが、つまり20年かけて進行した病気は、治る(寛解する)まで20年は見ておく必要がある
・この種の問題には、ハリウッド映画のような劇的で決定的な解決はない。地味な日常の連続をどうやり抜くか、それだけだ。
・結婚式はキリスト教式だった。「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、これを妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」と問われ「誓います」と答えた。一回誓った以上、約束は守る、と自分に言い聞かせる。
・合理的な理解や解決の外にある出来事に人間がどのように向き合うか、これは科学や医学というよりも、文学や宗教の領域。ある種の文学作品、芸術作品はこういう時の心の拠り所になる。
・自分はキリスト教徒ではないが、旧約聖書「ヨブ記」を題材にした牧師先生の説法を聞いたことは励ましになった。マンガでは手塚治虫「火の鳥 鳳凰編」とか。
・ある程度良くなってからは、家族で一緒にTVアニメーション作品を鑑賞した。「アルプスの少女ハイジ」(1974年)は良かったですね。話の途中でハイジは夢遊病を患うのだけれども、妻はそれが自分自身に重なってしんどかったといっている。
・人間らしいって何だろうなあ。
・やっぱり愛だよなあ。
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