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でき太くん三澤のひとりごと その123
◇ 教育、子育てとはまったく関係のないただの実話です
その2
いよいよ夜の山登りのスタート。
奥多摩駅から登山道入り口まで、かなり歩いたように思います。
夜の奥多摩は街灯も少なく、暗い夜道でした。
ほとんど人通りもなく、ひっそり静まり返っていました。
「本当に人が住んでいるのかな?」と思うくらい。
奥多摩が東京というのは名ばかりで、かなり田舎なんだなと感じたことを覚えています。
普段自分たちが過ごしている東京は、19時過ぎでも人通りは多く、街灯で明るく、私たちのような中学生や小学生の子どももウロウロしている。こんな風景をいつも当たり前のように見ている自分にとって、19時過ぎにまったく人を見かけないというのは、その当時の私にとっては、実に不思議な光景でした。
今回の夜の登山会に参加した勇気ある中学生は、私と友人のKくん、そしてあまり私とは話をしたことがないFくんの3人でした。
Kくんとはクラスは違っていたのですが、同じ音楽が好きということで話が合い、授業と授業の合間の休み時間には共通の音楽の話で盛り上がっていました。当時、ビリージョエルやブライアンアダムスといった洋楽にはまっていて、来日したら必ずコンサートに行こうなどと話していました。
また、Kくんは小学生のころからボーイスカウトに入っており、キャンプや山登りも大好きな人でした。
「この前ボーイスカウトで、にわとりの首を落として捌いたんだ」
「三澤くん、知ってる?」
「にわとりってね、首を落としても走るんだよ」
「え、マジ?」
というような、ボーイスカウトで体験したことも、Kくんは色々と休み時間に話をしてくれました。
Fくんは、Kくんと同じクラスで、寡黙な子でした。
話をしているのをほとんど見たことがなく、本当に気を許している子としか話をしないような感じでした。
奥多摩にくる道中も、私とFくんはほとんど話をせず、私はKくんと主に会話をして、Kくんは私とFくんの二人と話をするというような感じでした。
おそらくKくんがいなかったら、私とFくんは奥多摩駅まで会話はほとんどく、お互いにウオークマンで音楽を聴きながら、無言で電車に乗っていたのではないかと思います。会話がなくても別にお互いに何とも思わない。かといって、別に相手が嫌いなわけでもない。昭和の男の子同士って、こんな感じでした。
ようやく登山道入り口についたとき、塾長が話を始めました。
「これから夜の山に登ります。みんな夜の山は初めてですから、怪我のないように、気を抜かずに、登っていきましょう」
「夜には夜にしか感じられない独特の世界がありますから、それを感じることができるといいですね」
こうして私たちはライトをつけ、真っ暗な登山道を登り始めたのです。
私は中学生当時、運動系の部活動には入っていましたし(ほぼ練習はサボってました)、空手も習っていましたので、体力には自信があったのですが、1時間ほどすると、さすがに疲れてきました。ちょっとばかり山登りをなめていたようです。
そろそろ休憩したいな、と思っていたとき、塾長が、
「おーい、みんな!そろそろ休憩しよう」といい、休憩タイムとなりました。
「あー、助かった・・・」
楽勝といっておきながら、息を切らして、ゼーゼーしているところは塾長には見せられません。塾長には見えないように呼吸を整え、余裕があるような雰囲気を作っていました。
そんなとき、ふと塾長を見ると、一緒に引率している数学のS先生と、何やらヒソヒソと話をしていました。
「ちょっと天気が、、、」
「そうですね、、、雨が心配ですね、、、、」
すべての会話は聞こえませんでしたが、どうやら天気について話をしていたようです。
私も気になって空を見上げてみると、登山口にいたときには見えていた月や星は全く見えなくなり、曇っていました。
私が気づかない間に、天候はすっかり変わっていたようです。
そろそろ休憩時間も終わりかなと思う頃、空からポツリ、ポツリと雨が降りだしてきました。
「おーい、みんな! 雨が降り出してきたから、雨具を着てくれ」
「雨具を着たら、すぐに出発するぞーー」
と、塾長。
みんなが雨具を着た頃には、雨足はかなり強くなっていました。
私たち生徒の雨具は、本格的な登山用のものではありませんでしたから、頭に落ちた雨の雫がフードを伝わって隙間から入ってきたり、地面に落ちた雨が跳ね返ってきたりして、次第に上半身も下半身も濡れてきたのでした。
雨足はさらに強まり、しばらくやむ気配はありません。
ゲリラ豪雨とまではいきませんが、カッパを着ていても、雨が目に入ってきたりして、かなりの勢いでした。
次第に登山道は、川のように水が流れ始め、ちょっと踏ん張っていないと流されてしまうような感じです。
おいおいおいおい。
さすがにやばいんじゃないの、塾長。
こういうのを遭難というんじゃないですか。
このあたりから、私たち5人は、2チームに分かれてきました。
比較的体力のある私とKくんと塾長。
そして、あまり体力がないFくんと年配の数学のS先生。
次第にこの2チームの距離が離れていきます。
最初は見えていたS先生とFくんは、次第に私の視界には入らなくなってきました。
ぬかるむだけでなく、川のように水が流れる登山道。
その水の勢いは、どんどん強くなっていく。
体力がない人にとってはかなりキツイ状況です。
一歩進んでは少し休みしているうちに、S先生とFくんと私たちとの距離は、どんどん離れていくのでした。
私が荒れた呼吸を整えながら、
「塾長、S先生とか見えなくなってますけど、大丈夫ですか?」
と質問すると、
「S先生はこの山に何度も登っていて道はわかっているから大丈夫だ」
とのこと。
「道はわかっていても、本当に大丈夫かな・・・」
「あの2人、ゼーゼー息切らしていたし、S先生はいつもタバコ吸っているし、あんまり運動していないみたいだし、この山に登ったことがあるというのも、いつの話だ?」
「そもそも俺たちは無事に山頂までたどりつけるのか?」
そんなことをあれこれ考えていると、塾長が、
「おい、三澤とK」
「この先をずっと登ったところの山頂手前に山小屋がある。そこに私が先に行って、火をおこしておこうと思うんだ」
「もうみんなはズブ濡れで、今は動いているからいいけど、止まった途端、寒くなってくるだろ。そのときにしっかり温められるように今のうちから火を起こしておきたいんだ」
「山小屋までは、今歩いている道をただまっすぐ登っていくだけだからな。脇道もないし、迷うことはないと思う」
「道が目印のように川になってくれているから、そこをどんどん登っていけば山小屋につくからな。Kもいるからだいじょうぶだな。とにかくまっすぐ。この川のようになっている道をどんどん登るんだぞ」
そういって、塾長はすごい勢いで川のようになっている登山道を登っていきました。
あっという間に見えなくなる塾長。
さっきまで3人だったグループが、2人になっただけで、急に静けさが増したように感じました。
その静けさの中で聞こえるのは、降り止まない雨の音と私とKくんの荒い息づかい、そして川のように流れる登山道の水の音だけ。
そしてこの暗闇には、私とKくんのみ。
これまでの人生で味わったことのないような恐怖と不安をこのときに感じたように思います。
「じゃあ、行くか、三澤くん!」
「おう、ここで遭難ってわけにはいかないからな!」
そういって私たちは川のように流れる登山道に何度も足を取られながら、登っていくのでした。
次回へつづく。
(まだ続くんかい!)
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