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でき太くん三澤のひとりごと その129

◇ Mくん #2


『Mくんに対するマイナスの気持ち、意識を消す』

この難題をつきつけられた私は、その晩なかなか眠ることができませんでした。


Mくんに対してどんどん湧いてくるマイナスの意識。

Mくんさえいなければ、クラスはとても良い雰囲気なのに、、、

なんでMくんはだまって何も言わないのだろう、、、

Mくんは本当に扱いにくい子だな、、、

すべて悪いのはMくんなのに、なんで私が眠れないほど悩まなければならないの、、、

こういうマイナスの意識を消して「無」になることなどできるのだろうか、、、

お坊さんみたいに座禅でもしていれば「無」になれるのだろうか、、、

そもそもお釈迦様でもあるまいし、人間がマイナスの意識を消して「無」になるなんて無理だろ、、、


布団に横になり、そんなことを繰り返し頭の中で考えていると、なかなか寝付けない。何も答えなど見つからないまま、まんじりともせず朝を迎えるのでした。

「あーーー無理、無理!絶対無理!」
「Mくんへのマイナスの気持ちを消すなんて、到底無理!」
「やっぱり世の中には相性というものがあって、私とMくんはもともと相性がわるいんだ」

18歳くらいの若造がいくら一晩考えたところで、出てくる答えはこんなものです。


私たちの子どもとの関係、夫婦関係、友人関係など、人が介在するものには必ずこの意識が深く関係していて、イニシアチブを握っています。

意識がほぼ人間関係を左右するといってもよいでしょう。

当然人間関係には、価値観、習慣の違いといったものの影響もありますが、結局その「違い」や「ズレ」がマイナスの意識を生むことになります。つまり最終的には、意識が人間関係に影響を与えていくのです。


一晩考えてもたいした答えの見つからない私は、その日早めに塾に行きました。

塾長の控室に行き、ノックをすると、「はい、どうぞ」と塾長の声。

私は控室のドアを開け、開口一番、「何も答えはでませんでした、、、一晩中ずっと考えたんですけど、Mくんに対する気持ちを消すというのはむずかしいです。というより、無理です。消そうとすればするほど、逆にどんどんマイナスの意識が出てきて、Mくんをさらに責めてしまいます。やっぱり私はこういう仕事は向かないのかもしれません」

すると塾長は、少し口元に笑みを浮かべながら、一晩ずっと悩んだことを「よくがんばった!」と褒めるかのような視線で、

「Mくんへのマイナスの意識を消すなんて、無理だよ」

とやさしく言いました。

「は??」

最初から答えがないような問題を、まずは考えてみようと言ったの?

夜の山といい、退塾騒ぎといい、まったくこの塾長は何を考えているのだか、、、

「私が最初から答えの出ないような問題を三澤くんに考えてこいといったのは、意識の問題は頭で考えただけで解決できるようなものではないということを身をもって体験してほしかったからなんだ」

「よく子育ての本などを読むとさ、プラス思考で子育てしようとか、肯定的な声掛けをしようとか言うけど、いくら頭で考えて、いいことを言っても、意識が変わっていなければ何にも変わらないんだよ。もちろん、褒められたり、おだてられたりして気分がわるくなる人はいないからさ、プラスの声掛けを心がければ、人間関係は一瞬好転したかのように見えるけど、根本の意識が消えていないからさ、必ずまた人間関係はわるくなる。つまり、いくら頭でいろいろ考えて声掛けを工夫したところで、意識が変わらなければ人間関係は変わらないってこと。そしてその意識は、一度現れたら、なかなか消えないやっかいなものなんだよ」

「では、この消えない意識から抜け出すにはどうしたらいいのか。ここが問題だよね」

「そうだな、、、三澤くんくらいの年齢だとこういったほうがわかりやすいかな、、、Mくんの前では、役者になりなさい。しかも一流の役者ね。大根はダメ。子育ての本とか読んで、声掛けの工夫をしてもうまくいかない人の多くは大根役者なんだよ。大根だと意識までは変化しないからね」

「緒方拳とか、ロバートデニーロみたいな一流の俳優になりなさい」

「は???俳優ですか??」

私は昨日から真剣に意識の問題について考えている。
この意識は本当に厄介だ。
消そうとすればするほど、さらに膨らんでいく。
その膨らんだ意識は、やがてガン細胞のようにあちこちに転移していき、最後には収集がつかなくなっていく。

頭を使って考えれば考えるほど、私はマイナスの意識から抜け出せなくなっていく。

最終的には、意識を消せない自分や、Mくんをも責める。私がこうして悩んでいる間、いつもの日常をただ過ごしているだけで、何も悩んではいないMくんを責め続けるのだ。

こんなことを真剣に考えている私にむかって「役者になれ!大根役者はダメだ!ロバートデニーロみたいな一流の役者になれ!」とは何だ。

この前「ゴッドファーザー2」を一緒に観たからといって、そういう安易な例えは、塾長とはいえ、あまり気分のよいものではない。


「そう、俳優。俳優になるんだ。演目はね、そうだな、、、『相性のよい子と一緒にいる時間』かな」

「役者になれ!」とアドバイスしたと思ったら、つぎはこんなヘンテコなタイトル。

どこまでふざけていて、どこまで真面目なのか、さっぱりわからない。

だが、つぎの話で、塾長は18歳の若造でもわかりやすく実践しやすいように話をしてくれているということが、ようやくわかってきた。

「いいかい、三澤くん。三澤くんには相性が良いと感じる生徒がいるよね。Mくんと違って、意識の問題なんか考えなくても自然に楽しく会話できる子がいるよね。これからMくんの前では、その子と一緒にいるときと同じ声かけをして、同じ態度で、同じ表情で、同じ冗談をいい、Mくんと一緒にいる時間を楽しむんだ」

「客観的に三澤くんがMくんといるところを見ているとね、明らかに三澤くんは態度が違うよ。顔つきは緊張しているし、どう対応していいかわからないMくんに気を遣っているようにも見える。もちろん、相性の良い子に冗談をいっているときのような笑顔もない。どこかMくんに遠慮している。Mくんと壁があるような感じ。今は意識を消そうとか難しいことを考えなくていいから、まずその態度を変えてみよう。一流の俳優のつもりでさ。頭で考えるよりまず身体を使うのさ」


「俳優になれ!」というつぎの塾長からの指令は、私にとっては難題です。

舞台にあがって演技らしいことをしたのは、小学校の学芸会以来。
私なんかが本当に俳優になれるのか。
それに、俳優になるくらいで本当に意識の問題が解決するのか。

でも、塾長が言っているように、私がMくんと向き合っているときは、他の子と態度は違うかもしれない。ちょっと気を遣っているというか、「こんなこと言ったらどう思われるかな」とか気にして、相性の良い子に話していることをMくんには話していないように思う。もちろん、冗談も言っていない。

塾長がアドバイスしてくれた「俳優になる」ということは、もしかすると意識の問題を解決する糸口になるかもしれない。

そこから私は、来週本番(Mくんとの授業)を迎える舞台にむけて、どう役作りをするかを悩み始めていました。


今思い起こしてみると、18歳だった当時の私は本当に素直だったのだなと思います。「俳優になれ!」というようなアドバイスを、真面目に考えて実践しようとするのですから。

塾長は破天荒で型破りな人でしたが、私は塾長を信頼していたのだと思います。

ちょっと長くなりそうですので、今回はここまでにして、続きは次回へ。

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