「きりんくん」 #3
学校からまっすぐお家に帰ってきたきりんくんは、早速れいこ先生が作ってくれた『自分のちから』を見てみました。
『自分のちから』は、学習帳にれいこ先生が糊で貼り付けたプリントや、手書きの問題がいくつか書かれていました。本当にひとり一人のために課題を考えて作られています。
そして、課題の最後には「できる、できる、きっとできる!」と、書かれていました。
「確かに前とは違う。前の宿題より数段わかりやすい。これなら指を使わなくても計算できるぞ。こんなにラクにできるなら、宿題なんかこわくないぞ。毎日だってできるかも!」
「お母さんー!ぼく、宿題、自分のちからでできたよー!」
「本当?がんばったね、きりんくん!自分でできるなんて、すごいね。よくがんばったね!明日、先生にしっかり見てもらいなさい。きっと先生も喜んでくれるはずよ」
「これまで時間がかかっていた宿題が、自分のちからでできるだけでなく、こんなに短い時間で終わって、しかもお母さんにも褒められる。これなら毎日続けられそうだ」
「おはよう、らいおんくん!」
「どうだった、昨日のれいこ先生の課題は?」
「うん、とても取り組みやすかったよ。ぼくがよくわかっていないところなどが繰り返し学習できるようになっていて、終わったあとはすごく自分が成長したような感じがしたよ」
「きりんくんはどうだった?」
「ぼくもね、とっても取り組みやすかったよ。宿題に苦労していた頃のことが嘘のように、スラスラスイスイと学習できたんだ。これなら毎日でもできそうだよ!」
「よかったね、きりんくん!ぼくも、れいこ先生に言われたように、きりんくんを応援していくからね。きりんくんなら、きっとどんどんできるようになっていくよ!」
「ありがとう、らいおんくん!」
きりんくん、らいおんくんらが教室に入ってしばらくすると、れいこ先生がやってきました。
「みんな、おはようございます!」
「昨日、私が用意した『自分のちから』」は、みんな学習できたかな?」
「はーーーーい、学習できました!とても学習しやすかったー!たのしかったよ、先生ー!」
「そう、それはよかった!」
「みんなの『スタートライン』をしっかり把握するために、かなり時間がかかったから、そう言ってもらえると先生は本当にうれしいです。これからもしっかりみんなの『自分のちから』を作っていきますからね。楽しみにしていてね」
「それでは、昨日取り組んだものを私のところに提出してくださいね。今日の分は、放課後までに準備をしておきますね」
きりんくんが学校の課題を「楽しい!」と思えるのは、本当に久しぶりのことでした。
いつも苦痛でしかなかった宿題が、スラスラ終わる。そして、それがわかる。
毎日必ず「できた!わかった!」という成功体験ができる。ちょっとわかりづらいことがあっても、必ず最後はできるようになっていく。
このような成功体験は、本当にうれしくて、楽しいものです。
きりんくんはれいこ先生からの課題を毎日コツコツと続けることができました。
らいおんくんや他のクラスのみんなからの励まし、そしてお母さんからの励ましもあって、これまでのことがウソのように、負担感なく、毎日『自分のちから』を続けることができました。
9月からスタートした『自分のちから』を、きりんくんはみんなの励ましもあって、12月まで続けることができました。
指を使わないと計算ができなかったきりんくんも、指を使わずに「くり上がりのあるたし算」や、「くり下がりのあるひき算」の計算ができるようになっていました。「自分ができていないところ」から、コツコツと学習を続けるだけで、1年生の内容はスラスラとできるようになったのです。
きりんくんは1月からは、小学2年生で学習する「2ケタのたし算」の予習を『自分のちから』で進めていくことになりました。
かつて夏休み明けにれいこ先生がお話したことが、しっかりと現実になったのです。
小学1年生の時点で、小学2年生の内容を予習できるきりんくんを、もうだれも「算数ができない子」とは言いません。
算数がよくできる子になったのです。
このようなうれしい変化があらわれたのは、きりんくんだけではありませんでした。
数字もしっかり書けなかったうさぎちゃんも、9までの数のたし算、ひき算までスラスラできるようになりました。
きりんくんと同じように、ちょっと大きい数になると指を使っていたカバくんも、2年生の予習が進められるようになりました。
らいおんくんは、2年生で学習するかけ算九九を予習できるようになりました。
みんなそれぞれ「自分のちから」を伸ばしていったのです。
このときクラスのみんなが思いました。
『夏休みが終わったとき、れいこ先生が言っていたことは本当だった』
もしれいこ先生の「自分のちから」の課題を、これからもずっと続けたら、どうなるのだろう。
きっとみんな自分でもびっくりするほど、算数も国語もできるようになっているはずです。
ーーーここまでのお話を読んで、こう感じている人がいるかもしれません。
「これはあくまでもフィクション。実際にこんなことがあるわけがない」
そうですね。
そう思われるのも無理はないかもしれません。
ですが私は、実際にひとり一人のお子さんに、その子のためだけの学習プログラムを構成し、今日までたくさんのお子さんの学習をサポートしてきましたが、みなさん必ず算数ができるようになっていきました。
学校で算数ができない、ダメな子と思われていた子が、学年でもトップレベルになったり、今回のきりんくんのように、指をつかわなければ計算できなかったようなお子さんが飛び級学習を進めるようになったりと、プログラムを構成している私も驚くほどの成長をとげるお子さんもいます。
ひとり一人のスタートラインからの課題を、コツコツと続けていく。
これによってみんな成長していくのです。
みんな「できる子」になっていきます。
今回のストーリーは、決してフィクションではなく、私の実践経験に裏付けられた事実です。
もしお子さんが毎日通う学校で、ひとり一人のスタートラインからの課題が提供されたら、日本の教育はどうなるでしょう。
きっと全体的に子どもたちの学力が底上げされていくでしょう。
しかし今の公立学校教育が積極的に取り入れようとしていることは、子どものたちの主体的な学び、探究学習、アクティブラーニングといったものです。
確かに主体的な学びができて、子どもたちがみんな探究学習に夢中になったら、これはこれですばらしいことですが、そもそも子どもの主体性や、探究心がどのようにして生まれるのかということを、方針を考える偉い先生方は肌感覚で捉えることができていないと思います。
また、探求学習やアクティブラーニングを実現していく上では、クラス編成や学力的な土台をしっかり構築するなどの綿密な下準備が必要だと思いますが、その準備がしっかりできている学校は少ないと思います。
そういった大切なことをしっかり把握せず、いつも方針ばかりが先行するのが日本の教育の問題点でしょう。
そして、その影響を受けるのは、いつも現場の先生と子どもたちです。
「ゆとり世代」と言われる方々も、きっと今、自分たちの時間を返してほしいと思っているのではないでしょうか。
数年後、探究世代(?)となる子どもたちが、社会に出てどのような活躍をしていくのか、はたして社会に適合できるのか、どのような教育的な成果がでるのか、私たちはしっかり追跡していったほうがよいと思います。
さて、学習成果はしっかりと出てきているれいこ先生のクラスですが、夏休み明けから学校に来ていないお子さんがいるようです。
その子は、ゾウくん。
夏休み前までは、遅刻したりしながも学校には来ていたのですが、夏休み明けからはパタリと学校に来なくなってしまいました。
学校に来れなくなっているゾウくんに対して、れいこ先生はどのようなサポートをしていくのでしょうか。
次回につづく。
文:三澤 明雄
ヘッダーイラスト:小宮 想
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