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わからなくなったら、一旦離れればいい。〜2019年振り返り〜

2019年はなんというか、ひたすら低空飛行だった。大きな事件や病を患うことはなかったのでそこはよかった。低空飛行を支えてくれた人たちには感謝しかない。年初から「今年は多分飛べない」と感じていたのもあってひたすらチューニングと準備や勉強、インプットに徹していこうと思い、実際そうしていた。音楽聴きまくったり、英単語と向き合うのは本当に楽しい。もうちょっと時間が欲しいな本音は。

実は2018年末くらいから「人もモノもコトも距離感がわからなくなっていった」という感覚がずっと拭えなかった。家族も、友達も、知り合いも、恋愛も、サッカーも、アプリも。いろんな物事の適正距離が測れなくなっていて苦しかった。

「家族だけど、開拓は私がしているのに全部いいところばっかり持って行かれてそばにいるのが辛い」
「自分を棚に上げてる人に色々言われるのが辛い」
「一切の惚気要素もなくこっちに愚痴だけこちらにぶつけながら誰かと付き合ってる人と近い距離にいるの辛い……もう好きにしてほしいし愚痴も聞きたくない」
「2人の未来に向き合おうとしない人と一緒になんていられないし、私を軽く扱う人とか許せない」
「サッカー界隈も見たくない投稿が流れてくることが増えたとか、絡み方おかしい人やっぱりいるわ」
「アプリ多すぎてどこ見たらいいかわからなくなってる、迷子だ」

「辛い」に正直になれたことで噴出したことかもしれない。自分の感覚に嘘をつかずに物事を見たら「なんでこんな座標に自分はいるんだろう」と愕然とした。
方法論なんてわからなかったけど「辛い」からは離れなければいけない気がした。だから全てから今年前半は離れて、離れて、離れまくった。
今まで会っていた人でも色々な意味で今の自分のキャパを超える人からは離れた。アプリもLA近辺で旅行アプリに絞った時、他はレビューせずにいることでちょっと距離をとったり。恋愛もこちらを軽んじる人を振り向かせてまで無理にしようなんて本当に思えなかった。そしてあんなに好きなサッカーも今年は2回しか見ていない。

一旦離れると、それぞれの点に対してどの距離でいるのが自分が一番ご機嫌でいられるのかが測りやすくなる。困ったら一旦ばーーーーっと遠くまで距離をとって、そのあと息苦しくないところまでゆっくりまた近づけば良いんだって気がついた。
辛いということに自覚がなかったこともあるけれど、この離れるという勇気が今までは持てないこともあったのだろう。当然無意識。だから辛かった。でもできたじゃん自分。

今は適正距離をチューニングしやすくなったことによって、だいぶ心も穏やかになれた。ただ1つ1つが自分と距離が近すぎなくても、無意識に数が増えてくるとしんどくなってくるのでそのあたりの自己観察は今後も意識しておきたい。

そして距離が測れなくなってしまったことによってお節介になりすぎ「良かれと思って」やったり言ったことで傷つけてしまった人がいるであろうことも何と無く想像できている。
心配しすぎてついつい余計なことをしてしまったり、相手のキャパを考えずにガンガンアドバイスをしてしまうのは私の悪癖だ。共感が苦手で解決策を提示しがちだったりするので特に女性相手にはタチが悪いであろう。
ハッと気がついてからは、
「意識的に共感をちゃんと表現すること」
「あなたはあなた、私は私。(私と考えは違うけれど)あなたはそう思うんだね、という本当の意味での他者肯定に努めること」
「サラッととっかかりになるは言うけれど、押し付けない。投げたボールを取るか、流すか、受け取った上でキャッチボールを続けるかは相手次第」
この辺は意識している。
相手方がどう思っているかはわからないけれどこの場を借りて、ごめんなさい。

2020年はたくさん恩返しして、応援してくれる人も周りの人もたくさん幸せにして、そして私も幸せになろう。

それでは良いお年を。


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